Fate / in the world

ExtraSeason - Ex-07 「憧れの背中」 中編


「はぁ……」

 いけない、気付けばまた溜息を付いてしまった。
 こんなことでは周りに要らぬ心配をかけるだけだというのに。

「はい、ミルクティ。で? 一体何があったのよ、アルトリア」

 夕食の後片付けを終えた凛が、皆に食後のミルクティを振る舞いながら訊ねてきた。
 なるほど――わかり易く顔に出ていた、というところでしょうね。

「やはり……これほど溜息ばかりついてしまっていては、気遣われてしまっても当然ですね」

 少しばかりの自虐を込めて、ミルクティを一口含みながら答えた。
 凛にしろルヴィアゼリッタにしろ、短くはない付き合いなのですから、私の様子を見て取るなど容易い事なのでしょう。

「へ? 溜息は気付かなかったけど、晩ご飯、おかわりしなかったし」

「ええ、もしや天変地異の前ぶれではないかと、驚愕いたしましたわ」

「……」

 なるほど――前言全力撤回です。
 この魔女達が、まともに人の心を慮る事などありえません!
 大体これ程失礼な内容を、さも真剣そうな顔つきで言ってしまえるところがさらに腹立たしいと言うのです!

「まあ、ダンマリ決め込むのは良いんだけど――無駄よ? 忍に聞けばいいだけの事だし」

「アルトリアの心配事を、シノブが見過ごすはずございませんものね」

 お〜ほっほっほと魔女のような笑みを零しながら、事実魔女そのもののふたりがその視線をくるりとシノブに向けると――

「むぅぅ! むぅぅ!」

 両手で口を塞ぎながら、必死に首を横に振るシノブがそこにいた。
 はて? これは何か新しい遊戯なのでしょうか――って、あああぁぁっ!! も、もしやっ!

「シ、シノブッ! もうよいのです! 幼稚園からの帰り道、貴方に課した沈黙の制約はあの場限りのものだったのですからっ!」

 そう言えば、帰宅後から今に至るまで、シノブは一言も発していませんでしたね……
 確かにあの時私は、『今から私がよしと言うまで喋らないでください。良いですね?』と言いましたが。
 これは、すっかり忘れていた私のミス? でしょうね……

「ねぇ、アルトリア……あんた、一体何やってんのよ……」

「事と次第によっては……容赦しませんわよ……」

 パキッ、ポキッと指を鳴らしながら拳を握りこむあくまが二匹。
 あぁぁ、今になってシロウの気持ちがよく理解できました。
 確かに、これは恐怖だ……





Fate / in the world
ExtraSeason
【憧れの背中 中編】 -- 蒼き王の理想郷 --





 結局――あくま二匹に詰め寄られた私に抗う術など無く、今日の帰宅時に起こった事の顛末を全て話さざるを得ませんでした。
 そう、園からの帰宅途中、ふとしたきっかけから私の両親が今週日曜の父親参観に出席しないという事を、桜子に話したこと。
 彼女の物言いから推測し、私が彼女の父親も出席しないのかと訊ねてしまったこと。
 結果、こちらの胸がつまされる程悲しげな笑顔で、自分には父親がいないのだと彼女が告げたこと。
 それでも、涙ひとつ流さずに、あの笑顔のまま自宅へと帰っていったこと。
 けれど、その小さな手がぎゅっと握りしめられていたことを。

「そう……」

 私の話を聞き終えた凛は、一言だけ呟くとティカップに口をつけ目を伏せてしまった。
 ルヴィアゼリッタも黙して語らない。
 そして――私は視線をシノブへと向ける。
 彼は、その真っ直ぐな瞳を母の顔へと向けていた。
 やはり、シノブの前で話すべきことではなかったのでは……

「それで? 何であなたが落ち込んでるのよ?」

 私が後悔の念に囚われかけた瞬間、すっと目を開いた凛が問い掛けてきた。
 魔術師としての冷たさではない、もっと別の毅然とした目で。

「そ、それは……私は桜子の疵を抉ってしまった……」

 私の不用意な言葉が彼女を……悔恨の念に思わず目を伏せてしまう。
 途端に、ダイニングを覆う静寂が重苦しく感じられる。

「一つ聞きたいんだけど」

 その重い静寂の中を、凛の言葉が奔った。

「あなたが自分勝手に抉ったと思い込んでるその子の"疵"って何よ?」

「ッ?!」

 その言葉のあまりの鋭さに、思わず顔を上げた私の視線の先には、恐ろしい母の顔があった。
 それは恐怖ではなく畏怖。

「リン……貴女のお気持ちは理解しますが……」

 ルヴィアゼリッタのその言葉に、凛の気迫が幾分鎮められた。

「ふぅ……解かってるわよ、ルヴィア。でもね、今のアルトリアの"間違い"はそのままになんてしておけないわ。だから――アルトリア、それから忍も、今から私の言う事を良く聞いて欲しいの」

 一つ大きく息を吐き、改めて私とシノブを見つめながら凛は話し出した。

「そうね――忍にも、その桜子ちゃんて子にも父親はいない。それは、誰が何を言おうと覆すことのできない事実なのよ。でもね、その事実は"可哀想な疵痕"なんかじゃないわ。もちろん残された遺族が、逝ってしまった人を想って寂しい気持ちになることはあるわ。でもそれは残された人が故人を想う心であって、"可哀想"なことではないのよ。例えば――そう、例えば今はもう父親のいない忍に、逝ってしまった士郎が望むのは――」

 そう言って、優しくシノブの頭を撫でながら凛は言葉を続けていく。

「きっと、父親である自分がいないって事実をしっかりと認めた上で、それでも忍が強く生きていくことだと思う。誰よりも周りの人の幸せを願った士郎だから、自分がいなくなってしまったことがわたし達の心の疵痕になることを何よりも悲しむ筈よ。だから忍には自分の力で乗り越えてもらいたいし、忍にはそれが出来るとわたしは信じている。その為に忍が頑張るなら、わたしはどんな事をしてでも応援するわ」

 "あなたなら出来るわね"と、慈愛の眼差しでシノブを見つめながら語る凛。
 そんな母の言葉に、どこまでも真っ直ぐな眼差しで応えるシノブ。

「その子がアルトリアに見せた笑顔も、握りこんだ手も、それが"可哀想な疵痕"なのかどうかはその子自身が決めることであって、他の誰かが決めていいことなんかじゃないわ。だからね、アルトリア。その子を哀れんではいけないの。その子が自分で乗り越えようとしている時は、黙って見守り続けることがその子のためでもあるわ」

 その優しい視線のまま諭すように告げる凛の言葉に、私は自身の過ちを気付かされた。

「はい……ありがとう、凛。私は大きな過ちをおかすところだった」

 懐えば――シロウも、そして凛も、幼少の頃に両親を亡くしていたのでしたね。
 そして、私と出会った当時には、二人ともそれを感じさせないほどに、その事実を受け止め乗り越えていた。
 桜子を哀れんではいけない。ならば私は――







 凛の話が一段落した頃、ルヴィアゼリッタがミルクティを淹れ直してくれた。
 その暖かな味わいに人心地ついた時、不意に凛が訊ねてきた。

「ねえ、アルトリア。その桜子ちゃんて、苗字は何て言うの?」

「桜子の苗字ですか? 秋篠、秋篠桜子ですが、それが何か?」

「あちゃ〜、やっぱり……」

 私の答えに、"まずいわね"という顔を露にしながら考え込んでいる。

「リン、貴女一人で自己完結していないで、周りにも理解できるように説明なさい。そういうところ、貴女の悪癖でしてよ」

 とルヴィアゼリッタが促していますが……私に言わせれば、間違いなく貴女もです、ルヴィアゼリッタ。

「あっ、うん、そうね」

 一人思考に耽っていた凛が、ルヴィアゼリッタの催促に慌てて説明を始める。

「さっきわたしが言ったことは親として子に望む期待で、その事に嘘偽りは無いし、その桜子ちゃんもそうあって欲しいと思うわよ。ただね、秋篠家は少し事情が特殊なのよ」

「特殊ですか?」

 若干表情を歪ませながら説明を始めた凛に、私は先を促した。

「実は忍と同じクラスの家庭には、前もってある程度の調査を入れてあるのよ。変なのが紛れてると後々厄介だしね。まあ結果的に、概ね良好だったんだけど……」

「そのアキシノだけは違ったのですね?」

 言葉を切った凛の先を、ルヴィアゼリッタ継いだ。

「ええ、父親のほうがね――彼の数代前の話なんだけど、元々秋篠家は"こちら側"に属するある血筋からスピンアウトした家なのよ。もちろんスピンアウト後に数代隔たった今の秋篠家は、"こちら側"に直接的な繋がりはないわ。ニ年前に父親が亡くなってからは、母親が必死に働きながら子供を育てているわ。けれど――」

 そこで凛の表情が一層険しくなった。

「そもそも事の発端は三年と少し前、日本政府が英国の要請を受ける形で自衛隊のPKF派兵を決定した事に遡るわ。第二次バルティック戦線の鎮圧を目的とするPKFへ、陸自一個大隊を派兵するというものだったんだけど、時の陸自幕僚長だった秋篠重樹――つまり桜子ちゃんのお祖父さんね、この人が派兵直前まで政府首脳に反対したらしいのよ。まあこれは当然なのよ、だって実はこの戦争そのものが、倫敦の魔術協会とエジプトのアトラス院の代理戦争なんだって事を彼は知っていたんだから」

 ギリっと誰かが奥歯を噛む音がした。

「つまり――スピンアウト後も"こちら側"の情報だけは知り得ていた、ということですのね?」

 ルヴィアゼリッタの問いかけに、凛は無表情のまま頷く。

「恐らくそうなんでしょうね。当時の政府首脳への魔術協会からの"贈り物"が何だったのかまでは知らないけれど、結局秋篠幕僚長の意見は封殺された形で強引にPKFへ派兵。結果は――ルヴィアも知ってるでしょ?」

「ええ……近年の局地戦において最も凄惨且つ無慈悲な戦略兵器、アトラスの超重力爆弾(スーパー・グラビティ・ボム)が使用され、PKF軍のほぼ全てが圧壊、戦死。当時、シェロからアーサー財団へと送られてくるレポートのなかでも、その悲劇を止め得なかった事を、この一戦程悔しがっていた物はございませんでしたわ」

 沈痛な面持ちでルヴィアゼリッタが答えた。
 しかし、当時シロウはあの呪いの末期状態だったはず。
 それに、そもそもアフリカで戦っていたのですから、どう考えても阻止できなかったでしょう。

「で、慌てたのが強引に陸自の派兵を推し進めた政府首脳陣ってわけよ。派兵した陸自一個大隊のほぼ全員が戦死なんだから、その責任の追求はどうしたって免れないものね。困り果てた末、協会に裏工作の協力を仰いだ奴等は、その派兵責任をあろうことか秋篠幕僚長へとなすりつけたのよ。しかも収賄疑惑まででっち上げてね」

「なっ?!」

 何という事を……一国の偽政者が成すことでは在り得ません!

「結局、無実を訴え続けた秋篠幕僚長は迅速過ぎる有罪判決が下されると共に、割腹自殺したらしいわ。当時国内では、私利私欲のために多くの命を犠牲にした罪人として、散々マスコミに叩かれたらしいわね」

 何とも遣り切れない話です。
 心情としては今直ぐにでも、桜子の祖父の無念を果たしたい程ですが。

「それで、そろそろ本題なのですね? リン」

 本題? なるほど、そう言えばまだ桜子の父親の事が触れられてはいませんね。
 ルヴィアゼリッタの言葉に、溜息を一つ付きながら凛が続ける。

「その後一年ほどが過ぎて世間がこの事件に関心を失くしだした頃、政府首脳三人を暗殺した犯人が捕まったわ。で、これまた早すぎる極刑判決が下された。その犯人が――」

「ま、まさか……」

 思わず零れた私の言葉に答えるように凛が答える。

「ええ、秋篠健一陸自三佐――例の第二次バルティック戦線にPKFとして派兵され、たった数人生き残ったうちの一人であり、無実の罪を着せられ無念の内に自殺した秋篠幕僚長の実の息子、そして、桜子ちゃんの父親よ……」

 瞬間、私の脳裏には、あの桜子の悲しい笑顔がフラッシュバックした。







 場所をリビングに移した後も、重すぎる静寂の中、柱時計の時を刻む音だけが響いている。

「ねえ、お母さん」

 そんな静寂を破ったのは以外にもシノブの声だった。

「どしたの? 忍?」

 "少し難しすぎるお話しだったわね"と言いながら凛は忍に問いかける。

「難しくて僕にはよく解からないけどさ、桜子ちゃんはお父さんのしたことや、お祖父さんのしたこと、知ってるのかなぁ?」

 きっと先ほどの凛の話を今のシノブに理解しろという方が無茶な相談なのですが、それでもシノブは真剣な眼差しのままそれを聴き続けていた。
 そして、その結果彼が行き着いた言葉は、政府首脳の欺瞞でもなければ、裏世界の抗争でもなく、たった一人の少女の事だった。
 それが、私には何よりも嬉しく思える。

「多分、知っていると思うわ。何しろ二年間で八回の引越しをしているんだから……きっと、お父さんやお祖父さんの事で、周りから虐められたり、嫌がらせをされたんじゃないかしら」

 諭すように、凛は話を続けていく。

「でもね、忍。きっと桜子ちゃんのお母さんは、そんな周りの声に負けないように頑張っているんだと思うわよ。だって、今でも"秋篠"を名乗り続けているんだから……その点は、わたしが桜子ちゃんのお母さんを尊敬するところでもあるの。そんなお母さんに育ててもらってる桜子ちゃんなら、きっと全部を知ってて、それでも必死で乗り越えようとしてると思うわよ」

 凛の考えを聞き、少し考えた後、凛の目をしっかりと見ながらシノブが答える。

「うん……僕もそう思うよ、お母さん。だから僕は桜子ちゃんの味方になるよ。それとね、いつか僕が自分で自分に納得できたら……」

 そこまで言ったシノブが両手を握りしめた。

「お父さんと同じ、"エミヤ"を名乗ってもいい?」

「っ?!」

 強く強く、真直ぐな眼差しで、まるで宣言のようなシノブの言葉に、凛の息を呑む音が聞こえた。

「シノブ、それは……」

 諭すように話しかけるルヴィアゼリッタの言葉を遮り、凛が答える。

「そうね……この先、忍が自分で納得できたなら……いいわよ」

「「……」」

 どこか満足気に、どこか寂しげに答えた凛に、私もルヴィアゼリッタも何も言えなかった。

「うん、ありがとう、お母さん。それじゃあ、僕そろそろ寝るね」

 そう言って、シノブは笑顔でリビングを駈け出していった。

「よろしいのですか? リン。今の時代、"エミヤ"を名乗ることは……」

 嗜めるルヴィアゼリッタの言葉に、小さく溜息を零した凛が答える。

「やっぱりねぇ、士郎の子なのよ、忍は。さっき、"エミヤを名乗っていい"って聞いてきた時のあの子の目。昔の士郎と重なっちゃったわ……」

 そう言いながら、私達に無理やり笑顔を作る凛。

「そうですか……」

 同じ様にどこか寂しげな笑顔で答えるルヴィアゼリッタが、優しげに凛の肩へと手をかける。
 シノブは乗り越えようとし、彼女たちはそれを見守ろうとする。
 ならば、私は……

「私は、共に歩みます。一人で乗り越えるべきものならば、声を限りに応援します。共に乗り越えるべき時には、この身を賭して力を合わせます。休息が必要なときには、この膝を差し出しましょう。私は、生涯をかけてシノブを支えます」

 きっと、これが"間違い"ではない答えだから。
 同じ様に、桜子が一人で乗り越えようとするなら、精一杯の応援を贈ろう。
 その壁があまりに高すぎるならば、超えられるように手を貸そう。
 哀れむのではなく、謝るのでもなく、未来に向かって共に歩む道連れとなろう。

「あら? 何とも大胆なプロポーズのお言葉ですが……それはシノブが居る所で言わなくては意味がありませんわ」

「まぁ、今更だし別に良いけどね……でも、ヘタレたアルトリアには忍はあげないわよ」

 私の決意をニタニタと笑いながら二匹のあくまが酒の肴にしようとしている。
 クッ! ここは耐えるのです、アルトリアッ!
 騎士は己が言葉を、結果で示すものなのですからっ!

「それにしても、よくこれ程詳細に調べる事が出来ましたわね?」

 ふむ、確かにルヴィアゼリッタの言うとおりです。
 殆ど一国のトップに関わるスキャンダルまで含んだ情報なのですから、その入手は困難を極めるはずですが?

「まあ、実を言うとわたしも驚いたわ。日本に戻ってからちょっとした事で知り合った情報屋がもの凄く腕利きでね、たかだが一幼稚園に関する家庭情報の調査依頼結果が、これなんだもの」

 そう言いながら凛がサイドボードから取り出した”調査結果”と書かれたレポートは、キングファイル五冊分だった。
 な、何ですか? その無駄に優秀過ぎる情報屋は?

「この国の方なのですか? その情報屋というのは?」

「ええ、フランスの詩人みたいな変わった名前だけどね」

 そう言って笑う凛に、”機会があれば紹介して欲しいものですわね”などとルヴィアゼリッタが言っているのですが……それはそうと……

「凛もルヴィアゼリッタも、随分と寛いでいるようですが、先日からの準備の方はもうよろしいのですか?」

 取り敢えず先程から気になっていたことを訊ねてみました。

「あっ……」

「えっ……」

 その一言で、二匹のあくまの顔色が青ざめた。
 まったく……何をしているのか知りませんが、本当に大丈夫なのでしょうか……







 翌朝、いつものように元気いっぱいのシノブと共に坂道を駆け降りながら幼稚園へと向かう。
 まあ、いつものように見送りの大人は二人ともヘロヘロでしたが……
 そして――いつもの園庭で、桜子に出会った。

「おはよう! 桜子ちゃん!」

「おはようございます、桜子」

 少し前を歩く桜子にかけた私達の朝の挨拶に、

「あ?! おはよう、忍くん、アルトリアちゃん」

 いつものように少し控えめな笑顔で桜子は答えてくれた。
 ただ純粋に、桜子のその笑顔が今の私には嬉しかった。
 そのまま私とシノブ、そして桜子の三人連れ立って向かったいつもの教室は――いつもと様子を異にしていた。
 まるで忌むべき者を見るように、距離を取り近づこうとしないクラスメイトたち。
 そんな中、誰かの声が教室に響いた。

「わたしのおかあさんが言ってたんだけど……桜子ちゃんて、ヒトゴロシのコドモなの?」

 それはきっと、悪意を持って放たれた言葉では無かったのでしょう。
 何かの偶然で知り得た事実を、子供に伝えた親がいたというだけのことで。
 けれど、今まで散々周囲の目に耐え、それでも懸命に乗り越えようとしていたまだ幼い少女の心を穿つには、十分過ぎるコトバだったのかもしれない。
 静まり返った教室の中、

「わ、わた、し……ッ!」

 晒された視線に耐えかねたように、桜子は身を翻し駈け出してしまった。
 後には、同じく幼い子供には抗う術もない後味の悪さだけが教室に残る。
 そんな、誰もが動けずにいた沈黙を打ち破ったのは、やはり私が期待した彼だった。

「桜子ちゃんっ!!」

 呪縛を破るように一声叫び、踵を返し、シノブが桜子の後を追いかけ、駆け出す!
 ならば私にはそれに続く他、選択肢などありえない。
 泣き声すら零さずに駆け出してしまった桜子に、伝えるべきを伝えるために。

 桜子、きっと大丈夫です。
 今まで貴女が頑張ってきたことを、彼は知りました。
 だから大丈夫です。
 なぜなら彼は、"正義の味方"の子供なのですから。






Back  |  Next

ホームページ テンプレート フリー

Design by