Fate / in the world

015 「最強の魔術使い」 中編


 湖水地方はイングランドの北西部、複数の地方にまたがる地域の名称で、渓谷沿いに十六の大きな湖と無数の小さな湖が点在するその雄大な自然は、ここで一週間も過ごせば人生観が変わると言われるほどだ。
 わたし達は、ロンドン・ユーストン駅からヴァージン・トレインに乗り込み、湖水地方の入口であるウィンダミア駅を目指している。
 このヴァージン・トレインのファーストクラスは、まるで旅客機並のサービスと謳われるように、フルイングリッシュのブレックファストサービスはかなり美味しいものだった。

 約三時間の列車の旅、まずはウィンダミア駅へと到着するまでに再度情報を整理するため、わたしは教授から受取った資料に目を走らせている。
 向かいに座っているアルトリアは、至極ご満悦の様子で推理小説を読みふけっている。
 よほどブレックファストサービスが気に入ったのでしょうね。
 わたしの隣に座る士郎は、車窓から流れていく風景を眺めている。
 つられてわたしも車窓へと視線を向ける。
 倫敦を離れ、地方都市のような景観が目に入ってくると、ふいに冬木の事が思い出されるのは、別にホームシックという事ではないのだけれど。

「昨日の夜、桜からメールがあったわよ。あの子、地元の大学に進学するつもりらしいわ」

 何気なしに、士郎へと言葉を掛ける。

「ん、そうか。元気にしてるのかな? 桜?」

「そうね……ま、元気といえば元気かな」

 わたし宛のメール……これが全てを表すようなものだと思う。
 桜は、昨年の冬に自分が士郎に言ってしまった事を後悔しながらも、未だに士郎と距離を取ってしまっている。
 お義姉さんが亡くなった後、わたし達が日本を離れるまでの三ヶ月間は、衛宮邸にも姿を見せなかったほどだ。
 最近、ようやくわたしにはメールをくれるようにはなったのだけれど、まだまだ時間のかかる問題だと再認識させられる思いだ。

「相変わらず、衛宮邸の管理としろぅの世話をしてくれてるみたいだから、士郎からもお礼言ってあげなさいよ」

「ああ、そうだな」

 一瞬、固い表情を見せた士郎はすぐに優しく微笑んで応える。
 まあ、こいつには相当堪えたんでしょうけどね……他でもない桜にあのことを責められたって事実は。
 まったく……手が掛かるわね、士郎も桜も。
 一つ嘆息しながら視線を資料へと戻す。
 ん? そういえば……

「ずいぶん熱心ね、アルトリア。今度は何読んでるのよ?」

 ブレックファストサービスの後から、一言もしゃべらずに本を読みふけっているアルトリア。

「はい、コナン・ドイルの"シャーロック・ホームズ"はシリーズ読破しましたので、今はアガサ・クリスティを」

「へぇ、また推理小説なのね。面白いの? それ?」

「ええ、まだ半分ほどしか読んでいませんが、中々に興味深いものがあります」

 そう言いながら、また本へと視線を落としていく。
 シャーロック・ホームズを読破したってのは知らなかったわね。
 それにしても、アーサー王がシャーロキアンだなんてちょっとした皮肉よね。
 たしか著者の名前が、アーサー・コナン・ドイルだったはずよ。

「すごいな、アルトリアは。俺なんてその手の本は読んだ事もないぞ。俺の場合だと、コナンとかアガサとか聞いても思いつくのは」

「シロウ、私は小学生の探偵に興味はありませんよ……」

 小説越しに半眼で士郎を睨むアルトリア。

「……はい」

 あんた、倫敦に何しに来たのよ……





Fate / in the world
【最強の魔術使い 中編】 -- 紅い魔女の物語 --





 途中、オクセンホルムの駅で列車を乗り換え、ウィンダミアに到着したのは正午過ぎだった。
 軽く昼食を取った後、わたし達はバスへと乗り込み目的地の一番近くにある小さな街、ケズィックへと到着した。
 自然のままの丘陵地と点在する美しい湖が、まるで絵本の中の世界を思わせるような風景を創り出している。
 あの有名な”ピーター・ラビット”の舞台だというのも頷ける。

 ミス・カミンスキーが手配した、町外れの小さな小さなホテルにわたし達がチェックインしたのは夕方になった頃だった。
 建物の外観も内装もシックにまとめられていて、どこか古き良きイングランドを彷彿させるような雰囲気をかもし出している。

「ずいぶんとゆっくりした到着だな。ミス・トオサカ」

 フロントでチェックの手続きを済ませると、小ぢんまりとしたロビーでお茶をしていた二人の女性のうちの一人が声を掛けてくる。

「ええ、折角ですもの。観光がてら湖水地方の自然を堪能してきましたわ」

 たっぷりと皮肉を込めて、わたしはその女性、ミス・カミンスキーへと応える。
 すると……

「今回の件はわたくしにも非はありますが……このような田舎に来てまでミス・トオサカと同伴しなくてはいけないなんて、教授の趣味の悪さも考え物ですわ」

 皮肉に皮肉を返してくるもう一人の女性、ミス・ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは、上品に立ち上がりながらこちらへと歩んでくる。

「同感ですわ、ミス・エーデルフェルト。もっとも、今回は成果を競う事が趣旨ですもの、遠慮なく実力の違いというものを証明して差し上げますわ」

「ええ、東洋の片田舎の魔術師が、伝統ある名門エーデルフェルトの現当主にかなうはずもないと言う事が証明されますのよ」

 お〜ほっほっほと優雅に笑いあうわたしと金ぴか。

「あ〜、二人とも。こんな所で邪悪な魔力を放出するのは止めたまえ。それよりもだ、ミス・トオサカ。お連れを紹介したほうが良いのではないか?」

 邪悪な魔力って何よ?! あ、いや、馬鹿笑いしてる場合じゃないわね。

「ミス・カミンスキーの仰るとおりですわね。それでは、改めて紹介いたしますわ。こちらが私の友人のアルトリア・S・ペンドラゴンですわ」

「初めまして、ミス・ペンドラゴン。わたくしは、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。時計塔でも貴女のお噂はかねてよりお伺いしておりますのよ。どうぞよろしくお願いいたしますわ」

 アルトリアは形式上、わたしの使い魔として協会に登録している。
 先の聖杯戦争の事を少しでも知っている魔術師ならば、剣の英霊であるアルトリアが最上級のゴーストライナーであることくらいは承知している。

「こちらこそ、ミス・エーデルフェルト。凛から貴女の噂は聞き及んでいます。非常に優秀な魔術師(メイガス)だとか」

 完璧なお嬢様のネコを被った金ぴかと、王様オーラを出すアルトリアの挨拶は、中々に愉快な光景よね。
 体格的にはミス・エーデルフェルトの方がかなり大きいのだけれど。
 流石ねアルトリア、まったく風格負けしてないわよ。

「それから、こちらが私の弟子、シロウ・エミヤです」

 続いて、士郎を紹介する。

「初めまして、ミス・エーデルフェルト。凛の弟子のシロウ・エミヤです。どうぞ、よろしく」

「……」

 士郎がミス・エーデルフェルトへ挨拶をするが、この金ぴかは無表情のまま無言で士郎を見ているだけだ。
 そして……

「ミス・トオサカ……貴女は今回の件がどれほど危険なものなのか、認識されていらっしゃらないの? こんな半人前以下の魔術師を連れてくるなんて、とても正気とは思えません。腕の立つ魔術師が既に何人も行方不明となっているのですよ? 無駄に命を捨てさせるおつもりですか?」

 言うに事欠いて、半人前以下ですってぇ!
 士郎は半人前よっ!

「いや、ミス・エーデルフェルト。それについては、私から貴女の認識を訂正させていただこう。このミスター・エミヤは私が担当する魔術戦闘科の生徒でな。その実力たるや、単純に戦闘力だけなら私をも凌ぐほどだ。決して侮っていい相手ではないぞ」

 わたしが口を出す前に、ミス・カミンスキーが間を取り持つように士郎の実力を説明する。
 それにしても、ミス・カミンスキーの士郎への評価は本当に高いのね、少し驚いたわよ。

「……ミス・カミンスキーがそう仰るなら……精々、命を粗末にしないことね。ミスター・エミヤ」

 それなのに、まだこいつは!

「ミス・エーデルフェルトッ! 士郎はこう見えても」

 ミス・エーデルフェルトの見下した態度に食って掛かろうとしたわたしの言葉を、遮るように士郎が、

「いや、待ってくれ凛。ミス・エーデルフェルトは、俺が想像していたよりずっと良い人だよ」

 理解不能な事を言い出した。

「「「「はぁ?」」」」

 何処をどう取れば、そんな答えにたどり着くってのよ!

「だってさ、俺のことを心配してくれたからこそ、忠告してくれたんじゃないか。うん、だから、俺は良い人だと思うぞ」

 そう言って、にこにこ笑ってるバカ一名。

「ふむ、相変わらずのようだな。ミスター・エミヤは」

「「はい……」」

 思わずわたしとアルトリアでハモってしまう。

「と、とにかく! 容赦はしませんわよ! ミス・トオサカ!」

「もちろんですわ、ミス・エーデルフェルト!」

 お互いに手袋を叩き付け合う勢いで宣言し、その場を分かれた。

「まったく、要らない時間を食っちゃったわねぇ……それじゃあ、わたし達も部屋へ行きましょ……って、どうしたのよ? 士郎?」

 ふと士郎を見ると……
 さっきフロントにいた宿のおばあさんが、一人ロビーの後片付けをしている様子を覗っている。

「ん? ああ、悪いんだけどさ、凛とアルトリアで先に部屋へ行っててくれないか?」

 そう言いながら、黒のロングコートを脱ぎ始めた。
 はぁ……まあ、大体予想はついたわよ……
 そのおばあさんの腕や足首に、痛々しく包帯が巻かれていたりするのよねぇ……

「まあ、止めはしないけど……適当に切り上げてきなさいよ……」

「ああ、了解だ」

 そう言って、士郎はおばあさんの方へと歩み寄り、二言三言話したかと思えば、さっさと手伝いを始めてしまった。

「しょうがないわね、それじゃアルトリア、わたし達は先に部屋へいきましょうか」

「良いのですか? 凛?」

「だって、しょうがないわよ。ああなったら、何言ったって聞かないんだから」

「フフ、確かにそうですね」

 二人で軽く笑いあいながら、わたし達は部屋へと向かっていった。







 そして、ディナータイム。
 小さいけれど清潔感のある食堂、その中央に置かれた天然木のテーブルには、わたしとアルトリア、ミス・エーデルフェルトとミス・カミンスキーの四人が対面して座っている。
 で、あのバカはというと……
 わたしとアルトリアが部屋へと向かった後、おばあさんとおじいさんの二人だけでこの宿を切り盛りしていて、おばあさんが怪我をしている事を知った士郎は、部屋に来ないまま料理の手伝いを始めてしまった。
 つまり、今わたしたちの前に運ばれている料理の数々は、そのほとんどが士郎の手によるもので、それを運んでいるのも士郎だったりするのだ。
 ほんとに……あんた、バカでしょ?
 "俺は賄いで済ませちまったから、気にしないで食べてくれ"という士郎の言葉に呆れながら、わたし達は食事を始めた。
 って言うか、あんた賄いまで作ってたのね……

「あ、あら? これは……」

 一口料理を口にした、ミス・エーデルフェルトが言葉を零す。
 士郎の料理と聞いて、はじめは憮然としていたミス・エーデルフェルトだったのだけれど……

「どうかしましたの? ミス・エーデルフェルト?」

 ふん! ざまみろ、金ぴか!
 士郎の料理の腕は、アーサー王のお墨付きよ!

「い、いえ。意外と、その……美味しいですわね……」

「名門エーデルフェルトの御当主に、わたしの弟子の料理をお褒め頂くなんて、名誉な事ですわ。弟子に代わってお礼を申し上げます、ミス・エーデルフェルト」

 GJ! 士郎!

「確かにな、ミスター・エミヤの料理の腕は一流だ」

 ミス・カミンスキーの言うように、今日の料理にはわたしも驚かされた。
 わたし達のフラットで料理をするのなら、それなりに食材も調味料も士郎の料理にあわせたものが揃っている。
 でも、初めてきた宿の厨房で、あり合せの食材と調味料から和洋折衷のコースを仕立ててしまうあたり、お前は何者だと言いたい。
 それからと言うもの、料理が運ばれてくる度に"これはどういったお料理ですの?"とミス・エーデルフェルトが士郎に聞きまくっていた。
 目に見えて、金ぴかの士郎に対する態度が改められていくのが、見ていて爽快だったり、ちょっぴり悔しかったりするのだけれど。

 士郎のもてなしによるディナーの後、わたし達はロビーで合同の作戦会議を行う事にした。

「それでは、現在までに私が掴んでいる情報と協会からの指示を説明しておこう。協会で確認が取れている強奪された水晶髑髏は全部で十個。第一目標は大英博物館より盗まれた"ブリティッシュ・スカル"の回収、第二目標はその他全ての水晶髑髏の回収、第三目的は魔術師"ユリック・ノーマン・オーエン"の捕縛もしくは殺害だ」

 ミス・カミンスキーの説明に、士郎だけが顔をしかめる。
 あれ? アルトリアまで怪訝な顔してどうしたのかしら?

「アルトリア、どうかしたの?」

「いえ、昨日から気になっていたのですが……その"ユリック・ノーマン・オーエン"という魔術師。私にはその名前が何処かで聞いたように思えるのです」

 そう言って、眉間に皺を寄せながら考え込むアルトリア。

「う〜ん、わたしは聞いた事ない名前だわ。ねぇ、ミス・カミンスキー、その魔術師についての詳しい情報はないのかしら?」

「ふむ、それがだな……1939年に協会へ登録された魔術師という事なのだが、その名前と工房の場所、そして年齢意外には詳しい情報が何も無いのだ」

「そう……それじゃ事前対策なんて立て様が無いわね……」

 魔術属性も得意とする魔術系統も解からないんじゃ、お手上げよ。

「そういう事だな、まあとりあえず今は置いておこう。それでだ、私から言いたい事はだな、これはミス・トオサカとミス・エーデルフェルトへの罰という形を取ってはいるが、既に何人もの魔術師が消息不明となっているほど危険な任務であることも事実なのだ。教授の悪戯で貴女達二人を競わせるような事になってはいるが……くれぐれも軽はずみな行動だけは避けていただきたい」

「「……」」

 よく言うわよ、自分だってドンパチのクセに……忘れてないわよ、あのアインツベルンの時、ロケットランチャーぶっ放した事は。

「凛? ミス・カミンスキーの言うとおりです。貴女方の決着は、正々堂々とその魔術の知識で"周りに被害を与える事無く"着ければ良いのです。ええ、それはもう存分にやって頂いて結構です。くれぐれも、"周りに被害を与える事無く"ですっ!」

 こ、恐いわよ? アルトリア。
 っていうか、なんでドンパチ二人に窘められなきゃいけないのよ!

「う〜、解かったわよ!」

「ミス・エーデルフェルトもよろしいか? 私が今回貴女からの契約を受けたのは、貴女達を諌める役が必要だと判断したからだ、という事を忘れないで頂きたいものだな」

「わ、解かりましたわ。ミス・カミンスキー」

 ミス・エーデルフェルトも流石にミス・カミンスキーに睨まれては、頷くほかは無いらしい。

「……あのさ、その相手の魔術師は、やっぱり倒さないといけないのか?」

 沈痛な面持ちで士郎が問いかける。

「何を仰っているの? ミスター・エミヤは?」

 そりゃまあ、ミス・エーデルフェルトのように初見の魔術師からすれば、士郎の言っている事は理解不能でしょうね。

「まあ、ミスター・エミヤらしい発言ではあるがな……ミス・エーデルフェルト、彼は可能な限り人死が出る事を避けたがるのだ」

「そんな事に意味はありませんわよ? 相手はわたくし達を潰しに来る可能性が高いのですから。それに、わたくし達は魔術師ですのよ」

 そう、これも全くもってその通りなご意見よね。

「そうね……ミス・エーデルフェルトの仰る事は、その通りだと思いますわ。ですから、これはわたし達の問題であって、あなたには関係の無い事です。どうかお気になさらずに」

 士郎がそれを目指すのなら、わたしとアルトリアが支えればいいだけの事なんだから。

「はい、シロウがそれを目指すのならば私と凛で彼を護るだけの事です」

 流石ねアルトリア、伊達に長い付き合いじゃないわね。

「ふむ、君達は相変わらずだな、ミスター・エミヤ」

「はい、二人には迷惑掛けっぱなしですけどね」

 一人ミス・エーデルフェルトが怪訝な表情をする中、わたし達はお互いに笑いあった。

「ならばブリーフィングはここまでとしよう。明日はお互い気を引き締めてことに当たるように」

 ミス・カミンスキーがそう言って場を閉める。
 と、不意に宿のおばあさんが声を掛けてくる。

「あの、先ほどはお料理まで手伝っていただきまして、まことにありがとうございました。大した物はありませんが、カモミールティをご用意いたしましたので、よろしければ皆様でお召し上がりくださいませ」

 そういっておばあさんは、香りの良いカモミールティーを振舞ってくれた。

「すまないな、おばあさん。なんだかかえって気を使わせちまったみたいだ。怪我のほうは大丈夫なのか?」

 そう答えながら、士郎がティーカップを受取る。

「はい、お客様のおかげで、ずいぶん楽をさせていただきましたので。ほんとうにありがとうございます」

「これは大変美味しいカモミールですわね。感謝いたしますわ、ミセス」

 さりげなく言うお礼が決して嫌味にならない、こういうところは流石上流階級のお嬢様だなと感心する。

「お気に召して頂ければ嬉しゅうございます。ところで、皆様は……あの古城へ行かれるつもりなのでしょうか?」

 あ、聞かれちゃったのかしら? ちょっと拙いわね。

「確か、私達と同じ職場の者が、以前この宿でお世話になっていたのですね? ミセス?」

 なるほど、行方不明の回収チームの宿もここだったのね。
 さすがミス・カミンスキーだわ。

「はい、以前御泊りになられたお客様も、あの城へ行くといって誰一人お戻りになられませんでした……土地のものもあの城は呪われているといって近づくものはおりません。どうか皆様もお止めになってくださいませ」

 親身になってこちらを気遣うおばあさんの気持ちが伝わってくる。
 でも……

「おい! 何してるんだ! 明日の準備をしなきゃならんのに、そんなところで油を売っている暇などないんだぞ!」

 急にフロントのほうからおじいさんの怒声が響いた。
 おばあさんは一瞬肩を震わせた後、わたし達に丁寧お辞儀をして戻って行った。

「なんだか感じの悪いご亭主よね」

「ああ」

 士郎は心配そうにおばあさんの後姿を視線で追っていた。







「……で、なんで同じ部屋なんだ?」

「わたしに聞かれても困るわよ! 手配したのはミス・カミンスキーなんだから!」

「ええ、先ほど"チェコでは同じ部屋だったそうだから問題は無いな"と言っていましたね……」

 そう、ミス・カミンスキーは、わたしと士郎とアルトリア、三人で一つの部屋しか手配していなかった。

「何考えてんだ、あの年増はっ!」

 言うわね、士郎。

「しょうがないじゃない、今さらどうにもならないわよ」

「私は構いませんが」

 ほら、アルトリアだって気にしないって言ってるじゃない。

「……う〜ん、じゃあ凛とアルトリアの二人でベッドを使ってくれ。俺はそこのソファーで寝るからさ」

「ダメよ士郎。明日に備えて睡眠はしっかり取らなきゃ」

「そうですよ、シロウ。さ、こちらへ」

 そう言って、わたしとアルトリアに両手をとられ、観念したのか硬直した士郎を真中にして、わたし達三人はベッドへと入った。
 士郎の右手をわたしが、左手をアルトリアが抱きしめるようにしながら。

「煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散ッ!」

 ぷっ、まあどうせ士郎の事だからこうなるのはわかってたんだけど、相変わらず弄りがいあるわよねぇ。

「ねぇ、士郎〜、わたしなら我慢しないでいいのよぉ〜」

 ちょっとワルノリしちゃえ。

「煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散ッ!」

「そうですよ、シロウ。私とて殿方の喜ばせ方くらい心得ているのですから、遠慮しないでいただきたい」

 ちょっと、アルトリアさん?

「煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散ッ!」

「士郎は、ツルペタには興味ないのよねぇ〜」

 士郎はわたしのなんだからねっ!

「煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散ッ!」

「フッ、僅か一センチの差に驕るとは滑稽ですね。そんな事よりも、シロウは金髪はお嫌いですか?」

「煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散ッ!」

「士郎は、艶のある黒髪が好きなのよっ!」

 いい度胸ね、アルトリア!

「煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散ッ!」

「その黒髪も、正体があかいあくまとあっては何の役にもたちませんねっ!」

「煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散ッ!」

――ガバッ!

「何よ! やる気なの、このドンパチ騎士!」

「悪霊退散! 悪霊退散! 悪霊退散! 悪霊退散ッ!」

――ガバッ!

「面白い! 受けて立ちましょう、うっかり魔術師(メイガス)!」

「猛獣退散! 猛獣退散! 猛獣退散! 猛獣退散ッ!」

――ば〜ん!!

 叩き壊すほどの勢いで開かれた部屋の入り口から、

五月蝿くて眠れん! いい加減にしたまえっ!!

鬼の形相で、裸ワイシャツの銀髪年増が怒鳴っていた。

「「「ごめんなさい」」」

 士郎? 視線があの谷間に釘付けになってるわよ?
 後で覚悟しなさいよねっ!






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