Fate / in the world

015 「最強の魔術使い」 後編


 翌朝早く、朝食を取ったわたし達は、ケズィックの町から二キロほど北上したところにある、小さな湖のほとりに建てられた古城へとたどり着いた。
 周りは人の手が入っていない自然のままの丘陵地帯、霧がかかっている湖はどこか幻想的ですらある。
 まぁ今はそんな事、どうでもいいけど……

「あ〜、これから魔術師の工房である城へと突入するわけだが……ミス・トオサカ、ミス・アルトリア、仲違いもいい加減にしたまえよっ!」

「「……」」

 だってしょうがないじゃない、アルトリアが悪いんだから!

「まったく……信じられませんわ。作戦開始前夜に喧嘩で仲間割れなどと」

 うっさいわね、金ぴか!

「はぁ……ミスター・エミヤ。なんとかならんのか? このままでは作戦に支障がでるぞ」

「……あ、あのな、凛、アルトリア」

「何よっ!」

「何ですかっ!」

「ゴメンナサイ」

「まぁ、君に期待した私が馬鹿だったな……ところで、ミス・トオサカ。このままでは、戦う前から貴女とミス・エーデルフェルトの競い合いは結果が出ているようなものだと思うのだが? それはよろしいのか?」

 うぅ……よろしくない。

「あら、ミス・カミンスキー。東洋の片田舎の魔術師ごときが、このわたくしと競い合うなど滑稽な事。最初から棄権なさるのは賢明な判断ですわ」

――ぶちっ!

「ねぇ、アルトリア。桜に頼んで、江戸前屋のどら焼き送って貰うから、今はそれで手を打たない?」

「凛、今一度貴女に忠誠を誓いましょう!」

 よし! これで戦えるわねっ!

「「……」」

「俺の存在価値って、どら焼き以下かよ……」

 さあ、わたし達のチームワークを見せ付けてやるわよ、ミス・エーデルフェルト!





Fate / in the world
【最強の魔術使い 後編】 -- 紅い魔女の物語 --





 湖のほとりに建てられた古城は、周囲を高い城壁に覆われ、背後は湖への断崖となっている。
 城壁の周りは、湖を利用した堀が囲んでいて、進入口は正面の城門以外には無い。
 その城門は、まるでわたし達を誘うかのように開かれ、跳ね橋までがおろされている。

「何て言うか、こうあからさまだと、かえって不気味だよな……」

「でも、ここで迷っていても始まらないわ。進むしかないでしょう」

 わたし達が躊躇している間に、ミス・エーデルフェルトがすたすたと跳ね橋を渡り始めた。

「何事も臆せず、正面から堂々と乗り込む。王道ですわ」

「なるほど、それは一理あります」

 アルトリアも納得してんじゃ無いわよ!
 結局、ミス・エーデルフェルトを先頭に、ミス・カミンスキーとアルトリアが続き、最後尾をわたしと士郎が進んでいく。
 全員がアーチタワーを潜り、城内へと入った瞬間、防御結界の発動と跳ね橋の吊り上げが同時に起こった。

「ふむ、やはり閉じ込められたか。まあ予想の範囲内ではあるが」

「そうですわ、気にせず先に進むしかありませんわね」

 チーム・エーデルフェルトは二人ともイケイケね。

「シロウ、凛、私達も先に進みましょう」

 チーム・トオサカのドンパチが先を急ぐ。
 城内の正面通路から回廊へ入ると日の光がさえぎられ、急に薄暗くなる。
 そのまま回廊を奥へと進んでいくと、左手に大きな入口の部屋が現れた。

「ミス・カミンスキー、わたくし達はこの部屋を調べる事にいたしましょう」

 ミス・エーデルフェルトがそう言って入口を開け、ミス・カミンスキーを伴って部屋へと入っていく。

「凛、競い合うとは言え、魔術師の工房は危険だ。彼女達と逸れるのは愚行と思いますが」

 うん、アルトリアの言うとおりね。

「そうね、わたし達も入りましょう」

 そう言って、わたし達もその部屋へと入ると、そこは大きな食堂だった。
 長い間放置されていた城であるため、内装はかなり傷んでいる。
 その中央には長いテーブルが置かれており、その上には……小さな台座の上に乗せられた水晶髑髏が一つ置かれていた。

「ありましたわ、これが水晶髑髏ですわね」

 そう言って、ミス・エーデルフェルトが水晶髑髏を手に取ろうとする。

「触るなぁっ!!」

 食堂に響く士郎の制止の声。
 獲物を狙う鷹のように飛び出した士郎が、ミス・エーデルフェルトの手を掴んでいた。

「なっ! 無礼ですよっ! ミスター・エミヤ!」

 一瞬の事に慌てたミス・エーデルフェルトは、士郎の手を振り解こうとする。

「すまない! でも、これに触っちゃダメなんだ!」

 二人とも落ち着きなさいよね。

「士郎? どうしたのよ、急に?」

「何かおかしなところがあるのか、ミスター・エミヤ? ミス・エーデルフェルトも少し落ち着きたまえ」

 わたしとミス・カミンスキーは二人を窘めるように問いかける。

「ああ、この台座。見た瞬間にいつものクセで解析しちまったんだが……これがスイッチになってトラップが発動するみたいなんだ」

 なるほど、そういうことね。
 さすが解析だけは一流ね、士郎。

「それは機械的な仕掛けという事ではありませんか? それを見ただけで解析したなどと、そんな事が……」

 士郎の説明を聞いても、未だに信じられないという面持ちでミス・エーデルフェルトが呟く。

「いや、ミスター・エミヤの解析能力は超一流レベルだ、間違いはあるまい。それで、ミスター・エミヤ。このトラップはどうすれば解除できるのだ?」

 ミス・エーデルフェルトを窘めながら、ミス・カミンスキーが士郎へと問いかける。

「これは重量を感知するタイプのセンサーだから解除は無理なんだ。けど……みんな、しゃがんでくれないか? 絶対にこのテーブルより上に体を出さないようにしてくれ」

 士郎の指示に従って、わたし達は全員テーブルより低くなるようにしゃがむ。
 それを確認した士郎が、

「――投影開始(トレースオン)!」

 その手に漆黒の洋弓と矢を二本投影する。
 瞬間、ミス・エーデルフェルトの顔色が変わった。
 まあ、あの投影を初めて見せられたんだもの、その反応もわかるわよ。

「よし! みんな気をつけてくれよ」

 士郎の合図と共に、全員が注意深く姿勢を低くする。
 シンと静まり返った空気の中、二本の矢を交差させるように弓に番えた士郎は、水晶髑髏目掛けて矢を放った。

――バシュッ!!

 水晶髑髏が二本の矢によって反対側の壁へと磔にされる。
 と同時に、食堂を一本の硬質ワイヤーが物凄い速度で走った。
 ちょうど、そのワイヤーの高さはテーブルの僅か上。
 もしも……士郎が止めずにあのままミス・エーデルフェルトが水晶髑髏を手にしていたら……
 全員の上半身と下半身が無き別れしていただろうその光景を想像すると、悪寒が走る。

「ふむ、危ないところだったな……ミス・エーデルフェルト、ミスター・エミヤに感謝する事だ」

 そう言って、立ち上がったミス・カミンスキーは辺りを警戒している。

「ミスター・エミヤ……貴方は、何者なのですか?」

 呆然と座り込んだまま、ミス・エーデルフェルトが士郎に向けて呟く。
 水晶髑髏を回収した士郎は、ミス・エーデルフェルトへと手を差し伸べ、引き起こしながら、

「俺は、半人前の魔術使いだぞ」

 そんな事を言ってのけた。

「なっ!」

「「「ぷっ、くっ……」」」

 驚愕する金ぴか。
 わたしとアルトリア、ミス・カミンスキーは笑いを堪えるのに必死なんだけど。

「なんでさ、俺何かおかしい事言ったか?」

「いや、さすがミスター・エミヤだ。そうだな君は半人前の魔術使いだったな」

「そうよ、士郎は士郎なんだから、それで良いのよ」

「はい、ほんとにシロウらしい」

 そう言って、わたし達はとうとう我慢できずに笑い出してしまった。
 そうね、こんな時でもこれがわたし達らしくていいわよね。







 食堂を後にしたわたし達は、さらに回廊を奥へと進んでいく。
 元々は豪奢な造りだったはずの回廊は長年の放置のせいか痛みが激しい。

「それにしても、悪質なトラップだよなぁ。あんなの機械的なトラップに無頓着な魔術師なら一発でアウトじゃないか」

 憤慨しながら士郎は怒りをあらわにする。

「そうね、一般的に魔術師は機械的なトラップには気を使わない傾向が強いから、あれは危なかったわね」

 まあ、それをあっさりと看破する士郎が異端なんだって事なんでしょうけど。
 そんな事を話していると、次の部屋の入口が見えてきた。
 あ、でもこのままってのは拙いわね。

「ちょっと待って、士郎とアルトリアが先頭に立った方が安全だわ」

 アルトリアの対魔力と士郎の解析があればまずだいじょうぶでしょ。

「ふむ、その通りだな。ミス・トオサカとミス・エーデルフェルトを間にする形で私が殿を勤めよう」

 ミス・カミンスキーの指揮能力はこんな時ありがたい。
 即座に最適なフォーメイションを指示してくれるんだから。

「そうですわね、それではお任せしますわ」

 扉に手を掛けていた、ミス・エーデルフェルトは指示に従い先頭をアルトリアと士郎に譲る。

「了解だ。じゃあ俺が解析するから、後よろしくなアルトリア」

「はい、任せてください」

 ほんと、士郎の構造解析ってこんな時はすごく便利よねぇ。
 扉に手を置きながら、士郎が部屋全体の構造解析を開始する。

「よし、とりあえず大丈夫みたいだ。アルトリア、ゆっくりドアを開けてくれ」

 士郎の指示に従って、アルトリアが部屋のドアを開けると、そこは客間のような部屋だった。
 中央に小さなテーブルとソファ、奥に豪華な天蓋付きのベッドがある。
 そのベッドの枕元に無造作に水晶髑髏が置いてあった。

「シロウ、あれは?」

「ああ、怪しさ満点だよな」

 そう言いながら、士郎はベッドを解析する。

「……最低のベッドだな、これは。――投影開始(トレースオン)!」

 今度は、なんの変哲も無い両手剣を投影し、

「ちょっと、すごい音がすると思うけど、びっくりしないでくれよな」

 そう言って、士郎は両手剣をベッドの中央へと投げつけた。

――ガシャーンッ!!

 轟音と共に、ベッドの天蓋が落ちてくる。
 明らかに天蓋には相応しくない重量だと判る様な墜落音。

「なによこれ……水晶髑髏を取ろうとしたら圧死ってこと?」

「ああ、だから言ったろ? 最低のベッドだってさ」

 士郎は、天蓋の落ちたベッドへと近づき、枕元に置いてあった水晶髑髏を横手から回収する。

「なるほど、徹底的に魔術師が苦手とする機械仕掛けに拘っているという事か」

 そうね、ミス・カミンスキーの言うとおり、これは魔術師を標的にした魔術師殺しのトラップよ。
 でも……そんなトラップに士郎が最高の相性で対応するだなんて、皮肉なものよね……

「よし、ここにはもう他に何も無いみたいだな。次へ移動しよう……ってどうしたんだ? アルトリア?」

 ん? どうしたのかしら、考え込んじゃってるわね、アルトリア?

「いえ、少し気になる事がありまして……私の思い違いかもしれないのですが……」

「ミス・アルトリア、どんな事でも手がかりになるかもしれないのだ。よければ話していただきたいのだがな」

 腕を腰に当て、考え込んだ表情のまま、アルトリアはミス・カミンスキーの要請に応え話し出した。

「実は、先ほどのトラップといい、ここのトラップといい、その内容が私の読んでいる推理小説、これに出てくる童謡になぞらえているような気がするのです」

「「「「はぁ?」」」」

 突拍子も無いアルトリアの言葉に全員の言葉が重なる。

「あ、いえ、ですから、私の思い過ごしかもしれないのです……マザーグースの"Ten Little Indians"という童謡なのですが」

 幾分、自信無さ気に言うアルトリア。

「アルトリア、それって"そして誰もいなくなった"よね? アガサ・クリスティの」

「はい、凛もご存知でしたか」

「そりゃ有名だからねぇ。確かあれに出てくる童謡ってこうだったかしら」

――十人のインディアン、一人がのどをつまらせて、九人になった
――九人のインディアン、一人が寝過ごして、八人になった
――八人のインディアン、一人がそこに残って、七人になった
――七人のインディアン、一人が自分を真っ二つに割って、六人になった
――六人のインディアン、蜂が一人を刺して、五人になった
――五人のインディアン、一人が大法院に入って、四人になった
――四人のインディアン、一人が燻製のにしんにのまれ、三人になった
――三人のインディアン、大熊が一人を抱きしめ、二人になった
――二人のインディアン、一人が陽に焼かれ、一人になった
――最後のインディアン、彼が首をくくり、後にはだれもいなくなった

「喉を詰まらせてが食堂の罠で、寝過ごしてがベッドの罠って事か……う〜ん、確かに言われてみればそう思えなくも無いけど、考えすぎなんじゃないのか?」

 腕を組みながら士郎が、問いかける。

「これが、トラップのことだけならば私も考えすぎだと思うのですが……」

「ミス・ペンドラゴン、他にもなにかございますのね? 貴女が不審に思っていることが?」

 確認するようにミス・エーデルフェルトが先を促す。

「はい、この工房の主である魔術師、"ユリック・ノーマン・オーエン"という名前なのですが、小説の犯人が使った偽名と同じなのです。"U・N・オーエン"つまり"UNKNOWN"となり誰ともわからぬ者、という意味になるのです。しかもミス・カミンスキーが言っていたこの魔術師(メイガス)の協会登録の年、1939年とはこの本が出版された年なのです」

「つまり、そんな魔術師は存在しない。そういう事なのね」

 アルトリアの意図を代弁をした私の言葉に、みなの言葉が無くなった。

「ちょっと待ってくれ。けど、実際に水晶髑髏は盗まれて、回収チームの人たちは行方不明になってるじゃないか?」

「ええ、そうね。だから"ユリック・ノーマン・オーエン"という名前の架空の魔術師を装った人物の犯行なんでしょうね、これは」

 単純に魔術師による犯行って事じゃ無く、何か裏がありそうね。

「ふむ、そう考えるのが一番妥当だろうな。そして、その前提条件を考慮に入れた場合、これから先のトラップも予測しやすくなる。恐らく十個目の水晶髑髏の部屋にこのふざけた芝居を企てた輩がいる確率も高いだろう。その上で先に進む事を提案するが、皆よろしいか?」

「もちろんですわ。こんなふざけた三文芝居を許すほど、わたくし優しくはございませんもの」

「わたしも異論は無いわよ」

「はい、私も構いません」

「ああ、俺も賛成だ」

 結果的にアルトリアの推測は当たっていた。
 それ以降も各水晶髑髏の設置場所に張られていたトラップは、マザーグースの童謡になぞらえたものばかりだった。
 ただ、トラップの傾向が判明してからの進行は、目に見えて速度が上がった。
 そもそも事前に罠の概要が予測できる上に、士郎の解析があるのだから、トラップなんてほとんど意味をなさい。
 まあ、それでも斧が飛んできたり、毒針が飛んできたりと、アルトリアの直感スキルが無ければ大変だったんだろうけど。
 九個の水晶髑髏を回収し、わたし達は十個目の水晶髑髏の部屋、地下工房の前へと到着した。







 重厚な作りの両開きの扉を開けると、十畳ほどの部屋は意外なほどにがらんとしている。
 ほとんど荷物らしいものは何も無く、正面に水晶髑髏を設置してある台座だけが目に付いた。

「ミスター・エミヤ、すまないが水晶髑髏を半分持っていただけないか?」

「ああ、了解だ」

 入口付近でこれまでに回収した九個の水晶髑髏を士郎とミス・カミンスキーが受渡ししている。
 わたしとアルトリア、ミス・エーデルフェルトの三人は部屋へと入り、トラップを警戒しながら水晶髑髏へと近づいていく。

「確か最後は"首をくくる"でしたわね? でも天井からは何も吊るされておりませんわね」

「そうね、天井自体に怪しげなところもないし」

 そう言いながら、わたしとミス・エーデルフェルトは部屋の天井を注意深く見つめている。
 その瞬間!

「凛! 下がってくださいっ!」

 アルトリアの警告に振り向くと、水晶髑髏が七色の光を放ちながら輝いているのが目に入った。

「な、何よこれはっ!」

「何ですの? 床がっ!」

 わたしとミス・エーデルフェルトが立っている床に真赤な魔方陣が浮かび上がる。
 一瞬で床が液状化し、触手のようにわたし達を捕らえに掛かる。

「くっ! ダメ抜け出せないわ!」

「凛! 手を伸ばしてくださいっ!」

 わたしよりも中央付近にいたミス・エーデルフェルトは既に腰の辺りまで引き込まれている。
 ギリギリの場所から、わたしへ手を伸ばすアルトリア。
 でも……わたしの矜持がそれを許さなかった。

「ごめん! アルトリア!」

「リン! 貴女、何故ミス・ペンドラゴンの手を掴まなかったのですっ!」

「うっさいわね! ルヴィアゼリッタ一人を置いて逃げ出したなんて、わたしの矜持が許さないのよっ!」

 ミス・エーデルフェルトを捕まえ、二人で同調しながら対魔・対物理結界の準備に掛かる。
 その瞬間、士郎がこちらへと向かって走り出したのに気が付いた。

「ダメっ! 来ちゃダメよ、士郎! アルトリア、士郎を止めてっ!」

「クッ! シロウ、貴方はこちら側から何とか手立てをっ! 凛は私が護り抜いて見せますっ!」

 そう言って士郎を引きとめたアルトリアがわたし達に向かって飛び込んできた。
 見る間にわたし達三人を引きずりこむ床の触手に絡まれながら、

「士郎! 信じてるからっ! あんたじゃないとこの空間を破れない、だから、信じて待ってるからねっ!」

 飲み込まれる寸前、わたしは全ての信頼をこめたメッセージを士郎に残した。







 一瞬の違和感の後、強い不快感に襲われてわたしは気がついた。
 そこは、光も音も何も無い空間。
 飲み込まれる寸前に張った防御結界に包まれたわたし達三人にさえ、強い焦燥感を与えるくらいの魔力吸収結界が施された空間だった。

「これって、もしかして虚数空間じゃないかしら」

 しかも完全閉塞型のね。

「そうですわね、それを内向きの結界を張る事で維持しているようですが。おまけに酷く不快な結界まで張られているようですわね」

「これは……生命力や魔力を吸収する結界でしょうか? ライダーのものと似ていますね」

 そう、聖杯戦争時にライダーが学校に張った結界とそっくりなのだ。

「ミス・トオサカ、これを内側から破壊する案、何か思いつきまして?」

「そう言うミス・エーデルフェルトこそ如何なのかしら?」

「こんな時に、何を言い合っているのですかっ! 貴女たちはっ!」

 うぅ、確かにアルトリアの言うとおりよね。

「はぁ……これは無理よ、ルヴィアゼリッタ。理論的にはディラックの海に似た作りなのかしら。恐らくわたし達が天井に注意を払っている間に術式を作動させて、水晶髑髏で集積・加速した光子力で空間を対生成したんでしょうね。前九個までの水晶髑髏をマザーグースの童謡に見立てて罠を張ったのは、最後の部屋でわたし達の注意を水晶髑髏から切り離すための布石だったのよ」

「なんて手の込んだ無駄な布石でしょう……でも、なるほどリンの仮説ならば辻褄が合いますわね。対生成で生じた時空の孔にわたくし達を引き込んだ後。対消滅でエネルギーを開放させて孔を閉じたわけですのね。しかも、開放されたエネルギーは水晶髑髏に取り込まれ再利用されると言うわけですわね」

「ええ、それに内向きの防御結界のせいで、空間の内側からの破壊は不可能ね。後は外からの救助がくるまで、魔力吸収結界に対向する防御結界をわたし達で張り続けるしかないわね」

 何が頭にくるって、そのせいでさっきから手持ちの宝石を潰し続けてるって事よ!

「それは、時間的に考えても無理ですわ。あの場にはミスター・エミヤとミス・カミンスキーが残ったのですよ。恐らく、ミス・カミンスキーは時計塔へと救援要請を出すでしょうが、とても間に合うとは思えません。ましてミスター・エミヤに空間に孔を開けるほどのエネルギーを作り出せるとは思えませんもの」

 嘆息しながらルヴィアゼリッタがそう言うと、アルトリアが何かに気づいたように声を上げる。

「っ?! なるほど……最後のシロウへのメッセージはそういう事だったのですね、凛!」

 さすがね、アルトリア。
 そうよ、だから士郎にしか不可能なの。
 空間に孔を開けるほどの光子力なんて、よほどの遺物(アーティファクト)でも使わない限り創り出せない。
 でも、士郎はそれを可能にする剣を知っている。
 ただ、星の力で造られたその剣は、まだ今の士郎には投影できない。
 投影で創り出せないのなら、それがある場所へいけばいいのよ。
 そして、それこそが士郎の本当の魔術。
 その剣が存在する世界自体を作り出す大魔術、固有結界(リアリティ・マーブル)・"無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)"!

「……一体どういうことですの? リン、まさか貴女は、ミスター・エミヤに期待しているとでも仰るのですか? 半人前の魔術使いなのですよ、彼は!」

 あら、半人前以下から半人前へ格上げしたのねルヴィアゼリッタ?

「まあ、士郎が半人前なのは事実よ。けどねルヴィアゼリッタ、あいつの本当の二つ名は"最強の魔術使いの継承者"なのよ」

「はい、シロウはへっぽこですが、誰よりも強い」

 わたしとアルトリアがお互いに、ニヤリと笑みを零す。

「……」

 怪訝な顔でわたし達を見るルヴィアゼリッタの気持ちは解からないでも無いんだけど、今はそんな事を気にしている暇は無い。
 僅かに繋がっているパスを通じて、聞こえるはずの無い"あの"詠唱が聞こえてくる。

「来るわっ! たぶんわたしは動けなくなるでしょうから、孔が開いたらよろしね、アルトリア!」

「はい、任されました!」

「ルヴィアゼリッタ、今から脱出までの間、防御結界を一人だけで維持できる?」

「誰に向かって仰っているのですか! 出来るに決まっているでしょう!」

「上等よ! それじゃ任せたわよっ!」

 その瞬間、虚数空間をも含む世界自体が作りかえられていく。
 断絶された空間からは剣の丘は見えないけれど、圧倒的な違和感に包み込まれるのがはっきりとわかる。

「なっ! 何ですの、この違和感はっ!」

 ルヴィアゼリッタの驚愕を尻目に、わたしは大量の魔力をパス経由でくみ上げられる喪失感に襲われる。
 相変わらずきっついわね、固有結界(リアリティ・マーブル)は。
 急激な魔力減少に伴い、立ちくらみのような症状に襲われるが、横からアルトリアが支えてくれた。

「ありがと、アルトリア」

「お安い事です」

――パリン!

 ガラスの割れるような硬い音と共に、何も無かった空間に孔が開いてゆく。

「あれよ! 飛び込んでっ!!」

 わたしの合図に、ルヴィアゼリッタが一足飛びで飛び込む。
 体の自由が利かない私を、アルトリアが孔目掛けて放り込み、アルトリアもその後に続いてくる。
 その瞬間、わたしは逞しい腕に抱きかかえられた。

「凛! 遅くなってすまない!」

「士郎! 信じていたわ!」

 やっぱり、士郎は最強の魔術使いよ!

「あっ! こうしていられないわっ! 対消滅のエネルギー放出が始まる前にここを脱出しないとっ!」

 なんたって”約束された勝利の剣(エクスカリバー)”のエネルギー放出なんだから、洒落になんないわよ!

「最後の水晶髑髏の回収がまだですわ!」

「そんな暇はない! 走れっ!」

 士郎の言葉を合図に、一斉に走り出す。
 力の入らないわたしは、士郎にお姫様抱っこされたままっていうのが、とてつもなく恥ずかしいんだけど。
 地下の階段を駆け上がり、薄暗い回廊へと出たとき、地面の底から轟音と共に激しい揺れが起こった。

「ダメ! 間に合わないっ! 士郎、わたしを置いて逃げてっ!!」

 わたしを抱えているせいで、士郎は思うようにスピードを上げれない。

「いいから黙って抱かれてろっ!」

 その言葉に、歯を食いしばって走る士郎の首に抱きつく。

「あと少しで城外ですっ! シロウ、急いでっ!」

 四人揃ってアーチタワーまでたどり着いた時、ついに大爆発が起こった!

「アルトリア! 凛を頼むっ!!」

 士郎の言葉と同時にわたしは浮遊感に襲われた。
 中空に放り投げられたわたしの体を、アルトリアが受け止めてくれる。

「だめだシロウ! 何をする気ですかっ!!」

「俺を信じて走れっ!!」

「クッ! 信じていますからねっシロウッ!!」

 士郎の言葉に苦渋の表情を浮かべ、アルトリアがわたしを抱いたまま跳ね橋へと走り出す。

「嫌よっ! 士郎っ!! 嫌ぁぁぁっ!!」

 わたしの絶叫はアーチタワーへと殺到する爆風と炎にかき消される。

I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)

 駆け抜ける風と襲い来る爆炎の中、最強の魔術使いの詠唱が聞こえた。

「"熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)"――!」







 わたしとアルトリアとルヴィアゼリッタの三人が跳ね橋を渡りきるまでの間、一人で爆炎を押さえ切った士郎は、崩壊する跳ね橋と共に掘りへと落ちた。
 きっと、その時のわたしはかなり取り乱していたんだと思う。
 掘りの中にぷかぷか浮かぶ士郎が、

『みんな大丈夫か?』

 なんて言ったもんだから、思わず特大のガンドをお見舞いしてやった。
 ちょっとは自分の心配しなさいってのよっ!!
 ミス・カミンスキーが救援を求めるために一足先に宿へ戻ったらしく、城門の跳ね橋や城壁周りの結界が突破されていた事もラッキーだった。
 城を跡形も無く吹き飛ばした爆発からなんとか逃れたわたし達は、ミス・カミンスキーと合流するために、宿へと戻った。

 わたし達が宿へ戻ると、驚いた顔でミス・カミンスキーが出迎えてくれた。
 そりゃまあ、空間に孔を開けるなんて、あの状況じゃちょ〜っと無理だものねぇ。
 ルヴィアゼリッタもミス・カミンスキーも、士郎がどうやって空間に孔を開けたのか聞いてきたのだけど、企業秘密ということで突っぱねてやった。
 でも、"熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)"はルヴィアゼリッタに見られちゃったわね。
 後で対策考えないといけないかな。

 ようやく一息ついて落ち着いた頃、ミス・カミンスキーが状況を説明しだした。

「どうやら私達は、最初から嵌められていたようだ」

 一体どゆことよ、それは?

「どうゆう事ですの? ミス・カミンスキー? わたくし、どうにも納得できませんもの」

 ぷりぷりと怒りながらルヴィアゼリッタがミス・カミンスキーに詰め寄る。

「ふむ、私が救援要請のため一足先にこの宿へと戻った時、フロントの奥で宿のミセスが殺されていた。そして主の姿は既に消えていてな。不審に思い家捜しをしたのだが……この宿の地下に簡易工房を発見した」

「つまり、この宿の亭主が"ユリック・ノーマン・オーエン"を騙った魔術師だったって事ね?」

「うむ、恐らくはそういうことだろうな。付け加えると、あの老夫婦は実際には夫婦ではなかったのだがな。元々はミセスが一人でこの宿を経営していたらしい。消えた男のほうはジョドゥ・ヘイガンという名前のようだが、何者なのかまでは解からん」

 沈痛な面持ちで状況を説明していくミス・カミンスキー。
 ふと、士郎を見ると……

「……すまない」

 と、口の中で小さく呟いたのが聞こえた。
 士郎らしいけど……おばあさんを助けられなかった事を気にしているのね。

「結局最後の水晶髑髏だけは回収できなかったわけだが、主目的である"ブリティッシュ・スカル"の回収は完了した。これで任務完了と言うわけだ」

 そう言って、ミス・カミンスキーは協会へと連絡を取るためにフロントへと歩いていった。

「ねえ、士郎。あまり気にしちゃダメよ? あんたは今回、わたし達全員を助けたんだからね?」

「そうですよ、シロウ。今回貴方の活躍は、まさに英雄のそれでした」

 わたしとアルトリアの労いを聞きながら、軽く微笑みを返してくる。
 ほんとよ、士郎。
 ほんとに素敵だったわよ、あなた。

 だからわたしも、もっともっと素敵な女性になるわね。
 それで、士郎の心の一番大切なところに居座り続けるの。
 その代わり、私が士郎の心を護り続けるわ。

 ね、素敵でしょ? 士郎。






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