Fate / in the world

015 「最強の魔術使い」 前編


 倫敦――世界屈指の魔都であるこの都市には、その名に相応しく世界中の魔術師の総本山である魔術協会総本部がある。
 中世に単を発するこの組織は、魔術師の自衛・管理団体という一面の他に、外敵に対向するための武力と、魔術研究のための研究機関でもあるという側面を併せ持っている。
 魔術師の世界で一般的に"時計塔"と呼ばれる場合、狭義においてはこの研究機関という側面を指す事も多々ある。
 その所在地である大英博物館は、裏の顔として地下へと潜るにしたがってより神秘と混沌を増していく、魔術師の地下要塞でもある。

 冬木のセカンド・オーナーである遠坂家の当主は、代々若年時にこの時計塔へと留学し、その魔術を研鑽するのが慣わしだ。
 わたし、遠坂凛もその例に漏れず、今年から特待生として時計塔は鉱石学科にその席を置いている。
 魔術特性として五大元素を持ち、あの聖杯戦争を最後まで勝ち抜いた現遠坂家当主のわたしだ。
 例え、魔術師の最高学府時計塔といえど、主席を狙うのが当然ってものだろう。
 もちろん優雅に。

「ですから、ミス・エーデルフェルトのアプローチでは、魔力の転換効率に無駄が生じると申し上げているのです」

 現在進行形で講義中の鉱石学科第一講堂で、わたしと魔術理論をぶつけ合っているこの相手にだって例外ではない。
 わたしが時計塔にやって来るまでは、ずっと主席を張ってたらしいけど。

「あら、ミス・トオサカ。そのような計測誤差程度の無駄を気になさるなんて、相変わらず慎ましやかですわね。それは東洋人の美徳かしら?」

 こんな時代錯誤の金髪縦ロールに負けてられるかってのよ!

「さすが名門エーデルフェルトは、お使いになる石も質の良いものばかりですものね。まあもっとも、そうしなくては良い結果を得られない、という事は無いのでしょうけれど……」

 ふん! ちょ〜っと金持ちだからって、高い石ばっかり使えば良いってもんじゃ無いわよ!

「もちろんですわ、ミス・トオサカ。わたくしは宝石の削りカスにまで気を使うようなびんぼ……失礼、不自由な生活はしておりませんもの」

 誰が貧乏よ! ちゃんと聞こえたわよ、今っ!

「ミス・エーデルフェルト、これでは水掛け論ではありませんか? ここはお互い実践で答えを導き出すというのは如何でしょう? ――Anfang(セット)!」

「珍しく気が合いましたわね、ミス・トオサカ。ええ、わたくしも異存ございませんわ。 ――Ready(レディ)!」

 くたばれ、金ぴかっ!!





Fate / in the world
【最強の魔術使い 前編】 -- 紅い魔女の物語 --





 十一月の倫敦の街、鉛色の空の下を、わたしは大英博物館から倫敦大学へと向かってガワー・ストリートを歩いている。
 わたしと共に倫敦へとやって来た、弟子であり主夫であり恋人でもある衛宮士郎と一緒にランチを取るためなんだけど。
 北海道と同じ緯度にあるにもかかわらず、比較的温暖なイギリスも、この季節になると寒さは厳しくなり、自然とわたしの歩みも足早なものになる。

 穂群原学園を卒業と同時に、わたし達はここ倫敦へと渡ってきた。
 時計塔の年度開始は九月であるため、渡英からの五ヶ月間は士郎の魔術特訓とその他モロモロに費やされ、飛ぶように時間は過ぎていった。
 そして九月、士郎は特待生であるわたしの弟子という形で、晴れて時計塔へと入学したのだ。
 実際、魔術師の弟子が師と一緒に時計塔へとやってきて、就学するというケースは少なくない。
 こういった場合、弟子は無試験で就学を認められるのだけれど、その責任は全て師に課せられるという事と、正式な魔術協会員ではない学徒と呼ばれる身分には、色々と制限もつく。
 まあ、士郎自身は正式な協会員になりたくなかったようで、かえって都合がいいなんて言ってるけど。
 その士郎が専攻している魔術戦闘科の戦闘訓練講義が、今わたしが向かっている倫敦大学の一角を間借りする形で行われているのだ。

 大学のキャンパスはランチタイムという事もあり、結構な人が行きかっていた。
 そんな人ごみと雑踏の中、わたしはキャンパスを横切り、講堂へと歩を進める。
 既に何度も来たことのある建物の魔術戦闘実戦訓練が行われているトレーニングルームへと入ると、ちょうど訓練が終わったところのようで、ロッカールームから出てきた学生達がそれぞれランチへと出かける準備をしているところだった。

「おや? 今日はこちらでランチを取る日だったのかね、ミス・トオサカ?」

 横合いから不意に掛けられた声に振り返ると、ロングストレートの銀髪を後ろでまとめた碧眼の年増……もとい、美女が立っている。

「ええ、士郎がいつもお世話になっています。ミス・カミンスキー」

 そうなのだ、冬木で知合いアインツベルンの事件では共に行動したあのミス・アンナ・カミンスキーは、時計塔の外部委託講師として魔術戦闘理論を担当していたりする。
 要するに、士郎の担当教官ということなんだけど。
 素手でアインツベルンの戦闘型ホムンクルスを倒すような非常識極まりない戦闘力を持った魔術師が教官なんだから、その訓練の苛烈さたるや押して知るべしと言うところだろう。

「いや、ミスター・エミヤは元々厳しい鍛錬を積んでいたからな。かなり優秀な生徒だよ」

 そりゃまぁ、あのアーサー王と毎日鍛錬してりゃあねぇ。

「あっ! 待たせちまったか? 凛?」

 ロッカールームから姿を現した士郎が急いでこちらへと駆けて来る。

「いいえ、わたしも今来たところよ」

「そっか、なら良かった」

 そう言って士郎は、ランチの入ったバッグを手に微笑みかけてくる。

 昨年の冬に起こったあの悲しい出来事から、もうすぐ一年がたつという今、士郎はやっと微笑む事ができるようになった。
 倫敦へと渡ってから時計塔が始業する九月までの五ヶ月間、魔術特訓以外の時間を、わたしは士郎とアルトリアを連れて目一杯遊びまくったのだ。
 この世界には、理想とか目標を追いかける事以外にも、人生を楽しむって事がこんなにもたくさんあるんだって事を、徹底的に叩き込んでやった。
 まあ元々、本人にもあの悲劇を乗り越えるという意志もあったわけだし、そういった平和な時間の流れは徐々に士郎の心の傷を癒してくれたようだ。

「そろそろアルトリアも来てる頃よ。待たせると恐いから急ぎましょ?」

 今日は、わたしと士郎、そしてアルトリアの三人でランチを取る約束をしていた。
 相変わらず、食事の時間には正確なアルトリアの事だから、遅れるとお説教が飛んでくるのは間違いない。

「そうだな、それじゃ急ごう。カミンスキー先生も一緒にどうですか? かなりたくさん作ってきたから余裕ありますよ?」

「ふむ、ミスター・エミヤの手料理も久しぶりだな。それではお言葉に甘えるとしよう」

 そう言いながら、わたし達はキャンパス内のアルトリアとの待ち合わせ場所へと向かっていった。







「……」

 こくこく、もっきゅもっきゅと無言で士郎お手製のランチを食べ続ける、金砂のような髪に聖碧の瞳をもったドンパチ……もとい、アルトリア・S・ペンドラゴン。
 第五次聖杯戦争において、セイバーのサーヴァントとして士郎に召喚された彼女は、紆余曲折を経て現在わたしと契約をしている。
 実はあの名高いアーサー王だったという彼女は、わたしや士郎と共に彼女の祖国とも言うべきこの倫敦へとやってきたのだ。

「待たせちまって悪かった、アルトリア。で、そろそろ機嫌を直してくれるとありがたいんだけど……」

 両手を頭の上で合わせながら、待ち合わせの時間に遅れた事を謝る士郎。

「……別に私は怒ってなどいません。ただ規則的な食事は健全な体の源となるもの。それを疎かにする様な愚行をおかしたくないというだけです」

 相変わらずね、アルトリア。

「お、おう。今後気をつけるよ、アルトリア。お詫びに今夜のメニューはアルトリアのリクエストに応えるからさ」

「……ま、まあ、シロウがそこまで言うのなら……それでは今夜のディナーは鴨のローストのオレンジソースでお願いします」

「……ガンバリマス」

 ぷっ、まあせいぜい頑張りなさい、士郎。

「時に、ミス・カミンスキー。担当教官として、シロウの履修状況はどうなのでしょうか?」

 士郎の一言で一気に機嫌を回復させたアルトリアがミス・カミンスキーに訊ねる。
 うん、それってわたしも興味あるわね。
 っていうか、わたしが士郎の事ほったらかしにしちゃ拙いんだけど、今はわたしもちょ〜っと自分の事で手が一杯なのよねぇ。

「そうだな……柔軟な発想力と鍛錬に裏打ちされた戦闘力、優れた解析能力。"あの"投影魔術無しでも、学生レベルではずば抜けていると言っても過言ではないだろう」

 へぇ〜、結構評価高いのね、士郎ってば。

「ただしだ……戦闘補助魔術においては、強化以外へっぽこであるという事実。これは冬木の頃から進歩がないのだがな……」

 一転、呆れた表情で評価を反転させる担当教官。

「「……」」

 うふふふふふ、わたしとアルトリアの笑顔をプレゼントしてあげるわ、衛宮くん。

「ゴメンナサイ」

「まったく……今はわたしもあんたにまで手が回らないんだから、しっかりしなさいよね、士郎!」

 そうよ、あの金ぴかをぎゃふんと言わせるまでは、手を抜くことなんてできないんだから!

「ハイ、ハンセイシテマス」

「おや? シロウ、食べないのでしたらその唐揚げは私が頂くとしましょう」

 そう言って小さくなっている士郎のおかずから、唐揚げを強奪するアルトリア。
 あ、いや、わたしも大概きついけど、あなたも酷いわね、アルトリア。

「そう言えば……聞いたぞ、ミス・トオサカ。"また"やったらしいではないか、あのミス・エーデルフェルトと」

 やばっ! もう噂が広まってたんだ。

「……凛。貴女、まさか"また"?」

 失礼ね、アルトリア……何よその"またですか"っていう呆れたような眼はっ!

「……凛、お前な……」

「だって、しょうがないじゃない! むこうがいちいちわたしの理論にケチつけてくるんだからっ!」

「それはお互い様だと聞いているのだが……しかしだ、だからといって、鉱石学科の第一講堂を修復不可能なくらいに破壊しつくすのはどうかと思うが? ミス・トオサカ?」

「「……」」

 あちゃ〜、そこまで知ってたのね、ミス・カミンスキー。
 ああ、士郎とアルトリアの視線が痛いわ。

「で、でも! わたしだけの責任じゃ無いんだからっ! ミス・エーデルフェルトだってテンカウントの呪文ぶつけてきたのよ!」

「ってことは、お前もテンカウントの呪文ぶつけたって事なんだな? ……そりゃまぁ、そんな事しておいてぴんぴんしてるってのは凄いと思うけどさ……」

「シロウは凛に甘い! いいですかっ! 凛のそういった破天荒な行動のせいで、私達の財政事情がさらに悪化していくのですよっ! これでは私がいくらやり繰りしても、追いつかないではありませんかっ!!」

 うぅ……返す言葉もないわね。
 倫敦での生活において、私達の財政管理をアルトリアが一手に引き受けてくれている。
 王様にこんな事やらせてるわたし達って……ん? 王様だからいいのかしら?

「ご、ごめんなさい……」

 ここは素直に謝っておいた方がいいわね。

「はぁ……まあ、やっちまった事はしかたがないさ。それで、"今度は"どんな罰を受けたんだ? 凛?」

 たかが三回目なのに"今度は"を強調する事無いじゃないのよ! 士郎のバカ!

「……ほら見なさい、シロウは凛に甘い……」

 うっさいわね、アルトリア……ほっぺた膨らませて怒る王様なんていないわよ! ここいるけど……

「そ、それがね、今回のはちょ〜っとだけ被害が大きかったみたいで……教授からはまだ何も通達がないのよ……」

「「……」」

 うぅ……わたしだって、悪い事しちゃったなぁって思ってるのよ?
 それもこれも……あの金ぴかが全部悪いのよ!

――ちゃららちゃーんちゃん♪ちゃららちゃーんちゃん♪ちゃららちゃーんちゃん♪ちゃっちゃちゃーーん♪

「あら? メールだわ」

 って、噂をすれば教授からじゃない。

「……なあ、凛。メールの着信音が"地獄の黙示録"ってのは、どうなんだろう?」

「いいのよ、教授からのメールはこの曲に設定してるの。どうせ碌なメールなんて来ないんだから」

「ところで、凛。いったいどのような罰を下されたのですか?」

 ん、ちょっと待ってね、アルトリア。――え? な、何よ、これ?

「えとね、わたしとミス・エーデルフェルトの両方に同じ仕事を命じるらしいんだけど、その成果をもって今回の件を帳消しにするって事なのよ。しかも、両者の成果を比較して今期の成績に加点するって、何なのよこれは?」

「「え?」」

 士郎もアルトリアもキョトンとした顔で聞いている。
 まあ、てっきり修繕費を請求されると思ってたんだから、拍子抜けといえばそうなんだけど。

「あ〜、ミス・トオサカ。その懲罰だがな、甘く見ないほうが良いぞ。実は今、私にも同じようなメールが届いたのでな。先月、大英博物館の収蔵庫より盗まれた"ヘッジス・スカル"の事は知っているな。協会は既に三度、これの回収のために魔術師を派遣しているのだが……その悉くが失敗、派遣された魔術師は行方不明となっている。どうやら、君達への懲罰の内容は、この危険極まりない任務、"ヘッジス・スカル"の回収を競い合うという事らしいな」

 ちょっと……それって無茶苦茶ヤバイじゃないのよ……

「でも、なんでカミンスキー先生のところにまでメールが来るんだ? 凛とは直接関わりは無いように思うんだけど?」

 そう言えばそうよね?

「それがだな……私へメールを送ってきたのは教授ではなく……ミス・エーデルフェルトだ。今回の件で、傭兵として私と契約したいという事らしい」

「「「なっ!」」」

 あの金ぴか、金に物言わせて封印指定執行者を仲間に引き込もうって魂胆ねっ!

「私自身、少なからずエーデルフェルト家には世話になった事もあってな。正直、これは断りにくいのだ。よって、ミス・トオサカ。今回、私は貴女の敵側になるだろう」

「くっ……なら、士郎、アルトリア! 協力して頂戴っ! これは絶対に負けられないわっ!!」

 大丈夫よ、最強の魔術使いと最優の英霊が味方なら、ミス・カミンスキーが敵になろうとこのわたしが負けるはず無いわっ!

「アルトリア、紅茶の御代わりどうだ?」

「頂きましょう、シロウ」

 なのに、なんでこいつらは完全にスルーを決め込んでいるのか……

「人が頼んでるってのに、無視するんじゃないわよっ!!」

「うわぁ、紅茶を投げるなっ! そんなにふんぞりかえって人にものを頼む奴なんているかよっ!」

「わたしがいるじゃない!!」

 何か悪いって言うのかしら? 衛宮くん?

「……シロウ、諦めた方がよさそうです」

「お互い苦労しそうだな、ミスター・エミヤ」

「俺……泣いてもいいかな?」

 見てなさいよ、ミス・エーデルフェルト! 今度こそぎゃふんと言わせてあげるわっ!







 午後、三人で中華街やピカデリーをまわりながら買い物をした後、セント・ジョンズ・ウッドにあるわたし達のフラットへと帰ってきた。
 このフラットは魔術協会が特待生用に用意したもので、二十畳以上あるリビング、三人で使っても余裕のあるキッチン、ちょっとしたパーティーができそうなダイニングと洋室が五部屋、それとは別に工房が二つ完備されている。
 日本の住宅事情に照らし合わせると、なんとも無駄に広いという感想が沸き起こるのも無理はないだろう。

 そのキッチンでは、鴨のローストを仕上げている士郎の後姿が、忙しそうに動いている。

「よ〜し、良い具合に焼きあがったぞ。オレンジソースも完璧だ」

 アルトリアがリクエストした士郎の鴨のローストオレンジソース掛けはまさに絶品で、何度食べても飽きがこない。
 ダイニングのテーブルの上にディナーを並べながら、士郎がリビングにいるわたし達へと声を掛けてくる。

「凛、アルトリア、そろそろ夕食にしないか?」

 その声に、わたしは教授から送られてきた"ヘッジス・スカル"回収の詳細なレポートを閉じ、ダイニングへと向かう。
 アルトリアも最近はまっているらしい推理小説を閉じ、同じように立ち上がる。

「おお! いつもに増して素晴しい出来ですね、シロウ」

 アルトリア、アホ毛揺れすぎよ。

「そうね、士郎は倫敦で料亭でも出した方が成功するんじゃないかしら」

 いや、冗談でなくて。

「どうせ俺は……まあいいや、それじゃあ、いただきます」

「「いただきます」」

 ちょっと、ほんとに美味しいわねこれ。
 食前酒のシェリーを一口含んだ後、メインの鴨を頂くと、どこの三ツ星レストランだと言うほどの美味しさだったりするのだ。

「ちょっとオレンジソースに一工夫してみたんだ。気に入ってもらえると良いけどな」

 そういいながら、士郎はこくこくと頷きながら食べているアルトリアへ微笑んでいる。
 う〜ん、確かにあのアルトリアのしぐさは可愛いんだけど、ちょっと複雑な心境よね。

「あ、そういえば凛。詳しい事は判ったのか? 例の懲罰」

 ふと思い出したように士郎が聞いてくる。

「懲罰って言うな……そうね、大体の情報は整理できたわよ」

「凛、その回収する"ヘッジス・スカル"とは、どういった物なのですか?」

 アルトリアの質問に、士郎もうんうんと頷いている。
 あんた、魔術師のくせに"ヘッジス・スカル"を知らないって言うのね。

「そうね、それじゃあ簡単に説明しておくわ。"ヘッジス・スカル"っていうのは、一般的に水晶髑髏と呼ばれる水晶で作られた人間の頭蓋骨の模型のことよ。マヤ・アステカ・インカ文明なんかの遺物(アーティファクト)として扱われてるんだけど、その製作技術があまりに高度な事が判っていて、当時の技術だと製作できなかったはずなの。だから遺物(アーティファクト)ではなくオーパーツとして扱われる事もあるのよ。現在十数個の水晶髑髏が発見されているんだけど、大英博物館には"ブリティッシュ・スカル"って呼ばれる水晶髑髏が収蔵されていたの。それが先月、何者かによって盗まれたらしいんだけど、既に三回にもわたって派遣された回収チームは音信不通のまま行方不明になっているわね」

 わたしの説明を聞きながら、行方不明者が多数出ているという件に、士郎の表情が曇る。

「そもそも何の目的でそんなものを盗んだんだろうな?」

「それは判らないけど、でもね……一説によれば、十三個の水晶髑髏を集めると"根源"へと到達できる何ていう噂があるんだから、まあ魔術師なら興味くらいは持つでしょうね」

 眉唾の可能性が果てしなく高いんだけどね。

「しかし……それでは、時計塔の魔術師による内部犯行の線が濃いのではないでしょうか?」

「うん、確かにアルトリアの言うとおり、ここまでの情報だとそうなるのよね、でも……世界各地に点在する水晶髑髏が同じ時期に何個か盗まれているのよ。それに大英博物館から水晶髑髏を盗んだ犯人の手口は魔術師のものじゃなくて、特殊部隊じみた物だったそうよ」

「う〜ん、それじゃあ、どこかの魔術師が特殊部隊上がりの傭兵を雇って、その水晶髑髏を集めたって事か?」

「ええ、"パリス・スカル"と呼ばれているフランスの水晶髑髏を盗んだ犯人の足取りと、過去三回の回収チームが残した手がかりから、ターゲットの魔術師は割り出せているのよ。”ユリック・ノーマン・オーエン”って名前の老魔術師で、湖水地方の古城を工房として使っているらしいわ」

「ってことは、その魔術師の工房へ侵入しなくちゃいけないのか」

 そう言いながら、士郎の表情が幾分厳しいものになった。

「ええ、解かっているとは思うけど、魔術師にとって工房は自身の城のようなものよ。外敵から神秘を護る為のトラップがあるはずね。もしかしたら行方不明になったこれまでの回収チームは工房に仕掛けられたトラップにやられたのかもしれないわね」

「ユリック・ノーマン・オーエン……はて? どこかで聞いたような名前ですが……まあ、良いでしょう。おかげで大体の事は理解できました。しかし、凛。その仕事を貴女だけではなく、ミス・エーデルフェルトという学友と競わせる意図は何なのですか?」

 あぅ……さすがアルトリア、痛いところをついてくるわね。

「そ、それはね……まあ今回の講堂破壊の件は両方に責任ありって事が最大の要因なんだけど。実は、わたしとミス・エーデルフェルトの主席争いが今のところ全くイーブンらしいのよ。それで一石二鳥ってことで教授が仕組んだみたいなの」

「「……」」

 そ、そんなに睨まなくったっていいじゃないのよ……

「……まあ、言いたい事は山ほどあるけど今はいいよ。それよりさ、そのミス・エーデルフェルトだっけ。名前だけはよく聞くんだけど、どんな人なんだ?」

 あ、そっか、士郎もアルトリアも直接会った事無いわよね。

「え〜っと、金ぴかよ!」

 間違ってないわよね?

「凛……真面目に説明する気は無いのですね?」

「だから風王結界出さないでよ、アルトリア! え〜っと、名前はルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。わたしと同じ鉱石学科に所属する魔術師で、フィンランドの名門エーデルフェルト家の現当主でもあるわ。属性はわたしと同じ五大元素(アベレージワン)で、専攻は宝石魔術。とくに魔術刻印を使用したガンドは"フィンの一撃"クラスの凶悪なものね。まあ、お嬢様育ちもあって外面だけは良いんだけど、あれは絶対にネコ被ってるわよ! わたしには解かるんだから!!」

「「……」」

 あれ? どして無反応で無表情なのかしら二人とも……

「なあ、アルトリア」

「なんでしょう、シロウ」

「俺さ、そのミス・エーデルフェルトって人に物凄く似てる人物を知ってるような気がするんだけど……」

「奇遇ですね、シロウ。実は私もです……」

 そう言って二人とも半眼でわたしを睨んでくる。

「なっ! 何言ってるのよ!! わたしがあの金ぴかに似てるわけ無いでしょうがっ!!」

 あり得ないわよ、そんな事!

「こういうのを、同属嫌悪というのでしょうか……シロウとアーチャーみたいなものですね」

「ああ、人の振り見て初めて気がついたよ、俺……気をつけないといけないよな」

 だ〜か〜ら〜、違うって言ってんでしょうが!

「そんな事より、凛。何時こちらを出発するのですか?」

 ……切り替え早いわね……アルトリア。

「え〜っと、湖水地方までだいたい四時間くらいだから、明日の午前中にはここを出るわよ。宿の手配やなんかはミス・カミンスキーのほうでやってるそうよ」

「わかりました」

「了解だ。それじゃあ今夜は早く寝るようにしないとな」

 そう言いながら、士郎は優しく微笑んでくれる。
 ごめんね、士郎。
 わたしのせいでこんな危険な事手伝わせるはめになっちゃって。

 "大丈夫だぞ"と言いながら、わたしの頭をかるく撫でる士郎の手が暖かくて気持ちよかった。
 うん、わたし達三人ならきっと大丈夫。

 その夜、わたしは暖かな手に抱かれながら眠りついた。






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