Fate / in the world
029 「so Long, Good Bye...」 後編
人の願いが星の内部で結晶化した神造兵装、"
およそ聖剣というカテゴリーにおいて頂点に立つその剣が放った極光は、わたし達に襲いかかって来たアンリ・マユの泥と共に桜を消し去った。
凄まじいまでの破壊力は、その余波によって大聖杯の基盤である大魔法陣をも破壊しつくした。
そしてその極光が収まり、辺りが静寂に包まれる中……
「ア、アルトリア……」
悲しい程に震える士郎の声が向けられた先には、鎧も聖剣も維持できなくなり、蒼いドレス姿となったアルトリアの体が、淡く光っている。
ぐらり、と不意に倒れたアルトリアの体を、駆け寄った士郎が抱きしめた。
「……アルトリア、君は……」
「そんな悲しそうな顔をしないで下さい、シロウ」
困ったように微笑みながらそう言ったアルトリアの体から、まるで蛍火のように
わたしもアルトリアも、ここ数日の戦闘でお互いに魔力量が不足している事を理解していた。
つまり……アルトリアは覚悟の上で撃ったのだ……
「けどっ!」
頭を振りながら駄々をこねる子供のように士郎が叫ぶ。
全身の力が抜けてしまって思うように動かない体を引き摺りながら、わたしもアルトリアの傍へと辿り着き、その手を握る。
「私は十分に満足しているのですよ? 少なくともシロウと凛、二人の御身を護り抜く事が出来たのですから。それに、この二年半の歳月……本当に幸せでした。貴方達と共に歩めた事は私の誇りです。そして、シロウ……貴方は私に大切な答えを啓してくれた」
士郎に抱かれながらも、徐々に舞い散る
なのに……本当に安心しきった顔のアルトリアがそっとその手を士郎の頬に沿わす。
「アルトリア……」
「大丈夫です、シロウ。私は答えを得て、あの丘へと戻るのですから。騎士王としての生涯を矜持を持って閉じ、ただのアルトリアとして向かうべき場所へと行くために。ですから、シロウ……これは別離ではありません。私はいつか必ず、シロウの元へと戻ります」
「クッ……」
アルトリアの言葉に、士郎は口の端を噛みしめ、一筋の涙が頬をつたう。
「凛、貴女がシロウと共にあってくれて本当に良かった。貴女が傍にいれば、シロウはきっと大丈夫ですから」
「アルトリアッ!」
約束したじゃないっ! 一緒に子育てしようってっ!!
なのに……あなたのその体はもう、淡く、儚くて……
「最後に、一つだけ……」
「……ああ」
「シロウ――貴方を、愛している」
それはどれほどの想いが込められた詞だったのか。
太古の時代から使い古された普遍の詞に万感の想いをのせて、アルトリアは静かに光の粉雪へと変わっていった……
わたしの手から聖痕が消えたその瞬間、三年近くも続いたわたし達の、長い神秘の夜が終わりを告げたのだと、そう思った。
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【so Long, Good Bye... 後編】 -- 紅い魔女の物語 --
静寂に包まれたまま、どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
士郎はアルトリアを抱いていた姿のまま動けないでいる。
わたしも、何も考える事が出来ず……
その時、ふとわたしの視界の端に動くものが映り込んだ。
ソレはふわふわと宙を浮きながら、わたし達から十メートル程離れた場所へと移動して……
「ッ?!」
その場所に忽然と現れ、宙をさまよっていた宝石剣を手に取った存在に、わたしの魂が悲鳴をあげる。
「……これは、悲劇よな。錬鉄の英雄よ……」
鋭い眼光を湛えた紅い眼で、士郎を見つめながら呟かれた言葉に、士郎の体がビクっと震えた。
「時に女の強すぎる想いは、周りを巻き込み悲劇をもたらす。これが人の世となれば、是否もなしだ。様々な時代、様々な場所でこれと同じような悲劇、惨劇が繰り返された。これはそういったモノの一つであり、間違いなくこれからも世界中で繰り返されるであろう」
蓄えた真白な髭を触りながら、そう話すのは……
キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ、宝石の名を持つ大師父だった。
「……」
それでも士郎はアルトリアを抱いていた自分の手を、じっと見つめたまま動こうとしない。
「人とは、人類とはそれほどまでに愚かしい存在なのだ。故に"世界"はその守り手を欲する。我欲に突き動かされ、その結果どのような結末を導く事になるのかなど考えもせずに、人は知識を貪り尽くす。未だその精神が未熟なままでな。その代償が星の力の減退じゃ……自身の力に驕った人類は、"こうあって欲しい"、"こうであれ"という願いを、祈りを蔑ろにした。これはそのまま星の力を弱める事に繋がり、このように神秘の薄い、大源すら希薄な世界へと堕ちたのだ。その昔、様々な気象変動や地殻異変が"抑止の力"であり得た世界は、今はもう無い。この不毛な時代、”世界”は常に新たな”抑止の力”として”
そうか……答えはすごく単純で、最初から目に見えるところにあったんだ。
あまりに見えやすいところに平然と置かれていたから、誰もそれに気づかなかっただけで……
第二魔法……それは数多存在する"並行世界の運営"。
そう、"世界"の運営なのだ……
「大師父……」
「今代のトオサカか……」
「はい……大師父、一つだけお聞かせ下さい。第二へ至ると言う事は、つまり……そういう事なのですか?」
「ふむ、ソレに気づく事が出来れば、第二への第一関門を突破したという事であろうな。それが、わしからの回答じゃよ」
あまねく並行世界を運営する、つまり"世界"の安定のためにこそ動く存在。
そこには最初から善や悪などという概念すら存在しない。
"超越者"……そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
でも……その遠坂六代の悲願へと辿り着いた存在を目の前にしながら、わたしは、どうしても納得が出来なかった。
わたしは……遠坂は、こんなモノを六代もかけて追い求めたのか……
そう思った時、
――契約せよ、錬鉄の英雄よ
士郎に契約を迫る声が響いた。
「さて、"世界"との契約を受け入れよ、錬鉄の英雄。そして望め! お主が護ろうとした騎士王を、今度こそ護り得る力を!」
大師父のその言葉に、今まで反応を示さなかった士郎が立ち上がった。
「一つ聞かせろ、くそ爺……イリヤの時も、藤ねぇの時も、慎二の時も、そして今回も……全部、カミンスキーを使って貴様が裏で動いていやがったのか?」
「そこのサキュバスとの混血の娘は、確かにわしと契約を結んでおった。お主を"世界"との契約へと導くように助力するという内容の契約をな。その手法にまでは口出しせなんだが……もっとも、契約の報酬が死んだ男の蘇生などという浅ましいものであったのでな。それ程期待をしていたわけでもない……案の定、わしの血を与え、礼装まで貸し与えた末にこの有様。所詮使えぬ娘であった事はちがいあるまい」
表情一つ変えないまま、まるでそれが真理だと言わんばかりの物言いだった。
その瞬間、士郎の魔力が膨れ上がる。
「あああああぁぁぁぁぁぁ――っ!!
魂からの雄叫びは、わたしがこれまで見た事も無いほど悲しげな怒りの表情と共に。
そして、その激情は信じられない事に、たった一節の詠唱のみで
「そんなっ!! 詠唱破棄?! いえ……極端なまでの高速詠唱化……」
一瞬にして紅い丘へと書き換えられた風景に気をとられた瞬間、
「"
士郎は迷う事無く大師父へと"
「この痴れ者が……」
――ドンッ!
"
これが……魔法使いと英霊候補の戦い……
「グッ……く、そ……」
単なる拳骨での殴打のように見えた大師父の一撃は、膨大な魔力が込められていたらしく、たった一撃で士郎を蹲らせてしまった。
「落ち着かぬか、錬鉄の英雄よ。そのような無茶をするな、もはや鞘の再生は望めぬのだぞ。まったく……そもそも
「ッ?! 士郎!」
大師父の言葉に慌てて覗き込んだ士郎の虹彩は……あの弓兵と同じ鈍色で……
「それでなくともお主は呪いに蝕まれておるのじゃ。さらに寿命を縮める気か?」
「えっ?」
今……大師父は……何て言ったの……
「ほぅ、気付いておらなんだか? トオサカよ。まったく……トオサカの人間は肝心なときに抜けておる。こやつはな、魔剣の呪いに精神のほとんどを蝕まれておる。普通ならば、今すぐにでも耐え切れず発狂死するほどの状態じゃ。それを、わずかに残った心の光に縋りながら正気を保っておるのだ」
「そんな……嘘よ……だって士郎はなんとも……」
「それこそ、こやつの鉄の意志が成せる業であろう。本来、精神の侵食など、どうにもならん。ましてやこやつが蝕まれておるのは、古より幾多の英雄達を飲み込んできた魔剣の呪い。手に取った者を必ず破滅させる呪いじゃ。皮肉にも、こやつの育ての親と同じ境遇という訳よな。もはや、どうする事もできぬ」
いや……信じないわ、そんな事……
「ごちゃごちゃと、良くしゃべる、爺だな……」
鳩尾の辺りを手で押さえながら、士郎が立ち上がる。
ほら……士郎は今までどおり、元気なのよ……
「この期に及んでまだそれだけの口がきけるところは流石とほめておいてやろう……だが、わしの見立てでおよそ三年というところか? そこまで持てば奇跡のようなものじゃが……さて、錬鉄の英雄よ。残り少ないその命では、お主の理想など到底かなえられまい? 未だ幼いままの人類からこの"世界"を護る担い手となって、未来永劫に"救い"を成せ!」
大師父の言葉も聞こえない……
わたしは……いったい今まで、士郎の何を見てきたのよ……
そう思った瞬間、紅い外套に包まれ、士郎の胸に抱かれた。
「ごめんな、凛……お前に打ち明けられなかったんだ……この事件の後で、落ち着いてからちゃんと話すつもりだった」
「呪い……本当……なのね?」
「ああ、本当にごめん」
それは決定的な言葉で……
けど……だからこそ! しっかりしろ! わたし!
夫の全てを受け止めるって誓ったじゃないっ!
「わたしこそ、気付いてあげられなくてごめんね、士郎……でも、もう二度とわたしに隠し事しないって誓って……」
「ああ、誓うよ。俺は二度と凛に隠し事はしない……それからな、そこのくそ爺。お前のたわけた勘違いを一つ教えてやる。俺の理想はあくまで俺の力で、俺の命が続く限り追い求めるものだ。分不相応な力を求めてまで、ましてやその死後にまで追い求めるような代物じゃない!」
昔のままの士郎の笑顔で、昔のままの士郎の口調でわたしに約束してくれた。
そして、一転鷹のような鋭い視線で大師父に説教を食らわせた。
魔法使いに説教するなんて……きっとあなただけよ?
「……何を言い出すかと思えば……良く考えよ! その目を開け! この"世界"はもはや持たぬところまで来ておる! "世界の護り手"を必要としておるのがわからぬか!」
士郎の言葉に激昂しながら大師父が"世界"の理を諭す。
「それこそ、何を言ってやがる! 人ってのは生まれてやがて死んで行くものだ。けどな、たとえ俺が死んでも、きっとその理想を継ぐ者が現れる! そうやって、人は、人類は、一歩一歩前を見ながら、遥か遠き理想を目指すんだっ!! 俺は、お前ほど人に絶望もしていないし、俺自身を諦めたわけでもないさっ!」
そう、それが……士郎の得た答えなのね……
どこまでも甘くて、理想主義で、それでも……なんて綺麗な答え……
ただひたすらに、士郎らしくて……
「……初めてお主を見たときの感想を思い返してしまうな……"異端"……数多存在する並行世界のどのエミヤ・シロウとも違った存在……どうしても、"世界"との契約を受け入れぬか?」
「くどいぞ、くそ爺!」
「……ならば仕方あるまい……遠からず、この"世界"は終わりを迎えよう……もう二度と会う事もあるまい、さらば英雄の成り損ないよ」
そう言って、大師父はわたし達の前から姿を消した。
今は……何も考えれない……考えたくない……
この数日でわたし達は、どれだけのものを失って、どれだけのものを得たのだろう。
計り知れないほどの喪失感が心のうちに押し寄せてくる。
「凛、桜の事……まもれな」
「士郎……そこから先、一生わたしに言わないで。わたしは、あなたとアルトリアが桜を救ってくれたと思う事に決めたの、だから……」
言いかけた士郎の言葉にわたしの本心をかぶせて遮った。
「……そうか……」
「ええ、だから……教会へ戻って一休みしたら、帰りましょ、わたし達の家へ」
「ああ、そうだな」
そう言ってわたしと士郎は大空洞を後にした。
正直、今後の事は何も考えられない。
でも今は、ただ士郎と二人で居たい。
それしか思いつかなかったし、それが一番大切なんだとも思った。
深夜、教会へと辿り着いたわたしと士郎を神父様が出迎えてくれた。
二人だけのわたし達を見ても、あえてアルトリアの事を聞いてこなかった神父様の気遣いに今は感謝したい。
大まかに事の推移を説明し、事後処理をお願いした後、わたしと士郎は部屋へと戻った。
部屋へ入るとすぐに士郎が、
『凛に隠し事はしないと約束したから言うけどさ、赤色がダメになった。グレーに見えてしまうんだ』
と言いながら悲しそうに微笑んだ。
”他の色ならよかったのに”という士郎に”どうして?”と聞くと、
『凛に一番似合う色だから』
なんて事を、また悲しそうな笑顔をで言う。
だから、
『私自身を赤色だと思えばいいわ』
と、思い切り強がって言ってやった。
その後一緒に入ったベッドの中で、どうしてあんなアーチャーみたいな口調で話していたのか問い詰めると、自分のせいでわたしとアルトリアが狙われていると知り、今後は自分ひとりで行動しようと思い至った士郎は、対外交渉等の時に自分の思考が読まれやすい事を危惧し、アーチャーをお手本にしたと白状した。
それを聞いた瞬間、何かを考えるより先に、士郎の頭を二発殴ってやった。
一発はわたしの分、もう一発はアルトリアの分よ!
頭をさすりながら謝る士郎を胸に抱き寄せ、"馬鹿"と一言いってから目を閉じた。
ねえ、アルトリア。
こいつ、まだまだ馬鹿のままよ?
あなた戻ってくるって言ったわよね?
だったら、さっさと戻ってらっしゃい!
子育てと、この馬鹿の面倒、わたし一人じゃ身が持たないわ!
でも、そうね……必ず戻ってくるあなたに、さよならだけじゃおかしいわよね。
だから……
"so Long, Good Bye...アルトリア"
Season3 - Long Good Bye... END.
To be continued "Fate / in the world" Season4 - epilogue in the world
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