Fate / in the world
029 「so Long, Good Bye...」 前編
士郎……あなた、わたしに何を隠しているの?
切嗣さんと最後のお別れをした後、士郎は意識を失って倒れた。
確かに、
でも……
教会の長椅子に横たわり、私の膝で眠る士郎は、以前あれほど無防備だった
パスの繋がっているわたしですら士郎の精神の状態が判らないほどに。
ねえ士郎? わたし達夫婦になったのよ?
あなたの事だったら、どんな事だって受け止めて見せるわ。
だからこの事が終わったら、あなたの言葉で話してね、士郎……
真白な士郎の髪を梳きながら、少しだけやつれた様に見える頬にそっと指を沿わせる。
あなたも少し疲れたわよね。
ごめんね、わたしの妹の事で……
きっと士郎の事だから、桜は俺の家族なんだからって笑いながら言うんでしょうけど……
そう言えば、本当に家族になっちゃったわね。
桜には決して受け入れたくない形でしょうけど……
ねえ、桜? ほんとにもう手遅れなの? わたしは、あなたを……
「どうかしたのか? 凛?」
不意に、大きくて暖かな掌がわたしの頬へと優しく触れた。
慣れた手つきで、溢れそうになっていたわたしの涙を拭ってくれる。
「気がついたのね、安心したわ、士郎」
「ああ、すまない。心配をかけてしまったな」
そう言って、起き上がる士郎の逞しい背中はまるで……
「シロウ、気がついたのですね。もう起き上がっても大丈夫なのですか?」
教会の奥から扉を開けて入ってきたアルトリアが士郎の姿を見て声をかけてくる。
「ああ、もう大丈夫だ」
「……そうですか。凛、例の執行者が目を覚ましました。私達に話したい事があるそうですが?」
士郎の"大丈夫"に思いっきり半眼で睨みを利かせたアルトリアが、わたしに用件を伝えてくる。
ミス・マクレミッツがわたし達に? いったい何かしらね?
「解かったわ、それじゃあ一緒に行きましょう」
わたしの言葉に、士郎とアルトリアが後についてミス・マクレミッツが治療を受けていた部屋へと向かう。
無言のまま歩くわたし達は、お互いがそれぞれに解かっている。
もう時間が無いと言う事を。
どうなるにしろ、きっと今夜が最後の決戦になるでしょうね……
そう思いながら、ミス・マクレミッツの居る部屋へと入った。
Fate / in the world
【so Long, Good Bye... 前編】 -- 紅い魔女の物語 --
「まずは私を助けて頂いた事に、感謝の言葉を述べさせて貰おう。ありがとう、おかげで命拾いをした」
そう言いながら、ベッドの上で上半身を起こしたミス・マクレミッツが頭を下げる。
「いいえ、わたし達は何もしていないわ。あなたを治療したのは神父様よ。それより、何の話なのかしら?」
ミス・マクレミッツに感謝される事などしていない。
正直、彼女とわたし達は敵ではないが味方でもない。
必要以上に馴れ合うつもりも無い。
「ふむ、ミス・トオサカ、貴女のその気質は私の好む所ではある。ならば、助けて頂いた代償としてではなく、私の独り言として聞いていただければ良い」
この人も生粋の魔術師としては随分と甘いところがあるのね。
まあ、そういう所を綺礼に利用されたのかもしれないけれど……
「昨日、貴女達が戦闘を行った後の事だ。あれだけ派手にビルを吹き飛ばしていたので、こちらにもすぐにソレと判ったのだが……相手にサーヴァント紛いの存在が居ると知った私は、ミス・トオサカとの約束を反故にした。つまり、協会上層部へと執行部隊の即時増援を要請したのだ」
「なっ?!」
ちょっと、それって!
「ミス・トオサカ、出来れば最後まで話を聞いて頂きたい」
じっとわたしを見つめながら、真剣な表情で言うミス・マクレミッツ。
「……話の内容次第ね。それと、わたしは"ミス"じゃなくて"ミセス"よ。間違えないで頂きたいわね」
そう言ったわたしに怯む事無く、
「それは失礼した、"ミセス・トオサカ"で宜しいのかな? それと、祝辞を述べさせて頂こう。ご結婚おめでとう」
なんて事をシレっと言うあたり、かなり天然も入ってるみたいね。
「どうも、呼び方はソレで結構よ。それで? お話の先を伺いたいわ」
「良いでしょう、私が増援要請を行った所までは話したとおりなのですが……結果から言えば、私の増援要請は上層部によって凍結されました」
「えっ?! 何ですって!」
それはおかしいわよ……第一級の神秘漏洩事件に出張った執行部隊が即時増援を要請してるのよ。
他所の部隊から引っ張ってきてでも、増援するのが普通なのに……しかも、保留じゃなくて凍結ですって?
あり得ないわよ。
「貴女が不審に思うのも仕方が無い事ですが……事実なのです。どう考えても納得できない上層部の決定に、私は外部から何らかの介入があったのではないかと予想しているのですが」
「ッ?!」
まさかっ?!
「なるほど……その反応からすると、もしやミセス・トオサカには心当たりがあるのかもしれませんが……」
魔術協会上層部に外部から介入可能な存在……
常識的にはありえないけれど、それが可能かもしれない存在を、わたしは一人だけ知っている。
それは、今まで何度か抱いた疑惑の対象となった存在で、その度に否定してきた。
そう、あり得ない、と……
「……」
でも……これは口外して良い事じゃ無いわ。
「いえ、それが誰なのかという事を今ここで問うつもりはありません。ですが……もしも、この事件の収拾が無事出来たとして、その後の事が気がかりです。特に貴女達はこの事件に深く関与してしまった。私が言いたかった事は、事件後も周囲に……特に協会上層部には注意をして下さいと言う事です」
「ええ、貴重な情報だったわ。これはあなたに借り一つかしらね」
わたしが神妙な表情でそう言うと、
「何のことです? 私は傷の熱に浮かされ、独り言をしゃべっていただけですが?」
と、良い笑顔で見送られてしまった。
へぇ、もしかしたら、あのランサーとは良いコンビだったのかもね、彼女。
ミス・マクレミッツとの話の後、神父様からお借りしている部屋へと戻ったわたし達は、軽い食事を取り、最後の打ち合わせを行った。
時計は14:00を指している。遅くとも15:00にはここを出なくちゃいけないわね。
「ふむ、では目的地は円蔵山中腹の大空洞で間違いないのだな?」
目的地は円蔵山中腹の大空洞。
ミス・マクレミッツからの情報とルヴィアの家の資料からみても大聖杯はそこに存在するのは、間違いないはず。
「ええ、大聖杯がそこに建立されたって事は、間違いないわ。問題は……」
「その場に誰が居るか? そう言うことですね、凛?」
カップに口をつけながら、アルトリアが核心を突いてくる。
「……ええ、そうね……きっと、臓硯と……桜が居るはずよ……」
思わず、俯いてしまう。
何度決心をしても、実の妹をこの手に掛ける最後の踏ん切りをつけられない……
「本来ならば、"君はここに残れ"と、言うべきところなのだがな……それでは、凛に何かあった場合に護れなくなる。そこでだ、大聖杯までは全員で行くが……凛、君は手を出すな。ソレは俺の役目だ」
「ッ?! し、士郎!! 何を言ってるのよっ!!」
思わず立ち上がり、士郎に大声で否を返す。
あなたが、そんな辛い役目を負う理由なんてないんだから!
「……何をもくそもない。君の事だ、自分でも理解はしているのだろう? 自分にソレが出来ないであろう事を。いや……魔術師としての君の矜持を侮蔑するつもりは無い。だがな……人としての"遠坂凛"にはソレが出来ないという事を、俺は良く知っている」
「でもっ!」
「凛、シロウの判断は正しい。その役目は私達に任せて下さい。それに、貴女の役目はその後にこそあるのですよ。シロウの心を護るという大切な役目が」
「……」
返す言葉が見つからない……
「……アルトリア、すまないな。君に手伝わせてしまう事になるが、今は君の力が必要だ。だが……この件が終われば、君にも剣ではなく女性の幸せをその手にとって欲しいと俺は願っている。まあ、これを俺が言うのもアレだがな」
「シロウ……そうですね、貴方が無茶をしないで凛と共にあると言うのでしたら、私も育児を経験してみるのも良いかもしれませんね」
ア、アルトリア?!
「フフ、もちろん、シロウと凛の子の育児を手伝うという意味ですが」
「アルトリア……うん、楽しみにしてるわ、あなたと一緒に子育てする事を」
「はい、私も女ですから。育児をするならば是非一度してみたいこともありますので」
にこにこと微笑みながらそんな事を言うアルトリア。
「ほう、良ければ聞かせて欲しいものだな。アルトリアのしてみたい事とやらを」
興味深げに尋ねる士郎に、
「いえ、大した事ではないのですが、授乳という物をしてみたいと」
真面目な顔でわたし達の想像を遥かに越えた事を言う。
「「……」」
あ、あのねアルトリア……
「あの……冗談、なのですが……そ、そんな事よりも! そろそろ出かける頃合いでは?!」
あまりにアレな空気に、自分で言ったことが恥ずかしかったのね? アルトリア?
顔を真赤にしながら、すたすたと部屋を出て行く。
「よし、俺達も行こうか」
士郎の言葉にわたしも後を追う。
もしかしたらこの二年半の年月で、一番変わったのはアルトリアかもしれないわね。
それは、暖かくて優しい変化で……
そう、だからわたし達は全員無事に帰ってきて、新しい生活をスタートさせるのよ。
わたしは神父様に、後の事をお願いしますと託した。
アルトリアは祭壇の前でマリア像へと祈りをささげていた。
士郎はそんなわたし達を静かに見つめていた。
わたし達が協会をでた時刻は15:00を少し過ぎていた……
深山町にある円蔵山柳洞寺、その正門へと続く長い石段を途中で外れ、獣道のような細い道を進んでいくと、魔術的にカモフラージュされた龍洞への入り口へと辿り着いた。
ここまでは、事前に資料で判っていた事なんだけど……
中は思った以上に狭く細い道が、下へ下へと続いていた。
わたしが魔術であかりを灯し、慎重に進んでいくと、不意にちょっとした広場のようなところへと出た。
「急に明るくなりましたね」
「光ゴケのようなものだろう、これが発光して辺りを照らしているのだな」
群生する光ゴケのおかげで、十分な明るさがある。
どうやらこの広場から先は、あかりを灯す必要はないみたいね。
それにしても……
「酷い臭いね……生臭いなんてものじゃないわ、ここに充満している
「はい……それにこう
あまりの
悪阻よりきついわね……
「先を急ごう……」
士郎の言葉に無言で頷きながら、再び大聖杯を目指して歩き出す。
どれくらい歩いただろうか、時間の感覚が怪しくなり始めた頃、急に視界が開けた。
それは、まさに大空洞と呼ぶに相応しいほどの空間。
その中央には、すり鉢状の小高い丘がクレーターように存在している。
「これが……大聖杯なのですか……」
アルトリアも驚きの声を上げる。
「そのようだな、とりあえず周囲を警戒しながらあの丘を登ろう」
そう言った士郎を先頭に、わたし達はクレーターの外壁を登り始めた。
そして、その頂上へと辿り着くと……
大魔法陣と言われた意味が良くわかるような光景が広がっていた。
クレーターの内側全面に、緻密で複雑極まる巨大な魔法陣が描かれている。
その中央には小さな祭壇のようなものが置かれ、そこには……
「遅かったですね、姉さん」
黒地に赤のストライプが入った服をまとい、赤ん坊のようなモノを腕に抱いた桜がいた……
そう、ソレは遠目に輪郭がぼやけたように闇に包まれた赤ん坊のようなモノだった。
しかも、そこに居たのは桜だけじゃなくて……
「皆さんお待ちかねだったんですよ」
手足を縛られ、口を塞がれたまま、綾子や柳洞君、蒔寺や氷室さん、三枝さんなど穂群原学園の元同級生達が十数人も意識を失ったまま倒れている。
というよりも……衰弱しきっているのね。
「シロウ、凛、下がってください。アレは既に現界してしまっています」
そう言ってアルトリアが風王結界を構えながら、わたしと士郎の前へと進み出る。
「桜、あなた……」
「どうしたんですか? 姉さんの同窓会を開いてあげようと思ったんですよ? でも……私もこの子も待ちくたびれて、少しお腹が減っちゃいましたから……」
桜そう言った瞬間、桜の腕の中にいた闇がニヤリと真赤な口をあけてワラった。
――ドプン
次の瞬間、その闇は真黒な泥へと姿を変え……一瞬で綾子たちを飲み込んでいた……
「ウフフ……美味しかったですよ、全然足りませんけどね」
くすくすとワラう桜のもとに、闇が赤ん坊の形を作りながら戻る。
「……桜、もうやめなさい……いいえ、やめさせてあげるわ」
もはや完全に堕ちてしまった妹を"救う"には……ソレしかない。
そう決意すると同時に、士郎へと視線を向けた。
「了解だ……ところで桜、一つ教えてくれないか? マキリ・ゾウケンの姿が見当たらないのだが?」
無表情のまま発した士郎の問いかけに、
「お爺様ですか? お爺様なら、この子が生まれる前まではココに居たんですけど……」
自分の胸を手で押さえながら、
「この子の体を乗っ取るつもりみたいだったので……引き抜いて潰しちゃいました。こう、プチっと」
答えた桜の笑みは壮絶そのものだった。
「そうか……それは助かる。手間が一つ省けたという事だな」
鷹のように鋭い視線で桜を見つめながら士郎が答える。
「へぇ〜、つまり先輩は私とこの子も殺すおつもりなんですね?」
「ああ、そうなるな」
あくまで無表情に対応する士郎。
「どうしてですか?」
「君を……救うためだ」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、士郎に悔恨のような表情が走った。
「……くすくすくす……ああ、やっぱり先輩は素敵ですね。私も先輩の赤ちゃんを産みたかったなぁ……姉さんみたいに……」
言葉の最後に凄絶な憎しみの視線をわたしへと向けてくる。
「……」
「でも……やっぱり先輩に殺されるのなら、それでも良いかな……だってそれなら一生先輩の心に残りますよね……正直言っちゃいますけど私、どっちでも良いですよ? 先輩に殺されるのも、先輩を……食べちゃうのもっ!」
桜のその言葉が合図だったのか……
桜がエーテル弾をアルトリアへ打ち込むのと同時に、わたし達の背後で詠唱の声が聞こえた。
「
咄嗟に振り向いた視線の先には、片腕を失ったカミンスキーが七色に輝く短剣を振り抜いていた。
「クッ!
そ、そんな……あれは……宝石剣……
呆然としたわたしを庇いながら、士郎が"
その七枚の花弁は宝石剣から放たれた光刃に見る間に散らされ……
「ぐわっ!」
「きゃあっ!」
防ぎ切れなかった宝石剣から放たれた魔力は士郎の右腕を傷つけ、わたしもろともに吹き飛ばした。
朦朧とする頭を振り、見上げた視線の先では、桜に抱かれた闇が真赤な口をあけてワラいながら泥となって襲い掛かってくる寸前だった。
後方では、わたし達へと近づいてきたカミンスキーが二撃目を放とうと宝石剣を構えている。
まるで思考回路がショートしてしまったように何も考えられなくなったわたしの目の前に、桜のエーテル弾を弾きながらアルトリアが立つ。
その瞬間、わたし達を飲み込むには十分なほどに広がった真黒な泥がわたし達へと向かってきた。
「どうやらここまでのようです……シロウ、そちらは任せました! 凛を護ってください!」
え? 待って、アルトリア……
「止せ! アルトリア! クッ!
投影と同時に士郎が"
「……凛、桜は私が連れて行きます。どうか、許して欲しい」
そう言いったアルトリアの聖剣が黄金に輝く。
いや……ダメよ……アルトリア!
そして……
「――"
「アルトリア――ッ!!」
カミンスキーを突き殺し、こちらへと駆け出した士郎の絶叫が響く中……
「"
放たれた"
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