Fate / in the world

026 「崩壊の序曲」 前編


 倫敦のヒースロー空港を離陸し関西国際空港へと向かう機内。
 深夜便のためか静まり返ったキャビンには、低いエンジン音しか聞こえてこない。
 これから約十二時間にわたるフライトではあるが、思考を巡らせるべきことが山積みのため、退屈はしないだろう。
 と、安定高度へと達したのか、シートベルト着用サインがポーンと言う音と共に消灯した。
 わたしはシートベルトを外しながら若干座席をリクライニングさせ、ふぅっと一息溜息を付いた。

 急ぎに急いだこのフライトのチケットは、エーデルフェルトの執事を務めるミカエル氏が、ルヴィアの指示に従い手配してくれた。
 ほんとに有能な執事さんだと思う。
 あの短時間でわたし達のチケットを用意し、空港まで送り届けてくれただけではなく、自身もルヴィアの指示でフランスへと旅立っていったのだから。

 結局、わたし達のフライトに士郎の意識回復は間に合わなかった。
 取るべき行動の判断に迷うわたしと、士郎の傍を離れることを渋るアルトリアを説き伏せたのは、ルヴィアの"シェロならば迷わずサクラを助けに行く筈ですわ!"という一言だった。
 断腸の思いで士郎の事をルヴィアに任せ、わたしとアルトリアはその日の深夜便で冬木へと向かうことになったのだ。

 きっと今日一日の疲れが堪えているのだろう、お腹の奥に軽い鈍痛を感じる。
 痛みから意識を切り離すように視線を窓の外へと巡らしていくと、夜の雲海が機体の下に見える。
 その境界線すらあやふやな暗い闇夜の空には、白い月だけが輝いていた。

 ふぅっと、もう一度溜息をつく。
 そう……考えなければいけない事は山ほどある。
 冷静に状況を把握し、その本質を見極め、最適な解答を手にするべく行動するのが一流の魔術師なのだから。
 闇夜に浮かぶ月から視線を切り、わたしの横で静かに寝息を立てるアルトリアを起こさないようにそっとブラインドをおろす。
 わたしは冬木のセカンド・オーナー、名門遠坂の現当主なのだ。
 思考を魔術師としてのソレに切り替えながら、現状での最優先事項へと思考を巡らす。
 事態の把握と事件の本質を分析する事。
 そう遠くない未来に、わたし達が直面する事になるであろう事態に対して、冷静に対処するには必要不可欠な事だ。
 わたしは静かに目を閉じ、思考の海へと沈んでいった。





Fate / in the world
【崩壊の序曲 前編】 -- 紅い魔女の物語 --





 まず考えるべきことは、事の発端となったアンナ・カミンスキーの事だ。
 あの聖杯戦争直後に、穂群原学園の臨時教師としてわたし達の前に姿を表した彼女は、自ら士郎の監視を目的として協会の一派が派遣した魔術師だと明かしてきた。
 そして、自身の姉であるナタリア・カミンスキーと士郎のお父様の切嗣さんが行動を共にしていた事、その最後の事件で切嗣さんの手により自身の姉が殺害された事を告げた。
 その上で彼女は士郎に問いただしたのだ。切嗣さんの息子として何を目指すのか? と。
 彼女の問いに、"全てを救う正義の味方"を目指すという士郎の答えを聞いた彼女は、それを不可能だと否定しながらも満足気に帰っていった……

 そう……否定しながらも、彼女は満足していたのよ。
 士郎が切嗣さんの理想を継いでいることを。
 つまり……彼女は士郎を切嗣さんから引き継いだ理想へと至らせたいと考えている? 仮にそうだったとして……
 彼女自身がそれが人には辿り着けない理想だということを理解してもいるわけだから……人ならざる力を士郎が得るように仕向けた?
 それは彼女自身が好意を抱いていた切嗣さんの理想を、士郎へと投射することで叶えさせようという歪んだ想い。
 有り得なくは無いわね……まあもっとも、魔術師相手に動機を追求するなんてあまり意味の有ることじゃないけれど……
 あくまで仮定の上の推論だけど、彼女の目的が士郎に人では辿り着けない理想を実現させる事だとすれば、"世界"との契約は一つの手段と成り得るわね。
 だからこそ"世界"からの契約を促しやすい状況を作り出していった……か。

 ところが、彼女の思惑通りには行かなかった。
 イリヤスフィールの時も、お義姉さんの時も、慎二の時も、士郎は"世界"との契約を突っぱねた。
 士郎の言うように、わたしとアルトリアの存在が士郎を"世界"との契約から守ったのかもしれない。
 カミンスキー自身もそう考えたんでしょね。
 それで、ターゲットをわたしとアルトリアに切り替えたって事か……

 結局のところ、アンナ・カミンスキーに対するわたしの疑惑は、今回彼女が士郎に仕掛けた罠からもまず確定として間違いないだろう。
 その目的が士郎を"世界"と契約させる事と考えれば、今冬木で起きている事件にも彼女が絡んでいると考えるほうが自然よ。
 とすると……上海の事件後に別行動を取った彼女は冬木へと向かったって事になるわね。
 そこで桜に対して何らかの罠を張り、わたし達が冬木へ向かうように仕向けた。
 けれど士郎とわたし達を引き離したかった彼女は、もう一つ手を打って士郎がすぐには動けないようにした。
 まあ、結果的にその思惑は見事に成功しているわね。
 現にわたしとアルトリアだけで冬木に向かう事になってしまったのだから。
 先行するわたしとアルトリアを窮地に立たせ、士郎に"世界"との契約を迫る。
 アンナ・カミンスキーの狙いは、そんなところかしらね。

 今まで、幾度となく思考を繰り返してきたカミンスキーの事については、それなりに思考を推測することができる。
 相手も同じ魔術師なのだ。
 もし、今冬木で起こっている事件に彼女が関与していた場合、武力を持って制圧することは難しい事ではないだろう。
 いくら戦闘に特化した魔術師といえど、英霊たるアルトリアに勝つことなど出来はしないのだから。
 問題は彼女自身ではなく、その後ろに見え隠れする"誰か"の存在だ。

 少なくともあの名門エーデルフェルト家の天秤の片割れだったクリステーナに対して、"根源への道標"とまで言わしめる程の"誰か"。
 そんな人物が果たしているのかしら?
 一途に根源へと至る道を探求し続けてきた一流の魔術師に、無条件で"道標"を示すことができるほどの知識と実績を兼ね備えているということかしら?
 いえ……そもそもそれがおかしいのよ。
 それだけの知識と経験があるのなら、さっさと自分で根源を目指せば良いんだし、それを他の魔術師に教えるなんて事自体あり得ないわ。
 それ程の知識と実績を持っていて、自身が根源を目指す必要性のない存在……そんなの既に至った魔法使いくらいじゃない。
 それこそあり得ないわね。

「ふぅ……」

 と、肺にたまった空気を吐き出す。
 迷路へとはまりかけた思考をいったん打ち切ることで、発想を柔軟化させる。
 それには……座席横にあるキャビンアテンダントのコールボタンを押す。
 本当の事を言えば、士郎の淹れた紅茶を飲みたいのだけれど……
 しばらくしてやって来たキャビンアテンダントに、フレッシュジュースのサービスを頼み、下ろしていたブラインドを開ける。
 相変わらず窓の外には暗闇と白い月が輝いているだけだった。







「眠れないのですか、凛?」

 キャビンアテンダントからジュースを受け取り、一口飲んだところで、不意に隣から声が掛かる。

「あ、ごめんねアルトリア。起こしちゃった?」

「気にしないでください、私も喉が乾きましたので」

 と言いながら、アルトリアもキャビンアテンダントにジュースを頼んだ。

「う〜ん、眠れないって訳じゃないのよ、結構疲れもたまってるし。ただね……」

「シロウや桜の事、カミンスキーの事……思考を整理していたのですね?」

「さすが、伊達に長い付き合いじゃないって事か」

 そう言ってお互いに小さく笑いあう。

「……シロウは、大丈夫でしょうか……」

 キャビンアテンダントからジュースを受け取り、一口飲みながらアルトリアが心細げに問いかけてくる。

「そうね、ルヴィアが付いてるし、鞘の回復力もあったから体の方は問題ないわ。でも、あの呪いは……この世の全てを呪い殺すという概念が剣の形をとったような物だったのよ。そんな物に士郎の精神の殆どが蝕まれていたわ。もし意識が回復したとしても、常識的に考えれば何らかの後遺症が出るわね……」

「そうですか……」

 と、ポツリと言いながら顔をふせてしまう。
 それは、わたしも覚悟をしなければいけない事だ。
 最悪、このまま意識が回復しないことだって考えられなくは無いのだから。
 でも、それでも……

「士郎の事だから……常識じゃ考えられないわよ?」

 むん! と顔を上げ、アルトリアと自分自身に言い聞かせる。

「そう、ですね……シロウですからね」

 そう言ってアルトリアも微笑み返してくる。

「そうよ! 今までだって、こっちが心配してるのが馬鹿らしくなるくらいケロっとした顔で非常識な事をやってのけたんだから、あのバカは……」

 "無限の非常識"って固有結界のほうがピッタリくるわね、士郎には。

「はい、凛の言うとおりです。私もシロウの非常識さを信じるとしましょう。ですが、凛? 貴女は常識の人だ。隠しきれ無い疲れがその顔に出ています。到着までにはまだ時間もあるでしょうから、少しでも体を休めてください」

 心配気に、そんな事を言ってきた。

「そうね、アルトリアの言うとおり、少し疲れ気味なのは事実だし。到着まで体を休めるわね」

「ええ、そうしてください」

 実際、体の芯に少し重たい疲れのようなものを感じている。
 座席のライトを消し、再度ブラインドを下ろしながらアルトリアに従うように目を閉じた。
 とても眠れそうにはないのだけれど……







 アルトリアに要らない心配を掛けないように、目を閉じたまま思考を魔術師としてのソレに切り替える。
 途端に機体から体へと伝わる小さな振動も意識の外側へと追い出されていく。
 自身の内側へと深く潜るように思考の海へと埋没していく。

 先程は思考の迷路へと迷いかけた。
 あまりにも突飛な結論へと至ってしまい、思考自体を強制終了したんだっけ。
 それはつまり、現状では正しい推論が導けるほどの材料が無いという事ね。

 同じように、問題ではあるのだが思考材料が少なくて手の出せない事がもう一つある。
 それは……"世界"という存在。
 度々士郎に対して"抑止の守護者(カウンター・ガーディアン)"としての契約を求める"世界"と呼ばれるモノ。
 この世界の因果律を守るシステムであり、ソレは世界の正しい運営を統べるモノ……
 ん? 世界の正しい運営を統べるモノ?
 それって……
 いやいやいやいや、あり得ないわ。
 それこそ、あり得ないわよ。
 ダメね……これは疲れてる時の思考題材には向かないわ。
 とにかく! カミンスキーの後ろには、絶対に"誰か"がいるのだという事を、肝に命じておく必要があるって事よ。

 それよりも……大聖杯とよばれるモノの存在だ。
 本来、御三家のみがその存在を知ると言われている筈の大聖杯と呼ばれる聖杯戦争を司る大魔法陣。
 もはや呪いのレベルにまで達したのではないかとルヴィアに言われてしまった、遠坂家の"うっかり"が原因らしく、わたしはお父様からその存在や知識を引き継いでいない。
 きっと、お父様が"うっかり"話し忘れたんでしょうけど……

 ただ、原因をお父様のせいにばかりは出来ないのも事実よね。
 そもそも第五次聖杯戦争はたった十年という短い周期で起こったのだ。
 その原因についてきっちりとした考察をしなかったわたしにも責任はある。
 第五次終了後に第四次の聖杯が不完全なままの状態で破壊されたという事実を知ったとき、それが第五次の終結状況と酷似していると言う事を疑うべきだった。
 何故、第四次で聖杯が破壊されたにも関わらず、第五次が起こったのか?
 ならば、同等かそれ以上に早い周期で第六次が起こり得るのではないのか?
 そして、聖杯を破壊しているにも関わらず、聖杯戦争が起こるのは、他に何か基板となるものが存在するのではないか?
 少なくとも、これらの疑問を抱いて当然だったというのに……

 今にして思えば、第五次聖杯戦争直後にカミンスキーが現れ、それからの一年間に異常なほど事件が立て続けに起こったのは、士郎を"世界"との契約に追い立てる事と併せて、聖杯戦争システムへの疑惑を逸らす事も狙いだったのかもしれない。
 今回、偶然にもエーデルフェルト家に記録が残っていたことで、大聖杯の存在に気づくことができたのは僥倖だ。
 その資料によれば、要するにアインツベルンが用意する小聖杯をいくら破壊したところで、冬木の聖杯戦争は終わらないという事が判明した。
 小聖杯はリタイアした英霊の魂を回収する器に過ぎない。
 聖杯戦争そのものを起動し制御する術式は、冬木の何処かに存在する大聖杯と呼ばれる魔法陣なのだ。
 そして、第三次にアインツベルンが犯したルール違反により、"この世全ての悪(アンリ・マユ)"が大聖杯に留まってしまった。
 はっきり言ってしまえば、この時点で冬木の聖杯戦争は破綻していたのよ……

 それはともかく、今最大の問題は……第四次と同様に小聖杯を破壊して終結した第五次聖杯戦争は、きっと同じくらい短い周期で第六次を引き起こす可能性が高いということ。
 恐らく、曲がりなりにも聖杯の降臨まで行きながらも、願望器として使われずに終わった第四次や第五次の膨大な魔力がそのまま大聖杯へ蓄積されているのでしょうね。

 ここで一つの仮説が生まれる。
 もし、想像以上に早い周期で第六次聖杯戦争が起こったとしたら、今の冬木でマスターに選ばれる最有力候補は間違いなく桜だと言う事。
 そうだとすれば……今、冬木で起こっている事件は聖杯戦争がらみということになり、苦しくはあるけれど桜への執行を取り消すことができるかもしれない。

 でも、この仮説が根底から間違っていた場合、桜が自分の意志で協会から執行処分を下される程の事をしたという事になってしまう。
 いえ……それは違うわね。
 そこに、カミンスキーやその後ろの"誰か"の存在が無いとは言えないわ。
 でも……
 このフライトが終わるまでに、わたしは一つの覚悟をしなければいけない。
 どんな理由があるにせよ、もしも……もしも桜が道を外してしまっていたら……
 冬木のセカンド・オーナーとして、わたしは桜を……

「凛……」

 そう思った瞬間、突然アルトリアから声を掛けられた。

「ア、アルトリア?! あなた起きてたの?」

 びっくりしたわよ。

「いえ、眠っていました。ですが……すみません、貴女と私はマスターとサーヴァントでもある。貴女の強い思念は無条件で……」

 そう言って済まなそうに視線を外すアルトリア。
 そっか、伝わっちゃったのね。

「ごめんね、アルトリア」

「いえ、凛が謝ることは無い。ですが……一言だけよろしいですか?」

「ええ」

「貴女の魔術師としての矜持を汚すつもりは毛頭ありません。そして、貴女が一流の魔術師だと言うことも十分過ぎるほどに理解しています。その上で、敢えて言わせてもらいます。希望を捨てないで下さい、凛。私達には、その目に映る人を救いたいと願ってやまない"正義の味方"がいるのですから」

 と、まるでわたしよりもずっと年上の女性のような、まるで妹を諭すような口調でアルトリアが言った。

「うん、ありがとう、アルトリア」

 だから……わたしも素直にお礼の言葉を言ってみた。

 あまり考え過ぎるのも良くないって事かもしれない。
 なんたって、わたし達についている"正義の味方"は不確定要素満点の考え無しなヤツなんだから。
 そう思って思考を中断させると、不意に睡魔が襲ってきた。
 うん、やっぱり疲れてるのかな、わたし。

 そのまま眠りに落ちたわたしが次に目を覚ましたのは、関西国際空港の灯りが肉眼で見える程近づいてからだった……







 関西国際空港から冬木の街へと到着したのは、日本時間で21:00を少し過ぎた頃だった。
 とりあえずディーロ神父様に会って詳しい情報を手に入れるため、わたしとアルトリアは教会へと向かった。
 その間、これが新都なのかと我が目を疑うほどに、人の存在が無い事を目の当たりにする。
 新都のこの場所で21:00過ぎならば、まだまだ人の往来は沢山あるはずだ。
 恐らく、協会か教会、或いはその両方からなんらかの圧力と操作が掛かったのだろう。
 それはつまり……協会の執行部隊や教会の代行者達の介入が既にあったという事なのかもしれない。

 そう思いながら、新都と深山を渡す大橋の近くまで歩いてきたとき、

「……凛。恐らく協会の派遣した魔術師(メイガス)ではないでしょうか……」

 と、アルトリアが一気に警戒感を高めながら、話しかけてきた。
 その言葉に、視線を大橋の方へと向けると、五人ほどの魔術師が大橋を多重結界でバリケードしている。

「そうみたいね……」

 アルトリアに答えながら、魔術刻印を励起状態にしていく。
 味方……なんて考えは、はなから持ち合わせてはいないし、それは向こうだってそうだろう。

「止まりなさい、そこの魔術師!」

 大橋まで後十メートル程というところで、相手の魔術師のひとりがこちらに制止の言葉を投げかけてきた。
 遠目には、男性のように見えていたその人物は、どうやら男装の麗人だったようだ。

「現在、この橋より向こう側は魔術協会が封鎖しています。何人たりと侵入を許すわけにはいきません。事を荒立てたくは無い。このまま、お引き取り頂きたい」

 やっぱり協会が派遣してきた執行部隊だったってことね。
 ワインレッドの髪に泣き黒子が印象的な美人ではあるのだけれど……

「あら? それは困ったわ。わたしの家にはこの橋を渡らないと帰れないのだけれど……初めまして、かしらね。ミス・マクレミッツ。わたしは、この冬木のセカンド・オーナー、リン・トオサカ。こっちはわたしの友人、アルトリア・S・ペンドラゴンよ」

 どこかで見たような顔だと思ってたのよねぇ。
 まあ、冬木の地理に詳しいことを考えても彼女が派遣される可能性は高かったのだけれど。

「……やはり、やって来ましたね、ミス・トオサカ。このタイミングでの帰国ということは……」

「ええ、概要は聞いています。今は詳しい情報を手に入れたくて、冬木の管理代行者にお会いしに行くつもりだったのよ」

「なるほど……もし良ければ、私も同席させていただけないだろうか? 少なくとも、今到着したばかりの貴女よりは有益な情報を持っていると自負しますが……」

 いきなり事を構えようってわけじゃなさそうね。
 何より、今は情報が欲しいわ。

「わかりました、同席を認めます。管理代行者はこの先の教会にいらっしゃる神父様よ。ご一緒に如何かしら?」

「それでは、御同行させていただこう」

 そう言って、わたし達が大橋を通れるように指示を出しながら、わたし達の後をついてくる。

「良いのですか? 凛?」

 警戒を解かずに、アルトリアが訪ねてくる。

「まあ、とりあえずはね。それに、全く知らないって訳でもないのよ……彼女はミス・バゼット・フラガ・マクレミッツ。協会の封印指定執行者で、第五次聖杯戦争ではランサーのマスターだった人物よ」

「なっ?!」

 私の言葉に、驚愕の表情で声をあげるアルトリア。

「それは……あまり触れられたくはない過去なのだ、ミス・トオサカ」

 と、顔をしかめながら視線を外すミス・マクレミッツ。
 まあ、仕方ないかな。
 わたしに言わせれば相手が最悪だっただけだと思うけど。

 無言のまま、月明かりだけが照らす坂道を教会まで歩く。
 言峰教会から冬木教会へと改名されたその建物は、昔と変わらず重々しい威厳をもって丘の上に存在している。

 ふと、二年以上前のあの夜のことを思い出した。
 あの夜も、わたし達はこうやって教会までの道のりを歩いたのよね。
 でも……
 今夜の方が、教会の扉が重々しく感じてしまうのはなぜだろう……

 そんな事を思いながら、わたしは教会の扉を押し開けた。






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