Fate / in the world

021 「妹」 後編


「――"約束された(エクス)"!」

 アルトリアが宝具の発動体勢に入ってしまった……
 ダメよアルトリアッ!
 思わず叫びかけたその時!

「だめだぁ!! アルトリア!!」

 士郎がアルトリアに抱きつき、体ごと宝具の発動を止めていた。
 う……なんか、ちょっとだけむかつくけど……今はよしとしよう。

「シ、シロウ?! しかしっ! もう、これ以外方法がないではありませんかっ!」

 士郎に抱きすくめられ、身動きの取れないままにアルトリアが反論の声をあげる。

「いいから、ちょっと落ち着いてくれアルトリア! それとな……"世界"だか何だか知らないけど、訳のわからない奴の言いなりになる気なんて、俺にはないからな!」

 アルトリアを嗜めながら、中空に向かって士郎が吼える。
 と、同時に、今までに地下工房に響き渡っていた"世界"の声がぴたりと止まった。
 よかった……今は何よりも士郎のその言葉を聞かせて欲しかったから。

「ですがシェロ……あの"無"の孔はどうなさるおつもりなのですか? 情けない事ですが、わたくしでは打つ手がございませんわ」

 悔しそうに口の端をかみながらルヴィアが問いかける。
 そうね、今のわたし達には"約束された勝利の剣(エクスカリバー)"しか……ん? あっ!!

「もちろん、放っておくつもりなんてないさ。でもな、アルトリアが"約束された勝利の剣(エクスカリバー)"を撃つ必要なんてないんだ」

「そうよ! 士郎も使えるんだったわ、"約束された勝利の剣(エクスカリバー)"を!」

 うあちゃ……完全に忘れてたわね……

「あっ?!」

「えっ?」

 アルトリアも気付いたみたいね、まあルヴィアには後で説明しないといけないけど。

「凛、悪いけどさ、もう一回」

「わかってるわよ、でも……魔力的にはぎりぎりだから、これがほんとに最後のチャンスよ」

「ああ、了解だ」

 士郎の意図を理解したうえで、わたし自身のキャパシティーを伝える。
 これなら、アルトリアが犠牲になることなくあの孔を処理できるかもしれない!
 そう思ったとき、ふいに聞こえる情けない声。

「あの……その前に、そろそろ放して下さいシロウ。これでは……その、恥ずかしい……」

「「……」」

 士郎に突き刺さる、わたしとルヴィアの視線。
 そう言えばあんた、アルトリアのこと抱きしめたままだったわね……





Fate / in the world
【妹 後編】 -- 紅い魔女の物語 --





「ねえ、ルヴィア。これから少しの間、アルトリアの魔力供給を任せてもいい?」

 いや、別にアルトリアに嫉妬したわけじゃないんだからね!
 たぶん、固有結界(リアリティー・マーブル)の展開と維持、それに"約束された勝利の剣(エクスカリバー)"の真名開放までいくと、わたしの魔力もぎりぎりになってしまう。

「ええ、もちろんですわ、リン。これはエーデルフェルトの責任ですから、わたくしにできる事なら何でも仰ってください。ミス・アルトリア、魔力供給の事はどうぞご安心なさってください」

「感謝しますルヴィアゼリッタ。それから、私の事はアルトリアと」

「わかりましたわ、アルトリア。リン、そちらのパスを閉じて頂いてかまいませんわよ」

「ありがと、助かるわルヴィア」

 よし、これでなんとか魔力はもちそうね。

「それじゃ、行くぞ!」

 そう言って士郎はわたし達の前に立ち、固有結界(リアリティー・マーブル)・"無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)"の詠唱を始めた。

――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)――

――Steel is my body,and fire is my blood.(血潮は鉄で、心は硝子)――

――I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗)――

――Unaware of loss.(ただの一度の敗走も無く、)――

――Nor aware of gain.(ただの一度の勝利もなし)――

――Withstood pain to create weapons.(担い手はここに孤り)――

――Waiting for one's arrival.(剣の丘で鉄を鍛つ)――

――I have no regrets.This is the only path.(ならば、わが生涯に意味は不要ず)――

――My whole life was "unlimited blade works".(この体は、無限の剣で出来ていた)――

 詠唱の完成と共に士郎を中心に炎が走り、地下工房をその心象風景へと上書きしていく。
 担い手の居ない剣の墓標だけが無限に連なる紅い丘……
 不意にパス経由で大量の魔力が士郎へと流れ出し、軽い眩暈に襲われる。
 くっ、これくらいの事で! しっかりしなさいわたし!
 この風景に嫌でも思い出されるアイツとの約束を胸に、自分自身を叱咤する。

「これが……シェロの心の風景なのですか……こんなにも孤独で哀しげな風景が……」

 ルヴィアが戸惑いを隠しきれずに呟く。
 そうね……アーチャーの事を直接知らないルヴィアには、この風景と士郎のギャップが大きいわよね。

「アルトリア、お前の剣を使わせてもらうぞ。ルヴィアさん、家壊しちゃうけど、ごめん」

 "無"の孔に対峙したままそう言った士郎の手には、本物と寸分違わぬ"約束された勝利の剣(エクスカリバー)"が握られていた。

「はい、シロウ」

「御気になさらず、存分にやってくださって結構ですわ、シェロ」

「こっちはいつでもオッケーよ、士郎」

「よし、いくぞ! ――"約束された(エクス)"!!」

 士郎が宝具の発動体勢に入ったと同時に、最強の聖剣はその刀身に光を収束させていく。

「"勝利の剣(カリバー)"――!!」

 振り抜いた聖剣から放たれた光刃は、一直線に"無"の孔へと突き進んでいく。

――ピシッピシッピシッ!

 "約束された勝利の剣(エクスカリバー)"の光刃と"無"の孔が衝突し、存在概念と物理的衝撃の両方で鬩ぎ合うなか、孔の周囲の空間に亀裂が走る。
 もう少し、もう少しなのに!

「くっ……そぉぉぉ!!」

 士郎が咆哮とともに更に魔力込めていく。
 きっと概念的には負けていない。
 でも……士郎の固有結界(リアリティー・マーブル)で作り出される武器はランクが一つ下がってしまう。
 そのランク一つの差がこの結果なのね……もう一押しできる何かがあれば……くっ、でも魔力がもう……
 気力と魔力がつきかけたそのとき、

――シャラン

 という流麗な音と共に、突然アルトリアの前に膝をついたラーンスロット卿が姿を現した。

「これが……私の最後の忠義となりましょう。王よ」

「なっ! サー・ラーンスロット!!」

 驚愕するアルトリアに臣下の礼をとるラーンスロット卿の鎧は無残に壊れ、全身を血に染めたその体は、既に存在が揺らぎ始めている。
 当然よ、霊核を破壊されてなお、今まで現界出来ている事自体奇跡のようなものなんだから。
 そんな体で、アルトリアを助けるためにここまで来たのね、この騎士は。

「お気になさる事はありません、この孔は私の責任でもある。それに……"湖の騎士"であるこの私が"恋する乙女"を助けない訳には行きますまい?」

 "無毀なる湖光(アロンダイト)"を斜に構え、傷だらけの騎士はニヒルな笑みをたたえながらそんな事を言ってのけた。
 そして、士郎の横に並び立つと、

「"世界"の僕となるを良しとしなかった貴公に敬意を払い、加勢させていただく! エミヤ殿!」

 そう言って"無"の孔へと疾走し、渾身の一撃を孔へと振り下ろすラーンスロット卿。

――バキバキバキバキッ!!

 二振りの神造兵装による同時攻撃は、"無"の固着概念を覆し、その存在自体を消し去った。
 と、同時に士郎が固有結界(リアリティー・マーブル)を解いたため、周りの風景が急速に元に戻り始める。
 肩で息をし片膝を付きながら士郎が見つめるその先には、存在限界を超えてしまったラーンスロット卿がエーテルの粒子へと戻り始めている。

「ラーンスロット卿……」

「本当に、大した男だな貴公は……どうやら私はここまでだ。どうか王の事をよろしく頼む」

 士郎の言葉に、答えるラーンスロット卿は既に胸の辺りまで消えてしまっている。

「ああ、任された」

「感謝する、エミヤ殿。ならば何時の日か我が墓へと赴かれよ。貴公に譲りたいものがそこにあるのでな……そして、王よ、いや、アルトリア殿。存分にエミヤ殿に甘えられよ。この男ならば、貴女を受け止められよう。どうか御身に幸多き事を」

「サー・ラーンスロット……」

 安らかな笑顔と言葉を残し、円卓の騎士最強の"湖の騎士"は座へと帰っていった。







 フィンランドでの事件から一週間、三月に入ってようやく落ち着いた日々へと戻ってこれたわたし達。
 って言っても倫敦のフラットに居るわけでは無いのだけれど……

 エーデルフェルトの地下工房で"無"の孔を処理した直後、わたし達は時計塔に戻っているミス・カミンスキーへと連絡を取った。
 打ち合わせの結果、アインツベルンを襲撃したのは死徒ということにして、なんとかエーデルフェルトのお家騒動を誤魔化した。
 倫敦へと戻るわたし達とは別に、ルヴィアはエーデルフェルト内部の体制立て直しのため、数日間フィンランドに残る事になった。

『少し気になる事もございますので、こちらで過去の資料を調べてから倫敦へ戻りますわ』

 そう言ったルヴィアは、大量の資料と共に、あの執事さんを引き連れて昨日倫敦へと戻ってきた。
 わたしも士郎も事件直後、かなり魔力を消耗していたので、この数日間は魔力回復に努めた。
 まあ、その……色々な方法で……
 コホン……おかげでかなり魔力を回復したわたし達は、かねてより予定してた冬木への一時帰国を果たすべく、つい先ほどヒースロー空港から日本へと飛び立った。
 本来、桜の卒業式に合わせた帰国の筈だったんだけど……やっかいなオマケがついちゃったわね……
 そう思いつつ横を見ると、すぅすぅと士郎が小さな寝息を立てながら熟睡している。
 わたし達の後ろの席には、アルトリアと今回の帰国のスポンサーを買って出たルヴィアが座っている。
 そう、やっかいなオマケその一が強引についてきたルヴィアだったりする。
 エーデルフェルト当主として慎二の事を桜に報告する義務があるとか言い出したのだ。
 で、やっかいなオマケその二が、まさにそれ……桜に慎二の事を説明しなきゃいけないって事ね。
 桜の気持ちも心配だけど……士郎がねぇ……大丈夫かなぁ……

「はぁ……」

 飛行機に乗ってから、何度目かの溜息をつく。
 わたしが弱気になってちゃだめね。
 それに考えなきゃいけない事だって色々とある。
 あのエーデルフェルト本邸の地下工房で、クリスティーナ・エーデルフェルトが言った言葉……
 彼女は"目の前に示された根源への道標"と言った。
 つまりそれは、自らが考案した方法ではなくて誰かに示唆された方法だという事だろう。
 エーデルフェルトの、しかも一途に根源へと至る道を探求し続けてきた一流の魔術師に、"道標"と言わしめるほどの存在が接触してきたって事だ。
 しかも、そいつはもしかしたらあの方法では根源へと至る事が出来ないことや、"無"の世界へとつながってしまう事も承知していたのかもしれない。
 そんな奴がいるのかしら……もしいたら、恐ろしくやっかいな奴だってことは間違いないわね。

 他にも気付いた事はある。
 今回、わたし達が全員揃って無事生還出来たのは、かなり幸運によるところが大きいって事。
 その中でも、特に生還率が低かったと推測できるのがアルトリアだ。
 "ジャック・ザ・リッパー"事件に端を発する今回の事件、悉くアルトリアに不利な条件が揃えられていた。
 極め付けが、敵のサーヴァントがあのラーンスロット卿だったという事と、最後の決め手に"約束された勝利の剣(エクスカリバー)"を使わざるを得ない状況だった事でしょうね。
 要するに、アルトリアの存在を消したがっていたようにすら思える。
 これに気付いた時は、流石のわたしも震え上がった。
 もしもあの時、アルトリアが宝具を使って消えてしまっていたら……
 もしもそのタイミングで"世界"の契約を求める声が聞こえていたら……
 士郎がどんな選択したか、わたしにも判らない……

 あまりにも不安をかき立てる思考に耐えかねて、横で眠っている士郎の顔を見つめる。
 ねぇ、士郎、わたしを一人にしないでね……
 そう思ったとき、

「凛……」

 と、士郎が寝言でわたしの名前を呼んでくれた。
 その瞬間、

――ドカッ! ドゴッ!

 後ろの席から、士郎の座席を蹴り上げたような音と振動が……って、あんた達ねぇ……

「……」

 半眼で後ろの二人を睨みつけてやった。

「あら、足を組み替えた時に前の座席に偶然当たってしまいましたわ。やはりビジネスではなく、ファーストにすべきでしたわね」

「失礼、私も偶然です」

 ルヴィアもアルトリアも良い根性してるわね……
 って言うか、それでもすやすやと寝てるこのバカが逆に腹が立つわ!
 なんでわたしが、こんな事で怒らなきゃいけないのよっ!







 およそ一年ぶりに帰って来た冬木の街は、記憶の中の町並みとそれほど変わってはいなかった。
 当然のように衛宮邸へと向かったわたし達は、日本建築の屋敷に興味津々なルヴィアと、"お腹が減りました"と言って士郎に作って貰ったご飯を食べているアルトリアに留守番をお願いし、すぐさま穂群原学園へと向かった。
 今から急げば、卒業式の終盤には間に合う筈だ。

 体育館で執り行なわれている卒業式の父兄席へと着席したわたしは、卒業証書授与の真最中である壇上へと視線をやる。
 士郎は思うところがあるのだろう、体育館の入口の端で壁の花を決め込んでいる。

「三年A組 間桐桜」

 ふと呼ばれた妹の名前に、視線を壇上へと戻す。
 一年ぶりに見た妹の姿は、同じ女性としてすこ〜し屈辱感を覚えるほどよく成長していた。
 証書を受取り、壇上から降りてくる桜と視線が合う。
 遠目からでも驚いた顔が良くわかる。
 お互いにクスリと笑いながら手を振った。
 まさか姉として桜の卒業式に出られるとは、数年前には思いもしなかったなぁ……これも士郎のおかげね、感謝してるわよ。

 式典が終り、わたしと士郎は校門横の桜の木の下で、桜を待っている。
 もうっ! ややこしいわね!
 ふと、背後から聞き覚えのある声で話し掛けられた。

「と、遠坂……だよな?」

 懐かしいわね。
 そう思いながら、くるりと振り返り、旧友に向かって挨拶をする。

「ええ、お久しぶりね、美綴さん」

「うわぁ……相変わらず、すごい猫かぶってんだなぁ……」

「うっさいわねぇ……で、綾子はこんなとこで何してんのよ?」

「何って、弓道部の可愛い後輩が卒業するんだから、ちょっと見に来たってところだよ。そっちこそ、間桐の卒業を見に帰って来たのかい?」

 相変わらず男前な話し口調が変わらないわね、あなたも。
 髪がロングになってるところが大きな変化かしら。

「ええ、まあそんなところよ」

「で、その隣の人とあんたがどういう関係なのか、あたしに紹介してくれないのかい? 遠坂?」

 チェシャ猫のような笑みを浮かべてそんな事を言う綾子。
 紹介って、あなた……あ、そっか。
 高校三年の時は、髪を染めてたんだっけ士郎は。
 それに187センチにもなった身長と精悍な顔つきが、元の士郎を知ってる人にはギャップが大きすぎるのね。

「……え〜っと、久しぶりだな、美綴」

 苦笑を浮かべながら、士郎が片手を軽くあげ綾子へ挨拶をする。

「……」

 固まったわね、綾子……

「ちょっと綾子、何呆けてるのよ」

「えっ? ちょ、お、お前……もしかして、え、衛宮、なのか?」

 うん、綾子の変顔みれただけでも収穫ね。

「おう、髪のばしたんだな? 良く似合ってるよ、美綴」

 こいつは……なんの悪意も無くそういう事を言うんじゃないってのよ!

「あ、うん……その、ありがと……」

 綾子、あなたもいい年こいて何真赤になってんのよ!
 と、そんなことを思っていると、弓道場から走ってくる桜の姿が視界に入る。

「姉さん!」

「やっと来たわね、卒業おめでとう、桜」

 久しぶりに見た妹の笑顔に、お祝いの言葉で迎える。
 うん、やっぱり桜は笑っていたほうが綺麗よ。

「お、間桐、卒業おめでとう」

「美綴先輩もいらっしゃってたんですね、ありがとうございます」

 そう言って綾子にお頭を下げる。
 そして……優しい笑顔を浮かべながら

「桜、卒業おめでとう」

 と、士郎が言った。

「先輩……」

 そう言って、俯いてしまう桜。
 ああ、もう! 今日はお祝いの日なんだから、笑顔でいなさいよ!

「あっ、そうだ。お前ら三人一緒に写真撮ってやるよ」

 そう言って綾子が手に持っていたデジカメをかまえる。

「いいわね、それじゃあお願いするわ、綾子」

 わたしは桜を真中にして、士郎の反対側に移動しながら綾子の申し出を受けた。
 さあ、頑張りなさい、士郎。

「ただいま、桜。少しの間だけど、帰って来たぞ。それから……綺麗になったな」

「……はい、お帰りなさい、先輩」

 やっとお互いの顔をあわせて微笑む桜と士郎。
 まったく……手のかかる妹ねぇ……でも、本当におめでとう、桜。

「それじゃ、撮るぞ〜。ハイ、チーズ!」

 そのわたし達三人が一緒に映った写真は、わたしの宝物になった。







 桜の卒業祝いという事で、士郎がはりきった豪勢な夕食も終り、居間でティータイムとなった。
 帰宅と同時に、ルヴィアの存在に桜が驚いていたけれど、なんとかお互いに打ち解けたみたいね。

「シェロ、貴方の周りにはどうしてこうも女性がおおいのですか?」

「いや、それを俺に言われても……」

 ぽりぽりと頬をかきながら困る士郎。
 っていうか、ほんとに女性ばっかりよね? あんたの周りって……
 とまぁ、そんなことよりも、

「ねえ、桜。お祝いの日にこんな事を言いたくないんだけどね……」

 一瞬、躊躇してしまう……だめよ、わたしの役目なんだから、これは。

「? はい、どうかしたんですか? 姉さん?」

「まってくれ……凛、それは俺から桜に伝えさせてくれないか?」

「士郎!」

「いや、あいつから託されたのは俺だ。俺が伝えなきゃいけないと思う」

 そう言って、わたしの目をじっと見る士郎。
 はぁ……だめね、こうなったらテコでも動かないわね。

「わかったわよ……」

「ありがとう、凛……あのさ、桜、落ち着いて聞いて欲しい。慎二の事なんだ」

 士郎がそう言った瞬間桜の肩がビクッと小さく震えた。

「はい……どういったことでしょう? 先輩」

 両手でスカートをギュッと握りながら、答える桜。

「慎二は、ある事件に巻き込まれて、拉致されたんだ。俺達は向こうで偶然それを知って、なんとか助け出そうとしたんだが……すまない、俺は慎二を助ける事が出来なかった」

 そう言って、士郎は桜に頭を下げた。

「お待ちなって! 今シェロが仰った事は、間違いではありませんが、全てでもありませんわ。ミス・サクラ、貴女のお兄様を拉致し、その死因の元を作ったのはわたくしエーデルフェルト縁の者……いえ、わたくしの妹だったクリスティーナ・エーデルフェルトです。シェロに非はございません。むしろ、貴女のお兄様を助けようと必死なって頑張ったのですよ。ですから、ミス・サクラ、貴女の怒りの矛先はわたくしにお向けになってください」

 ルヴィアが士郎の言葉を補い、エーデルフェルト当主としての言葉を桜に伝える。

「……先輩もルヴィアさんも、どうか頭を上げて下さい」

「桜……俺は……」

 士郎の言葉を遮るように桜が言葉を被せる。

「先輩、一つだけ教えてください。さっき託されたって言いましたよね? それってどう言う事なんですか?」

「あ、ああ……慎二の最後の言葉なんだ。俺に桜の事を護れって言いながら……でも全部を言い終える前にあいつは……だけど、その事だけはしっかりと俺が受け止めたから」

「そう……ですか……それで、先輩は私の事を護って下さるんですか?」

「当然じゃないか、桜は俺の家族なんだから!」

「それで……今度は、私を護りきれなかった時、誰に謝るつもりなんですか?」

「「「「……」」」」

 居間の時間が凍りついた。

――パンッ!

 頭の中が真白になったけれど、体が先に動いていた。
 わたしに頬を叩かれた桜は俯きながら、

「ごめんな、さい……せんぱい……ごめんなさい、私、悪い娘ですから、誰かに怒りをぶつけないと……心が壊れちゃいそうで……」

 そう言って涙を零していた。

「士郎、アルトリア、ルヴィア……ごめん……少し、桜と二人きりにしてくれないかしら?」

 私がそう言うと、三人は無言のまま頷き、縁側へと出て行ってわたし達を二人きりにしてくれた。

「姉さん……」

「まったく……あんたの気持ちも判るけど……それで一番甘えたい人に八つ当たりしてたんじゃ、あんた自身が辛いだけでしょう?」

「ねえ、さん……」

「はぁ……いいわ、いらっしゃい」

 私が手を広げると、泣きながら桜が私へと飛び込んできた。
 バカねぇ……でもま、たまには妹を甘やかすのも良いかもしれないわね。
 号泣しながら、士郎に謝る桜の髪を手で梳きながら、遥か昔の思い出にもこんな事があったかなと思いをめぐらした。
 心配しなくても、あんたの事はわたし達が護ってあげるわ。
 わたしのたった一人の妹なんだから。






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