Fate / in the world

019 「ラインの黄金」 前編


『今期の魔術戦闘科は悲惨らしい』

 ここ最近、時計塔内でまことしやかに囁かれる噂だったりする。
 あ、いや、噂と言い切ってしまうには少々問題があるんだけど。
 数日前、あまりの過酷さゆえにここ数年間行われていなかった野戦訓練合宿というものが、今期の魔術戦闘科では行われた。
 実際に参加した俺に言わせてもらえば、二度とこんな合宿には参加したくないと思うほどに過酷なものだった。
 携帯電話以外ほとんど何の装備も無いまま、ウェールズの深い森へと放り込まれた俺達魔術戦闘科の生徒は、いくつかのチームに編成される。

『三日間この森で生きろ! 最後まで生き抜いたチーム全員を今期の野戦訓練合格者とする。ただし、最後まで残った一チームだけだ。途中脱落した者は、携帯で私に連絡を入れれば回収してやる。訓練中は何をしても構わんが、人死を出した場合は即刻処分するのでそのつもりでな。それでは諸君、健闘を祈る(グッドラック)!』

 健闘を祈る(グッドラック)ってどういう事さ?
 そう思ったのもつかの間、森のあちこちでいきなり戦闘が始まり、一瞬で静かだった森はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化した……
 まあ、人死を出せない都合上、威力の高すぎる魔術や武器は使用できないので、自然と肉弾戦での近接戦闘か、トラップを仕掛けて嵌めるという類のものになる。
 俺の入ったチームは総勢十二名だったんだけど、最初の一日目で俺を含めて四人になっていた。
 で、なんとか善戦していた二日目の深夜、身を隠しながら休息を取っている時に、突如俺の携帯の着信メロディーがウェールズの森に響き渡った……

『もしもし、士郎? 元気してる?』

 元気じゃねぇぇぇ!!
 そんな俺の心の叫びも虚しく、当然のことながらその音を聞きつけて来た他のチームに包囲される俺たち。
 魔弾の集中砲火を浴び、俺以外の三人はここであえなくノックアウト……
 これって俺の責任なのか?
 そんな事を考えながら周りをよく見ると、俺を包囲しているのは四チームほどの連合軍だった。

『いたぞおぉ!! エミヤ発見っ!! 包囲して撃ちまくれぇぇ!!』

 ウェールズの森に響き渡る無情な号令と共に、明らかにオーバーキルな数の魔弾が集中砲火で俺に襲い掛かる。

『なんでさぁ!! なんで俺ばっかり狙うのさぁ!!』

 魂の叫びを上げながら慌てて電話を切り、何とか逃げ延びた俺はふと違和感を覚えた。
 怪しい……あの凛が俺の声を聞きたがったり、アルトリアが声すら聞かせなかったり……
 絶対なにかあったに違いない!
 そう確信した俺は、一刻も早くこの訓練を終わらせ倫敦へと帰るべく、一切の手加減を排して頑張った。
 まぁ頑張りすぎて、敵チームの学生達に多大な恨みを買ったらしい事は、後々カミンスキー先生に聞かされて知ったのだけれど……

 全ての敵チームに、刃を落とした干将・莫耶を叩き込み、最後の一人となった俺は一目散に森を抜け出て、カミンスキー先生に合宿の終了を願い出た。
 予定より十時間近く短縮して訓練が終り、急いで倫敦へと帰るべく勢いそのままにカミンスキー先生へと泣きついた事が、俺の最大の間違いだった。
 "最高の舌平目のムニエルをご馳走します!"
 この一言で、愛車ZX-10Rのエンジンに火を入れてくれたカミンスキー先生は、

『飛ばすぞ! ミスター・エミヤ!』

 と言い放ち、ウェールズから一路二百四十キロの道のりを、倫敦へと向けて走り出してくれた。

『やっぱり持つべきは頼れる恩師だよなぁ。感謝します! カミンスキー先生!』

 いや、俺が甘かった事は認めるさ。
 でもな……
 "飛ばす"って事が、時速百四十キロで走っている車と車の間、それもバイクの車幅より僅かに広いだけの隙間を平然とすり抜けたり、コーナーというコーナーをドリフトでクリアするたびに「かめっ!」と訳のわからない雄叫びを上げることだなんて、誰が予想できるのさ……

 こんな人格の持ち主にバイクの免許取らせるなんて、大英帝国は何考えてるんだっ!
 俺、よく生きて帰ってこれたよな……





Fate / in the world
【ラインの黄金 前編】 -- 最強の魔術使いの継承者 --





「我が家って最高だな」

 思わず本音が零れてしまう。

「何暢気なこと言ってるのよあんたは。士郎がいない間、こっちは大変だったんだからね!」

 リージェントパークでの騒動の後、三人してフラットに帰宅した俺たちは、皆疲れ切っていたために、そのまま就寝となった。
 その日の昼過ぎになってようやく起き出した俺は、食材の調達を行い、夕食をとった後に凛とアルトリアからここ数日間のいきさつを聞かされた。
 昨夜、サーヴァントの存在を感じた時は、にわかに信じがたい気持ちだったけど、それがあの円卓の騎士、ラーンスロット卿だと聞かされたときは、流石にあいた口が塞がらなかった。
 事件以来目に見えて元気の無いアルトリアは、夕食の後説明を終えるとすぐに自室へと戻ってしまったため、リビングには俺と凛しかいない。

「そうだな、二人が無事でほんとに良かった」

 あの時……もしもリージェントパークの異変に気付いていなかったらと思うとゾットする。
 ぎりぎりで間に合ったようなものだったんだから。

「それにしても、あの"偽・螺旋剣(カラドボルグ)"って最初からヴィクターの魔道書を狙ってたの? 結果的には、あれがラーンスロット卿の令呪だったみたいだけど」

「いや、ラーンスロット卿と魔道書、両方狙ったんだ。アルトリアが危なかったし、それにあの魔道書の異質さはちょっと異常なくらいだったからな」

 あの場で、一番異様だったのはあの魔道書だったくらいだ。

「両方って、あんた……はぁ、まあいいわよ。士郎の弓の腕前にいちいち驚いてちゃ、きりが無いものね」

 溜息をつきながら、呆れたように言う凛。
 でもラーンスロット卿には、かわされたんだよな偽・螺旋剣(カラドボルグ)……あれには俺も驚いた。

「う〜ん、でもさ、大体のいきさつを聞いた今でも、まだわかんない事があるんだよなぁ」

 そう、聞かされた内容からは腑に落ちない点が多すぎるような気がしてならない。

「え? どんな事よ?」

「例えばだな、アルトリアと戦ってる最中にラーンスロット卿が言ったんだろ? "この倫敦で、金髪・碧眼の魔力を帯びた女を殺せ"って命じられてるってさ。もし、奴らの犯行目的が魔力の搾取だって言うのなら、なんでわざわざそんな絞込みの条件なんて付けるんだ?」

「それはラーンスロット卿がアルトリアを狙っているって事を利用した命令だからじゃない」

「いや、だからそもそもそれがおかしいんだ。それだとヴィクターって魔術師の目的が見えてこないじゃないか。女性魔術師の殺害は魔力搾取のためで、ラーンスロット卿の目的がアルトリアなら、そもそもヴィクターは何のためにラーンスロット卿を召喚したんだ?」

 俺の言葉に凛の表情が怪訝なものになる。

「……つまり、何が言いたいのよ? 士郎は?」

「俺は実際の現場をほとんど見て無くて、後から事件の顛末だけを聞いたからそう思うのかもしれないんだけどさ。ラーンスロット卿を召喚したのは他の奴で、そいつがヴィクターにラーンスロット卿を使役させていたんじゃないかって気がするんだ。で、そいつとヴィクターの間に何か利害関係があったとしたら辻褄は合うだろ?」

「まあ、理論的にはおかしくないわね。でも、それを探る手がかりが何も無いわ。それに令呪を破壊されたラーンスロット卿は現界出来なくなって消滅したのよ。それこそ、調べようが無いじゃない」

 あれ? 凛は気付いてないのか?

「手がかりならあるじゃないか、その令呪だよ。ずっと不思議に思ってたんだけどさ、令呪ってあんなふうに本に発現させることが出来るものなのか? もしそれが出来るなら、サーヴァントの受渡しが自由にできちまう事になるんだぞ? それこそ他の奴がラーンスロット卿を召喚したと考えやすくなるじゃないか。それに、そもそも英霊召喚ってのは必ず令呪が必要になるのか? あれは冬木の聖杯戦争オリジナルのものかと俺は思ってたんだけど?」

「あ……」

 やっぱり、気付いてなかったんだな……
 こういういざって時に"うっかり"しちまうのは、凛らしいといえば凛らしいけどな。

「凛……」

「だって、しょうがないじゃない! わたしだって、ルヴィアとアルトリアの事で目一杯だったんだから! 犯人が自分の眷属だからってルヴィアは責任感じちゃってたし、ラーンスロット卿が敵だって事でアルトリアは落ち込んじゃってるし、わたしが頑張んなきゃって必死だったんだからっ!」

 いや、だからそこで涙目で睨むんじゃない、お前は。
 でもまあそうだよな、二人が大変な時にこいつは一人気を張って支えてたんだろうな。

「ああ、俺が悪かった。ごめんな、凛。これからは俺も一緒だからさ、お前がそこまで強くある必要は無いんだぞ」

「ッ?!」

 俺の言葉に凛は一瞬息を呑み、顔を伏せたまま俺の胸へとその体をもたせ掛け、

「……また士郎に……泣かされた……信じらんない……」

 そう呟きながら、その細い肩を震わせていた。
 まったく、俺はほんとに馬鹿野郎だな。
 今までだって、今回の事だって、こいつは不安な顔を表に出さないように、必死で頑張ってたんだろうな。
 ほんと、ごめんな、凛。







「どうだ? 少しは落ち着いたか?」

 あの後、ひとしきり泣きじゃくった凛は、俺が用意したハーブティーを飲んでいる。

「うん……ごめんね、士郎」

「いや、俺こそごめん。お前の気持ち、考えてやれてなかった」

 いくら一流の魔術師だって言ったって、根っこの部分じゃしっかり女の子なんだよな、凛は。
 俺がもっとしっかりしなきゃいけない。

「ううん、そうじゃないの。色々と不安に思う事があってね、何だかそういう気持ちがいっぺんに爆発しちゃったみたい。だから、ごめん」

「よし、それじゃおあいこって事にしとこう」

「わかったわ。じゃあわたしは士郎の言うように令呪の事、調べてみるわね」

「ああ、頼むよ。たしかマキリが開発したんだよな? 令呪のシステムって?」

 始まりの御三家のなかで、アインツベルンが聖杯を、遠坂が霊脈を、マキリが令呪を担当したって事だったはずだ。

「そうよ……って、マキリで思い出したわ。ねぇ士郎、慎二から連絡来てない? 桜から連絡があってね、また慎二と連絡がつかないらしいのよ」

 はぁ? またか、一体慎二の奴、何をやってるんだ。
 って、大体判ってるんだけどなぁ……

「いや、ここ最近は来てないよ。まったく、少しは妹に心配掛けないくらいの配慮をしろよな、慎二の奴も」

「まあ、あのバカの事は、ほっといてもいいわよ。それよりも……ほっとけない娘がいるのよねぇ」

「アルトリアの事か?」

 あの落ち込みようは、半端じゃないからなぁ。

「ええ……今回はちょっとわたしじゃ手に負えないかも知れないわ。でも、こんな時こそ"正義の味方"の出番でしょ?」

 お前なぁ……

「あのなぁ……俺にどうしろって言うのさ?」

「明日、アルトリアをデートにでも誘ってあげなさいよ」

 ちょ、ちょっと待った!

「な、何言ってるんだ、お前は! お、お、俺はなぁ」

「そんなに慌てる事無いじゃない? 単に気分転換させてあげなさいって事なんだから。それから、当然のことだけど、アルトリアに手を出したら……捻じ切るわよ?」

 捻じ切るって何さ? 何を捻じ切るのさ?
 いや、そういう事じゃなくてだな、それならそうとはじめから言えよな……

「はぁ……わかった。でも、凛はどうするんだ?」

「わたしは明日はルヴィアの査問委員会に証人として出ないといけないのよ。だからアルトリアのこと、任せたわね」

 そっか、ミス・エーデルフェルトも色々と大変だったんだよなぁ。
 ま、そっちは凛に任せれば大丈夫なんだろう。

「了解だ」

 それじゃあ、明日は王様のご機嫌を取ってみるとしますか。







「あの……シロウ? 本当に良かったのですか? その、私達だけで出かけてしまって?」

「ああ、問題ないぞ。凛も今日はミス・エーデルフェルトの事で忙しいみたいだしな。それより、アルトリアこそドライブで良かったのか?」

 一夜明けた、翌朝。
 俺は、起きてきたアルトリアをドライブへと連れ出した。

「はい、シロウが連れて行ってくれるのなら、どこでも楽しみですから」

 そう言って助手席で微笑むアルトリアは、淡いブルーのセーターと、黒のミニスカートにブーツという普段とは趣の違ったいでたちだ。
 髪型だって、いつものシニョンとは違い、大きな黒のリボンでポニーテールにしている。
 はっきり言って、なんかこう、可愛い女の子って雰囲気が前面に出てるような気がする。

「そ、そっか。なら、色々と見て回ろうな」

 いかんいかん……元々、アルトリアが綺麗だなんてとっくの昔に解かりきってた事じゃないか。
 いまさら何をドキドキしてるんだ、俺は。
 それに今日の目的は、アルトリアに気分転換してもらうことなんだ。
 俺がしっかりエスコートしなきゃいけないんだからな。

「はい、ところでシロウ。これはデートなのですか?」

「はい?」

「ですから、私を誘っていただいたこのドライブは、デートなのですか? シロウ?」

 ダメだぞ、アルトリア。
 そんな俗っぽい言葉覚えちゃ

「あ〜、なんだ。それはつまりだな、見る人次第なんじゃないだろうか?」

 我ながらなんとも情けない答えだよな……

「ほほぅ、見る人次第ですか。フフ、わかりました」

 クスリと笑いながらそう言ったアルトリアは子悪魔じみた可愛さを……って、俺は節操なしか!
 不埒な思いを頭から叩き出し、俺は車を走らせた。

 倫敦からコーンウォールへと向けたドライブは、途中ストーンヘッジを観光したり、グラストンベリーに立ち寄ってアーサー王縁の資料館などを見てまわったりもした。
 まあ、資料館で説明を聞いている本人がアーサー王だとは誰も思うまい。
 説明のところどころで、横にいるアルトリアが”実際は”と小声で史実を話してくれる。
 そんな贅沢な歴史散策の後、アルトリアの希望から、景色の良い丘でお弁当を広げて昼食をとり、他愛も無い話で笑いあいながら更に車を走らせた。
 移動中の車内から見える景色を指差してはきゃいきゃいとはしゃぐアルトリアは、いつも以上に元気で無邪気な女の子に見える。
 そんな時、ふと俺の頭をよぎった事は、もし……もしも、アルトリアが王になんてなっていなかったら、こうやってごく普通の女の子として幸せに暮らせたのかなって事だった。

 気分気ままに寄り道をしながらのドライブで、目的地のティンタジェル城へと辿り着いたのは夕方近くになった頃だった。
 そろそろ、夕陽が水平線へと落ちそうになる頃、真赤に染まった夕焼けを見ながらアルトリアが話し出した。

「私は、ただ皆の笑顔を護りたかった。外敵から国を護りたかった。戦乱の時代を勝ち抜き、国を統べ、誰もが幸せに暮らせる国を作りたかった」

 遠く水平線に沈み行く夕陽を見ながら語るアルトリアのその顔は、遠い時代の王のそれなのだろうか。

「でも、私には叶わなかった。結局、最後は皆が戦いの中にその命を散らして行ったのです」

 そう呟き、グッと口の端を噛締める。

「私は、納得できなかった。この結末は、あんまりではないかと。そして、私は求めたのです。聖杯に自らのやり直しの機会を」

 それは、一人の王が聖杯を求め願った思い。
 死の間際に願った、王の願いなのか。

「シロウは以前、言いましたね。やり直しなんて求めないと。しかし、私は……あの結末をやり直したいと願い聖杯戦争へと参加したのです。ですが……シロウと共に歩むうちに、その思いが正しいのか、わからなくなってきました。アーチャーの言った、間違った願いとはどういう事なのか。サー・ラーンスロットの言うように私はかつての盟友を裏切っているのか。いまだ私にはわからないのです」

「なあ、アルトリア」

「なんでしょう、シロウ」

「焦らなくても、いいんじゃないか? ラーンスロット卿がお前に何を言ったのか知らないけどさ、俺はアルトリアが国のために、そこに生きる人達のために、精一杯頑張ったって事を知ってる。だからさ、安心しろよ。お前が答えを見つけられるまで、俺も一緒にその答えを探してやるからさ。そんなに一人で思いつめなくて、いいんだぞ」

 言ってやりたい事は他にも色々あったけど、いつの間にか遠い時代の王だった横顔が、たった一人で悲しみに耐えている女の子の顔へと変わっているのに気付いた時、俺には他の事を言えなくなった。

「……シロウ……少しの間……空を見上げていてもらえますか?」

「ああ」

 そう言った瞬間、アルトリアの頭がトンと俺の胸にもたれかかった。
 そこから先の事を、俺は知らない。
 だって、空を見上げた奴には、自分の胸で泣きじゃくる女の子の事は見えない筈だから……
 だから、俺がその女の子の肩を抱きしめた事だって、きっと俺の思い違いなんだろう。







「ただいま、遅くなってごめんな、凛」

「ただいま帰りました」

 俺とアルトリアがフラットに帰り着いたのは夜の十一時をすぎていた。
 もっとも、ティンタジェル城を出発したのが、夕陽が沈んだ後だったので仕方ないといえば仕方ないんだけれど。
 恐る恐るリビングへ入ると、ソファに座ったままの凛が暗黒闘気を放出しまくっていた。

「……」

 返事が無い……ただのあくまのようだ……
 あ、いや、現実逃避はよく無いぞ、俺。

「あの……凛さん?」

 再度呼びかけてみる。
 自分の腰が引けてるのはこの際しょうがないと思いたい。

「……まあいいけど……すごくよくないけど……おかえり……」

 やっぱり拗ねてるじゃないか、お前は……はぁ、一体俺はどうしたらいいんだ?

「あのさ、やっぱ怒ってるのかな?」

「……何よ、わたしに怒られるような事してきたの? 士郎は?」

「いや、してないぞ! 全然まったくこれっぽっちもしてないからな!!」

 ここは全力をもって誤解を解かなきゃいけない。
 だって言うのに……俺の背後からは、氷のような闘気が立ち昇り始める。

「はい、シロウに疚しい事などありません。ただ涙した私を優しく抱きしめてくれただけですので。それではシロウ、凛、私は先に休ませていただきます。ごゆっくり……」

 アルトリア……お前、怒ってるだろ?
 俺、何かお前を怒らせちまったんだな?

「ねぇ衛宮くん? 今から魔術講座始めるけど、いいわよね?」

「え?」

「イイワヨネ?」

 わ〜い、笑顔が素敵ですね、凛さん。

「はい、是非お願いします……」

「そう、それじゃ明日の朝までに干将・莫耶を千セット投影しておいてね。あ、家の中だと邪魔になっちゃうから、庭でやりなさい。それじゃあ、わたしは先に寝るから。おやすみなさい、衛宮くん」

 放置プレイですか?
 徹夜で一晩中庭でいろって事ですか? この真冬に……
 勘弁してくれ……そう思いながらも、テラスから庭へとでたその時、俺の携帯にカミンスキー先生からの着信が入った。

「もしもし、カミンスキー先生? どうしたんです、こんな時間に?」

 舌平目のムニエルはもうちょっと待って欲しいなぁ。
 さすがに俺もイッパイイッパイなんですよ。

『ミスター・エミヤ、緊急事態だ。アインツベルンが壊滅したぞ』

「え?」

 カミンスキー先生の言葉が理解できないまま、呆然と庭に立ち尽くす俺を、真冬の倫敦の風が切りつけていた。






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