Fate / in the world

018 「The Ripper」 後編


「ちょっと研究の続きどころじゃ無くなっちゃったわね」

 そう言いながら、凛はフラットに戻るとお茶の準備をしだした。
 リージェントパークでの殺人事件、世間で取り沙汰されている"ジャック・ザ・リッパー"の再来の犯行現場に出くわしてから、約一時間が経っている。
 あの後、私達の存在に気付いた犯人達はその場から姿を消した。
 被害者の女性は、凛もルヴィアゼリッタもその名前を知っている時計塔所属の魔術師(メイガス)で、金髪・碧眼という容貌だった。
 見事な太刀筋で喉を切断され、既に事切れた女性の処理とこの事件の秘匿のために凛が協会へと連絡し、事情説明をしたあと、フラットへと戻ってきたのだ。

「「……」」

 私もルヴィアゼリッタも言葉すらなく、リビングのソファーに腰掛けている。

「はい、カモミールティーよ、これでも飲んで少し気を取り直しましょう」

 テーブルに薫り高いカモミールを置きながら、凛がソファーへと座る。
 たしかに美味しいですね、これは。

「リン、わたくしは」

「凛、私は」

 唐突に話し出した私とルヴィアゼリッタの言葉が重なり、お互いに顔を見合わせた後、私も彼女も黙り込んでしまった。

「はぁ……まったく。いいわ、それじゃあ究極の気分転換させてあげるわよ」

 そう言った凛はリビングの電話のスピーカーボタンを押し、そのままどこかへと電話を掛け始めた。

――プルルルルル、プルルルルル、ガチャ

「もしもし、士郎? 元気してる?」

 え? シロウは今……

『凛! お、お前、野戦訓連中に携帯なんか鳴らすなよなっ!』

 もっともな意見ですが……それよりも、何故シロウは野戦訓練中に携帯を持っているのでしょうか?

「あら、恋人の声が聞きたくなったから、かけてあげたんじゃない」

 その割には、笑顔があくまのそれになっていますよ? 凛。

『いたぞおぉ!! エミヤ発見っ!! 包囲して撃ちまくれぇぇ!!』

『なんでさぁ!! なんで俺ばっかり狙うのさぁ!!』

――ブチッ、ツーツーツー

 シロウの叫び声の裏で聞こえていた爆撃音は一体……ミス・カミンスキーはどんな訓練を課しているのでしょう?
 まあ、それはともかく。

「どう? あの間の抜けた声聞くと、頑張らなきゃって思えるでしょ?」

「凛、言いたい事は十分に解かるのですが……」

「シェロ、貴方の尊い犠牲は決して無駄にいたしませんわ……」

 シロウ、貴方はどんな時でも私達を勇気付けてくれのですね……その体を張って。
 そう思いながら、胸元のネックレスにそっと触れた。





Fate / in the world
【The Ripper 後編】 -- 蒼き王の理想郷 --





「それじゃあ、まずはルヴィアからね。あなたもしかしてあの魔道書を持ってた男の事、知ってるんじゃない?」

 幾分落ち着いた私達に、凛が問いかけを始める。
 問われたルヴィアゼリッタは、一口カモミールティーに口をつけ、ほぅと小さく息を零しながら話し出した。

「リンの推測どおりですわ。あの男はアルベルト・ヴィクターというエーデルフェルト眷属の魔術師です。元々医者の家系の出身らしく、本人も表の顔は医師として通しているのですが、悪い噂しか聞きませんわね。ただ心霊手術自体の腕前は確かという事で、わたくしの反対を押し切り、妹のクリスティーが半ば強引に眷属としたのです」

 やはり魔術師(メイガス)でしたか。
 という事は、そのヴィクターという魔術師(メイガス)があのサーヴァントを召喚したという事でしょうか?

「ねぇルヴィア、それ拙いわよ? ほぼ間違いないでしょうけど、一連の女性魔術師殺害の犯人がエーデルフェルトの眷属だったって事が協会に知られたら、その当主たるあなたまで責任を問われかねないわ」

 なるほど、凛の危惧はもっともな事です。

「ええ、それも承知していますわ。先ほどの協会への事情説明にその辺りをぼかして説明していただいた事、わたくしはリンへの借りとして受け止めております。ここから先は、エーデルフェルト当主として、このわたくしがアルベルト・ヴィクターを粛清いたします」

 凛への感謝を一つ口にしながらも表情を一変させ、ルヴィアゼリッタが魔術師として宣言する。

「……そうね、あなたらしい解決方法だと思うわ、だけど……事はそれだけじゃ済まないのよ……」

 そう言いながら、私を見つめる凛の思いは、十分理解している。

「……はい、この件にサーヴァントが関係している以上、それだけでは済まない。そして、凛の聞きたい事も理解しているつもりです」

 カモミールティを一口味わいカップを置きながら、私は凛へと向き直りそう告げた。
 たとえ理由がどうあろうと、私はシロウを、凛を、ルヴィアゼリッタを、皆を護らなければならないのだから。

「そう、それじゃあアルトリア。単刀直入に聞くわね。あの黒いサーヴァント、あなたは知ってるわね?」

 疑問形の形をとった断定。
 それもあの時の私を見ていれば当然のことでしょう。

「はい、私はあのサーヴァントを知っている……いえ、そんな言葉では生温い。なぜなら、私は彼と第四次聖杯戦争で戦っているのですから」

「「え?」」

 凛とルヴィアゼリッタの驚きの声が響く。

「あの黒いサーヴァント、彼は第四次聖杯戦争において、マキリがバーサーカーとして召喚した英霊です。その真名は……」

「「……」」

 二人が固唾を呑んで私の言葉を待つ。
 知らず、無意識のうちに胸元のネックレスを握り締めていたことに気付いた。
 シロウ、どうか私に勇気をください。
 貴方の強い心の力を、どうか私に分けてください。

「……その真名は、円卓の騎士が一人、その中でも最強と謳われた"湖の騎士"、サー・ラーンスロットです……」

 私の言葉に、凛とルヴィアゼリッタは驚愕の面持ちのまま言葉をなくしている。
 私がアーサーだという事を知るこの二人ならば、当然の反応なのかもしれません……







「驚いた……って言うより、今でもまだ信じられないくらいよ。ねぇアルトリア、間違いないのね? あのサーヴァントの真名がラーンスロット卿だって事は?」

 驚愕に言葉をなくしていた二人を置いて、私がお茶を入れなおしていると、凛が復活したらしく私に問いかけてきた。

「……はい、間違いありません。第四次聖杯戦争で、私は彼と直接戦闘をしています。あの黒い霧に覆われた姿も、その中に隠された姿も知っていますので」

「ありえませんわ! エーデルフェルトも第三次聖杯戦争に参加したのです。わたくしにも聖杯戦争の知識は伝承されておりますのよ。アレがサーヴァントだと言うのなら、一体どのように召喚し、使役していると言うのです? そもそも英霊は人間よりも霊格としては上の存在、むしろ精霊に近いものですのよ。それを人間である魔術師が聖杯のサポートも無く召喚し使役するなど、到底不可能ですわ!」

 我に返ったルヴィアゼリッタが、勢いに任せてまくし立てる。
 なるほど、彼女が言う事は正論であり、真実なのでしょう。
 ですが……

「それが、そうでもないのよ、ルヴィア。召喚についてはわたしにも想像がつかないんだけど、聖杯のサポート無しで十年間も飛びっきりの英霊を使役していた奴をわたしは知ってるわ。もっとも、思い出しただけでもはらわたが煮えくり返るくらい外道な方法だったんだけどね」

 そう、私達は"悪しき前例(ギルガメッシュ)"という事実を見知っている。
 恐らく、女性魔術師を襲わせていたのも、その魔力を搾取する為なのでしょう。

「それに、サー・ラーンスロットがサーヴァントとして現界している事は紛れも無い事実です。今夜は向こうが引きましたが、魔力を搾取するために彼らの犯行はこれからも続くでしょう。今は、この対策こそが最重要です」

 きっと、シロウがこの場に居れば、こう言うのでしょうね。

「そうね、これ以上野放しにしておいて良い奴らじゃないでしょうし……どっちみち、士郎が知ったら後先考えないで飛び出しちゃうんだから、あのバカが帰ってくる前にけりをつけたいわ。だからルヴィア、わたし達で協力して解決に当たるわよ、良いわね?」

 流石ですね、凛。
 やはりシロウの事を良く理解している。

「それはむしろわたくしの方からお願いしたいことですわ。エーデルフェルト現当主として正式に依頼いたします。ミス・トオサカ、ミス・アルトリア、事件解決のため、どうかお力をお貸しください」

 そう言ってルヴィアゼリッタが頭を下げた。

「当然よ! アルトリア、あなたには色々と複雑な事情があると思うんだけど、了承してくれる?」

 凛とルヴィアゼリッタの眼がわたしをとらえる。
 まったく貴女という人は……私は貴女の使い魔なのですから命令すれば済むというのに、まるで私を友人のように扱う。
 ですが、なんともそれが貴女らしい。

「そのような事、是非もありません。シロウならば必ずこの凶事を止めようと動くはず。ならば彼の剣としての私に否はありません!」

「感謝いたしますわ、リン、ミス・アルトリア」

「……なんだか、士郎の為ならってところが気に食わないんだけど、まあいいわ。それよりもアルトリア、ラーンスロット卿の能力を全て教えてちょうだい」

 そうですね、今は状況把握が何よりも優先されます。

「はい、その前に凛。一つお聞きしますが、貴女は今でも私のステータスを確認することが出来ますか?」

「ええ、わたしにはまだ令呪の聖痕が残っているもの。サーヴァントを見ればそのステータスは……って、ちょっとどういう事よ? ラーンスロット卿のステータスが不明になってるじゃない!」

 "うっかり"気がつかなかったのですね、凛。
 それはそれで貴女らしいですが……

「それがサー・ラーンスロットの一つ目の宝具、"己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)"です。あの黒い霧は視覚的な認識阻害を発生させるだけではなく、そのステータスにまで影響を及ぼします。しかも認識阻害を利用し他者へとその姿を変えることが可能なのです。そして、二つ目の宝具"騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)"は、彼が手に触れるもの全てを、己の宝具へと変えてしまう能力です。実際、第四次聖杯戦争では、鉄柱から戦闘機、果ては他者の宝具すら自分の支配下へと置いていました。そして最後の宝具が"無毀なる湖光(アロンダイト)"です。私の持つ"約束された勝利の剣(エクスカリバー)"と兄弟剣にあたるこの剣は、その手に取った者のステータスを飛躍的に上昇させる能力を有しています。そもそもサー・ラーンスロットは円卓の騎士の中でも最強と謳われるほどの者。彼がこの"無毀なる湖光(アロンダイト)"を抜けばまさに無敵の存在と言えるでしょう」

 そこまで説明し、ふと二人がやけに静かなことに気付く。
 あの、凛? ルヴィアゼリッタ? 変顔になっていますよ?

「え〜っと、突っ込みどころ満載で逆にどこから突っ込めば良いのかわかんないくらいなんだけど……何よ、その出鱈目な能力はっ!!」

 ぽかんとした変顔から一転、がぁぁ――っと吠えるあかいあくま。
 そう言われても事実なのですから、私にどうしろと……

「ミス・アルトリア、今お伺いした事が全て真実であるとして、よく勝てましたわね? そんな出鱈目な相手に……」

「いいえ、ルヴィアゼリッタ……私は彼に勝ってはいません。はっきり言えば、生前も含め、私は彼にただの一度も勝てなかったのです」

「え? でも先ほど第四次聖杯戦争で直接戦闘をされたと伺いましたわ?」

「はい、確かに彼とは直接戦闘を行いました。しかし、防戦一方の私は後少しのところまで追い詰められていたのです。ただ、第四次ではサー・ラーンスロットはバーサーカーとして召喚されました。元来、バーサーカーのサーヴァントは存在を維持するだけでも己がマスターの魔力を極端に消費してしまいます。加えて彼の持つ"無毀なる湖光(アロンダイト)"は、そのステータス上昇能力の代償として、消費魔力を増大させてしまうのです」

「なるほどね、つまり歴代のバーサーカーのマスターと同じように、第四次のマキリのマスターも魔力の枯渇で自滅したって事なのね。そこで問題になるのが、今現界しているラーンスロット卿が、一体どのクラスのサーヴァントとして現界してるのかって事よ」

 そう言いながら、凛が私へと視線を向けてくる。

「残念ながら"己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)"のために、私にも正確な事は判りませんが、少なくともバーサーカーでは無かったと思います」

 あの狂気に染まった存在は、いくら隠そうとしても隠し切れるものではありませんから。

「わたしも同じ意見よ。第五次のバーサーカーを知ってるわたしから見ても、狂気の存在というプレッシャーは感じなかったわ」

「という事は、相手の魔力切れを狙うという作戦は狙えませんわね」

 確かに、ルヴィアゼリッタの言うとおりでしょう。

「……アルトリア、酷な事を言うわ。ラーンスロット卿に勝てとは言わないけれど、負けないで。もしそれが出来れば、わたし達の勝ちよ!」

 なるほど、流石第五次を勝ち抜いたマスターですね、凛。
 サーヴァントとの戦い方を良く理解している。

「私がサー・ラーンスロットを押さえている間に、凛とルヴィアゼリッタで魔術師を倒す。そういう事ですね? 凛?」

「そうよ……でもね、ただ何の手もなしにアルトリアを死地になんて向かわせないわ! ルヴィア、貴女への助力の対価を今ここで貰い受けたいんだけど、いいかしら?」

 はて? ルヴィアゼリッタに何を要求するつもりなのでしょうか? 凛は?

「それは……構いませんわ。わたくしも一度言ったことにはきちんと責任を持ちますわよ」

「そう、それじゃあ、ルヴィアとアルトリアで魔力供給用の簡易パスを繋いでくれる?」

「「は?」」

 いえ、凛の目的とするところは理解できます。
 確かに、ルヴィアゼリッタからも魔力供給を受けることが出来れば、私は戦闘においてかなりの力を発揮できます。
 ですがっ!
 私にだって、それが何を意味するかくらいわかりますよ! 凛!

「ちょっと、何を勘違いしてるのよ二人とも……ニ・三日程度の簡易パスなら同調しながらの唾液交換でオッケーじゃない?」

「そ、それはそうですが……うぅ、リン、恨みますわよ」

 そう言って、ルヴィアゼリッタが静かに眼を閉じる。

「凛……この件が終わったら、貴女とは一度、きっちりと話をつけたい」

 そう言い切って、目を閉じたルヴィアゼリッタの肩に手を掛けながらこちらへと引き寄せる。
 ……何故わたしが男性的な役割をしなければならないのです!
 近づくルヴィアゼリッタの顔に、私も目を閉じ……。

 ああ、シロウ……私は力と引き換えに、何かとっても大切なものを失ってしまったのかもしれません。







 翌朝、私達は朝早くにイーストエンドのホワイトチャペル地区にあるというアルベルト・ヴィクターの工房へと向かった。
 ルヴィアゼリッタに案内されたその建物は、一見何の変哲も無い普通の町医者としての診療所だが、人払いと対物理結界が張られている。
 当然ながら、魔術師(メイガス)の工房へと侵入することは大きな危険を伴うものだ。
 ましてや、相手はサー・ラーンスロトをサーヴァントとして使役している。
 出会ってしまえば、そのまま戦闘へと突入する可能性が大きいだろう。
 しかし……

「結界の外からですが、サーヴァントの気配は感じられません」

 この建物からは、サーヴァントの気配も魔術師(メイガス)の気配もしない。

「そう……わたしも魔術師の魔力らしきものは感じられないわ。まあ、ここに戻ってる可能性は少ないって思ってたんだけどね。それじゃアルトリア、この結界潰しちゃって」

「わかりました」

 凛の言葉に頷きながら、結界の範囲内へと腕を伸ばしていく。

――パリン

 ガラスの砕けるような音と共に、建物を護っていた結界が解呪される。

――ガチャガチャ

 当然といえば当然だが玄関の扉は施錠されている。

「ああもう、こんな時士郎がいれば簡単に開けられるのに!」

 少し気負いすぎのようですね、凛。

「凛、任せてください」

 そう言って、扉のノブを力任せにまわすと、

――バキンッ!

 という異音とともに錠が壊れ、扉が開いた。

「まあ良いけど……結果的に開いたんだし……それじゃ、アルトリア先頭お願いね」

「はい」

 私を先頭に凛とルヴィアゼリッタが後に続く形で、玄関を潜り待合室のような部屋を抜け、廊下を奥へと進んでいく。
 長期間、人が居なかったのか建物の中の空気は淀み、かなり埃っぽい。
 薄暗い廊下の突き当たりにある診察室の扉を開け、中へと入るがやはり何の気配も感じられない。

「この本棚の辺り……封印結界が張ってありますわ」

 ルヴィアゼリッタの言葉に振り返ると、診察室の隅にある本棚を結界が覆っている。

「少し下がっていて下さい」

 そう言ってルヴィアゼリッタが横へとどいた本棚の前に立ち、そのまま結界を破壊しつつ奥へと押し込んだ。

――ギギギギ

 という不快な音を立てながら、本棚は壁のさらに奥へと移動していく。

「ふん、ここが工房の入口ってわけね」

 僅かに開かれた通路は、地下へと降りる階段になっている。
 私達はお互いに頷き、私を先頭にした陣形のまま階段を降りていく。

「くっ! 酷い臭いね……」

 階段を降りたそこは、十畳ほどの小さな工房だったのだが、凛の言葉どおり酷い異臭が充満していた。
 壁には簡素な棚があり、端から端までいくつものガラス瓶が置いてある。

「ここにも何の気配もありません。やはり戻っていないのでしょう」

 恐らく別の隠れ家を用意してあるのでしょう。

「ちょ、何よこれ!」

 急に声を荒げた凛が棚の方へと歩いていく。
 反対側の壁際では、ルヴィアゼリッタの息を呑む音が聞こえた。

「……一体何を研究していたかなど知りたくもありませんが、許せませんわ、アルベルト・ヴィクター」

「完全に道を外してるわね、こいつ」

 ルヴィアゼリッタと凛の声が僅かに震えている。
 これは……シロウがここに居なかった事だけが不幸中の幸いですね。
 壁一面の棚を埋め尽くすように並べてあるガラス瓶には、人間の臓器がホルマリンにつけて保存されていた。







 アルベルト・ヴィクターの行方に関して、何の手がかりもつかめないまま私達はフラットへと戻り、少しの休息をとった後、夜の倫敦を見回ることとした。
 特にホワイトチャペル地区、もしくは昨夜犯行の行われたリージェントパークに捜索範囲を絞り巡回することとなった。
 21:00より開始されたホワイトチャペル地区での巡回は空振りに終り、深夜1:00を過ぎた頃に私達はリージェントパークへと辿り着いた。
 その瞬間! リージェントパーク内の私達が居る場所を含んだ広い範囲に、人払いと防音結界が敷かれた。

「待ち伏せてた……って事かしら」

「そのようですわね……」

 凛とルヴィアゼリッタの視線を追うまでもなく、突如現れた圧倒的な魔力を放つ存在を感じる。

「居ます……サー・ラーンスロットも」

 まるでその存在を隠すこともなく、夜の闇から金属の擦れるような重たい音がこちらへと近づいてくる。
 武装化した私は、凛とルヴィアゼリッタの前に立ちながら、闇を見据える。

「フッフッフ、殺されると判ってやってきたという事か? 時計塔の主席候補も大した事は無いな」

 軽薄な声で吐かれた言葉と共に、漆黒のフルプレートメイルに身を包んだサーヴァントと、昨夜と同じく魔道書を手にしたアルベルト・ヴィクターがその姿を現した。

「サー・ラーンスロット……」

 思わず、声が漏れてしまう。

「ちっ、何で正体がばれてるんだ? まあいい、どうせ全員ここで殺すんだからな。これでやっと条件をクリアできるぞ」

 条件? 何を言っているのだ、この男は?

「アルベルト・ヴィクター……エーデルフェルト現当主として、貴方の犯行を野放しには出来ません。今、この場で粛清いたします!」

 気高い宣告とともに、ルヴィアゼリッタの魔術刻印が輝き、フィンの一撃がヴィクターを襲う。
 放たれた魔弾が直撃する直前、漆黒の騎士がその前に立ちはだかると、まるでそよ風のように魔弾は霧散して消えた。

「なっ!」

「ハッハッハ、どうした? そんなチンケな魔術がこのセイバーに通用するとでも思ったのか? 小娘がっ!」

 クッ! やはり、セイバーとして召喚されていましたか……

「アルトリア……」

「はい、サー・ラーンスロット程の騎士ならば、むしろセイバーとして召喚されるほうが自然だとは思っていました。全て、覚悟の上ですっ!」

 そう凛に応えると同時に、私は魔力放出を利用した最大戦速を持って、サー・ラーンスロットへと切り込んだ。
 凛に加えルヴィアゼリッタからも潤沢な魔力供給を受けている今の私は、限りなく聖杯戦争時に近い戦力を発揮できる。
 その私の一撃を、サー・ラーンスロットは手近にあった鉄柵をへし折り、最小限の動作で受け止めた。

「クッ! 何故だっ! 何故貴公が召喚に応じたのだっ!」

 絶叫と共に打ち込み続ける私の剣戟を、流水のごとき動きで受け流していくサー・ラーンスロットの表情は、その漆黒の兜に隠され推し量る事はできない。
 そして、最小限の動きで戦う彼は、決してヴィクターの側を離れようとはしない。
 これではダメだ……高い対魔力のスキルを持つセイバーのサーヴァントが側に居ては、凛達の攻撃がすべてキャンセルされてしまう。
 その僅かな私の思考の隙を、稲妻のごとき突きが襲い掛かってきた。
 未来予知に近い私の直感が無ければ、今の突きで殺されていただろう程の苛烈なものだった。

「……王よ、戦いの最中に物思いとは、私も甘く見られたものですな」

 咄嗟にとったバックステップで離れた距離は僅かに五メートル。

「かつて、円卓の騎士最強と謳われた貴公相手に、そのような余裕など無い。答えよ、サー・ラーンスロット! 何故、このような凶行に加担するのだっ!」

 再度、最速の切込みを掛けるも、余裕を持って受け止められ、力押しの鍔迫り合いとなる。

「……さて? 王の言われる凶行とは一体何を指すのか? 私が召喚に際して受けた命は唯一つ。"この倫敦にて、金髪・碧眼の魔力を帯びた女を殺せ"という事だけ。それならば、私の目的と一致いたしますので了承したまでの事。それとも、私の目的まで凶行と断罪なさるのか? 王よ?」

 漆黒の兜越しに語られるのは、未だ潰えぬ私への恨みを込めた問いかけだった。

「そ、それは……だがしかし、貴公ほどの騎士が何故罪無き者をその手に掛けるをよしとするのだ!」

 息の詰まる鍔迫り合いから一転、後方へとはじかれる様に距離をとり、漆黒の騎士を問い詰める。

「王がそれを問われるのか? あの時代、多くの民を護るために少数の罪無き民を切り捨てたられた王が?」

 まるでサー・ラーンスロットの言葉の一つ一つが刃のように私の心を切り刻む。

「私は……私はただ、民の笑顔を護りたかっただけだぁ!」

 一息で間合いに踏み込み、痛む心を押し殺しながら切り上げる。
 それを、左手に持ち替えた鉄柵で受け止めた瞬間、サー・ラーンスロットの放つ殺気が膨れ上がる。

「私もまた、大義のために動いております、王よっ!」

 その言葉が終わらぬうちに、私の直感が最大の警告を発してきた。
 鉄柵に受け止められた風王結界を引き、咄嗟に体を捻りながら回避行動を取ると、直前まで私が居た空間を黒の剣戟が走った。

「アルトリアッ!!」

 切羽詰った凛の声が、戦局を如実に現している。
 ただの鉄柵を武器としたサー・ラーンスロットにすら苦戦していたのだ。
 それが真の宝具である"無毀なる湖光(アロンダイト)"を抜いたのだから凛の狼狽も頷けるというものだろう……

「王よ。貴女は何をしているのです。国を、民を救うのではなかったのですか? あの時、私を倒し、聖杯をその手につかみ、全てを救う筈ではなかったのですかっ!」

 言い放つと共に、数十キロもあるフルプレートメイルを身に纏っていながら、残像を残すほどの疾走を持って間合いを詰め、放たれた"無毀なる湖光(アロンダイト)"の一撃は、私の渾身の迎撃をもってしてもギリギリ受け止める事が精一杯だった。
 そして、その力の差も明らか。
 受け止めている力が僅かでも緩めば、そのまま一刀両断にされるのは目に見えている。
 クッ! やはり、私ではサー・ラーンスロットには勝てないのか?
 これが、神の下した私への贖罪だと言うのか?

「今よ! ――Anfang(セット)!」

「覚悟なさい、アルベルト・ヴィクター! ――Ready(レディ)!」

 凛とルヴィアゼリッタは、サー・ラーンスロットが動いた事で一人残されたアルベルト・ヴィクターへと、魔術を放とうと詠唱に入る。
 その瞬間――私と鍔迫り合いをしていた、サー・ラーンスロットの姿が消えた。
 いや、消えたと誤認するほどの疾走をもって、凛とルヴィアゼリッタの前へと移動し、その凶刃を振るおうとしていた。

「クッ!」

 魔力放出を全開まで高め、ギリギリで間に割り込みその剣を受ける。

「凛! ルヴィアゼリッタ! 下がってくださいっ!!」

 ステータス上昇の恩恵を受けたサー・ラーンスロットの打ち込みは、受け止めるのが精一杯だ。

「理想を忘れ、易きに堕ちた貴女はもはや王ではない。円卓の騎士達に代わり、その裏切りを断罪させていただく!」

 そんな……貴公は、わたしが騎士達を裏切っていると言うのですか?
 それが、皆の思いなのですか?
 心が、折れる……そう思ったとき、ふとバイクの排気音に気付いた。

――フォーン、フォーン、フォン、フォン!

 シフトダウンしている、いや、そもそも防音結界が敷かれているというのに何故聞こえるのです?
 小さな疑問が頭をよぎったその時、視界の隅にパーク内を疾走してくる二人乗り(タンデム)のZX-10Rが飛び込んできた。
 そしてパークに響く有り得ない詠唱!

I am the bone of my sword.(我が骨子 は 捻じれ 狂う)――"偽・螺旋剣(カラドボルグ)"!!」

 ZX-10Rの後部シートから撃ち出された"偽・螺旋剣(カラドボルグ)"は、紫電を纏いながら大気を切り裂き、私を"無毀なる湖光(アロンダイト)"で圧していたサー・ラーンスロット目掛けて飛翔する。

「何っ?!」

 驚愕の声と共に、サー・ラーンスロットは間一髪のタイミングで飛び退き"偽・螺旋剣(カラドボルグ)"をかわした。
 しかし、その矢の真の狙いはその先にこそあったのだ。
 アルベルト・ヴィクターが手に持っていた魔道書を狙い違わず射抜いた"偽・螺旋剣(カラドボルグ)"は、パークの地面を深く抉り、そのまま霧散した。
 一射にして二的を射抜く弾道!
 こんな事が可能なのは、彼しかいない!

「ああ……書が! 偽臣の書が燃えてしまうっ!」

 うろたえるヴィクターを他所に、灰となって燃える魔道書を一瞥しながら、サー・ラーンスロットは、

「恐ろしき弓使いだな」

 と一言残し、抜き手も見せぬほどの一刀でアルベルト・ヴィクターを切って捨てると、跡形も無くその姿を消し去った。







「一体、どういう事なのだ? まるで事情が掴めんのだが、説明していただけるか?」

 二人乗り(タンデム)のZX-10Rを運転していたミス・カミンスキーが、幾分疲れた表情で問いかけてくる。

「実はね……って、その前に! 何であんた達がここに居るのよっ!!」

 ええ、凛の疑問はもっともです。

「いや、本来ならば本日の朝に野戦訓練地のウェールズからこちらへと戻ってくる筈だったのだ。それをだな……このミスター・エミヤが、電話で君達の様子が変だった事が気になると騒ぎ立て、挙句に私を足代わりにここまで運転させたという事なのだ。いやいや、中々楽しかったぞ? 訓練直後にウェールズから倫敦まで二百四十キロの道のりをバイクで走るという椿事はな」

 恐ろしいまでの嫌味を含めた説明が、ミス・カミンスキーの疲労を良く現してくれた。
 シロウ、貴方と言う人は……

「だ、だってさ、俺の声が聞きたいなんて言う凛の様子も変だったし、アルトリアも電話に出なかったし、心配してもしょうがないじゃないか!」

「あんたが一方的に電話を切っちゃったんでしょうがっ! まあ、結果的には助かったんだけど……」

「あ〜、とにかくだ、誰か詳しい事情を説明してはくれないか?」

 結局、凛がミス・カミンスキーへ一連の事件を説明した。
 サーヴァントの存在を信じてもらえず、中々骨の折れる事情説明でしたが、シロウの弓をかわしたことが決め手となって、なんとかミス・カミンスキーは納得した。
 事の重要性を理解したミス・カミンスキーは、即座に協会へと連絡し、事件はルヴィアゼリッタが当主として犯人を粛清・解決したと報告していた。
 アルベルト・ヴィクターの遺体を回収し、事情説明のためルヴィアゼリッタと共に、ミス・カミンスキーは時計塔へと向かっていった。
 そして、私は……

「アルトリア、俺はまだ事態を良く理解できてないんだ。けどさ、お前にそんな顔は似合わないぞ?」

 そう言って微笑みながら、優しく私の頭を撫でてくれる。
 その暖かな掌が、落ち込んでいた私の心を癒してくれるような気がします。
 それと、おかえりなさい、シロウ。
 貴方に会いたかった……のですが、はやくシャワーを浴びたほうが良い……その、少々、臭いますよ?

 久しぶりに、私達は三人揃ってフラットへと帰宅した。
 優しく暖かな存在に安心を、消えたかつての盟友に不安を感じながら。






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