Fate / in the world

017 「白髪の騎士」 前編


 リヒテンシュタイン公国――西欧州の中央に位置する欧州最後の立憲君主制国家。
 人口三万五千人の世界で六番目に小さなこの国へとわたし達はやって来た。
 高い山々と深い森に囲まれた自然豊かなこの国は、独自の文化と外交を育み、今なお中世欧州の雰囲気を色濃く残している。
 ここまでの道程は、ヒースロー空港から一旦スイスのチューリッヒ空港を経由し、そこからは列車とバスを乗り継いでの強行軍。
 そう、わたし達にはあまり時間的な余裕が無いのだ。
 到着後、早速わたし達は、リヒテンシュタイン公国摂政カール・アンドレアス伯爵の居城であるリヒテンシュタイン城に程近い町で宿を取った。
 って、言うか……今まさに取ろうとして揉めていたりするんだけど……

 先日、わたしは一つの決心をした。
 ルヴィアを時計塔のわたしの工房へと招き、アルトリアも加えて、士郎の事で会談の場を設けた。
 前回の"ヘッジス・スカル"回収の件で、士郎が宝具を投影した場面をルヴィアは目の当たりにしている。
 あの投影を見たルヴィアがどう動くか予測が付かなかった。
 だったら、予測しやすいようにこちらから誘い水をうってやれば良いのだ。
 わたしは、士郎の抱く理想とそこから生じる人としての歪みや、聖杯戦争で判明した一つの可能性としての士郎の未来、固有結界(リアリティ・マーブル)以外の士郎の異端な能力、それらをルヴィアに打ち明けた。
 驚愕の表情でわたしの話を聞いていたルヴィアに、私が突きつけたものは、

『ルヴィア、士郎の協力者になりなさい!』

 という事だった。
 結果的に、私の掛けは成功した。
 あ、いや……成功か失敗かで言えば、微妙かも……
 とにかく、これに対するルヴィアの答えは、

『リンに言われるまでも無く、シェロの素質を潰すような真似はいたしません。むしろ喜んで、シェロのパートナーとなり、将来シェロをエーデルフェルトへと迎え入れましょう』

 と、言うものだった。
 あ、思い出したらまたむかついてきわね。
 おまけに、アルトリアまでもが、

『私はシロウの剣であり、シロウは私の鞘だ。そういう意味では、私もシロウのパートナーです』

 なんて訳のわからない事を、言い出したりした。
 って言うか、鞘って何よ、鞘って!
 まあ、言いたい事は山ほどあったのだけれど、とりあえずルヴィアをこちら側へ引き込む事は出来たという思いからグッと堪えて会談を終えた。

 で、その影響が今、目の前に出ていたりするのだ……

「わたくしは、ダブルのお部屋をシェロと使わせていただきますわ。パートナーですもの、当然ですわね」

「いえ、ここは既に戦地だ。パートナーとしてシロウを護るには、私が同室であるほうが都合が良い」

 何言ってのよ、こいつらは。

「士郎の恋人はわたしなんだから、わたしが同室に決まってんでしょうが!」

 そう言って、二人を睨みつけてやる。

「あ〜、時間が惜しいのでな。ここは一つ、ミスター・エミヤは私と同室という事でよろしいか? 最近、吸精していないので、少し……」

「「「よろしくないっ!!」」」

 あんたが無意識に女の子落としまくるからこんな事になるのよっ!
 士郎のバカッ!





Fate / in the world
【白髪の騎士 前編】 -- 紅い魔女の物語 --





 スイス風の家庭料理がメインとなったディナーの後、ミス・カミンスキーの部屋で作戦会議となった。
 小さなこの村の宿は、あまり上等なものとは言えず、部屋もかなり質素なものだった。
 こうして防音結界を張らないと、外まで声が駄々漏れになってしまうほどだ。
 ちなみに士郎の提案で、わたしとアルトリアが同室、ルヴィアとミス・カミンスキーが同室、士郎はシングルという無難な部屋割りに落ち着いた。

「それでは、現状の確認と作戦会議を行い……たいのだがな……君達の着席順は、それでよろしいのか?」

 溜息をつきながらミス・カミンスキーがそんな事を言う。
 胡坐をかいて座った士郎の右隣にわたし、左隣にルヴィア、真後ろにアルトリアがそれぞれ士郎の方を向いて座っている。
 わたしが悪いんじゃなくて、この二人が悪いんじゃない!

「「「……」」」

「あの……気のせいか俺は、息苦しさを感じるんですけど……」

「重ねて言うが、時間も惜しい事だし良しとしよう……では、私のほうからリヒテンシュタイン公国の現状を伝えておく。本来、この国の実権は大公リヒテンシュタイン家が握っているのだが、六年前に大公夫妻は事故死している。よって現在は摂政であるカール・アンドレアス伯爵がその実権を掌握している。この伯爵家は古より続く鉱石魔術の家系でな、現当主である伯爵もまた優れた鉱石魔術師だということだ。それから、君達はもう知っているかもしれないのだが……大公家の息女、プリンセス・オリヴィア・リヒテンシュタインは、現在ただ一人残された大公家の血筋となる人物だ。今回、協会へと根源実験の危険性を報せたのは、このオリヴィア姫に他ならない。君達が倫敦で偶然彼女に出会ったのは、彼女がこのために渡英をしていたからだ」

 ミス・カミンスキーが、現在協会が把握しているリヒテンシュタイン公国の現状を説明する。
 まあ、もっとも大公夫妻の事故死なんてのは、表向きの情報なんでしょうけどね。

「カミンスキー先生、その伯爵がやろうとしている根源実験の詳しい情報って無いのか?」

 そうね、士郎の疑問はもっともよね。

「ふむ、先日も言ったように、オリヴィア姫から提供された情報によると、今回の根源実験は1900年代初頭のロマノフ王朝末期に、ロシアで行われた実験を模範したものである事が判っている。この時に根源実験を行ったのは、かの有名なグレゴリー・ラスプーチンだ」

 やっぱりね。
 まあ、ロシアで行われた根源実験って聞いたときから、そうじゃないかとは思っていたけれど……

「え? ラスプチーンって言ったら怪僧って事で有名なあのラスプーチンなのか?」

 たった一人、ついていけてないバカがいる。
 まったく……こいつは、そんな事も知らないの?

「リン? 師としてシェロへの教育が行き届いていないのではございませんか?」

 うっさいわねぇ、ルヴィアもいちいち嫌味言わなくてもいいじゃない!

「ええ、そうね。これはわたしの不手際だったわ。そうよね? 衛宮くん?」

 士郎のバカ!

「ゴメンナサイ……」

「まあ、いいわよ……あのねぇ、グレゴリー・ラスプーチンはこっちの世界じゃ有名な魔術師よ! ついでだから、教えといてあげるわ。ロマノフ王朝最後の皇帝だったニコライ二世。この一家に取り入ったグレゴリー・ラスプーチンはね、その魔術を駆使して時の王朝での影響力を絶対的なものにしたのよ。まあもっともロシア革命でニコライ二世の一家が惨殺されると同時にラスプーチンも殺されたんだけどね」

「へぇ〜」

 あ……あんまり理解してないわね、この顔は。
 倫敦に帰ったら、叩き込んであげるわ、士郎。

「ミス・トオサカの説明に付け加えるならば、ロシア革命の引き金となったのは、ラスプーチンが行った根源実験であり、多くの国民から生命力を簒奪、死に至らしめた挙句に守護者の現界を招き、さらなる惨劇を引き起こしたという事だ。この時ラスプーチンはエカチェリーナ二世が所有していたという"オルロフ・ダイヤ"を核に仕立て、超高密度の魔力を制御し根源への孔を開けようとしていたらしい。そして、ここからが重要なのだが……現在"オルロフ・ダイヤ"はリヒテンシュタイン大公家が所有している。つまりオリヴィア姫が持っているという事だ」

 なるほどね、それじゃあ伯爵がオリヴィア姫を狙うのは、"オルロフ・ダイヤ"を手に入れたいがためって事なのね。

「つまり、オリヴィア姫を拉致した伯爵は、"オルロフ・ダイヤ"を既に入手していると考えた方がよろしいのですね? ですが、そういう事ですとオリヴィア姫の安否は……」

 今の話だと、ルヴィアの言うとおり必要なのはオリヴィア姫ではなくて、彼女が持っていた"オルロフ・ダイヤ"の方。
 つまり、オリヴィア姫はもう……

「いや、ところがそうではないのだ。"オルロフ・ダイヤ"から真の力を引き出すためには、特殊な血統に生まれた者が必要となる。現にラスプーチンが実験を行った際にも、ニコライ二世の四女、アナスタシアが利用されたらしいのでな」

 ってことは、今回の実験にオリヴィア姫を利用しようとしているのね、伯爵は……

「くそ! ラスプーチンも伯爵も、人の命を何だと思ってやがる!」

 士郎が憤るのも無理ないわね……
 それって、人柱みたいなものだもの。

「まあ、ミスター・エミヤの気持ちは解かるがな……恐らく伯爵は、明後日行われるオリヴィア姫との結婚式に参列する数千人の人間から生命力を簒奪し、根源実験を行うと予想される。そこでだ、我々は式に先立って明日の夜催される祝賀パーティーに協会からの使者として参列し、オリヴィア姫を最優先で奪還する。そうすれば、一先ず根源実験の阻止は可能だからな。作戦自体は二班に分かれて行う。まずA班だが、私とミス・エーデルフェルトの両名をもって伯爵を足止めする。これは表向き、協会からの祝辞を持って相対するので、ミス・エーデルフェルトの交渉術に期待するところが大きい。次にB班だが、ミス・トオサカ、ミス・アルトリア、ミスター・エミヤの三名は、A班が伯爵を足止めしている間にオリヴィア姫を捜索、奪還してもらいたい。以上、何か質問はあるか?」

 オリヴィア姫の捜索は厄介ね。
 私の監視用使い魔(ウォッチャー)と士郎の構造解析で何とかするしかないか。

「敵の保有戦力などは判らないのですか?」

 アルトリアの意見はもっともだけど、恐らく相手は独立した一国家なんだから、おいそれとは掴めないでしょうね。

「難しい注文だな……言ってしまえば、一つの国相手に喧嘩を売るのと等しい、と考えていただきたい。まあ、それゆえのゲリラ的作戦でもあるのだがな」

「なるほど」

「他に無ければ、これで解散としよう。明日の夜までにあまり時間はないのでな。各自、準備を怠らないように」

 ミス・カミンスキーの言葉で、作戦会議は終了となった。







 翌日、夕刻より開かれる伯爵とオリヴィア姫の結婚前夜祝賀パーティーへと出席するために、わたし達はリヒテンシュタイン城へと向かった。
 夕焼けの空が、次第に夜の星空へと変わり始める頃、わたし達はその視界にリヒテンシュタイン城の幻想的な姿を納めた。
 深い山々に囲まれた、蒼の湖。
 その湖に浮かぶ島を利用して建てられたリヒテンシュタイン城は、まるで水上に浮かぶ魔法使いの城のようだ。
 水上の城と対岸は、数百メートルにも及ぶ一本の石造りの橋で結ばれている。
 橋の終着点である城の正面アーチを潜ると、見上げるほどの巨大な建物が正面にそびえている。
 その東西にはそれぞれ尖塔が建てられており、見事なシンメトリーを演出した造りとなっている。

 城内へと入ると、わたし達は賓客としてパーティー会場へと案内された。
 そこは見事なまでにバロック建築の様式美を追及した造りとなっていて、千人規模のパーティが催される会場もまた、豪華絢爛なものだった。
 見渡せば、各国の政界・財界からの招待客であろう著名人も多く目に付く。

「現代の諸侯とは、皆このように贅を謳歌しているのでしょうか?」

 白と黒を基調にした、一見ゴスロリ風のパーティードレスに身を包んだアルトリアが眉をしかめながら問う。

「そうではありませんわ、ミス・アルトリア。ここまで豪華なものはそうそう御目にはかかれませんもの」

 ブルーのイブニングドレスを上品に着こなしたルヴィアがそれに答える。

「まあ、一国の摂政の祝賀パーティーだからな。これは特別だ」

 そう言って、周りの様子を注意深く伺っているミス・カミンスキー……
 って言うか、なんであなたはチャイナドレスなのかしら?
 しかも、すんごいスリットよね? それ……おまけに髪型がツインチャイナシニョンて……歳、考えなさいよね。

「俺……帰りたいくらい場違いなんだけど……」

 そういう士郎は、黒のタキシードにプリーツのドレスシャツ、蝶ネクタイにカマーバンド着用といういでたちだ。
 二年前なら、どこの七五三だと言われそうなフォーマルな服装も、身長が百八十を越え、鍛え上げられた体格の士郎にはこの上なく似合っている。

「そうでもないわよ、士郎。自信持ちなさい」

 うん、見た目的には誰にも負けてないわよ。

「いや、俺にはこういう上品な場所は似合わないよ。凛はワインレッドのイブニングドレスが凄く似合っていて綺麗だけどさ」

 そう言いながら微笑みかけてくる士郎に、少しぽぉ〜っとなってしまった。
 くそ……あんたは微笑み王子か!

「あ〜、一部良い雰囲気をかもし出しているところ、非常に申し訳ないのだが、そろそろ状況開始だ。ターゲットがお見えになったのでな」

 たっぷりと嫌味の籠められたミス・カミンスキーの言葉に視線を向けると、このパーティーの主催者であるカール・アンドレアス伯爵の姿が視界に入った。
 SPと思われる屈強な黒服の男がその周囲を警戒しているのがよくわかる。

「あれが、摂政カール・アンドレアス伯爵ですわね。ミス・カミンスキー、わたくしはいつでもよろしくてよ」

「了解だ。ミス・トオサカ、そちらの状況は?」

「とっくに私の監視用使い魔(ウォッチャー)を城内に放してあるわ。こっちもいつでもオッケーよ」

「それでは、これより状況を開始する。お互いの連絡は密にな」

 そう言って、骨伝導式のヘッドセットを叩く。
 ミス・カミンスキーの合図を期に、わたし達は二手に分かれ、行動を開始した。







「――Anfang(セット)!」

 パーティ会場を抜け出ると同時に、わたしは三人を包む認識阻害の結界を張った。
 これで、一般人に発見される恐れは激減する。

「――同調開始(トレースオン)!」

 それと同時に士郎が城の構造解析を始めた。
 これだけ巨大な城の構造解析だ。
 士郎にかかる負担は相当なものになる。
 決して不安を顔に出さないように心がけながら、士郎の解析が終わるのをじっと待つ。

「クッ! ……もう少しだ、うぅ……よしっ! 全解析終了(トレースオフ)!」

 額に汗を浮かべながら、荒くなった行きを整える士郎。

「お疲れさま、士郎。それで、どうなの?」

 もちろん、構造解析をしたところでオリヴィア姫の居場所が判る訳ではない。
 恐らく、幽閉されているであろう事を予測し、それに見合った場所、もしくは部屋を解析から割り出すためだ。

「条件に見合う場所は三箇所あった。一つは西の尖塔の最上階、もう一つは地下の孤立した部屋、最後は東の尖塔の最上階だ。この中で、西の塔の最上階の部屋だけが、物理的に隔離されていて、普通に進入出来なくなっている」

「どういう事なのですか? シロウ?」

「つまり、西の尖塔は一階の階段から登っていっても、途中までしかいけない造りなっているんだ。恐らく特殊な方法でしか入れないんだと思う」

 つまり、魔術的な仕掛けが施されている可能性が高いってわけね。

「でもそれだと、わたしの監視用使い魔(ウォッチャー)もたどり着けないわね」

「ああ、けどまず間違いないと思う。どうする?」

 他の二箇所の可能性が無いわけではないけれど……ここは士郎の構造解析に掛けてみましょう。

「じゃあ、西の尖塔最上階に絞るわよ、いいわね」

「おう!」

「はい!」

 わたしの合図で移動を開始する。
 目指すは、この建物の最上階。
 そこからなら、西の尖塔最上階が見渡せる。
 城内警備の衛兵は、そのほとんどがパーティー会場周辺へと集中しているので、最上階への階段や通路は比較的手薄になっていた。
 それでも要所要所には、衛兵が配置されていたため、最上階にたどり着くまでに数回、暗示を掛ける手間を取らされたのだけれど。

 わたし達がたどり着いた最上階は、湖へと張り出すように作られた、空中庭園を模したテラスだった。
 その景色は、湖からリヒテンシュタインの町や山並みまでを一望できる、こんな状況でなければ素晴しいものだった。

「それじゃ士郎、手筈どおりよろしくね」

「ああ、任せろ。――投影開始(トレースオン)!」

 わたしの言葉に応えながら士郎は、硬質ワイヤーの束と弓矢を投影した。
 倫敦に渡ってからの特訓の成果もあって、神秘の篭もっていないただの物体であれば、剣以外の投影もかなりのレベルになっている。

「よし! アルトリア、こっちの矢をテラスの壁にしっかりと固定してくれないか?」

「はい、わかりました」

 硬質ワイヤーの両端に矢を結わえ、その一方をわたし達のいる最上階のテラスに固定した。

「距離およそ五十メートルか……」

 そう言いながら士郎はもう一方の矢を弓に番え、狙いを西の尖塔最上階へとつけた。

――シュン!

 無造作に放たれた矢は、大気を切り裂きながら狙い違わず西の塔へと到達する。
 さすが士郎ね。
 これでわたし達のいる中央の建物から西の塔へと渡る道が出来たわ。
 あんまり渡りたく無い道だけどね……

「後はこの滑車を付けてと……それじゃ、いくぞ?」

「はい」

「い、いいわよ……」

 こいつら、恐さって物が無いのかしら……結構な高さなんだけど?

「GO!」

 士郎の合図と共に、西の塔まで張られた硬質ワイヤーを一気に滑走していく。
 って、滅茶苦茶恐いじゃないっ!!

 叫びだしたい思いをなんとか堪え、無事に渡りきったわたし達は、西の塔最上階のテラスへとたどり着いた。
 窓越しに中を伺うと……月明かりに照らされた部屋に、オリヴィア姫が一人椅子に腰掛けている。

――キィィ……

 という音を立て、士郎が窓を開けて部屋の中へと入った。

「ッ?! どなた?」

 息を呑みこちらを伺うオリヴィア姫に士郎は、

「オリヴィア姫、君を助けに来たんだ」

 優しい声でそう言いながら近づいていく。
 わたしとアルトリアも部屋の中へと入っていく。
 注意深く周りを見渡すと、城内のほかの場所と同じくバロック調に装飾された豪奢な内装に仕立てられた部屋だった。

「騎士様!」

 士郎の顔を見るなり、オリヴィア姫の表情が一瞬で明るいものへと変わる。
 我慢よ! わたし!

「遅くなってすまない。約束どおり助けにきたぞ」

 そう言って手を差し伸べる士郎。
 それにオリヴィア姫は急に表情を曇らせ……

「ありがとうございます、こんな所まで助けに来ていただいた事、本当に嬉しいのです。でも、皆様を危険に巻き込む事はできません。伯爵の根源実験が始まる前に、一刻も早くこの国を出てください……」

 感謝と拒絶の言葉を口にした。

「……オリヴィア姫、君は一人で伯爵に立ち向かうつもりなんだな……この国とここで生きる人々を護るために……なら俺は君を護ろう。君が俺を"白髪の騎士"と呼ぶのなら、俺は伯爵なんかに負けはしないさ」

「騎士様……」

 士郎に歩み寄りながら、灰色の瞳を潤ませるオリヴィア姫……って、ちょっと待て!

「ねぇ、衛宮くん? そこで手の中から小さな薔薇なんて出したら、死ナスわよ?」

 スッと士郎の背後に立って背中に指を突きつけてやった。
 もちろん魔術刻印を煌々と輝かせ、ガンドの発射準備オッケーの状態で。

「あのなぁ……凛……」

「騎士が姫を助け出す感動のシーンが……台無しですね……」

 何よ! 士郎が悪いんじゃない!
 アルトリアだって、物凄い目で睨んでたじゃないのよっ!
 と、その時。

「いけませんっ! ミス・トオサカ!!」

「え?」

 オリヴィア姫の声に注意を払った時には、部屋の四方八方から飛来する魔力の矢(マジックアロー)が避けられないところまで迫っていた。
 しまった、魔力感知型の罠!

――ドンッ!

 と体ごと真後ろへ突き飛ばされた衝撃を、アルトリアが受け止めてくれた事を理解した時……

――ザンザンザンザンッ!

 硬質の何かが肉を貫通するような音と共にわたしの視界が真赤に染まった。

「ッ?! し、士郎っ!!」

「シロウ!!」

 わたしをかばった士郎は、避ける事もできず四本の魔力の矢(マジックアロー)にその体を貫かれ、体中を血に染めて倒れている。
 慌てて士郎へと駆けつけ、呼吸を確かめると――トクン、トクン――大丈夫、呼吸も脈もある。
 でも……傷と出血が酷い。
 左肩、両脇腹、右太股を貫通された傷は今すぐに治療しないといけない。
 わたしと同じように士郎へと駆け寄ったアルトリアも焦燥の表情のまま、士郎の手を握っている。

 その瞬間、部屋の四隅の空間が歪み、特殊部隊じみたいでたちの男達がなだれ込んで来た。

「クッ! オ、オリ……ヴィア姫……」

 血を流しながら、必死に睨みつける士郎の視線の先には、囚われたオリヴィア姫と……
 背の低い、慇懃そうな老人がこちらを伺っていた。

「フン、どんな鼠がかかったのかと思えば……あの時の魔術師ではないか」

 そう言って、わたし達をあざ笑うかのように見下す老人は、見覚えのある顔だった。
 確かジョドゥ・ヘイガンとか言ったわね。
 前回、"ヘッジス・スカル"回収の任務でわたし達が宿泊した宿の主人だった男だ。

「貴様は……あの宿の男か!」

 武装し、風王結界を手にするアルトリアが問いかける。

「愚か者め、協会へ戻り大人しくしておれば助かったものを。要らぬ手出しをするから命を落とすはめになるのだ」

 言葉と同時に数十人の男達を合図一つで動かそうとする。

(凛! ここは一時撤退を進言します)

 アルトリアがパス経由で話しかけてきた。

(そうね、何より士郎がこのままじゃ危ないわ……でも、突破するのも一苦労よ?)

(凛はオリヴィア姫の周囲に物理障壁を張ってください。私が風王結界(インビジブル・エア)を開放して隙を作ります!)

(オッケー、それじゃいくわよ!)

「――Anfang(セット)!」

風王結界(インビジブル・エア)開放(ブレイク)!!」

 タイミングを合わせ、私が物理障壁を張ると同時に、部屋中を風王結界(インビジブル・エア)の暴風が荒れ狂う!

「今ですっ!」

 士郎とわたしを抱えながら、アルトリアが窓を突き破り湖目掛けてジャンプする!
 その瞬間、

「ぐっ……オリヴィアァ! 必ず助けに来る! 待っててくれ!」

 士郎の叫びが中を舞った。






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