Fate / in the world
016 「天秤の量り手」 後編
「はっくしょん!!」
う〜〜、熱いシャワーを浴びてもくしゃみがでる。
「「「……」」」
う〜〜、三人からの視線も痛い。
「お、俺は大丈夫だぞ?」
ちゃんと身体強化してから飛び込んだんだし。
まあ、それでも真冬のテムズ川は半端じゃなかったけど。
「バカね」
「バカですね」
「バカですわね」
どこの三段活用だよ……
「いや、俺のことよりもさ、その女の子は大丈夫なのか?」
「はぁ……また自分の事より、人の心配ってわけ? あのねぇ、この子は大した外傷もないし、体も温めているから、そのうち気付くわよ! 今はショックで気を失ってるだけね」
そっか、とにかく無事に助けられたんだな。
「はっくしょん!!」
「バカね」
「バカですね」
「バカですわね」
勘弁してください……
Fate / in the world
【天秤の量り手 後編】 -- 最強の魔術使いの継承者 --
俺がテムズ川へ飛び込んだ後、凛達は即座に人払いの結界を張って、協会へと連絡したらしい。
お膝元での事件とあって、処理班が飛んできたらしく、ベンツに乗っていた男達を捕縛し、連行していったという事だ。
事後処理を協会に任せた後、俺達は助け出した少女を車に乗せ、フラットへと戻ってきた。
俺もこの少女もずぶ濡れだったので、俺たちのフラットがより近い場所にあるということからミス・エーデルフェルトには了承してもらった。
まあ、五人乗りとなったMINIの窮屈さにミス・エーデルフェルトが散々文句を言ったのだけれど。
で、空いている部屋のベッドへと少女を寝かせ、俺はシャワーを浴びていたわけだ。
「それじゃあ、わたしはもう寝るわね。そろそろ限界よ」
あくびをかみ殺しながら、凛が部屋を出て行こうとする。
そう言えば、ここのところ徹夜が続いていたんだったな。
「ああ、ごめんな凛、アルトリア。疲れているのに、面倒に巻き込んじまってさ」
俺の我侭だよなぁ、これは。
「もう慣れてるわよ。何かあったら起こしてちょうだいね」
「ああ、おやすみ、凛」
「うん、おやすみ、士郎」
「申し訳ありませんが、シロウ。私も休ませていただきます」
「ああ、おやすみ、アルトリア」
「はい、おやすみなさい、シロウ」
かなり疲れた様子で、凛とアルトリアが自室へと戻っていった。
二人を見送った後、俺は部屋に残っているミス・エーデルフェルトへと向き直る。
この人にも迷惑かけちまったからなぁ。
「ミス・エーデルフェルト、本当に申し訳ない。部屋も空いてることだし、よければ今夜はこのフラットに泊まって貰えないかな?」
「わ、わたくしがここに泊まるのですか?」
驚いた顔で聞き返してくる、ミス・エーデルフェルト。
「ああ、凛ともアルトリアとも顔見知りな訳だし、問題はないと思うんだけど?」
問題、ないよな?
「……わかりましたわ。ちょうどシェロには少しお話したい事も御座いましたの。今、お時間はよろしくて?」
ん? 何の話だろう?
「ああ、別にする事もないから構わないよ」
そう言って、お互いソファーへと座る。
「シェロ……貴方は、この女性とは初対面、あの場で初めてあったのですね?」
「ああ」
「つまり、見ず知らずの人間を助けようとした。しかも、自分の命を顧みず、真冬の夜のテムズ川へと飛び込んでまで。これは常軌を逸していますわ」
ああ、そういうことか。
常々、凛やアルトリアに注意され窘められてることだよな。
「人としてのあり方が歪んでるって言いたいんだろ? ミス・エーデルフェルトは……」
「自覚はお持ちのようですわね。それならなおの事です。安い正義感からの行動だとすれば、貴方は救いようの無い愚か者ですわよ?」
厳しい眼で俺を問いただす。
うん、やっぱりこの人は良い人だ。
人の事に関心を払わなければ、こんな事を一々注意したりしないもんな。
だから俺は本心のまま真剣に答えた。
「ミス・エーデルフェルトの言うとおりかもしれないな。こんなのは偽善で、救われたほうも迷惑なのかもしれない。でも、せめて俺の目に映る人たちには涙して欲しくはないんだ。大した事はできないけれど、俺程度の力添えで救えるのなら救いたいと思う気持ちは、間違いなんかじゃないと思う」
そうだ、この気持ちだけは間違いなんかじゃないんだから。
「シェロ……ミス・ペンドラゴンが仰っていましたわね? シェロは"正義の味方"だと。それは、この事を仰っていたのですね?」
「どうかなぁ……確かに俺の理想は"この目に映る全ての人を救いたい"って事だけどさ、現実問題としてそれは難しいって事も解かってるつもりなんだ。"正義の味方"は味方をした人しか救えないんだから……」
一年前のクリスマスイブが思い出される。
死ぬしかない姉であった人をこの手で殺し、死ぬ理由の無い見知らぬ人たちを救ったあの夜を。
「そうですわね……シェロの仰る"正義の味方"とは恐らく、この世界の"天秤の量り手"なのでしょうね……」
「え?」
"天秤の量り手"?
「戦争や災害、そういったどうしようもない事から、人は時として天秤の片側へと乗せられてしまう事があるのです。シェロの仰る"正義の味方"とは、その天秤を量り、僅かでも"正義"へと傾いた方を護る為に、もう一方を切り捨てる存在なのでしょう」
「俺は……」
そうだ、確かに俺は藤ねぇをこの手で切り捨てた……
「難しい問題ですわね……もしかすると、明確な答えなど無いのかもしれませんが……」
「ああ、そうだな。それでも俺は、その理想を目指すさ」
今まで、俺が救おうとしても救えなかった人たち。
俺の"正義"のために犠牲としてしまった人たち。
その尊い命を無駄としないためにも、俺は理想へと向かって進む事をやめるわけにはいかない。
少しの時間だったろうか、俺が考えにふけっていると、
「シェロ? 貴方はわたくしの家系、エーデルフェルトの事をどれくらいご存知ですか?」
不意に話を変えてミス・エーデルフェルトが問いかけてきた。
「あ、いや、すまない。実はあまり知らないんだ。フィンランドの名門だって事は聞いたんだけど」
実際、凛に聞くまでは名前すら知らなかったってのは、言わない方が良いんだろうな。
「そうでしたか……わたくしの家系エーデルフェルトの当主は、代々双子の姉妹が勤めますの。それ故にわたくし達は"天秤"と呼ばれる事もございますのよ」
ってことは、ミス・エーデルフェルトも双子の姉妹ってことなんだろうか?
「知らなかったな」
「面白い偶然ですわね、"天秤の量り手"と"天秤"と呼ばれる魔術師。シェロはわたくしの天秤の量り手にもなっていただけるのでしょうか……」
いつもの自信に満ちたミス・エーデルフェルトからは想像もつかない、寂しそうな笑顔でそう呟く。
解からない、この人が言う天秤って一体……
「あら、もうこんな時間ですのね。そろそろわたくしも、休ませて頂きますわ。シェロもお休みなった方がよろしくてよ」
「うわ! もう二時じゃないか! それじゃあ俺も休ませてもらうよ。って、ミス・エーデルフェルトはその格好じゃ寝れないよな? ちょっと待っててくれ、俺の物で申し訳ないんだけどさ、パジャマ代わりに何か着るもの持ってくるから」
あんなドレスのままで寝るわけにはいかないだろうし、かといって凛はもう寝ちゃってるだろうし。
この際、俺の物で我慢してもらうしかないな。
「お手数おかけしますわ、シェロ」
「部屋はこの並びに、一つ空いてるのがあるから、そこを使ってくれ」
そう言って、俺は封を切っていない買ってきたままのシャツをミス・エーデルフェルトへ渡した。
結局その夜、俺たちが助けた少女は眠り続けたまま、目を覚ます事は無かった。
翌朝、いつもどおり六時に起きた俺は現在キッチンで朝食の準備中。
ミス・エーデルフェルトもいることだし、洋風でまとめたほうがいいだろうな。
そう思いながら、ベーコンと目玉焼きを焼いていると、
「おはようございます、シロウ」
「おう、おはようアルトリア」
アルトリアがダイニングへと入ってきた。
「今朝は洋風の朝食なのですね」
「ああ、ミス・エーデルフェルトが和食ダメかもしれないだろ。って、そろそろ、起こさないといけないんだけど」
「それでは、私が起こしてきましょう」
「悪い、任せるよ」
そう言ってアルトリアが凛たちを起こしに行こうとした瞬間……
「うきゃ〜〜〜〜〜〜っ!!」
「きゃ〜〜〜〜〜〜っ!!」
愉快な悲鳴と普通の悲鳴がフラットに響き渡る。
俺はフライパンの火を止め、アルトリアと目で合図しながら、凛の部屋へと駆けつける。
――ドタドタドタドタ、バンッ!!
勢いに任せて、凛の部屋のドアを開けると……
「なっ! なんでルヴィアゼリッタがわたしのベッドで寝てるのよっ!!」
「わたくしはシェロに教えられたまま、お部屋を使わせていただいただけですわっ!! そんな事よりも、リン! 起き抜けに、キ、キ、キスするなどと、貴女は何を考えているのですっ!!」
ベッドの上で、二人の美女があられもなく言い合いをしている。
何て言うか、アレだ。
このままここに居ると、確実に不幸になる気がして仕方がない。
「じゃあ、アルトリア。後は任せたから……」
「なっ! 卑怯ですよ、シロウ!!」
戦略的撤退を決め込もうとした俺の肩を、アルトリアが鷲掴みにして離さない。
王様、哀れな子羊にお慈悲を!
そんな淡い期待を夢見ていると、
「あ、あの……お取り込み中に申し訳ありませんが、ここはいったい何処なのでしょうか?」
昨夜の少女が、部屋の入口から気まずそうに問いかけてきた。
ああ、きっと俺たちの第一印象って最悪なんだろうなぁ。
絶対零度の空気の中、朝食を終えた俺たちは、リビングにて昨夜からの事態を少女へと説明することとなった。
「わたくしはオリヴィア・リヒテンシュタインと申します」
灰色の瞳を真直ぐこちらに向けながら、少女が自己紹介をする。
昨夜は慌しさの中で気付かなかったが、オリヴィア・リヒテンシュタインと名乗ったこの少女は、清楚ながらも凛とした気品を兼ね備えた美少女だった。
「俺はシロウ・エミヤ、よろしくミス・リヒテンシュタイン」
まずは自己紹介と挨拶を返す。
って、あれ? お前らなんで固まってんだ?
「う、嘘……リヒテンシュタインって、まさか……」
どうしたんだ、凛? 金魚みたいに口をぱくぱくさせて?
それに、人を指さしちゃダメなんだぞ?
「同姓同名ではありませんわね……という事は、リヒテンシュタイン公国御息女の」
ん? ゴソクジョ?
「はい、わたくしはリヒテンシュタイン公国大公息女、オリヴィア・リヒテンシュタインです」
って事は、なんだ?
もしかして……お姫様なのか?!
「やっぱり、本物なのね……」
「これは……驚きましたわね……」
「なるほど、高貴な姫君だったのですね。ご挨拶が遅れました、私はアルトリア・S・ペンドラゴンと申します」
うわぁ、王様とお姫様が挨拶してるよ。
さすがにオーラが違うよなぁ。
あのミス・エーデルフェルトまで礼を尽くしてるもんなぁ。
それからは、一気に気の引けてしまった俺たちの代わりにアルトリアが皆の紹介を済ませてくれた。
話によると、リヒテンシュタイン公国の大公家は数代前より魔術協会と繋がりがあるらしく、今回はお忍びで協会へと来ていたらしい。
ただ、いくらお忍びといえど、一国のお姫様が拉致されるってのは、尋常じゃない。
そう思って聞いてみると、六年前に大公夫妻が死んでからは国の反体制勢力が台頭し、今回このお姫様を拉致しようとしたのも、その勢力の手の者ということだった。
「そうでしたか、皆様がわたくしを助けて下さったのですね。本当にありがとうございました。何かお礼が出来ればよろしいのですが、今は囚われた直後ゆえ何も……」
そう言ってお姫様は、申し訳無さそうに俯く。
「いや、そんな事気にしないでくれ」
だって、俺が勝手にやった事なんだからな。
「あの、貴方様は……」
そういってまじまじと俺の顔を見つめてくるお姫様。
あの、ちょっと恥ずかしいんですけど……
「あ、気にしないで下さい、オリヴィア姫。こいつバカですから、あまりお近づきになると
いくらなんでも、それは酷いぞっ! 凛!
「あ、いえ、そういう事ではなく、もしや"白髪の騎士様"ではないのでしょうか?」
な、何だ?
「「「「え?」」」」
騎士って言えば、俺なんかよりアルトリアなんだけど。
「あ、その……申し訳ございません。わたくしの祖国の言い伝えにある"白髪の騎士様"の再来かと。わたくし達、大公家の血筋の者が窮地になると現われ、その者を救うという伝説があるのです」
へぇ〜、なんだか御伽噺みたいだな。
「そういえば、昨夜テムズ川より姫を救出したのはシロウだ。白髪でもあることですし、ほんとに伝説の騎士ようです」
「いや、俺はそんな大層な存在じゃないさ。そんなことよりも、今後は大丈夫なのか? そいつら、また襲ってくるんじゃないのか?」
そうだ、祖国の反体制勢力がある限り、このお姫様は安全とはいえないんじゃないのか?
「士郎、それはわたし達が易々と首を突っ込んで良い事じゃ無いのよ。一国の内情にも関係する事なの、弁えなさい」
厳しい顔つきで俺を窘めてくる。
凛の言う事もわかる。
でも、お姫様っていってもこの子は俺たちとそう変わらない年頃の女の子なんだぞ。
「お気持ちは嬉しいですわ。ですが、ミス・トオサカの仰るとおり、これはわたくしの祖国の問題。皆様を巻き込むわけにはまいりません」
お姫様はそう言って気丈に振舞う。
ほとんど同じ年頃の女の子なのに、国を背負っているんだな、このお姫様は。
そう思った瞬間、俺の頭の中にもう一人、同じように国を背負って戦い抜いた少女の姿が思い出された。
その人生と誓いと矜持を掛けて、国を守った少女がここにいるんだ。
「シロウのその優しさは尊いものですが、今は見守るべきでしょう」
「そうなのかも、しれないな……」
アルトリアの優しく言い含めるような諌言に、素直に是を返す。
「それよりも、オリヴィア姫。どこかご連絡を御取りになった方がよろしいのではないでしょうか?」
あ、そういえばミス・エーデルフェルトの言うとおりだな。
「それでしたら、共に渡英いたしました爺やがリッツ・ロンドンに宿泊しているはずですわ」
「あ、じゃあ俺が連絡入れてみるよ」
そう言って、リッツ・ロンドンへ連絡を入れると、オリヴィア姫の爺やさんとはすぐに連絡が付いた。
凛とアルトリアは時計塔へと行く時間になったので、俺とミス・エーデルフェルトでオリヴィア姫を送り届ける事になった。
出かける間際に"絶対に余計な事はするな"と、釘を刺されたけど。
リッツ・ロンドンのロビーで出迎えてくれた爺やさんに物凄く感謝をされながら、しきりに"白髪の騎士様"と言われたのは、どこか歯痒い思いだったのだけれど。
ただ、別れ際にどうしてもオリヴィア姫の事が心配になった俺は、"何かあったら連絡をしてくれ。必ず助けに駆けつけるから"と携帯の番号とアドレスを手渡した。
その夜、ディナーを凛とアルトリアに届けるため、俺は再び時計塔の工房へと出かけた。
凛の工房へと入ったとたん、予期していなかった人物を目にした時は結構驚かされた。
「なんで、ミス・エーデルフェルトがここにいるのさ?」
だって、顔をあわせりゃドンパチやりだす相性最悪の魔術師同士が、その相手の工房を訪ねてるんだぞ?
しかも、それを招き入れて、なにやら深刻そうに打ち合わせしてるんだから驚いたって不思議じゃないだろ。
「あ、士郎。晩御飯もって来てくれたのね? 助かったわ」
そう言いながら、テーブルの上に散らばった書類を片しはじめる凛。
「あら、ごきげんよう、シェロ」
「随分と早かったですね、シロウ」
なんか、怪しい。
お前ら、三人で何を打ち合わせてたんだ?
「さ、それじゃ、ディナーにしましょうか。ルヴィアも食べていくでしょ?」
呼び方まで変わってるし……
「せっかくのシェロの手料理ですものね。ご好意に賜りますわ」
そう言ってやたら仲良く書類を片付けていく。
まぁ、いいけどな……仲良くするなら、それはそれで。
「ま、いいか……悪い、アルトリア。料理広げるの手伝ってくれないか?」
「はい、シロウ」
にこにこと至極ご満悦のアルトリアが手伝ってくれる。
それからのディナーは、概ね好評のうちに終り、食後のティータイムとなった。
ミス・エーデルフェルトは和食も問題なく食べてくれた。
「シェロはお料理の道へ進むおつもりはございませんの?」
「……それって、遠まわしに魔術の道はダメダメってこと言ってます?」
「そうではありませんわよ。"あんな"投影魔術をお使いになるのですもの。それは素晴しい素質ですわ」
あ、やぶへび……
「「……」」
二人とも怒ってるし……ん? 怒ってる、よな?
「なんだ? 随分と賑やかそうだな。歓談中申し訳ないが、ミスター・エミヤに用事がある。入らせてもらってよろしいか? ミス・トオサカ?」
入口から掛けられた声に振り返ると、カミンスキー先生が立っていた。
って言うか、今の状況を見て”歓談”と言い切るところが、この人の凄いところだな。
「ええ、ご覧の通り食後のティータイムですわ。ミス・カミンスキーも如何かしら?」
そう言って、凛はカミンスキー先生を招き入れる。
「美味そうな紅茶だな。それではお言葉に甘えよう。さて、ミスター・エミヤ、魔術戦闘科の学徒として仕事だ。先日、某国のトップより協会へ情報提供がなされた。それによると、その国の摂政を務める魔術師が、根源実験を企ているらしい。まあ、それだけなら構わんのだが、その手法というのが過去にロシアで行われたものを踏襲していてな。周辺の一般人から無制限に生命力を搾取し、超高密度の魔力をもって根源への孔を開ける。結果的には守護者によって阻止され、滅ぼされたという前例を持つものだけに、協会としても放置できん。よって、協会はこの実験を阻止し、該当魔術師を処理するという決定を下した。今回はこの任務を私と魔術戦闘科の優秀な生徒、つまりは君なのだが、以上二名にて行う。よろしいか?」
「「「「はぁ?」」」」
あの、途中からついていけなくなったんですけど……
「ありていに言えばだ、ミスター・エミヤ。私と君で某国の危機をぶっ潰しに行くぞ! と、言ったのだ」
「「「「……」」」」
いや、ぶっちゃけ過ぎだし、それ……
つまり、なんだ。
どこかの魔術師が危険な手法で根源実験をやろうとしてる。
それは、一般の人を巻き込みかねない。
その実験をカミンスキー先生と俺で阻止するって事だな。
それなら、俺に否はない!
「わかりました、カミンスキー先生。俺、行きますよ」
「士郎!」
「シロウ!」
「シェロ!」
うおっ! お前ら三人そろって怒らないでくれ。
「いや、だってさ……」
「だってもクソもないっ! 勝手に決めるんじゃないわよ、このアンポンタンッ!!」
「シロウ……どうして貴方はいつもいつも……」
「そんな事よりも、ミス・カミンスキー。なぜ、同行者がシェロ一人なのでしょう? ベテランの魔術師をお連れにならないのはどういった理由からかしら?」
うぅ……俺の仕事なのに、全然しゃべれないじゃないか……
「ふむ、理由としてはいたってシンプルだな。はっきり言って今回の任務は非常に危険度が高い。一つ間違えば、守護者の現界を招きかねんのだ。こういった事案の場合、速やかな殲滅戦をもって、事に当たるのが理想的であるのだが……他のどんな魔術師よりもミスター・エミヤの能力がそれに適していると判断した。なにか不服でも?」
「「「……」」」
カミンスキー先生の簡潔極まりない説明に、三人が黙り込む。
殲滅戦……つまり、問答無用で倒すってことか。
くそ! そんな事しかできないのか、俺はっ!
「ミス・カミンスキー……担当教官としての士郎への評価、彼の師としては受け入れます。ですが、遠坂凛としては黙って"はい"とは言えません。どうしてもというのであれば、わたしも士郎と同行いたします」
凛とした声で真直ぐにカミンスキー先生を見詰めながら宣言する凛の姿は、俺が憧れ愛してやまない女の子の姿だった。
そうだよな、どんな時でも俺を一人にしないと誓ってくれたんだよな、凛は。
「当然、私はシロウに随伴させていただきます。この身は彼の剣だと誓った。故に私は彼の赴くところならば、何処へなりと付き従うのみだ」
俺を見つめながら、剣の誓いを今一度宣誓するアルトリアは、騎士王の威厳をもって自身の覚悟を知らしめる。
ああ、そうだったな、お前はいつも俺を守ってくれる。
「僭越ながら、わたくしも同伴させていただきますわ。根源実験とお聞きした以上、魔術師としては見逃す事などできませんもの。それに、そんな死地へシェロ一人で行かせるなんて、命がいくつあっても足りませんわ」
ミス・エーデルフェルトまでが、同行の意を表す。
俺、ゴマメ扱いなんですね?
「ふむ、何と言うか、ここまで思い通りの展開になるとは思いもしなかったのだが……」
「「「「はぁ?」」」」
ちょっと、カミンスキー先生。
もしかして……
「いや実はな、今回の任務、危険度が高い割りに、経費がほとんど出ないのだ。よって、姦計をめぐらせて見たのだが……すまんな、我ながら卑怯な手だと理解はしている」
「つまり、俺を餌に、凛とアルトリアを釣ろうとしたってことですか?」
「ミス・エーデルフェルトまでが喜んで引き受けてくれた事は、計算外だったがな」
なんて事をシレっと言い切る銀髪年増。
「謀りましたわね……ミス・カミンスキー?」
「ミス・エーデルフェルト、この件をご助力いただければ、先の件での報酬をチャラにするが、いかがか?」
「う……」
ああ、前回カミンスキー先生を傭兵として雇ったんだよな、ミス・エーデルフェルトは。
「それから、担当教官としてのミスター・エミヤへの評価は紛れも無く事実だ。よって今回の任務に彼は必須となるが、如何か? ミス・トオサカ? ミス・アルトリア?」
「あぅ……」
「むぅ……」
あ、負けちゃったな、これは……
凛もアルトリアも一言も言い返せない。
そんなことを思っていると、不意に俺の携帯にメールの着信があった。
喧々諤々と言い合いを続ける女性陣を尻目に、メールの内容を確認する。
「なっ!!」
思わず、驚きの声が漏れた。
「どしたのよ? 士郎?」
俺の驚きの声に、凛が問い詰めてくる。
「オリヴィア姫の爺やさんからだ……昨日の連中の仲間と思われる奴らに、オリヴィア姫が攫われてしまったらしい……後を追ったらしいんだか、すぐに祖国へと逃げられてしまったらしいんだ……」
「「「え?」」」
くそっ!
倫敦ならまだしも、リヒテンシュタインに連れて行かれたんじゃ、すぐに手が出せないじゃないか!
「あ〜、ミスター・エミヤ。話が見えないんだが、どういう事か説明してもらえないか?」
悔しさを殺しながら、カミンスキー先生にオリヴィア姫の事を説明する。
「なるほど……偶然とは恐ろしいものだな。いや、これは必然なのかもしれんな……喜べ、ミスター・エミヤ。我々の赴く先は、リヒテンシュタイン公国だ」
「「「「……」」」」
偶然か必然かなんてどうでも良い。
こんなチャンスが巡ってきたんだ。
絶対に俺が助け出してやる! 待っててくれ、オリヴィア姫。
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