Fate / in the world
025 「疑惑」 後編
五月も下旬になり日が長くなったとはいえ、時刻は18:30を過ぎている。
すでに人がまばらになった倫敦大学の廊下を、わたし達は士郎が居るはずの魔術戦闘訓練室へと急いでいた。
何もなければそれでいい。
私の疑惑が間違いであってくれれば、それに越したことはないのよ。
これからもわたし達は、楽しくも慌ただしい日々を過ごしていけるのだから。
「士郎!!」
勢い込んで扉を開き、思わずその名を叫ぶ。
魔術戦闘訓練ブリーフィングルーム。
そこに人影はなく、当然士郎の姿も見当たらない。
無造作に並べられた机と椅子、その机の一つに二十数本の剣が乱雑に置かれているだけ。
「シェロ……これは? ミス・カミンスキーは、この剣の解析作業をシェロに指示したのでしょうか?」
机の上に置かれていた剣はそれほど神秘を含んではいなけれど、そこそこの魔剣ばかりだった。
恐らく大英博物館か協会のキュレーター辺りが収集してきたものじゃないかしら。
「そう、みたいね……でも、こんなの士郎なら数分もかからないで解析できちゃうわよ」
一体、何を考えてミス・カミンスキーはこんなものを士郎に解析させたのかしら?
「凛! ルヴィアゼリッタ! シロウがっ!!」
ブリーフィングルームからトレーニングルームへと通じる扉を開けたアルトリアが叫ぶ。
わたしもルヴィアも慌ててトレーニングルームの入り口へと駆け寄る。
「士郎!」
「シェロ!」
だだっ広いトレーニングルームの中央に、私服のままの士郎がこちらに背を向けたまま片膝をついていた。
「来るなっ!!」
思わず駆け寄ろうとしたわたし達を、士郎の声が遮る。
「たの、む……近寄らないでくれ……ぐっ……くっ、う……」
必死に何かを堪えるように、それでもわたし達を遠ざけるように、呻き声を上げなら言葉を搾り出す。
「シロウ! 何があったのですか! 一体、貴方の身に何が起こったと言うのです!!」
アルトリアの悲痛な叫び声。
と、同時に士郎の体に異変が起こり始めた!
「ぐ……う……うおぉぉぉぉぉ――っ!!」
絶叫と共に立ち上がり、こちらへと振り向いた士郎。
凄まじい負の魔力を帯びたその全身には、赤黒い葉脈のような紋様が走り、不気味に蠢いていた。
その手に、一本の禍々しい魔剣を携えながら……
Fate / in the world
【疑惑 後編】 -- 紅い魔女の物語 --
「なっ?! 何ですか、あの剣はっ! それに、シロウの体が……」
驚愕の表情と共に、アルトリアが問いかけてくる。
「なんて禍々ましい剣なのです、アレは……あんなモノの解析をシェロにさせたのですか……ミス・カミンスキー……」
ルヴィアもあの剣の放つ呪いの塊とでも言うべき禍々しさに気づいている。
「……アレって確か、
「ええ、黒い刀身に血で描かれたような真赤な紋様。持ち主に破滅の呪いをもたらす、最悪の魔剣ですわね……」
やっぱりそうか……やってくれたわね、ミス・カミンスキー。
きっと、剣に何か偽装が施されていたんでしょう。
そうとは知らずに解析しようとする士郎に、魔剣の呪いを契約させる狙いだったってわけね。
大方、アインツベルンの一件の時に、入手してきたんでしょうけど……
と、そこまで考えたときに、
「アアアアァァァァッ!!」
――ガキンッ!!
咄嗟に武装化し、風王結界を手にしたアルトリアが、士郎の突進を押さえこむ。
「凛! ルヴィアゼリッタ! 二人は打開策をっ!! 私はその間シロウを押さえ込みますっ!!」
悲壮な表情でシロウと鍔迫り合いをしながら、アルトリアが叫ぶ。
「わかったわ! でもアルトリア、絶対にその剣で切られちゃダメよっ! 不治の呪いもあったはずだからっ!」
「承知しましたっ! 貴女達はそこを動かぬようにっ!」
――ガキンッ!!
お互いに相手の剣をいなしながら、再度鍔迫り合いへともつれ込む。
「ルヴィア、あなたは補助魔術でアルトリアのサポートと士郎の動きを封じ込めて頂戴! わたしはなんとかあの魔剣の呪いを解呪する方法を探るわっ!」
「承知しましたわ!」
こんな事で士郎もアルトリアも傷付けたくなんて無いんだから!
士郎の動きを見逃さないように、パス経由で士郎の内面に探りを掛ける。
途端、強烈な吐き気に見舞われた。
「うっ……」
あの純粋で愚直なまでに真直ぐな士郎の精神を、破滅の呪いが蝕んでいる。
知らず、崩れそうになる自分の心を叱咤しながら、呪いの本質を見抜くために、さらに深く探りを入れる。
そして……理解してしまった……
「……駄目だわ……この呪いの契約は完璧よ。士郎の内面をがっちりと掴んでる。士郎から魔力を吸いだして呪いの糧とし、さらに多くの生命力を貪ろうとしているのよ」
これじゃ、とても解呪なんて……
「何を弱気になっているのですかっ、リン! 貴女はあのアルトリアの姿が見えないとでも仰るのですかっ!!」
「えっ?!」
ルヴィアに叱責され、その視線を二人の戦いの場へと移す。
士郎の動きを封じるために振るうアルトリアの剣を、
至近距離での鍔迫り合いになると、不意をつくようにアルトリアの死角から射出される投影された剣が彼女の体勢を崩す。
その体勢を立て直そうとしてアルトリアが距離を取れば、今度は弓による矢の連射が襲いかかる。
その悉くを弾き返しながら、隙をついた士郎の追い打ちをも打ち返すアルトリアは……その聖碧の目に涙しながら剣を振るっていた。
「シロウッ! もしそれが貴方の命ならば私は喜んでこの生命を差し出しましょう! ですがっ! 今、貴方の手で打たれては、貴方の心が死んでしまうっ!」
それは、騎士王アーサーの剣でも、サーヴァントセイバーの剣でもなく……
「だから、私は貴方に負けるわけにはいかないっ! もう二度と、二度と私の剣を貴方へと振るう事などしないと誓った、あの誓いに反してでもっ!!」
ただ一人の、彼を愛する少女の剣だった。
――キーンッ!!
一際高い剣戟の音に、両者が距離を置く。
その一方で、士郎は禍々しい魔力を放ちながら、血の涙を流していた……
「シロウ……」
「シェロ……」
あれは……
「ア……アルト……リア……」
戦っているのね、士郎。
呪いに飲み込まれながら、1/100いや1/1000かもしれない精神の領域で、士郎は呪いと戦い続けてるんだわ!
だったら、わたしがすることは一つしかない。
もう一度士郎の内面へと潜って、その戦いを勝利へと導くしか無いじゃないっ!
決意を新たに、再度士郎の内面へと潜っていく。
深く、深く、深く、そして……見つけたっ!
暗く呪いに閉ざされた中にあっても、その輝きを失わずに守られている部分。
それは……思わず嗚咽の涙がこみ上げる……
きっと、対魔力の弱い士郎が最後の最後まで守り抜くために、ミニ干将の持つ魔除けの力まで借りたんでしょうね。
士郎が守り抜いたた最後の領域、それは……切嗣さんへの憧れでもなく、正義の味方への理想でもなく……わたしへの愛情だった。
バカよ、士郎は……嬉しすぎて、堪えた涙が溢れ出した。
そうね、それじゃあ、わたしもあなたにあげるわ……わたしの存在全てを。
そのちっぽけで、それでいて何よりも貴い士郎の心の光へと、わたしの想いをありったけ注ぎ込んだ。
そして、わたしは……
「ねえ士郎、負けないで。あなたはそんな呪いなんかに負けるほど弱い人じゃないはずよ?」
ゆっくりと、士郎へと歩み寄りながら語りかける。
「なっ?! いけない、凛! 今、近づいてはっ!!」
「リン、お止めなさいっ!」
アルトリアとルヴィアの制止の声も、今はわたしを止められない。
士郎の目の前で、歩みを止めたわたしへと二人が慌てて近寄ってくる。
「士郎? わたしの声が聞こえる? わたしの想い、あなたの大切な場所に届いたかな?」
「……ア……ウ……リ、ン……」
血の涙を流しながら、全身を震わせ士郎が呻く。
そして……
「ア……アア……アアアアァァァァ!!」
絶叫と共に、
まさに……皮一枚。
すんでの所でピタリと止められた魔剣。
「負けないで、士郎。でもね……もしも、もしもあなたが負けたとしても、あなたになら微笑みながら殺されてあげるわ。だって、わたしの存在全てが士郎のものなのよ」
わたしの言葉に、魔剣を持つ右手を押さえつけていた士郎の左手の震えが止まり、俯いていたその顔をあげると……
「だ、大丈夫、だよ……凛……俺は……まだ、頑張れる……からさ」
必死の想いを死に物狂いの作り笑いで隠しながら、そんな言葉を呟いた。
「うん……信じてるわ、士郎……」
士郎の方から、わたし達を繋ぐパスが閉じられる。
そして、唱えられる一節の詠唱。
「――
――ダンダンダンダンダンダンダンダンダンッ!!
止む事無く、降り注ぎ続ける剣の豪雨。
「グッ……グフッ!」
吐血し、その胸元を鮮血で真赤に染めながらも連続投影投射をし続ける士郎。
――ダンダンダンダンダンダンダンダンダンッ!!
投射され突き刺さった剣の群れで、トレーニングルームはあの赤い剣の丘のようになっていく。
「シェロ!! もうお止めください! それでは、あなた自身が持ちませんわっ!!」
「シロウッ!! 凛、シロウを止めて下さいっ!」
二人の絶叫が聞こえる。
でも、これしか手がないのよ……なら、わたし達は士郎の無事を祈るしかない。
震える膝に力を入れ、掌に爪が食い込むほど拳を握り締める。
――ダンダンダンダンダンダンダンダンダンッ!!
最後の投射が終わり、静寂が辺りを支配する。
「クッ……ざまあ見ろ……これでもう、お前の使える魔力なんて、欠片も、残って……ない……ぞ。ついでに、体のほうも、これで……動かせ……ない!」
――ザクンッ!
言葉と同時に、士郎は持っていた
倒れこむ士郎に、駆け寄るわたし達。
「まだ……だ……契約……残ってる」
「もうこれ以上は無理よ、士郎! 契約なんて、わたしが何とかしてあげるから!」
もうダメだ、これ以上士郎が傷つくなんて、とてもじゃないけど見ていられない!
「シェロ!! すぐに傷口を止血しますっ! 無茶をなさらないでっ!」
「シロウ!! 私の手を握ってくださいっ! 貴方には私の鞘があるのです! どのような傷であろうと直して見せます!!」
全員が半狂乱になりながら、士郎にすがりつく。
「もう……魔力、ないけど……最後の一回」
そう言って士郎がその手に取り出したのは……
「ッ?! し、士郎……それ!」
わたしと士郎、世界を超えて二人を繋いだあの紅い宝石のペンダント。
聖杯戦争で殺された士郎を助けるために、そのほとんどの魔力を使い切り、わずかに残った魔力は投影一回程度しかない。
士郎、あんたこんな時でも覚えていたのね……
「……投影、一回分……残ってる、だろ? 凛の魔力、借りる、ぞ……
まばゆい光を放ちながら士郎の投影を支えた紅いペンダントは、静かにその役割を終え、全ての魔力を使い切った。
「――"
最後の力で投影した"
「如何ですか? シェロの容態は?」
あの後、意識を失った士郎をわたしとアルトリアでフラットへと運び込み、ルヴィアは一人残ってトレーニングルームの後処理を引き受けてくれた。
「なんとか安定したわ。今は眠ってるわ」
フラットへとたどり着き、すぐにわたしから士郎へと魔力を供給したことで、生命力の枯渇は免れた。
一時たりとも士郎の傍を離れようとしないアルトリアは、今もずっと士郎の手を握ったまま離そうとしない。
腹部の傷や、無茶な魔術行使による損傷は、ものの見事にいつもの不可思議な回復力で復元している。
いや……不可思議じゃないわね、もう。
そりゃ、どんな傷だって治るでしょうよ。
あの聖剣の鞘を士郎が持ってただなんて……
「「「……」」」
未だ意識の戻らない士郎の傍に、わたし達はなんとも言えない雰囲気で鎮座している。
その雰囲気に辟易としたのか、ルヴィアが口火を切った。
「それにしても……本当にシェロの戦闘力は出鱈目ですわね。アルトリアとまともに戦うことができるなんて……」
言われてみれば、そうよね……英霊とガチで勝負する魔術使いって、あり得ないわよ、普通……
「いえ……もしも、あの場所が限定された空間ではなく、そしてシロウに呪いによるハンディが無ければ、私でもシロウを押さえ切れなかったでしょう……」
勝ち負けではなく、押さえ切れない、か。
もっとも、最優の英霊であるセイバーのサーヴァントにそんな事を言わせるだけで、十分出鱈目なんだけどね。
「そうね……もしも士郎が敵だったらと思うと……ぞっとするわね」
「「……」」
そして、再び沈黙が支配する。
「ねえ、アルトリア? 聞いても良いかしら?」
どうせ時間はあるのだ、今のうちに聞くべきことは聞いておこう。
「……はい、鞘について、ですね? 凛」
「……そうね……説明してもらえると、嬉しいかな」
「そうですね、事はシロウの命に関わるのですから、お話すべきでしょう。私の聖剣の鞘、"
そりゃまぁ、あまりにも有名な鞘ですもの。
凄いとは思ってたけど……魔法すら遮断ですって?
「すんごく出鱈目な宝具よねぇ……って、まあそれよりも。そんな凄いアルトリアの宝具だった鞘を、どうして士郎が持ってるのよ?」
「恐らく……シロウ自身それに気づいていないのでしょうね。きっと第四次聖杯戦争の終結時、キリツグの手によってシロウの体に埋め込まれたのでしょう。あの大火災の中、たった一人見つけ出した生存者は今に死にそうなほどの重症を負っていたのではないでしょうか? そして、キリツグの手にはアインツベルンより預かった、"
なるほどね、そう考えれば辻褄が合うわ。
当時、へっぽこだった士郎がどうしてアルトリアを召喚できたのかって事も。
「アルトリアはご存知でしたの? シェロの体内に"
「……気づいたのは、聖杯戦争が終わり、アインツベルンへと赴いたころだったでしょうか……倫敦へと来てからは、ほぼ確信していましたが……」
そんな絆で繋がっていたのね、あなた達は。
まあ、一般的なマスターとサーヴァントの関係なんて飛び越えていたけど。
「アルトリア、わたし聞かなかった事にしても良いかしら? "
「は? いえ、それは構いませんが……どうかしたのですか?」
「ううん、なんとなくよ」
そう言って、にこりと微笑んで見せた。
きっと、アルトリアが今まで言わなかったのは、彼女の"女"としての部分が無意識にそうさせたんでしょうね。
なんとなく、アルトリアの気持ちも解かるし。
二人だけの絆、ですものね。
覗き見するような真似はしたくないじゃない。
「「「……」」」
そして三度訪れる沈黙の空気。
と、思っていると……
「う……あ……りん……」
うわ言で士郎がわたしの名前を呼んだ途端、他約二名の視線が鋭くなる。
「な、何よ……わたしじゃなくて、言ったのは士郎だからねっ!」
わたしは何も悪くないわよ。
でも、ちょっと嬉しいけど。
「……もう、宝石は買わないでくれ……破産するぞ……」
「ぷっ……」
「クスッ……」
へぇ〜、一体どんな夢見てるのかしらねぇ? 士郎ったら……
「う……ア、アルトリア……」
ちょっと、今度はアルトリアの夢でも見てるってのかしら?
わたしとルヴィアの刺すような視線がアルトリアへと飛ぶ。
「なっ?! 私ではありません! シロウのうわ言ではありませんか!」
「……もう……米がない……食いすぎだぞ……」
「ぷっ……」
「クッ……」
やるわね、士郎……ナイスタイミングよ!
「……ル、ルヴィアさん……」
まだやる気なの? 良い根性してるわね? 士郎?
アルトリアとわたしの凍て付く波動がルヴィアを襲う。
「い、今のはシェロのうわ言ですわ! わたくしに責任はございません!」
「……ゴメンナサイ……」
「ぷっ……」
「クスっ……」
何よ、士郎ってば夢でルヴィアにゴメンナサイしちゃったの?
ほら、ルヴィアがプルプル震えてるわよ?
と、思っていると、
「……う……桜……待ってくれ、桜……どこ行くんだ……」
そんなうわ言を言いながら、必死で手を伸ばそうとする士郎。
ちょっと……ほんとに、どんな夢見てるのよ……
あっ! そういえば……
「ねえ、ルヴィア? 今日の話し合いのとき、聖杯の事聞いてきたわよね? あれって詳しく話してもらえないかしら?」
「ええ、そうですわね。時間もある事ですし……わたくしの祖母達が冬木の第三次聖杯戦争に参加していた事は、以前お話いたしましたわね?」
「聞いたわよ、確かセイバーのサーヴァントを召喚したのよね?」
「はい、結果的には惜敗したとの事なのですが、当時のことを記録した文献をフィンランドからこちらに持ってまいりましたの。その中に、リンの仰っていた"
「え? 本当に?」
「はい、元々は第三次の折にアインツベルンが犯したルール違反なのです。召喚してはいけないモノを反英雄として召喚したモノ、それがアベンジャーのサーヴァント、アンリ・マユだと言う事ですわ。もっとも、そのときのアンリ・マユはなんの力もない最弱の英霊だったそうで、わずか四日目にリタイアしたらしいのですけれど」
「へぇ〜」
「"へぇ〜"ではございませんわよ、リン。貴女達が戦った第五次においても、未だに存在している事が明らかになった"
そういう事ね、なるほど。
「それなら安心していいわよ、ルヴィア。"聖杯"はアルトリアの宝具でぶっ飛ばしちゃったから。ね? アルトリア?」
「はい、間違いありません。"聖杯"はこの手で破壊しました」
「そうですか……それなら心配はございませんわね」
そう言って、ほっとため息を吐くルヴィア。
ん? ちょっと待ってよ……
何かおかしくないかしら……
「ちょ、ちょっと待って、ルヴィア! その第三次でアインツベルンが呼び出したサーヴァントはリタイアしたのよね?」
「はい、四日目に負けたと記されていましたわ」
だったら、絶対おかしいわよ。
「それって、おかしいわよ。だって、敗北したサーヴァントは座に帰るのよ? なのにどうして、第五次まで存在し続けているの?」
第三次の聖杯が未だに冬木のどこかに存在し続けているって事かしら。
でも、もしそうだとしたら、どうして第五次の聖杯から"
「ですから……わたくしが何度もお話しているように、貴女達が破壊した"大聖杯"にとどまり続けて、その影響を受けたのでしょう、きっと」
待ちなさい……今、ルヴィアは何て言った?
「"大聖杯"?」
「何を惚けておいでですの、リン? 冬木の聖杯戦争を起動する大魔方陣の事ですわ。御三家のみがその存在を知ると言われているそうですが……リンが破壊したのならもう」
「知らない」
「はい?」
「だから! わたしは"大聖杯"なんて知らないって言ってるのよっ!」
何よそれっ! 聞いてないわよ、大聖杯なんて!
お父様! どういう事なのでしょうかっ!
と、不意にわたしとルヴィアの携帯が同時に着信音を鳴らしだした。
発信者名、ディーロ神父? あ、ちょうどいいかもしれない。
神父様に何か知らないか、聞いてみよう。
「はい、遠坂です。ご無沙汰しております、神父様」
『……凛さん、申し訳ない……』
「は? あの、どうかされたのですか? 神父さま?」
『貴女から管理の代行を任されたこの冬木の街で、とんでもない事が起こってしまった。実は……』
神父様からの話を聞き終え、わたしは電話を切った。
ダメ、上手く頭がまわらない……
呆然としていると、電話を終えたルヴィアが鬼気迫る表情で話しかけてきた。
「リン、たった今協会からの連絡が入りましたわ。しっかりと落ち着いてお聞きになって。よろしいですか、日本の冬木において、第一級規模の神秘漏洩事件が発生。協会は直ちに執行部隊を派遣するそうです。そして、執行対象者の名前は、サクラ・マキリですわ」
「なっ?! どういう事なのですか? ルヴィアゼリッタ?! なぜ桜が?!」
アルトリアがルヴィアに問い詰める。
「わたくしにも、詳しい事情は判りませんわ。それよりも、今は一刻も早く冬木へと向かうべきです」
神父さまから知らされた、冬木市深山町での集団行方不明事件と新都での連続怪死事件。
その両方に、こちら側の世界の影が見えるという報告。
桜もそして藤村家の人たちも高校の同級生たちも、消息が掴めないと言う事実。
そして……協会が下した、サクラ・マキリに対する執行命令……
ガラガラと音をたてながら、わたし達の日々が崩壊していく。
ねぇ士郎、わたし、どうしたらいいのかな?
ふと見上げた窓の外は、まるでわたし達の未来を暗示しているかのように真暗な闇だった。
その闇の中、ただ月の光だけが輝いていた。
Season2 - act in LONDON END.
To be continued "Fate / in the world" Season3 - Long Good Bye...
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