Fate / in the world
024 「干将・莫耶」 後編
「う……ん……しろう〜……ミルクゥ……」
なんか、頭痛いわね〜……風邪かなぁ……
ん? あれ? わたし、何してたんだっけ? ………………あっ!
寝ぼけてる場合じゃないわよっ!
確かロンド・ベルの連中に拉致されて……
「って、何処よここ?」
視界に映る限り病院の手術室のような部屋だけど……それにしては広すぎるわね。
それに、わたしを拘束しているこのベッドも病院には不適切なものよね。
(アルトリア、聞こえる? アルトリア?)
念話もダメか……って言うよりも、パスのつながりがひどく虚ろになってるわ。
魔力殺しの
パスさえも遮断するほど強力な
あ、でもミニ莫耶のネックレスはそのままだ。
良かった、折角士郎がプレゼントしてくれたものなんだから。
まあ、それはそうと……
「いつの間にか下着だけにされちゃってるし……」
くそ! わたしの下着姿、ただで見た奴がいるって事よね!
後で見物料請求してやるんだから!
そんな事を考えていると、部屋の入り口が開く音が聞こえてきた。
もうっ! 体を固定するように拘束されてるせいで、周りがよく見えないじゃないっ!
「やっとお目覚めのようだな、気分は如何かね?」
入り口から入ってきた男は、わたしの視界に映るようにベッドの側ままで歩いてくると、ふざけた挨拶を口にした。
「ええ、人生最悪の目覚めだわ。ラウル・ド・デディーグ男爵だったかしら」
こいつ……いよいよベル・ファーマシートップクラスのお目見えってわけね。
「それは失敬、冬木のセカンド・オーナー、ミス・リン・トオサカ……だったかな?」
「……違うわっ! わたしはリン・ミンメイ。ダイクン伯爵家のメイドよっ!」
自分で言っても腹の立つ設定よね、これ。
「……なるほど、噂通りミス・トオサカは中々に威勢が良いようだな。いや、結構。そうでなくては、良い母体には成れんからな」
そう言って、纏わりつくような視線をこちらへと向けるデディーグ。
くそ! ただ見するな! って、そんなことより……母体って何よ?
「何企んでるのか知らないけれど……あなた、もう終わりよ? わたしにこんな事して、ただで済むはずがないわ!」
「ほぅ、これは面白いな。まさかとは思うが、助けがくるとでも思っているのかね? まあそれは期待しないほうが良いぞ。恐らく君の頼みの綱は、あの剣の英霊なのだろうが……君からの魔力供給が断たれた今、すでに消滅している頃だろう」
高笑いしながら発するその言葉は、的確にわたしとアルトリアの事を調べ上げているという裏付けとなるものだ。
もっとも、その情報を誰からどうやって入手したのかって事のほうが重要なんだけど。
まあ、それは後で考えるとして……
「ばっかじゃない? 色々とわたし達の事調べたみたいだけど、肝心なことが解ってないみたいね」
ぴたりと高笑いを止め、怪訝そうな面持ちでこちらを伺うデディーグ。
「……ならば教えて頂けるかな? 我々が見落としているという、事実とやらを?」
「わたしの彼が"正義の味方"だって事よっ!」
士郎、信じてるからね!
Fate / in the world
【干将・莫耶 後編】 -- 紅い魔女の物語 --
「……」
どうやらわたしの宣言に度肝を抜かれたようね! ざまぁみろ!
言った私自身、めちゃくちゃ恥ずかしかったんだからっ!
「さあ、観念してこの拘束を外しなさいっ!」
「……まあ、戯言は置いておくとして……君は自分の立場というものをまだ理解できていないようだ。少し、丁寧に説明して差し上げようではないか」
くッ! 今、軽くわたしの事馬鹿にしたわね! ちゃんとわかるんだからっ!
「まず、現在君が居るこの場所だが、上海より数百キロ離れた三王墓の遺跡だ。その地下に建設された我々の研究施設なのだよ。君のお連れが此処へと辿り着ける手がかりは何もない。仮にだ、もし辿り着けたとしても、ロンド・ベルの部隊が警護するこの地下施設の中を、最奥にあるこの研究室まで辿り着くことは不可能。君の彼氏の……ミスター・エミヤだったかな? あの"魔術師殺し"の息子とは言えど、本人は半人前の魔術師らしいじゃないか。そんな男にまで期待する君の気持ちは判らんでもないが……不可能を期待することは間違ったことだよ? ミス・トオサカ」
嘲り顔で喋るデディーグを睨み付けながら言葉を返してやる。
「ほんとに良く調べているのね、わたし達の事。それでも、士郎は助けに来るわよ。それに、アルトリアだってきっと来るわっ!」
「ふむ……最後まで希望を持つのは、君の自由だ。それを否定するつもりはないがね。もっとも、すぐに君はその希望を捨てる事になるだろう。何故なら君自身が我々の偉大なる研究の糧となるのだから」
大げさに身振り手振りを加えながら、明後日の方向に向かって力説するデディーグ。
「……どういう事よ?」
「よろしい……準備にいささか時間が掛かるようでな。その間に説明して差し上げよう。と言っても、そう難しいことではないのだ。我々ベル・ファーマシーが開発した死徒化の実験薬は君もご存知だろう? 残念なことにあれは未だ未完成品でね、望むべく成果を得るには至っていないのだ。ところが、偶然にも入手した冬木の事故の際の情報の中に、画期的なものが含まれていてね。つまり……薬剤で不完全に死徒化した男性と性交渉を持った女性は、完全なる死徒の胎児をやどすという事実だよ!」
「ッ?!」
こいつら……お義姉さんのことまで調べていたんだ!
「そんなに驚く事ではなかろう? この素晴らしい事実を立証してくれたのは他でもない、君たちの近しい女性だったと言う事らしいではないか?」
「クッ! 地獄に堕ちればいいわっ!」
「まあ落ち着きたまえ、ミス・トオサカ。我々はその情報を元に、試行錯誤を繰り返した。その結果、母体となる女性はより多くの魔力を持つ者の方が適していると言う結論に至ったのだよ」
つまり、攫われた女性たちはもう……
デディーグはまるで実験動物でも見るような眼差しでわたしを見下してくる。
「へぇ〜、それでわたしをバケモノの母体にしようって事なのかしら?」
「その通りだよ、ミス・トオサカ。加えて、助けが来る可能性もなく、自身の魔術も使えない状況だ。これでようやく自分の立場と言うものが理解できたようだね?」
確かに、絶望的な状況よね、これって……
でも! 絶対に諦めないわよっ!
どんな事をしても、最後まで足掻いてやるわっ!
――ピーッピーッピーッ!
不意に通信機の音のようなものが響く。
「私だ、準備ができたのかね? 何っ?!」
小型の通信機をポケットから取り出したデディーグは、何かの報告を受けたらしく、驚愕の声を漏らすと同時に、いくつかの指示をだしていた。
その顔は明らかに……
「悪者のボスが、正義の味方に隠れ家を見つけられましたって顔してるわよ? デディーグ卿?」
「……フッ、お察しの通りだ、ミス・トオサカ。君にとって良いニュースと悪いニュースが両方飛び込んできた。大サービスだ、どちらから聞きたいかね?」
予想外の事態が起こってるのね。
士郎、やっぱり来てくれたんだ!
「それじゃあ、お言葉に甘えようかしら。良いニュースから聞かせてもらうわ」
「ふむ……理由はわからないのだが……君の希望通り、剣の英霊とミスター・エミヤ、エーデルフェルトの当主がここを嗅ぎ付け、侵入したようだ」
「フン! 御覧なさい! わたしの彼は"正義の味方"だって言ったでしょ!」
そっか、ルヴィアがアルトリアに魔力供給してくれてるのね。
ありがと、ルヴィア。
「いやいや、中々に驚かされた事は認めようではないか。しかも、こちらの迎撃を跳ね返しながら、もう此処の近くまで来ているということだ」
ちょっと……それにしては、こいつのこの落ち着きようはどういう事なのよ……
「おっと、忘れるところだったが……もう一つ悪いほうのニュースをまだ伝えていなかったね。果敢にもロンド・ベルの猛攻を掻い潜り、こちらへと向かっていた君の彼氏、ミスター・エミヤは……」
な、何よ……
「先ほど、底なしのクレバスへと転落し死亡したそうだ」
「えっ……」
嘘よ……士郎が死ぬはずないじゃない……嘘に決まってるわ!
「しかも、残された二人も魔力不足がたたっているらしくてね。すでに満身創痍という状況だそうだ。いや、お悔やみを申し上げよう、ミス・トオサカ」
「嘘よっ! 士郎は絶対死んだりしないわ! それにアルトリアもルヴィアも皆無事にここまで来るわよっ!」
確かに今のルヴィアもわたしも、かなり魔力不足だ。
でも何でこいつがそんなことまで知ってるのよ……
「ならば、早急に君の希望を打ち砕かせていただこうか」
デディーグの言葉と同時に、数人の男が部屋へと入ってきた。
それは……拘束衣を着せられ、数人がかりで取り押さえられている、醜い姿の死徒だった。
「ッ?!」
ちょっ! 何よ、あのグロテスクなモノはっ!!
士郎のはもっと可愛げがあるのにっ!
「それから、君が意識を失っている間に我社の排卵誘発剤を投与して置いた。100%ではないが……ま、心置きなく身籠りたまえ!」
ふざけるなっ!
諦めない! 諦めない! 絶対に諦めてなんてやるものかっ! でも……お願い、助けて、士郎っ!!
――キーン!
デディーグが醜い死徒をわたしへとけしかけようとしていたまさにその時。
甲高い金属音と共に入り口の扉が切断され、凛々しい声が響き渡った。
「凛っ! 大丈夫ですかっ!!」
「アルトリア!」
わたしの声に、視線をこちらへと向けるアルトリアとルヴィア。
その姿を見て、わたしは思わず息を呑んでしまった。
ルヴィアは明らかに魔力不足で今にも倒れそうなほど疲弊しているのが、目に見えてわかる。
アルトリアは……白銀に輝く鎧すら付けていない……ううん、きっと少しでも魔力を温存するために鎧を破棄したのね。
そのせいか、全身をその血で真赤に染め、大きく肩で息をしている。
「死にかけの英霊と魔力切れの魔術師が来たところで、何も変わらん。さっさと始末しろ」
デディーグの命令に従って、反対側の扉から黒いボディースーツを着たロンド・ベルの戦闘員が二十人ほどなだれ込んで来た。
「クッ! 凛、すぐに助けます! ルヴィアゼリッタ、私の側を離れぬようにっ!!」
気力を振り絞り、応戦するアルトリアの動きにはいつもの切れはなく、多勢に無勢で押し込まれていく。
それに……どうして士郎がいないの?
そんな……嘘でしょ? 士郎?
「あちらもすぐにかたが着くだろう。ほぅ? 何を呆けているのだ? ミス・トオサカ? 恋人の死を受け入れ、心が折れたかね? なに、心配は無用だ。これからはこのバケモノが君の新しい恋人だからね。ま、いささか醜い姿ではあるが」
そう言ってデディーグは、手に持ったナイフでわたしの下着を切り裂いた。
「邪魔だっ! 凛、シロウは必ず来ます! 信じて下さいっ!!」
アルトリアの声が遠くに聞こえる。
でも、士郎が……士郎がいない……
「し、ろう……士郎、士郎、士郎ぉ――っ!!」
覚悟を決め、舌を噛み切ろうとしたしたその瞬間……
――
最強の魔術使いの詠唱と共に、空気を切り裂いて飛来した九本の黒鍵が、わたしを襲う寸前だった死徒を反対側の壁へと串刺しにした。
「なっ! 何だっ!!」
業火と共に燃え上がる死徒。
うろたえるデディーグに、入り口の向こう側から言葉が投げかけられる。
「俺の女に指一本でも触れてみろ――お前の存在そのものを殺し尽くしてやるぞっ!!」
紅い外套を纏った白髪の騎士が、激怒しながらこちらへと近づいてくる。
「士郎っ!!」
「すまない、凛。すぐに助けるから、もう少しだけ我慢してくれ」
「うん」
「――
「ッ?! はいっ、シロウ!」
干将・莫耶を手にした士郎が、アルトリアと共に部屋に残るロンド・ベルの戦闘員をたたき伏せていく。
傷だらけになりながら、それでも気迫で闘う士郎に涙しそうになる。
士郎の加勢で完全に形勢逆転したその戦いは、一気に敵を残り数人まで追い込んだ。
その時……
「止まれっ! 魔術師殺しっ!!」
わたしの喉元へナイフを突きつけながら、デディーグが吼える。
「卑怯なっ!」
「……」
憤慨するアルトリアと、無言のまま射殺すような視線を突きつける士郎。
わたしが……足手纏いになるなんて……
「あのクレバスに落ちて這い上がるとは、恐れ入る。だが、ここまでだ、ミスター・エミヤ。その剣を捨てろ!」
「……」
変わらず、無言で睨み付ける士郎に苛立ちを露にしたデディーグが突きつける。
「最後だ! その剣を捨てろっ!」
「……捨てれば、いいんだな?」
そう言って士郎は、手に持った干将・莫耶をデディーグの前へと投げつけた。
「フッ! 代わりの死徒など、すぐに用意できるのだ。貴様はそこで自分の女がバケモノに犯される様を眺めていろ!」
狂気のような哂い声を上げながらデディーグが叫ぶ。
「……い」
そんなデディーグを気にすることなく何かを呟いた士郎に、怪訝な表情を浮かべながらデディーグが問いただす。
「何をほざいた? 間抜け」
「間抜けはお前だっ! 来いっ! その理に従え!」
デディーグすら無視した士郎の視線は、発せられた命令と共にその先の壁に向かっていた。
その瞬間……
――ザンッザンッ!
白と黒の飛燕が壁を打ち抜き、デディーグのナイフを持った腕とその首を切り落として、床へと突き刺さった。
あれはっ?!
見間違えるはずも無い、既に見慣れてしまったそのシルエット。
気の遠くなるような年月が過ぎ去っているはずなのに、錆の一つすら浮かべず、美しい刀身はそのままの姿で輝いている。
その美しさに気を取られている間に、アルトリアと士郎が残りのロンド・ベルを切り倒していた。
「凛……すまない、ずいぶんと遅くなっちまった」
そう言いながら士郎は、纏ってた紅い外套をわたしへと掛けてくれる。
あ、ダメだ。
アルトリアもルヴィアもいるのに……
我慢、できそうにない……
「し、しろうぅっ!!」
やっちゃった……恥も外聞も投げ捨てて、思い切り泣きながら士郎の胸へと飛び込んだ。
ありがとね、士郎。愛してるわ……
ひとしきり、盛大に士郎に泣きついたあと、"いい加減にしなさい!"とアルトリアに引き離されてしまった。
う……まあ、今回はアルトリアの言うことを素直に聞いておくとしよう。
助けに来てくれたんだし。
「リン……今の貴女の姿は見なかった事にいたしますわ」
それって"貸し一つ"って事かしら? ルヴィア?
「それより、立てるか? 凛?」
士郎に支えられながら何とか立ち上がる。
あ、そうだ!
「ねえ、士郎? これって……」
「ん? ああ、干将・莫耶オリジナルだ。ここ三王墓に収められているって伝承は本当だったんだな」
と、とぼけた顔で言い放つ士郎。
「「えっ?」」
驚愕の表情で声を上げるルヴィアとアルトリア。
そりゃそうよね、いくらランクが低いとはいえ宝具のオリジナルが目の前にあるんですもの。
「……相変わらず、ボケボケねあんたは。あのねぇ、すごい事なのよ? 宝具のオリジナルを発見したなんて!」
「そうなのか?」
と言いながら、床に突き刺さったオリジナルの干将・莫耶をその手に取る士郎。
「……どう? オリジナルを手にした感想は?」
「そうだな……コイツに篭められた刀匠の想いが良くわかるよ。でも……”俺達”の干将・莫耶とコレは別物だ」
そう言って、投擲の構えを取る士郎。
「だからさ、担い手でもない俺が手にするのは違う気がするし、誰か知らない奴が使うのも嫌だ。コイツはこのまま眠らせてやりたいんだ。良いかな?」
と、わたし達を伺う士郎。
「そうね、士郎の好きなようにしていいわよ」
「はい、シロウの思うままに」
「シェロの判断に従いますわ」
「ありがとうみんな」
わたし達に一言、礼をいうと、オリジナル干将・莫耶を壁の向こう側へと投擲して返す。
まあ、士郎らしいわね。
それに、士郎が別物だって言うんだから、きっとそうなんでしょうね。
結局、全員ボロボロの体で上海のホテルへと帰りついたのは、日付の変わった朝方だった。
ミス・カミンスキーに事の顛末を説明する士郎をよそにわたしは、
「ねえ、アルトリア、ルヴィア。倫敦に戻ったら二人に話したい事があるわ。とても……大切な事よ」
二人の目を見ながら真摯に話す。
「わかりました、凛」
「ええ、わかりましたわ、リン」
二人とも真剣な表情で応じてくれた。
今回の事で、わたしは一つの仮説に辿り着いた。
今はまだ、なんの確証もないけれど、もしこれが事実だとすれば……
重い気持ちと体を暖めるため、熱めのシャワーを浴びながら、わたしは大きな不安を抱いたまま、上海最後の日をすごした。
全ては倫敦へと帰ってから……
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