Fate / in the world

024 「干将・莫耶」 前編


――ハァッ、ハァッ、ハァッ

 シロウ……私の鞘であり、剣を捧げた貴方の腕に抱かれながら、私は今貴方の焦燥を感じている。

――ハァッ、ハァッ、ハァッ

 シロウ……誰かを救うという事以外、何に対しても執着心が極端に薄い貴方が、これ程までに心を焦がすのはやはり凛が貴方の心の一番大事な場所に居るからなのですね。

――ハァッ、ハァッ、ハァッ

 シロウ……貴方は私に幸せにならなければいけないと言うけれど、きっとそれは叶わぬ想いです。いえ……叶えてはいけないのです。
 なぜならシロウ……私の望む幸せとは……
 ならばいっそ、魔力供給の断たれた今、このままこの身をあの終わりの丘へと帰すのも良いかもしれない……

 そう思った瞬間、息を荒らげて走るシロウの体勢が不意に崩れかけた。
 それを歯を食いしばって堪え、私を護るように抱き直す。

「くっ! アルトリア、もう少しの辛抱だからな! 凛と合流しちまえば、お前が消える心配も無いんだから!」

「ッ?! ……はい、シロウ」

 凛の安否が不明な今この時ですら、私の心配をしてくれるのですか? 貴方は……
 いえ……貴方は信じているのですね、シロウ。
 凛が貴方を一人にする筈がないと。
 やはり貴方は強い人だ。すまない、シロウ。先程の思いは貴方への裏切りでした。
 貴方を護り、生涯を共に歩むと誓ったのだ。
 こんな時だからこそ、貴方を信じ、凛を信じなければいけませんね。

――ドンッ!

 私の思考を遮るように、前を走っていたミス・カミンスキーが従者控室のドアを蹴破り、その中へと飛び込んでいく。
 それに続くように、シロウも室内へと飛び込んだ。

「なっ?!」

 視野に入ったその光景に思わず声が漏れる。
 そこは……紛れもなく惨劇の間だった……
 気の利いた調度品も、高価な名画も、血の赤一色に染め上げられてる。

「凛、どこだ? 凛!!」

 目の前に広がる従者達の肉片の山も目に入らぬとばかりに、シロウは最愛の人の名を叫ぶ。
 凛……どうか無事で!





Fate / in the world
【干将・莫耶 前編】 -- 蒼き王の理想郷 --





――ガタガタッ!

 シロウの叫びが届いたのか、部屋の片隅にある収納スペースから物音が聞こえてきた。

「凛!」

 即座に、収納スペースの扉を開け、その名を呼ぶシロウ。
 だが……

「ッ?! ルヴィアさん! 大丈夫かっ?!」

 収納スペースから倒れるようにして這い出てきたのはルヴィアゼリッタだった。

「シェロ?……わたくしは一体……」

 気を失っていたのだろう、意識が混濁したままシロウに問いかける。

「ルヴィアさん、一体何があったんだ? 凛は、凛の姿が見当たらないんだ! 何か知らないか?!」

 畳み掛けるように問い詰めるシロウに対し、徐々に意識が鮮明に戻りつつあるルヴィアゼリッタが、その視線を外して答えた。

「そう……でしたわね……シェロ、申し訳ありません。リンは私を助けるために、ロンド・ベルに拉致されてしまいました」

「……詳しく状況を説明してくれないか? ルヴィアさん?」

 ルヴィアゼリッタの言葉を聞き、肺にたまった空気を吐き出しながらシロウが落ち着いた声で問いかける。

「ええ……あの時突然この部屋の照明が落ちたのと同時に、数人の黒いボディースーツを着た者たちが押し入ってきました。その瞬間、リンがわたくしの鳩尾に一撃を入れて意識を奪い、この収納スペースへと押し込んだのです。わたくしの意識が薄れていく中、リンが"あいつの事、よろしくね"と言った事と、押し入ってきた者たちに捕縛された様子までは聞き取れましたわ。その後は……申し訳ございません、恐らくこの惨状が物語る通りなのでしょう……」

 なるほどパーティー会場での私達と同様、こちらも初めからマークされていたということでしょうか。
 いえ……むしろ、凛が狙いだったという事か?

「よく解った、ありがとうルヴィアさん。それとお願いしたい事があるんだ。どうやら凛からアルトリアへの魔力供給が遮断されちまったらしくてさ。凛を連れ戻すまでの間、悪いんだけどルヴィアさんにアルトリアの魔力供給をお願いできないかな?」

「もちろん、構いませんわ。でわ、急ぎましょう。アルトリア、こちらへ」

 そう言って、ルヴィアゼリッタは私を抱き寄せ……その……簡易パスを繋ぎ、魔力供給を開始してくれた。
 しかし、私自身の魔力が枯渇しかかっていた上に、ルヴィアゼリッタ自身も上海に来る前から魔力不足が続いていたため、なんとか通常の行動が可能なレベルにまでしか魔力の回復を図れなかった。

「ふむ、一通り状況は把握した。とりあえず、ここに長居は無用だ。一旦ホテルまで引き返し、ミス・トオサカの事も含めて行動指針を立てなおそう」

 ミス・カミンスキーの言葉に従い、私たちは洋館を後にした。







 ホテルへと帰り着いたと同時に、シロウは車の手配をし、部屋へ戻るとその身を紅い外套につつみながら、

「俺は凛を連れ戻しに行って来るよ。皆はここで待っていてくれ」

 と言い部屋を出ようとした。

「シェロ!!」

「シロウ!!」

 貴方は何故一人で何もかも背負い込もうとするのです!

「待ち給え、ミスター・エミヤ。相手は組織立って動いているのだ、君一人では太刀打ち出来まい。それにミス・トオサカを追うにしても、手掛かりが何もないのだ。今すぐに増援を要請するので、それまで軽はずみな行動は避け給え」

 ミス・カミンスキーが諭すように言った言葉を、部屋の入り口でドアに手を掛けたまま聞いていたシロウが、くるりとこちらに向き直り、鷹のような鋭い視線で答える。

「そうだな、カミンスキー先生には増援依頼や協会との連絡をやって貰わないといけないな。でも……俺は待てない。それに、凛の連れ去られた方角なら俺には判ってるんだ」

 シロウ? 私ですらパスの繋がりが感じられないと言うのに……シロウは凛の所在を把握出来ているというのですか?

「……どうしても行くのか、ミスター・エミヤ。死にに行くような物だぞ?」

 シロウの言葉に否を返すミス・カミンスキー。

「そうかも知れないな……でもね、カミンスキー先生。はっきり言ってしまえば、凛のいない世界に俺が生きる理由なんてないから」

 何でもない事のように、あっさりとそんな事を言った。
 まったく……貴方という人は……

「……シェロ、前々から思っていたのですが……貴方はご自身の言葉を恥ずかしいと思うことは無いのですか?」

 ああ、ルヴィアゼリッタ、それは無意味な質問です。

「なんでさ? だって本当のことだぞ?」

 ほら……

「ルヴィアゼリッタ……こういう人なのです、シロウは。もっとも、私とて若干の腹立たしさはあるのですが……」

 この気持ちばかりはしょうがないではありませんか。

「そのお気持ち、よ〜くわかりますわ、アルトリア。でも……そうでしたわね、シロウはこういう人でしたわね」

 お互いに顔を見合わせクスリと笑いあう。

「……なんだか、馬鹿にされたような気がしないでもないんだけど……まあ、そういう事だから。俺は行きますよ、カミンスキー先生」

 ええ、こうなってしまえばシロウを止めることなど、誰にも出来ませんね。

「ふむ……君は言い出したら聞かないのだったな。了解だ、もう止めはしない。だが、少しだけ私の話を聞いてから行き給え。まずは、この地図だ。ミスター・エミヤ、ミス・トオサカの連れ去れた方向はどちらだ?」

 そう言いながら、ミス・カミンスキーはリビングのテーブルに、ロンド・ベルの拠点がマークされた地図を広げた。

「えっと、こっちが北だから……ここから見て北北西、つまりこの方向だ!」

 シロウが地図のある地点を指差す。
 そこには……

「なるほど……その方向にあるロンド・ベルの拠点はひとつしかないな。旧汝南の宜春県、三王墓の地下に作られた巨大な要塞拠点だ。迷路のように入り組んだ地下通路の奥には、ベル・ファーマシ−の研究施設も併設されているらしい」

「そうか、助かったよカミンスキー先生。正直、方角だけしかわからなかったのが、はっきりと目標地点になった」

 幾分表情を和らげながらミス・カミンスキーに感謝を返すシロウ。

「それともう一つ。先程、会場で拾っておいた奴らの電磁投射砲(レールガン)が射出した弾だ。恐らく錬金術等で作り出したミスリル銀で出来ているのだろうな。この点から考えても奴らの使用する武装を侮らぬ事だ」

「ええ、そのつもりです、先生」

「しかし、ミスター・エミヤにとっては因縁かもしれんな、三王墓とは。まあ、それよりも車で飛ばしたとしても六時間はかかる距離だぞ?」

 因縁? 何の事でしょうか?

「それは奴等にとっても同じことですよ、先生。それにどんなに危機的な状況になったとしても凛は絶対に諦めない。最後まで何とかしようと足掻くんです。なら、俺がする事は一分、一秒でも早く、あいつの元に駆けつける事ですよ」

 はい、そうでしたね。
 シロウの言うとおり、凛はそういう人です。

「了解した、バックアップは任せたまえ。可能な限り最短の時間で増援を連れて行こう」

「ありがとう、カミンスキー先生」

 そう言って出て行こうとするシロウに私は、

「シロウ……貴方は戦場に赴くと言うのに、自身の剣を携えないつもりですか?」

 絶対に引かないという意思を込めた言葉を突きつけた。

「はぁ……わかった……一緒に行ってくれるか? アルトリア?」

「それこそ、無駄な問いかけです、シロウ。私は貴方の剣なのですから。そして……すまない、ルヴィアゼリッタ。貴方を危険な場所へと連れ出さなければならない事を、どうか許してほしい」

 簡易パスによる魔力供給を受けている今、どうしてもルヴィアゼリッタの同行が必要となる。

「それも無用な謝罪ですわよ、アルトリア。わたくしはわたくしの矜持に従って、シェロに同行するのですから」

 優雅に笑みを浮かべながら、自身の矜持をもって意を示すルヴィアゼリッタ。
 さすが、あの凛と肩を並べる魔術師(メイガス)ですね。

「感謝します、ルヴィアゼリッタ」

「よし、それじゃ急ごう!」

 シロウの言葉を合図に、私とルヴィアゼリッタが後に続く。
 待っていてください、凛。
 必ず私達が、貴女を助け出して見せます。







 およそ六時間の移動の末、私達は旧汝南の宜春県、三王墓の遺跡へとたどり着いた。
 一面に続く丘陵地帯のなか、丸々丘一つを利用して造られた中国古代の墓。
 その地下に、要塞じみた拠点があるという事だ。

 車を降りてからも、全く迷う様子さえ見せずに進むシロウが、無造作に前方の倒木が折り重なった地点を指差し、

「あれだ、あの奥が入り口になってるはずだ」

 そう言ってどんどんと進んでいく。
 よく見ると、確かにシロウの言うとおり、自然の洞窟を利用したような地下への通路があった。

「シロウ、ここへは初めて来たはずだと言うのに何故入り口がわかったのです?」

 そう言えば、車での移動時も全く迷うことなくここまでたどり着いている。

「ああ、こいつがお互いに引き寄せ合ってるんだ」

 と言いながら、シロウは胸元からあの赤い宝石のペンダントを取り出した。
 その赤い宝石の横には……

「なっ?! なんですか? そのちみっちゃい干将は?!」

 ミニ干将がぶら下がっていた。

「ちみっちゃいは無いだろ……まあ、アルトリアの"約束された小さな勝利(ミニカリバー)"みたいな物で、これと同じサイズのミニチュア莫耶を凛が持ってるんだ。こいつらは夫婦剣だから、どんなに離れていても必ず引き合うのさ」

 なるほど、迷わずにここまで来れる訳です。
 宝具の特性となるとほとんど概念の域ですからね、どんなに魔力的要素を遮断しようとも関係ないというわけですね。
 しかし……ちゃっかり凛にも贈っていたのですね、シロウ?

「……アルトリア、顔が怖いですわ……」

「放っておいて下さいっ!」

 凛はシロウのパートナーなのだから当然だと自分自身理解はしていても、面白くないものは面白くないのですから!
 そんな事を考えながら狭い洞窟のような通路を進んでいく。
 突然、

――ザワリ

 と、背筋に悪寒が走る。
 紫電を纏いながら飛来する弾丸を手にした風王結界で弾く。

――ガン、ガキンッ!

 クッ! 魔力不足のためか、幾分その勢いに押されてしまう。
 厄介ですね、あの電磁投射砲(レールガン)というものは。

「――投影開始(トレースオン)!」

 私の後ろで漆黒の弓を手にしたシロウが二本の矢を番え、弦を引き絞る。
 通路の向こう、暗闇の中にいるであろう敵を、その鷹の目が捉えているのだろう。

――バシュ!

 迷いなく放たれた矢は、前方の闇の中から断末魔の声を引き出した。
 今この時において、普段シロウが持っている甘さは欠片もないという事だ。

「……先を急ごう」

 弓を霧散させながらシロウの搾り出した声に、無言で頷き歩を進めていく。
 敵に私達の位置を知られてしまったのだ。
 急いだほうが良いでしょう。







 散発的に繰り返される強襲を悉く撃退しながらも、地下へと続く狭い通路を進んでいく。
 正直、今の状況は決して良いとは言えない。
 私もルヴィアゼリッタも十分な戦闘が行えるほどの魔力などありはしないのだから。
 と、不意に視界が広がったそこは、巨大なドーム状の空間に細長い通路のごとく一本の道が、向こう側の壁へと繋がっている。
 その細い道を踏み外すと……底が見えませんね……

「十分に注意していくぞ」

 シロウの言葉に頷き、わずか幅2メートルほどの切り立った道を進みだす。
 このような場所では、逆に敵側も数で押すことは出来ない筈。
 注意すべきは、シロウのような超長距離射撃による攻撃……

「シロウ! 来ますっ!」

I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)――"熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)"!!」

 私の直感とほぼ同時に襲撃を察知したシロウが、"熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)"を展開させ、電磁投射砲(レールガン)の発射する弾を輝く七つの花弁で弾き返す。
 前方には黒い敵影が四つ。

「このまま近接レンジまで押し込む! その後は任せるぞ、アルトリア!」

「はい!」

 シロウの合図で敵に向かい疾走を開始する。
 七枚の花弁に護られながら、敵との間合いを一瞬で侵略する。

「ハァァッ!!」

 四人の狙撃手を一息に切り伏せ、勢いそのままに若干の広場となっている場所まで突き進む。
 周囲を警戒しながら、後ろを振り返りルヴィアゼリッタの無事を確認する。
 大した距離を走った訳ではないが、その息遣いは荒いものへと変わっていた。
 やはり彼女も、かなりの魔力不足という事ですね。
 もっとも、それは私もそうなのですが。
 今のままでは、通常戦闘すら満足にこなせない。

「新手がくるぞ! ――投影開始(トレースオン)!」

 干将・莫耶を投影しつつ、警告を発したシロウの方へ視線をやると、通路の反対側から六人ほどの小隊が黒い刀身の日本刀を持ち、攻め込んできていた。
 この人数なら何とか!
 迎え撃つべくシロウと共に間合いを詰め、一合目で互いに二人を斬り飛ばす。
 返す剣で薙ぎ払い、もう二人を崖へと叩き落す。
 さすがですねとシロウのほうに振り向くと、怪訝な表情をしながら干将・莫耶を眺めている。

「どうかしたのですか? シロウ?」

「あ、いや、気のせいかもしれないんだけど、今、干将と莫耶が向こう側に引っ張られたような気がしたんだ」

 と言って、通路の先を指差す。

「凛のもつペンダントに引かれたのでは?」

「う〜ん、きっと違うと思う。もっと強い力に引っ張られたような気がしたんだ……って、そうか! 伝承通りならここって」

 その瞬間、私の直感が大きな警告を発した。
 それは……

「ルヴィアゼリッタ、危ない!」

 長距離からの電磁投射砲(レールガン)による狙撃は、彼女を直撃こそしなかったものの、その足場を砕き、奈落へと彼女の体を落下させ始めている。

「ルヴィアさんっ!」

 私よりも一歩、ルヴィアゼリッタの近くにいたシロウが、その体に手を伸ばし、咄嗟に体を入れ替えながら私へとルヴィアゼリッタを放り投げる。

「シロウ!!」

「シェロ!!」

「必ず追いつく! 先に進めっ!!」

 奈落へと落下していくシロウが最後に命じたのは、凛を救えと言う事だった。

「クッ! ルヴィアゼリッタ、先に進みます!」

 なおも飛来する弾丸を聖剣で弾きながら、シロウの命を遂行することを告げる。

「それではシェロがっ!」

「シロウは"必ず追いつく"と言いました! ならば私たちはそれを信じるのみですっ!!」

 言葉と共に、切り込み狙撃手を切り倒す。
 凛の無事を信じる。
 シロウの無事を信じる。
 この時代に来て初めて離ればなれになってしまった私達三人の未来を信じる。

 シロウ! 凛! 貴方達の無事を信じています!
 自分自身に言い聞かせ、私とルヴィアゼリッタは闇の奥へと進んでいった。






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