Fate / in the world

009 「ゴーレムの啼く街」 後編


「気が付きましたか? ミスター・ユリウス・ベルクマン?」

 俺たちが路地裏で倒れていたところを発見し、ホテルへと連れて来たミスター・ベルクマンは、すぐに気が付いた。
 写真で見たとおり、温和な顔立ちのミスター・ベルクマンは、黒い礼服のようなものを身に纏っている。

「ここは? 貴方達は一体?」

 横なっていたソファに身を起こし、周りを確認しながら現状を尋ねてくる。
 まだ、意識がはっきりとしないのだろう、しきりに頭を振っている彼に、

「まずは、紅茶でもどうぞ……気が落ち着きますから」

 と、紅茶を勧めた。

「……す、すまない」

 そう言って、若干冷めてしまった紅茶を一気に飲み干す様は、何かに追われ慌てた罪人のように思えた。

「ハァ……ありがとう。それで、ここは何処なんだ? 私はどうして……」

「俺達は日本から観光に来た旅行者です。さっき、道で倒れていた貴方を見つけて、とりあえず俺たちの部屋へお連れしたんですよ」

 気絶している間に確認したが、大きな怪我はなく、打ち身や擦り傷だけだった。

「そう、だったんですか……ご迷惑をおかけしました……そ、そうだっ! レベッカは? 私と一緒に七歳くらいの女の子は居ませんでしたかっ?!」

 ようやく、頭が回りだしたのだろうか、ミスター・ベルクマンは血相を変えて子供の消息を訪ねてくる。

「……いえ、俺たちが貴方を見つけたときは、貴方だけでした。たしか、貴方のお子さんですよね? レベッカちゃんというのは?」

 話を重要な方向へと持っていく。

「な、なぜ? どうして君がそんな事を知って……いや、そもそも何故私の名前をしっているんだっ?」

 急に顔を強張らせ、立ち上がって身構えるミスター・ベルクマン。

「落ち着きなさい、魔術師ユリウス・ベルクマン! それは、今から説明します」

 それに対して、目を伏せ、落ち着いた物腰で凛が答える。

「わたしは、冬木の魔術師、リン・トオサカ。こちらが弟子のシロウ・エミヤ、そして友人のアルトリア・S・ペンドラゴン。あなたの事はプラハ協会より伺っています」

 まさに冷徹な魔術師の顔で、事実を述べていく凛に対して、事態の把握が追いつかない様子のミスター・ベルクマンは体を引き、警戒を強めていく。

「……協会の、回し者か?」

「いいえ、違うわ。わたし達はあくまで、知人の依頼で調査を手伝う立場でしかない。だから協会への義務は持たされていないの」

「ミスター・ベルクマン、見れば体のあちこち怪我をしていたようだ。もしよければ何があったのか、話してもらえないか? もしかしたら、何か力になれるかもしない」

 救える人がいるかもしれないんだ。
 それに、レベッカって子供の事も気になる……

「……本当に……助けてくれますか? 私は良い、せめて娘のレベッカだけでもっ!」

 そう言って、話し出したミスター・ベルクマンのいきさつは、俺の想像をはるかに超えたものだった。





Fate / in the world
【ゴーレムの啼く街 後編】 -- 最強の魔術使いの継承者 --
ExtraEpisode in Deutschland





「私は数年前に妻を亡くした。私と妻は幼い頃から幼馴染として育ち、そして結婚したんだ。私は本当に妻を愛していたし、妻も私を愛してくれていた。子供にも恵まれて、そんな幸せな日々がずっと続くと思っていたんだ。だから……どうしても妻を諦め切れなかった私は、カバラの秘法と機像(ゴーレム)を組み合わせて妻の魂を宿した機像(ゴーレム)を創り出そうと考え、粘土機像(クレイゴーレム)(コア)に妻の遺骨を使い、そこに反魂憑依をさせたんだ」

 さっきまでの温和な表情が剥がれ落ち、無表情に訥々と話すベルクマンは、まるでそれがどこか他所の作り話のように語る。

「なっ! なんてことをっ! 入れ物は魂に引かれて肉体を得ようとするのに、それを粘土機像(クレイゴーレム)で代用するなんて……」

 驚愕に凛の顔が凍る。
 さすがに俺にも、これがどれだけ無茶苦茶な事かは理解できる。

「確かに無茶かもしれない。だが、君達が思っているのとは裏腹に、粘土機像(クレイゴーレム)は自我を持って動き出したのだ。(コア)をウーツ鋼の球体で囲み、さらにその周りから干渉結界で包み込んだ私の粘土機像(クレイゴーレム)ならば、可能だと思っていた」

「でも……あなたの思惑通りにはいかなかった……そういうことね?」

 まるで自身の成果を誇るように話し出したベルクマンを侮蔑するように凛がその言葉を遮る。

「そうだ。……それが、悪夢の始まりだった……動き出した粘土機像(クレイゴーレム)は、自身を構成しようとする肉体と崩壊する肉体が連鎖し、見るも無残な姿になってしまった。私は自分が創り出した物が恐ろしくなり……レベッカを抱いて工房を飛び出してしまった」

 なんて事をしたんだ……そりゃ、愛する人の死を嘆くのは解かるさ。
 でも死んでしまった人の魂を呼び戻すなんて、人が手を出していい領域じゃない!
 ましてや、無理やり呼び戻した奥さんを拒絶してしまうなんて……

「それで? その粘土機像(クレイゴーレム)はどうなったのかしら?」

 凛の冷たい眼差しがベルクマンを射抜く。

「……その日も、次の日も、私は恐ろしくて工房に帰る事はできなかったのだが、三日目に戻ってみると、工房はもぬけの殻になっていた。それからだ……このプラハ周辺で、レベッカと同じ七歳前後の女の子が攫われ、殺されるようになったのは……そして……ついに今夜、あの粘土機像(クレイゴーレム)が再び私の前にやって来たんだ。しかも、レベッカをよこせと、いいながら……」

「つまり、あなたはプラハで起こった幼女殺害事件の犯人を作りだし、尚且つ事件の真相を知りながらこそこそと隠れて居たってわけね」

 凛に自身の罪業を暴かれ、ベルクマンは震えながら頭を抱えてしまう。
 いや、ちょっと待て!

「ミスター・ベルクマン! 貴方を見つけたとき、レベッカちゃんはいなかった! 最後に見失ったのは何時、何処でなんだ?!」

 俯いたベルクマンの胸倉を掴み上げ、今一番大切なことを聞く。

「……私が気を失う前……あの粘土機像(クレイゴーレム)に追い詰められて、殴られ、気を失った時だと思う……」

 ってことは、悠長に話している暇はないっ!

「くそっ! 凛、アルトリア、巻き込んですまない! これからこの人の工房へ行く! あんたも来て貰うぞっ、ベルクマンッ!!」

 ベルクマンの胸倉を突き放し、凛とアルトリアに行動を促す。

「わかったわ! アルトリアもいいわね?」

「はい、無論です!」

 とにかく、今は時間が惜しい。
 たのむ! 間に合ってくれ!!







 俺たちがベルクマンの工房である、旧ユダヤ人ゲットーのシナゴーグ(礼拝所)に着いたのは、深夜の零時をまわってからだった。
 シナゴーグ(礼拝所)の扉を開け、礼拝堂を進みながら奥にあるというベルクマンの工房へと向かっていく。
 明り取りの小さな窓から、僅かな月の光が差し込むだけの礼拝堂の壁には、無数の名前と数字が刻まれていた。
 恐らく、過去のユダヤ人迫害時に犠牲となった人々の名前なのだろう。
 名前の横に刻まれたバラバラの生年と、ほぼ全て1943年で統一された没年が、静かにその悲劇を物語っているようだ。

「……居ます……注意して下さい」

 アルトリアの声で、緊張が高まる。
 俺達は、アルトリアとベルクマンを先頭に音を殺しながら進み、工房の扉へとたどり着いた。
 そして……ベルクマンが工房の扉を開けると、

「あ……」

 そのまま、操り糸の切れた人形のように、ベルクマンは座り込んでしまった。

「クッ!!」

 アルトリアがベルクマンを強引にどかせ、工房の入り口へとなだれ込む。

「「「……」」」

 そこは……工房などではなっかた。
 解体された肉片は、原型が何だったのか解からないほど細切れになり、肉片に付着した髪の毛が、僅かにソレが人間のものだったのだと示しているような……そんな腑分け場だった。
 そしてその横に佇む、全身を包帯のような布で覆った粘土機像(クレイゴーレム)が不意に言葉発した。

「サア、アナタ……コノコモ、ワタシトオナジヨウニシテクダサイ。モウ、ヒトリハ、イヤ……」

 魂の抜け殻のように座り込むベルクマンに向けられたその声は、機械音のように耳障りに、けれど哀れに響く。

「サラ……どうして……」

 サラって名前、確かレポートに記入されていた……やっぱり、奥さんの……
 搾り出したベルクマンの問いかけに、サラと呼ばれた粘土機像(クレイゴーレム)は向き直り、答える。
 包帯から覗くその顔は……やり直しを求め、過去の事実を捻じ曲げようとした人間への罪と罰なんだと言うように、崩れ腐敗し続けていた……

「ワタシハ、コノコトイッショニ、イキタイ……アナタハ、ワタシヲ、キョゼツシタ……モウ、ヒトリハ、イヤ……ダカラ、コノコモ、ワタシノヨウニシテクダサイ」

 だから、自分の娘と同じ年格好の子供を殺したのか……

「サラ……私には出来ない……レベッカまでお前のような化け物にするなんて……私にはできないっ!!」

 絶叫と共に立ち上がり、自身の生み出した粘土機像(クレイゴーレム)を睨みつける。

「バ・ケ・モ・ノ……ア、ア、アア……アアアアアアアアアッ!!」

 愛した夫に拒絶される……そのベルクマンの言葉が引き金だったのだろう、粘土機像(クレイゴーレム)は手に持っていた二本の鉈を投げる構えを取る。

「シロウ、凛! 下がってください!!」

 咄嗟にアルトリアが俺と凛をかばいながら、床へと飛び伏せる。

――グチャ

 肉のつぶれる嫌な音と、壁の崩れる轟音、立ち込める埃が状況を覆い隠す。
 機像(ゴーレム)の力で投擲された鉈の破壊力は、まさに想像を絶する物だった。
 ようやくその埃がおさまった時、俺が目にした光景は……ベルクマンだった肉片をかき集め、工房の作業台へと運ぶ粘土機像(クレイゴーレム)の姿だった。

「これは……もう、手遅れか? 凛?」

 きっと、この世界には、どうしようも無い事ってのは存在して、それは現実として受け止めなくちゃいけない。
 "もしも"なんてのは都合のいい絵空事なんだってことも解かってるさ。
 でもっ! 
 もしも、俺がもう少し早く駆けつけていたら……
 もしも、ベルクマンがサラさんを拒絶していなければ……
 もしも、機像(ゴーレム)なんて作ろうとしなければ……
 そして、もしも……この機像(ゴーレム)をこのまま放置してしまえば……
 そんな、無意味な空想を思い描いてしまう。

「ええ……もう……」

 目を伏せず、顔を背けず、凛が首を横に振り言い切る……凛、君は強いな。

「せめて……その魂を安らかに眠らせてやる事が、私たちに出来る最善でしょう……」

 やり切れない思いをその表情に乗せながら、アルトリアが俺を諭す……アルトリア、君には教えられてばかりだ。

「……そうか……凛、あれは、どうすれば良い?」

 なら、これは俺の仕事だ。
 あの哀れな機像(ゴーレム)がこれ以上の災いとなる前に、あるべき姿へと返す。

粘土機像(クレイゴーレム)の首の付け根のところ……そこだけがまだ粘土状になっているでしょ? そこに"emeth"って文字が刻まれているわ。その"e"の文字を削り取れば、"meth"になって機像(ゴーレム)は"死んだ"ということになるのよ」

 凛の説明を聞きながら、粘土機像(クレイゴーレム)の首の付け根を確認する。
 確かに、"emeth"という文字が刻まれている。

「わかった、後はおれがやるよ。――投影開始(トレースオン)!」

 漆黒の洋弓と矢を投影する。

「「……」」

 二人は無言のまま、俺を見つめる。
 無心に作業台の肉片を寄せ集めている粘土機像(クレイゴーレム)に向け弓を構え、矢を番える。
 気のせいだろうか、その後姿が啼いている様に見えるのは……

「あんたは、きっと悪く無い……でも、俺の正義はあんたをこのままには出来ないんだ。だから、すまない……」

 そう言って、俺は粘土機像(クレイゴーレム)の首を射抜いた。







 深夜二時……俺はホテルのリビングで中空を睨むように、ソファーに腰掛けている。

「プロフェッサーには、連絡を入れておいたわ。事後処理はプラハ協会でやってくれるそうよ」

 協会への報告と事後処理の要請のために凛が電話をしていたのだろう、リビングへと戻ってきた。

「そうか」

「今回、シロウの判断に間違いはありませんでした。貴方はなんら悔やむ必要はないのですよ」

 真摯な眼差しでアルトリアが俺を諭す。

「そうか」

「「……」」

 今は……頭の中を空っぽにしたい……
 冬木でのアルフレート、アインツベルンのアハト翁、そして今回のベルクマン。
 "足りなければ他所からもってくれば良い"という身勝手な理屈で、自分の目的のためなら無関係の人にまで危害を加える事を平然としてしまう魔術師という人種。
 凛やミス・カミンスキーのような例外以外はみんなそんな奴ばかりなんだろうか……
 元々俺は、魔術師になりたいわけじゃないけれど、それでも嫌悪感すら覚えてしまいそうだ。

 ふと気づくと、二人はリビングから出て行ってしまっていた。

「……悪い事……しちまったな……」

 アルトリアの言うとおりなのかもしれないな。
 どんなに奇麗事を言ったところで、どうにもなら無い事があるのもこの世界の事実だ。
 でも、俺は……

――バタン

 とベッドルームの扉が開くと、

「ん? なぁっ!」

 ネグリジェ姿の二人がワインを片手に俺の両隣へと座る。
 って、待て! アルトリアまで何考えてんだっ!

「どう? 士郎? ドレスと一緒に買ったのよ、似合ってるかしら?」

 そりゃ、似合ってるさ……でもな、目のやり場に困るぞ……

「あの、シロウ? おかしくはないでしょうか? この衣装……」

 あ〜、反則だ、アルトリア。
 そんなカッコで、上目遣いはマズイぞ……

「え〜っと? なんでさ?」

「もぉ〜、士郎! プラハ旅行は士郎がわたし達にプレゼントしてくれた旅行でしょ?! だったら最後までエスコートしなさいよね!」

「う……」

「凛の言うとおりです。シロウにはわたし達をリードする責任があるのですよ?!」

「うぅ……」

 いや、それはわかる! それはわかるが、それとその格好はどう関係があるのですか?

「だからぁ〜、わたしとアルトリアからのささやかなお返しよ。士郎に元気を出してもらおうと思ってね、お酌をしてあげようかなぁって」

「ええ、それで、その……お酌をするなら、この格好だと凛がいうものですから……」

「お前な……」

「えへへ〜、いいじゃない、たまには三人でバカするのも悪く無いわよ。さぁ飲みましょう!」

「そうです、さぁ、シロウ。グラスを持ってください」

 そういいながらワインで乾杯をし、三人で飲み明かす事になってしまった。
 あの……俺の拒否権とか、当然考慮されてなかったんですよね?
 でもまぁ、二人に思い切り気を使わせちゃったみたいだな。
 ごめんな、凛、アルトリア。
 よし! こういうのもたまには良いさ。それじゃあ、朝まで飲み明かしますか!







 良くなかった……
 何故かベッドで目が覚めると、両腕が動かない。
 別に、怪我をしたわけでもなく、体に異常は無いんだけどな。
 異常があるとすれば……俺の右腕を胸に抱え込むようにして眠っている凛と、俺の左腕を胸に抱え込むようにして眠っているアルトリアが居るって事くらいだろうか。
 俺は服を着たままだから……間違いは起こして無いだろう……タブン……
 あ〜、思い出せんっ! なんでこんな事態になったのか、全く記憶がありませんっ!!
 って、あ! バカ、凛こっちに寝返りうつんじゃない!
 ああっ、アルトリアまで! こっちに寝返りうたないでくれ!!

――ゴチン

 ……ほらな? そりゃ同じ方向に向かって寝返りうつとそうなるよ……
 二人とも、頭抱えて"うんうん"唸ってるし。
 よし、今のうちに脱出だ……

 あのままだと絶対俺が不幸になるのは目に見えてるし。
 リビングへ避難できたのは僥倖だよな。

『いったいわねぇぇ!! って、なんで士郎が居ないのよっ!! っていうか、何でアルトリアがこのベッドで寝てるのよっ!!』

『アナタの頭は兜ですか、凛! いえ、そもそも、あれだけ遠慮した私をここに引き込んだのは凛! 貴女ではないですかっ!!』

 あ〜、今日も一日良い天気になりそうだなぁ。
 今日で、プラハともお別れか。

『士郎、何処行ったのよ!!』

『シロウ! 何処に居るのですか!!』

――切嗣、そろそろ日本が恋しくなってきたよ。






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