Fate / in the world
005 「アインツベルンT」 後編
「凛!
藤村邸で雷画さんとの話を終えたわたし達が、衛宮邸の門をくぐった瞬間、アルトリアが叫んだ。
「っ! これは、居間ね! 急ぐわよ、アルトリア!」
「はい!」
玄関のドアを叩き壊す勢いで開け、大急ぎで居間に駆けつけると……
「お邪魔しているよ。東洋の魔術師に、その使い魔のお嬢さん」
いかにもキザったらしいスーツ姿の男が、士郎と対面して座っていた。
っていうか、今わたしの事を馬鹿にしなかったか? コイツは?
「おかえり、凛、セイバー。 この人はアインツベルンの使者として訪ねて来たそうだ」
士郎は相手の魔術師から目を離すこと無く、わたし達にその男が"アインツベルン"である事を伝えてきた。
"セイバー"と呼んだあたり、士郎も少しは成長してるのかもしれない。
まぁ、相手を家に上げてる段階で常識外れなんだけど……
それにしても、アインツベルン……まさか、堂々と敵地に乗り込んでくるなんてね……
上等よ、そっちがその気なら、受けたってやろうじゃない!
Fate / in the world
【アインツベルンT 後編】 -- 紅い魔女の物語 --
「おっと自己紹介がまだだったね、私はかのアインツベルンが支族の一つ、ケンプファー家現当主、アルフレート・ケンプファー子爵だ」
仕立てのよさそうなスーツを身に纏った金髪・碧眼のその男は、以外にも流暢な英語で大げさな身振り手ぶりをつけながらアルフレート・ケンプファーと名乗った。
常に斜め上からものを言う姿勢は、歪んだ貴族意識の表れだろう。
大体、アインツベルンの支族って事からして胡散臭いのよ。
あの家に限って言えば、それって本筋から放逐されたって事じゃない。
ようするにプライドだけが高く、中身の伴わない連中の代名詞みたいな奴って事ね。
「わたしは、この冬木のセカンド・オーナ遠坂凛よ。そして、こちらがわたしの友人、セイバー」
鼻に付くその男の自己紹介を無視し、こちらも名乗りを上げる。
「……」
アルトリアも目礼だけを返している。
「しかし……日本人の感覚は理解できんな。木と土で出来た、こんな小さな家に住むなどと。おまけになんだ? 畜生を屋内で飼う習慣でもあるのかね?」
ノーブルオブリゲーションの何たるかすら解かってなさそうな奴に言われたくないわね。
「う〜〜〜……」
「シロゥ、こちらへ」
居間の片隅で威嚇の体勢を取りながら、低く唸り声を上げていたしろぅが、アルトリアの横に移動する。
「ん? その犬は……ふん、まあ良い。しかし、この紅茶だけは褒めてやろう。フォートナムメイスンのロイヤルブレンドか。下賎な東洋人にしては良い葉を使っている」
そう言ってこの馬鹿貴族は、士郎が淹れた"あの"ミルクティを満足げに口にした。
「「プッ」」
なんていうか、ここまでアレだと最早滑稽よね。
アルトリア、肩震わせて笑うなんて、あんたも結構ひどいわよ。
「ところでヘル・エミヤ、先ほども話した通り、私はアインツベルンの当主アハト翁の勅命にて来日したのだ。私の言葉はアインツベルンの意思と考えるようにな。その上で訪ねる、キリツグ・エミヤの遺品の中に、奴がアインツベルンより持出した
切嗣さんの遺品? アインツベルンから持出した
「切嗣が俺に残したものは、この家と若干の金銭、それに生前切嗣が身につけていた衣服が少しあるだけだ。あんたの言ってる
士郎も知らないって事か……
「それはおかしいな、確かに奴が持出した事は間違いがないのだが……しかしだ、こちらとしても、そう簡単に引き下がれぬ。なにせアハト翁直々のご命令だ。私も我が家名を掛けて動いているのでな」
「そちらの事情はわかった。だけど、無いものは無い。どんなものか教えてもらえればもう一度探しておく」
「ふむ……詳しく教えるわけにはいかんが、かなりの魔力を帯びたものだ。あれば直にそれとわかるだろう。よいかヘル・エミヤ。三日後また訪れよう。それまでに探し出しておくのだ」
ったく、この馬鹿貴族は……
「あんたも大概無茶を言うな。そもそも無い可能性が高いんだ。探しては見るが無いときは諦めてくれ」
「これだから東洋人は面の皮が厚いというのだ。他人の物を盗み無くなったから返せないなどと、話にもならん」
どんな時も、余裕を持って優雅たれ! 気を静めなさい、がんばれ、わたし!
「とにかく、探すだけは探してやる。それから、そっちの質問には答えてやったんだ、今度は俺の質問にも答えてもらうぞ」
士郎? あんたやけに無表情だと思ったら……もしかしてものすご〜く怒ってる?
相手が馬鹿貴族だから伝わってないかもだけど、ちょっと横から口を挟めないくらい怒ってるわよね?
「フン、東洋人が猿真似の等価交換か? まあよかろう、聞いてやるから言ってみるがいい」
「……ここ数日、この冬木の新都周辺で一般人から生命力を収奪した奴がいる。これは、あんたの仕業か?」
あちゃ、どストレートね士郎……でも、案外ああいう馬鹿貴族には良かったのかも。
「ふ〜む、私はやってはいないな。もっとも、下賎の平民が何人犠牲になろうと私の知るところではないが……」
ほんとにムカツク奴ね……でも、真っ黒に怪しいわ。
「……そうか、あんたはやって無いんだな。なら、話はこれで終りだ」
「よかろう、では三日後だ、ヘル・エミヤ」
そう言って馬鹿貴族は帰って行った。
「今のところ、これといって異常は無いわね」
時刻は、夜の十時半。
わたし達は夕食後、予定通りに新都を巡回することにした。
駅前周辺から繁華街の方向に掛けて歩いてみたが、特に何かが起こるわけでもなく、
わたしは、夜空に浮かび上がるセンタービルを見つめながら、現状確認をする。
「……凛、その格好で真剣な顔をされても、対処に困ります」
「そうだよなぁ……」
「うっ……」
そうなのだ、"わたし達"というのは、私と士郎、アルトリアはもちろんの事……
「わんわん♪」
何故か、しろぅまで居たりする。
「しょうがないでしょうが! 付いて来るって聞かないんだし! それにこの子連れてれば、散歩してるように見えるんだから都合もいいのよ!」
だからって、なんでわたしがこの子のリードを引いてるのかしら……まあ、いいけど。
「まあ、そうだけどさ……それより、これからどうするんだ? オフィス街の方もまわってみるか?」
「そうですね、先日の
アルフレート・ケンプファーと名乗ったあの馬鹿貴族の事を、わたしはミス・カミンスキーに問い合わせた。
こちらがアルフレートの風貌を話すと、案の定それはミス・カミンスキーが把握していたアインツベルンの者と一致したのだ。
ミス・カミンスキーはケンプファー家の内情を調べてみると言ってくれたが、あまり彼女に借りは作りたくない。
「ええ、そうね。あの馬鹿貴族が真っ黒なのは疑いようも無いんだし、どう見たってこのまま三日も待つような人間じゃないわよ。アレは」
そう言いながら、わたし達はその足取りをオフィス街へと向けていく。
そろそろ夜の十一時になろうかという頃だ。
繁華街側とちがって人通りも少なく、どこか寂しげな印象を与えてくる。
ほとんど新月に近い月の光は弱々しく、無機質な街並みを一層暗く感じさせる。
と、不意に
「っ! 士郎、アルトリア。
二人に伝えようとしたその時、急にしろぅがわたしを引っ張って走り出した。
「わんわんわんわん!!」
この子……まさか! あの魔力に気付いたって言うの?
だって、この方向は……
「ちょ、ちょっと! 止まりなさい、しろぅ!」
ちびっこいくせに、なんて力で引っ張るのよ!
「お、おい、凛……って、何やってんだ俺は! 追いかけるぞ、アルトリア!」
「はい、シロウ!」
二人もついて来てるわね。
なら、このまま走っても大丈夫か。
場所的には、ほんっと嫌な所なんだけど、人目につかないって事を考えると好都合よね。
さあ! 決着を付けてあげるわ、馬鹿貴族!!
「やっぱりここなのか……」
鋭い目で暗い木立の陰を見据えながら、士郎が呟くように言う。
「しかも、コレは……結界でしょうか? 凛?」
「ええ、中央公園一帯に人払いと防音の結界が張られているわ。待ち構えていたって事なんでしょうね……」
あの馬鹿貴族にしては、中々の結界よね、コレ。
アインツベルンの魔術師は伊達じゃないって事か。
「だけど、ここでこうしていても仕方ないしな……いくぞ、凛、アルトリア」
「待ってください、シロウ。私が先頭を進みます。貴方には殿を頼みたい」
「そうね、先頭はアルトリアのほうが適任だわ。対魔力と直感のスキルがあれば罠にも対処しやすいし」
「はい、そしてシロゥ。貴方は凛から離れてはいけませんよ。良いですね」
「わん!」
「よし、それじゃあ行こう!」
街灯も少なく、月の光もほとんど無い中央公園は闇に包まれていた。
その闇の中をわたし達は慎重に気配を探りながら進んでいく。
「止まって下さい、シロウ、凛。この先に、います……」
急にアルトリアが静止を求める警告を出す。
それと同時に、
「ふん、下賎な使い魔とは言え流石は英霊と言ったところか。だが、高貴なる者を待たせるとは、やはり東洋人は無礼だな」
馬鹿貴族の声がした。
「アルフレート・ケンプファー……もう一度聞くぞ。冬木の生命力収奪はお前の仕業か?」
わたしの前に出ながら士郎がアルフレートを問い詰める。
「だから言ったではないか、"私は"やってはいないとな。もっとも、私の使役する人形たちが何をしたのかまでは、預かり知らんがな」
馬鹿貴族が答えるのと同時に、白い人影がアルフレートの後ろから姿を現す。
130cm程しかない身長に長い銀髪、そして……血のように赤い瞳は……イリヤスフィールそのものだった。
ただその顔は、どこまでも無表情で暗く、冷たい狂気を纏ったものだけれど。
「なっ! ……そ、んな……どうして、イリヤ……」
士郎……
わたしは知っていた、こうなるかも知れないって事を……
わたしに背を向けて立つ士郎の表情は見えないけれど、その手が、肩が震えているのが解かる。
「くぅ〜ん……きゅぅ〜ん……」
あなたも辛いのよね、しろぅ……大好きだったんでしょ、イリヤスフィールの事が。
「はっ! 悪いがソレはイリヤスフィールでは無いぞ? この私が偉大なるケンプファーの魔術により作り出したモノだ。このようになぁ!!」
そう言ってアルフレートは、両手に嵌めた手袋をこちらに誇示しながらゆっくりと手のひらを顔の前で合わせる。
左手には銀の魔方陣、右手には赤の魔方陣が描かれたその手袋は、両肩の魔術刻印の輝きに呼応するかのように光を放つ。
「――
その光の中、アルフレートの詠唱とともにイリヤスフィールが……いや、違うのだろうあれは。
イリヤスフィールそっくりの人形が作り出されていく。
「何だ……コレは……」
「はっはっは、やはり偏狭の魔術師ごときでは理解できんか! 私は"
「なっ! そんな……そんなことをしたら分割された魂は、まともで居られるはずが無いじゃない!!」
くっ! イリヤスフィールのお墓を暴いたのはコイツって事ね。遺体を魂の降霊に使ったんだわ。
――ギリッ
「テメェ……」
奥歯を噛締める音とともに、士郎がアルフレートを睨みつける。
「なんだ? お気に召さなかったのか? 所詮は元からマガイモノだった魂だ。分割して狂おうが、さして問題もあるまい。ただこやつ等は燃費が悪くてイカンのだ。もしかすると生命力の収奪もこやつ等の仕業かもしれんなぁ」
アルフレートが嘯くなか、人形は作られ続けていく。
その数は既に五十を越えているだろうか。
ちょっとマズイわね……
「……イリヤ……」
「シロウ!! しっかりしなさいっ! あれは最早貴方の知るイリヤスフィールではない!! 闘いの場で敵から目を逸らすなどもってのほかです!」
俯き呟く士郎に、武装し、風王結界を構えたアルトリアが檄を飛ばす。
「クッ……すまん、アルトリア。――
そう言いながら、士郎は両手に干将・莫耶を投影した。
「……ええ、それしか、もう……」
そう言って、わたしは目を伏せた。
その瞬間……
数体の人形から、矢のように銀糸が伸びてきた。
「っ?! うっ!」
ッ! しまった!
士郎とアルトリアの斬撃をかいくぐった一本の銀糸が私の腕に絡まった瞬間、ごっそりと魔力を持っていかれた。
「凛っ! くそっ!」
士郎の干将が銀糸を切断したおかげで、魔力の収奪はわたしの残存魔力の半分程度で済んだのだけれど……これで一般人から生命力を奪っていたのね。
「大丈夫ですか?! 凛!」
((ごめんアルトリア、あなたの戦闘を支える魔力をかなり奪われてしまったわ))
パス経由でアルトリアにわたしの状態を伝える。
((っ! やむを得ません。出来る限り、消費を抑えてなんとかしてみせましょう!))
通常戦闘で十分もつだろうか? という魔力残量だ。
戸惑っている余裕はない!
「クックックッ、どうした? いきなり危機的状況ではないか? さあ、ヘル・エミヤ。キリツグの
アルフレートの合図と同時に、人形の左手が銀に光る剣へと作り変えられ、一斉に襲い掛かってきた。
「アルトリアは前衛を! 士郎はアルトリアのサポートを! わたしが後方支援を担当するわ!」
「はい!」
「おう!」
わたしの指示と同時に疾走したアルトリアは、無表情に襲い来る人形を一太刀で数体斬り壊していく。
その横で士郎は干将・莫耶を振るい、アルトリアの死角から襲ってくる人形の剣を防いでいく。
群がって襲い来る人形を二人は防波堤となり、その進撃を食い止めている。
だけど……あまりに物量が違いすぎる……士郎とアルトリアをすり抜けた人形がわたしへと迫ってくる。
「
浄化の力を持つトパーズを詠唱とともに投げつける。
その光とともに、数体の人形か銀の粉へと崩れていく。でも……
「ふん、さて何分持つかな? そら、また人形が増えたぞ? もっと頑張らねばミスリル銀の剣に切り裂かれてしまうぞ?」
くっ、確かにこれじゃきりが無いわね。
手持ちのトパーズも僅かだし、質もあまり良くない。
アルトリアも宝具は使えないし、風王結界の解放すら今の魔力だとギリギリかも。
何か手を考えないと、このままじゃ押し切られてしまう。
その一瞬の思考の隙。
「凛!!」
「え?」
士郎の声でとっさに後ろを振り向くと、一体の人形が避けようの無いタイミングでわたしへと剣を振り下ろしていた。
あ、ダメだ。……ごめんね、士郎、アルトリア。
そう思った瞬間……一筋の白い閃光がわたしの目の前を通り過ぎ、人形を弾き飛ばしていた。
「え? うそ、し、ろぅ……なの? まさか、
それは、低い唸り声をあげながら、わたしを護る様に身構える獣の姿をした、しろぅだった。
ライオン程もあるしなやかな体躯に、鋭い牙、鋭利な爪を持ち、子犬の時と変わらない真っ白な毛並み。
そして、その真っ赤な瞳から涙を流しながら、しろぅは聴く者の魂を凍らせるような哀しい遠吠えを放った。
「ちっ……やはりあの犬、アインツベルン製のホムンクルスであったか。ええい! 人形ども!! 何をしている、さっさと片付けんか!!」
アルフレートが業を煮やして命令するが、しろぅの遠吠えで、人形達は統制を乱し、攻撃を止めてしまっている。
「しろぅお前……すまん、お前のイリヤへの気持ちは、俺が背負うよ。だから今は俺の代わりに凛を護ってくれ」
「ガゥ!」
「アルトリア、一旦凛のところまで引いてくれ!」
「はい!」
そう言って、士郎とアルトリアが一足飛びにわたしの前に戻ってくる。
「凛、俺たちの前面に対物理障壁を張ってくれ! 十五秒だけでいい、耐え切ってくれないか?」
「わかったわ!」
「アルトリア、アルフレートを仕留めてくれないか。奴までの道は、俺が切り開く!」
「はい! 任せてください、シロウ!」
「士郎! 障壁オーケーよ! でも、あんまり持たないから!!」
「了解だ! よし、跳ぶぞ。アルトリア、剣の腹を借りる!」
「――
っ! あの剣は……
干将・莫耶を破棄し、左手に漆黒の洋弓を、右手に捩れた剣を投影した士郎は、アルトリアに向かって走り出す。
「はっはっは、愚かな東洋の魔術師よ、百体近い人形をそんな障壁で防ぎきれると思っているのか!!」
士郎がアルトリアの手前で踏み切り、彼女の剣の腹に片足を掛けると、
「はあぁぁ――っ!!」
アルトリアが上空に向かって士郎を跳ばした。
月の無い夜空、上空約五メートルから、弓に剣を番えた士郎の詠唱が降って来た。
――
こんなにも哀しい詠唱だったのね……アーチャー。
そして……
「お別れだ……イリヤ……」
囁く様な士郎の呟きを聞いた。
「――"
「はいっ!!」
士郎が真名を開放すると同時に、音が消え、目に映る色は爆光の白で塗りつぶされていった。
パチパチと残り火が爆ぜる音の中、ようやく"
士郎の放った一撃は、全ての人形を灰へと返し、その爆発と刹那の瞬間タイミングをずらして飛び込んだアルトリアは、無防備のアルフレートの両腕を切断し、その首を跳ね飛ばしていた。
後には、奇跡的に一体の人形が爆発を逃れ、倒れ伏しているだけだった。
もっとも、アルフレートの呪縛から解き放たれた今、あとは魂が霧散していくだけなのだが。
『お……兄ちゃ……あり……が……とぅ』
『イリヤ……』
『泣き虫……だね……シ……ロウは……』
『イリヤ!!』
消え行くイリヤスフィールを抱きしめる士郎のその頬に、彼女は最後の力でキスをした。
その情景は、まるで聖なる壁画を見ているようで……だけど、わたしはこんなにも残酷な奇跡を納得できず、信じてもいない神様って奴に背をむけた。
わたし達は、人払いの結界を張り直し、事件のあらましと事後処理のお願いを神父さまへと伝え、衛宮邸へと戻った。
そして……
深夜、一人縁側で空を見上げる士郎の隣にわたしは腰掛ける。
「なんだ? まだ起きてたのか?」
「ええ、しろぅの様子を見てたのよ」
「あ、どうなんだ? あいつは?」
「大丈夫みたいね。子犬の姿に戻ったとたん、眠りこけたわよ。今はアルトリアが付いてるわ」
「そっか、ちょっと心配だったんだ。今回アイツは辛かったと思うから」
あんたがソレを言いますか?
「で? あんたは大丈夫なの? 士郎」
「俺は、別に怪我もしてないし、投影の反動も大したことなかったからな」
怪我、してるじゃない……士郎の心が……
「……ばか……」
「ん〜、そうだな、やっぱり馬鹿だよなぁ」
「そうよ」
そう言ってわたし達は二人、春の夜風に吹かれながら、ただ空を見上げ続ける。
「ねえ、士郎」
「ん? なんだ?」
「今、何考えてるの?」
「……恒久的な世界平和について」
「殴るわよ? ベアで」
「ゴメンナサイ……う〜ん、ほんと言うとさ、あんまり何も考えてなかったというか、考えるべきことがあり過ぎて頭が回ってなかったというか……」
「プッ、士郎らしいわね」
「な、笑うことないじゃないか……」
「フフ、ごめん。でも、ちょっと安心したかな。ほんと言うとね、彼女のことで士郎が思い悩んでるんじゃないかと思ってたから」
「まあ、それも無いと言えば嘘になるけど……でも、まだ終わったわけじゃないし。俺に出来る事や、やらなくちゃいけない事があるんだから、俺は走り続けるぞ」
「……行くつもりなの? アインツベルンに?」
「ああ、このままだと俺の周りの人たちや、この冬木に住む人たちにまで迷惑がかかるからな。それを黙って見過ごすなんて出来ないさ」
「はぁ、そう言うだろうと思ってたわよ。まったく……でもね! 一人で何て行かせないわよ!! わたしもアルトリアも付いて行くんだから! 士郎が誰かのために戦うって言うなら、わたしはあんたを守る為に戦うわ!」
そう言うと、士郎はわたしへと振り向き、
「なあ、凛」
「どしたの?」
「お前を抱いていいか?」
「……ばか」
その夜、わたしはケダモノに寝かせてもらえなかった……
士郎のばかっ!!
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