Fate / in the world

005 「アインツベルンT」 前編


――ぺろぺろ

 あ、ダメよ……士郎……

――ぺろぺろぺろぺろ

 やだ、そんなとこ舐めないでってば……

――ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ

 指先ばっかりだなんて……もう、我慢できないんだから!

「あん、もう〜士郎、大好きよ!」

――ガバッ!

 朝からやたらと積極的な士郎をぎゅって抱きしめる。
 ん、やたらと小さいじゃない?

「きゃいん……」

 目が合ったソイツは……しろぅ(ケダモノ)だった。
 まぁ、アイツもある意味ケダモノだけど……





Fate / in the world
【アインツベルンT 前編】 -- 紅い魔女の物語 --





 不埒な朝の闖入者に物理的説教をくれた後、まだ稼動しきらない頭を振りながら朝の廊下を居間へと歩いていく。

「お、起きて来たな。おはよう、凛」

「おはようございます、凛。ああ、シロゥ、ちゃんと凛を起こして来てくれたのですね」

「くぅ〜ん」

 くそ、犯人はアルトリアか。

「お〜は〜よ〜う〜、し〜ろ〜う〜、ぎゅう〜にゅう〜」

 うぅ〜、全っ然頭まわんないわね……

「ん、淹れてやるから居間で座ってろって。昨夜は特に遅かったんだし、無理しなくていいぞ」

 な〜に言ってんのよ、アンタだって同じ時間まで教会にいたじゃない。
 でも、今は甘えちゃおっかな。

「うん」

「……はぁ、シロウは凛に甘い」

 うっさいわねぇ、こ、恋人なんだからいいじゃない!

「まぁそう言うなって。ほら凛、零さないように気をつけろよ」

――コクコクコクコク――ぷはぁ!

「あ〜、生き返ったわぁ」

 やっぱり朝はコレよねぇ。

「よし、じゃあ朝飯にしますか」

 今朝は士郎の和食。出汁巻きが美味しそうね。

「「「いただきます!」」」







「ねえ? フォートナムメイスンをこんなに不味く淹れるなんて、これは一種の才能かしら?」

「シロウ、このミルクティーは、飲みにくい……」

「……ゴメンナサイ」

 食後のお茶の第一声がコレ。
 どうして料理の腕が紅茶には生かされないのか、不思議よねぇ。
 ほら、アルトリアなんて睨みつけてるじゃない。
 あほ毛があんたの事、ロックオンしてるわよ……

「ま、それは今後とも衛宮くんが努力するという事で……それよりも、昨夜の事なんだけど……」

 一気に二人の顔が真剣なものへと変わる。
 昨夜、市営住宅一帯の生命力収奪事件に対する事後処理をわたしとディーロ神父で対処している時に、士郎とアルトリアが教会へと駆けつけてきた。
 正直なことを言えば、士郎の事が心配だったんだけど……以外にしっかりとした目で冷静な行動が出来ていた。
 小雪ちゃんが彼女の祖父母に引き取られて行った事をわたしに伝えた後、二人はわたしの指示に従って事実隠避の為に奔走してくれたのだ。

「あなた達が来る少し前に、ミス・カミンスキーと連絡を取ったのよ。その時点で彼女の方では何も事情を掴めていなかったそうよ。ただ、やり口から想像するとボルザークの可能性は薄いだろうって事だったわ。もしボルザークなら死徒がらみでしょうし、わたしも彼女の意見には賛成ね。引き続き裏の動きを彼女の方でも調べてくれるらしいわ」

 つまり、現段階で今回の事件はアインツベルンが関係している可能性が高いってことなのよねぇ……

「そうか……」

 平気そうな顔してるけど……辛いでしょうね、士郎にとっては……

「そう言えば凛。以前アインツベルンの城へ赴いたときに、貴女はイリヤスフィールの墓の前で何やら怪訝な顔をしていましたが……あれは何かあったのですか?」

「よく覚えてるわねぇ……う〜ん、何かって程じゃなかったんだけど……実はね、お墓の周りの土が異様に軟らかかったのがちょっと気になったのよ」

 そう、まるで誰かが掘り起こし、再度埋めた跡のような……

「くぅ〜ん」

 そっか、しろぅも心配なんだ。っていうか、あなたいつのまに膝の上にのってたのよ?

「まさか……墓をあばいた輩がいると言うのですか!」

「そこまでは判らないわ。でも、その可能性があるかもって……ちょっと士郎! あなた大丈夫?」

 しまった……士郎にはきつい話だった。

「ああ、俺は大丈夫だ。続けてくれ、凛」

 コイツは……

「こ、の……アンポンタン! 辛いなら辛いって言いなさい!! わたしにまで遠慮することは無いって言ったでしょうが!!」

「そうですよ、シロウ。例え貴方が一人で背負うべきものでも、私や凛がそれを支える事は出来る筈だ。全てを一人で成す必要などないのですから」

「……ああ、そう……だったよな。うん、ほんとの事言えば、ちょっと辛いな。でも、今やれることをやらないで、その為に誰かが犠牲になる方がもっと辛い。だから、大丈夫だ」

 筋金入りね、コイツは……

「はぁ……まったく……士郎ならそう言うわよねぇ」

「はい、シロウらしいと言えばシロウらしいのですが……」

「なんか、えらい言われようだけど……とにかく、この件はアインツベルンが関係している可能性が高いって考えるべきなんだな?」

「……ええ、そういう事よ。それで対策なんだけど、わたし達で新都を巡回するわ。こんな被害、これ以上出してたまるもんですか!」

 小さかった頃のあの子に似ていた小雪ちゃんの泣き顔を見るのは、正直勘弁して欲しかった。
 この気持ちが心の贅肉だって事は十分解かってるけど、これは譲れない!

「なるほど、聖杯戦争時のように、ということですね? 凛」

「そうよ、それと新都側の監視用使い魔(ウォッチャー)を増やしたから、何かあれば反応する可能性もあるわね」

 今は魔力的にちょっときついんだけど……そんな事も言ってられない。

「わかった、巡回は今夜からって事なのか?」

「ええ、早速今夜から実行するから、二人とも準備の方、お願いね」

「よし! 了解だ!」

「はい、任せてください」

 うん、これで次に犯人が動いたら何かしらの痕跡をつかめるかも知れない。
 遠坂の管理地でこれだけの事をやってくれた落とし前、キッチリふんだくってやるわよ!

――プルルルルル、プルルルルル

「士郎? 電話みたいよ?」

「ああ、俺が出るよ」

 そう言って士郎は居間を出て行った。

「じゃあ、その間に紅茶淹れ直しましょうか」

「是非お願いします、凛!」

 アルトリア……士郎の紅茶がよっぽど堪えたのね。
 まあ、最初から美味しい紅茶なんて淹れられないんだけどねぇ。
 こういうものは、知識と慣れが必要だし。
 でも、アーチャーの紅茶は美味しかったんだから、士郎だって上手くなる可能性は大よね。

「お〜い、凛、アルトリア。出かける準備をしてくれないかぁ? なんか雷画爺さんに呼ばれちまったんだ。二人を連れて来いってさ」

 と、居間に戻ってきた士郎が伝えてきた。

「雷画さんが? ってことは藤村先生の御宅にいくってこと?」

「おう、そういう事になるかな」

 ふ〜ん、まあ昨日お世話になってるし、アノ事をお願いするにもちょうどいいかな。

「わかったわ、昨日の御礼も言いたいし……じゃあ行きましょうか。アルトリア、紅茶はまた今度ね」

「むぅ、止むを得ませんね」

 そうしてわたし達は、冬木で最も古い任侠集団の御宅へと向かった。







「おう、よう来た士郎! お嬢さん達もまあ入りなさい」

 恰幅の良い、一見好々爺の面持ちのお爺さんが、豪快に笑いながらわたし達を日本間の部屋へと招きいれる。
 この人が藤村組の長で藤村先生のお爺様なんだ。
 目尻に笑い皺が目立つ人好きのしそうな人よねぇ。

「お邪魔するぞ、雷画爺さん」

「お邪魔します」

「失礼いたします」

 三人三様の挨拶をし、士郎を真ん中にしてわたしとアルトリアがその両側に正座する。
 士郎のお家も、和風のお屋敷だけど、こちらは更に大きいわね。
 流石は藤村組ってところかしら。

「うむ、急に呼びたててすまんかったな。ちと大河から士郎の噂を聞いてな。なんでもお前、そちらの美人二人を囲うそうじゃないか?」

――ブッ!!

「な、な、何いってんだ! 爺さん!! この二人はそんなんじゃなくてだな!」

 ぷっ、ここでも弄られてるのね、士郎ってば。

「わっはっはっは、冗談じゃよ士郎。さて、お嬢さん達、わしが藤村雷画じゃ。いつも大河が世話になっとるのぉ」

「いえ、そんな事は……今日はお招き下さいまして有難うございます。遠坂凛と申します。昨日は色々とお世話になりました」

「初めまして、ライガ。私はアルトリア・ペンドラゴン。今後とも宜しくお願いいたします」

「おう、まあ固い挨拶はこれくらいで良いじゃろ。今日はな、三人に聞きたいことがあってな。わざわざ足を運んでもらったんじゃ」

 なんて言うか、ほんとに豪快なお爺様ね。
 藤村先生の性格が頷けるっていうか……

「話って、俺たち三人にか?」

「おうよ、ところでな……今、この屋敷にはわしとお前たち三人しかおらん……」

「「!」」

「クッ!」

 まさに一瞬の出来事。
 雷画さんの言葉が終わる瞬間、今まで付けていた好々爺の仮面がするりと落ち、激動の中を生き抜いてきた任侠の長が、その鋭い殺気を士郎に放った。
 わたしがガンドを撃とうするのと、アルトリアが風王結界を現出させようとする刹那前に、士郎が両手でそれを止めていた。

「……爺さん、悪戯にしちゃ笑えないぞ……」

 わたしとアルトリアを嗜めながら、士郎は猛禽類が獲物を狙うがごとく鋭い目つきで雷画さんを睨みつける。

「ふむ……少し見ん間に、漢の目をするようになりおった」

 纏っていた殺気を霧散させながら、雷画さんはすでに好々爺の仮面をかぶり直していた。

「……訳を、説明してくれるんだよな? 爺さん」

 士郎も座りなおし、姿勢を正して雷画さんに問いかける。

「ふむ、わしは回りくどいのが苦手でな、率直に聞くぞ。士郎、お前は魔術を使うのか?」

「「「なっ?!」」」

 え〜っと……

「切嗣君と同じ、魔術師なのかと聞いとるんじゃ」

「「「……」」」

 ダメだ、理解力の許容量オーバーしちゃったみたい。

「……どうして雷画爺さんがソレを知ってるんだ?」

「ちょ、士郎!!」

「シロウ!!」

 こ、このアンポンタンッ!!

「わしか? わしは切嗣君から直接教えられたんじゃ。その時、ついでに魔術も見せてもろうたぞ?」

 ……お父様、お願いがあります。そちらに士郎のお父さんがいると思いますので、ぶっ飛ばしておいてください。

「……切嗣。はぁ……まあ、しょうがないか。爺さんの言うとおりだ。俺は魔術師だよ」

 ……それから、心配しないで下さいお父様。コイツはわたしがぶっ飛ばしますので。

「そうか、まあ聞くまでもなく判っとったんじゃが、一応お前の口から確認しようと思うての。それと遠坂の御当主、その物騒な気を収めてくれんか? おちおち話もできんからのぉ。もっとも名門遠坂の魔術師としては、こんな爺に秘密を知られては納得できんのもわかるがのぉ」

「ま、まさか……そんな……」

 なんでよ? なんでこの人が"遠坂"を知ってるのよ。

「そんなに驚かんでも良いぞ。遠坂のことも間桐のことも知っとるからのぉ」

「「は?」」

 あ〜、士郎とアルトリアの視線が痛いわ……

「わ、わたしがばらしたんじゃないわよ!! 大体このわたしが……って、そうか、あ〜うっかりしてたわ。そもそも藤村組は土着の任侠徒党がその始まりなんだから、繋がりがあってもおかしくなかったんだわ……」

「流石によう頭が切れよる。その通りじゃよ。わしら極道は社会の裏側を、おまえさんたち魔術師は世界の裏側を生きるものじゃ。お互いがお互いを利用しあうことなど、さして不思議でもなかったからのぉ」

 ……お父様、ちょ〜っと恨みますね。教えておくべき事はちゃんと教えておいてください!

「しかしじゃ、士郎の家に遠坂と間桐の娘が出入りしだした時は流石に肝を冷やしたぞ。切嗣君は両家を警戒しておったようじゃからのぉ」

「切嗣の警戒は、ある意味しょうがなかった事なんだ。で、それより爺さん。俺たちに話があるんだろ? まさかこれだけじゃないよな?」

 そうだった……でも、きっと……こっちの世界のことなんでしょうね。

「そうじゃな……この冬木はな、何十年に一度戦争が起こる。おまえさん達魔術師が起こす戦争がな。そして士郎、お前もつい最近、これに参加しておったな?」

「……ああ」

「そうか……まあ、それとなく観察しておったからの。そして先日の桂木小雪の件、あれもそっちの世界絡みのことじゃな?」

「ああ、そうだ」

「ふむ……わしが聞きたい事は一つじゃ、またこの冬木が戦場となるのか? そしてお前はまたそれに首をつっこむのか?」

「いや、爺さん。俺はすでに関わってるんだ。それとな、これ以上被害は出させない。俺はその為に動くんだからな」

「やはりそうか……切嗣君のお前に対する心配は当たってしもうたのぉ」

「……雷画さん、あなたは一体どこまで……」

 どこまでしっているのよ? この人は。

「どこまで知っているか? か。そうじゃな……恐らく、切嗣君の知っていた事は、ほとんど全部と思ってもらって良いぞ」

「キリツグの知っていたこと、全部……ですか」

 空気が凍る。アルトリアの視線が雷画さんを切りつけた。
 アレは視線の斬撃だ。
 "シロウの心を壊すような言葉。吐いた瞬間にその首を落とす"という紛れも無い威圧。
 その剣気は肌を切るカマイタチのように鋭い。

「……いや、わしも長年極道をやってきたが、これ程の剣気を当てられたのは初めてじゃよ。しかしじゃ、さっきからのお二人の態度で良く判った。お嬢さん方二人は、この士郎の味方になってくれる人間なのだとな」

「ああ、俺が最も信頼する家族であり、共に戦場を駆け抜けた無二の戦友だ」

 士郎の言葉と共に、アルトリアが剣気を納めた。

「そうか、それならわしの用件は済んだも同然じゃ。士郎、お前はもうよいぞ。先に家に戻っとれ。わしはこの美人お二人にもう少し話があるからのぉ」

「ん〜、まあ良いけどさ。爺さん、あんまり悪ふざけが過ぎると、アルトリアに叩っ斬られるぞ」

 あんたねぇ……まあ、あながち冗談と言えないところがアレよね。

「わかっとるわい、わしではこのお嬢さん方に勝てん事くらいはのぉ」

「じゃあ、俺は先に戻るけど。凛、アルトリア、こんな爺さんなんでさ、できれば大目にみてやって欲しい。」

「大丈夫よ。わたしも雷画さんとはご相談したいことがあるし。士郎は先に戻っててね」

「はい、シロウに心配を掛けるよな真似はいたしませんので、安心してください」

「そっか、それとさ……切嗣の事はごめん!!」

「……逃げたわね」

「……はい、逃げましたね」

 そう言って、士郎は一目散に衛宮邸へと戻っていった。

「さて、凛さん、アルトリアさん。先ほどからのこの爺の無礼、どうか許してやってください。士郎は人が良い、いやそんな次元ではないかもしれん。世の中にはな、ああいう人間を食い物にする輩もおる。あいつに近づく人間にわしが注意を払ってやる事が、切嗣君への弔いにもなると思っての事じゃ。勘弁してくれよ、お二方」

 真摯な……切に士郎の身を案じた老人が、その額を畳に付けながらの懇願だった。

「そんな……どうか頭を上げてください、雷画さん」

「そうです、ライガ。貴方がした事はシロウを思ってのこと。理由がわかれば遺恨など残すはずなどない」

「いや、そう言ってもらえると助かるのぉ」

 豪快に笑いながらも、しきりにわたし達に頭を下げるこの人も、士郎を親身になって心配する人なんだ。
 士郎……あんたの周りには、優しい人が沢山いるわよ。

「あの、雷画さん。実はわたしからもお願いといいますか、ご相談したいことがあります」

 わたしは、姿勢を正して雷画さんと正対する。

「おう、美人の頼み事だ。わしに出来ることなら、何でも引き受けよう」

「ありがとうございます。では、わたしとアルトリアの日本での後見人になっていただけ無いでしょうか?」

「そりゃあ、わしなんかで良ければいくらでも引き受けるが……良いのかい?」

「はい、わたしもアルトリアもまだ未成年ですが、現在法的な保護者がいない状態なので、出来れば雷画さんにお願いしたく思いまして」

「よしわかった! 書類なんかの面倒な手続きはこちらに任せておけば良い。すぐに手を打っておくからの」

「ありがとうございます、雷画さん」

「恩に着ます、ライガ」

「いや、これからもわしに出来ることがあれば何でも相談してくれぃ。そして、どうか。どうか、士郎の事を宜しく頼む」

 そう言って冬木の老獪は、再度わたし達に頭を下げた。

 藤村邸を出たわたしとアルトリアは、自然とお互いの顔を見合わせて笑い出した。
 だってねぇ、士郎と一緒にいてると、まったく退屈しないんだもの。
 まあ今日は、ほんとにびっくりさせられたけど……って、ああ、思い出したらまた怒りがこみ上げてきたわ。主にあのバカ魔術師親子に。
 さあ、戻ったらとりあえず士郎に説教よね。
 覚悟しておきなさい、衛宮くん?






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