Fate / in the world

004 「王の涙」 後編


「じゃあ、行ってくる。悪いな、留守任せちまって」

「いいのよ、私もミス・カミンスキーに連絡取らないといけないし。小雪ちゃん、お母さん見つかってよかったね。お姉ちゃん送っていけないけど、また遊びにきてね」

「はい、凛おねえちゃん。ありがと〜」

「では、凛。行ってまいります」

「ええ、士郎もアルトリアも気をつけてね」

 朝一番でライガより入った連絡は、小雪の母親とその住所が判ったというものだった。
 凛は、先日の魔術師(メイガス)と連絡をとる約束があるという事で、結局私とシロウが小雪を連れて、ライガに教わった住所まで連れて行く事となりました。
 後に私は、この判断を悔やむ事になるのですが……この時点では誰もまだ事態を把握できてはいなかったのです。





Fate / in the world
【王の涙 後編】 -- 蒼き王の理想郷 --





 結局小雪の家は、最初に小雪とであった公園の近くだったのですね。

「予想はしてたんだけど、やっぱりこの近くだったんだな」

 まあ、昨日の小雪の様子では、それを聞き出すのは無理だったのですから仕方ないでしょう。

「そうですね、しかしこの市営住宅というものは似た建物が多いのですね」

「ああ、同じデザインでたくさん建てるもんだから、慣れてないと迷っちまうよな」

 確かに、これでは小雪のような小さな子供は迷ってしまいますね。

「あ! アルトお姉ちゃん、へっぽこおにいちゃん、小雪のお家ね、あれだよ〜」

 近くまで来て見覚えがある場所を見つけたという事でしょうか。

「そうですか、小雪、よかったですね」

「うん! お母さんもう帰ってるかなぁ」

 嬉しさと、少しの不安を表情に出しながら歩く小雪に気を取られていたのか、シロウが怪訝な表情で立ち止まっているのに気が付かなかった。

「どうかしたのですか? シロウ?」

「……ああ、この住宅……というかこの辺り一帯が静か過ぎるんだ。こういう集合住宅ってのはさ、日中にはそれなりの喧騒があるのが普通だってのに、これは静か過ぎる……」

 確かに、言われてみればこの辺りだけ、人の声はおろか、そもそも生命力が感じられない。

「アルトリア、小雪ちゃんを頼む! 俺は先に中の様子を見てくるから!」

「あ! 待ってくださいシロウ! 一人では行っては――」

 ああ……貴方はどうしていつもいつも、一人で先に突っ込むのですか!

「アルトお姉ちゃん、へっぽこおにいちゃんどうしたの?」

 御覧なさい、小雪が不安がっているではないですか……

「大丈夫ですよ、小雪。おにいちゃんは一足先にお母さんに会いに行っただけですから。小雪は私と一緒にいきましょう」

「は〜い」

 しかし、嫌な予感がします……シロウ、どうか無茶をしないで下さい。
 小雪を抱き上げ、小走りに三階まで駆け上がると、一つの部屋の前でシロウを見つけた。

「へっぽこおにいちゃん、小雪のお家そこだよ」

「シロウ! 一体どうしたと……」

「気付かないか? アルトリア……僅かだけど、この甘い臭い」

 駆け寄った私に、シロウが小声で伝えてくる。
 僅かに、ほんの僅かに魔力の残滓が感じられますね。

「シロウ、これは……」

「ああ、結界か何かの残り香かもしれない。でも、小雪ちゃんの家、玄関が閉まったままで……」

――コトン

 ?! 今、部屋の中から物音が聞こえたような……

「シロウ! 今、中から物音が」

――ドンドンドンドン

「すみません、桂木さん! 小雪ちゃんをつれてきました! 開けてください! 桂木さん!!」

 シロウがドアを連打するがそれ以上の反応がない。
 小雪はその様子に、不安からか私へとしがみ付いている。

「くっ、アルトリア、小雪ちゃんを……」

 なるほど、了解です。
 シロウに無言で頷き、小雪を私の背後へ移動させる。

「――同調開始(トレースオン)

 鍵穴の解析ですか……

「よし、このタイプの鍵なら――投影開始(トレースオン)――クッ、直に霧散しちまいそうだが何とかなったな」

 鍵の投影までこなしたのですか? 貴方は……

――ガチャ

 投影した鍵を差し込んだシロウがドアを開ける。
 そこには――玄関に倒れ伏した小雪の母親がいた――

「お……かあ……さん?」

「っ! 桂木さん!!」

 これは! 生命力が空っぽではないですか……それに胸の辺りに小さな血痕が?!

「……こ……ゆき……そ……こに、いるの?」

 まだ息がある!

「シロウ!」

「くそ! 病院じゃダメだ! アルトリア、大至急凛を連れてきてくれっ! このままじゃ」

「わかりました!!」

「おかぁさん……あかぁさぁん……あぁぁぁん、おにいぢゃん……ひっく……おがあざんがぁ、おがあざんがぁ……うわあぁぁぁぁぁぁぁん」

 全速力で走り出した私の耳に、小雪の悲痛な慟哭が突き刺さった。







((凛! 聞こえますかっ! 凛!!))

 サーヴァントの持てる最大の速力で疾走しながら、パス経由で凛に呼びかける。

((アルトリア? どうしたのよ? 一体))

((緊急事態です! 今全速力でそちらに向かっています。小雪の母親が生命力を吸収されていて一刻を争います! どうか準備をっ!!))

((っ! わかったわ! 士郎は?))

((小雪に付き添っています、彼女を一人にはできません!))

((しょうがないか……とにかく急いで頂戴!))

((はい!))

 凛ならばこれで万全の準備をしてくれるでしょう。
 後は……シロウ、お願いです、くれぐれも早まった行動を起こさないで下さい。

 衛宮邸に到着と同時に凛を担ぎ上げ、勢いそのままに小雪の家まで取って返した私達は目指す部屋に向けて急いだ。

「凛! こちらです!」

「三階なら階段のほうが早いわね、急ぎましょうアルトリア!」

 そして……

――うおぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!

 私達が三階へとたどり着いた瞬間、シロウの雄叫びのような声が響いた。

「士郎!」

「シロウ!」

 そこには……既に事切れた母親に縋り付いて泣きじゃくる小雪と。
 膝を付き、床に拳を打ち付けて、無力に震える正義の味方の姿があった。

「「……」」

 言葉がでてこない。
 あんまりではないか、これは……
 彼はただ、小雪の悲しむ顔を見たくなかっただけだというのに、あんまりではないか……
 私は……ここを離れるべきではなかった……彼一人を残して離れるべきではなかったのだ……

「お、おがあさん?……小雪ここにいるよ? 帰ってきたんだよ? ねぇ、おかぁさぁん。こんなところで、おねんねしちゃダメなんでしょ? おか……おかぁぁさぁぁん……」

 クッ! 見て、いられません……

「アルトリア、小雪ちゃんと士郎をお願い……」

「わかりました……凛は、どうするのです?」

「ここの被害を隠避しないといけないの。教会に着任したディーロ神父と協力して事後処理に当たるわ。これは冬木の管理者としての責務よ」

「そうですか。では、私は士郎と小雪を連れて一度戻ります。凛も気をつけてください」

「ええ、士郎のこと……お願い、アルトリア」

「はい……」

 私は……シロウ……







 帰宅後、小雪は泣きつかれて眠りについた。
 士郎はライガに連絡を取り、小雪の母親の両親へと連絡を入れていた。
 連絡を受けた両親は、かなり驚いた様子だったらしいが、その後四時間ほどで小雪を迎えに来た。
 聞けば、小雪の父親は一ヶ月程前に亡くなったばかりだという事で……
 老夫婦に引き連れられた小雪は、去り際に、

『へっぽこおにいちゃん、小雪を、助けてくれてありがとぅ……』

 と、泣きながら……それでも精一杯の笑顔に見せようとしたのだろう泣き顔を残していった。
 凛は、ディーロ神父と協力して事後処理に奔走している。
 今夜は、教会に詰めきりになると先ほど連絡があった。
 結局、被害は二十世帯に上ったものの、死者は小雪の母親を含め三名だったらしい。
 何者かが、聖杯戦争時のライダーの結界に似た生命力を吸収する魔術を使用した可能性が高いとの事だった。
 今後の対策も含め、かなり忙しいのだろう。

 そして、シロウは……一人、土蔵に篭もったままだ……

 私は庭を横切り土蔵の入口へと立つ。
 月の無い暗い夜、土蔵の暗闇の中にシロウは立ち尽くしていた。

「貴方は……何をしているのです……」

 私へと振り返った、シロウの目が気に食わない。

「……」

「食事も取らず、誰とも話さず、何もしようとはしない……それが貴方の正義なのですか……」

 そんな目をしていてはいけないのです、シロウ。
 それは、心折れた敗者の目だ。

「……今は、一人にしてくれ……ないか……」

「却下だ、シロウ。今の貴方は現実から目をそむけ、己が理想から逃げているだけだ!」

「俺はっ!! ……俺は……」

「何です? 言いたい事があるのなら言えば良い。辛いというのですか? 自分が許せないとでもいうのですか? 笑わせないでいただきたい、シロウ。それは……それは小雪が去り際に残した、あの笑顔を侮辱するものだ!!」

 ……苦しいです、シロウ。

「……」

「問おう……貴方はキリツグに、アーチャーに、何を誓ったのだ? 理想を形にすると、決して後悔などしないと、お前の全てを凌駕してみせると言ったのではないのか! その誓いのスタートラインに立ちもしないで、貴方は理想に負けるのか!!」

 心が、切り裂かれるように痛むのです……お願いです、シロウ。どうか、私にこんな言葉を吐かせないで欲しい。

「……」

「たしかに、小雪の母親を救えなかったのは事実だ。だが、小雪を見つけ出し救ったのも事実だ。ならば、その救えた命を誇りに、次へと走り出すのが貴方の理想ではないのか!」

 ……シロウ……貴方が迷っていては、私は何を寄る辺に歩めばいいのですか。

「ごめん、俺はやっぱり馬鹿だな。アルトリアまで泣かせちまった」

「?!」

 え? わ、私は……泣いて、いたのですか……

「切嗣によく言われてたのにな、"女の子は泣かせちゃいけないよ"ってさ。だから、ほんとにごめん」

 え? な、な、何をしているのですか、貴方は!
 わ、私を抱きしめるなどと……

「それとな、ありがとうアルトリア。君に言われて気付いたよ。救えなかった命を忘れる事はできないけれど、救えた命も決して忘れちゃいけないよな」

「シロウ……」

「ああ、もう大丈夫だ、アルトリア。俺は次へ向かって走るからさ」

 こんな時に、なんて切ない笑顔をするのですか……貴方は……

「……はい……ですが……シロウ? これは……その、困る」

「う、うわぁぁ?! ご、ごめんアルトリア!」

「い、いえ。別に嫌というわけではなくてですね……そ、それよりもシロウ。貴方には成すべき事があるはずですよ」

「ああ、そうだな」

「凛は教会に居ます。いまだ事後対策に奔走しているはずですから」

「了解した。一緒に来てくれるか? アルトリア」

「無論です。私は貴方の剣ですよ。貴方が赴くならば何処へなりと付き従いましょう」

「よし! それじゃ行こうか! 凛ひとりに押し付けるわけにはいかないからな」

「はい!」

 辛いとは思いますが……シロウ。
 貴方は、こんな所で負けて良い人ではないのです。
 いえ、そんな事はこの私がさせません。
 王である私を涙させた罪、きっちりと払っていただきますので、お覚悟を!

 そして……そして、まだ見ぬ惨劇の犯人よ、よく覚えておくが良い。
 貴様は、我が主の心を傷つけた。
 この騎士王アルトリア・ペンドラゴンの主をだ!
 覚悟しておくが良い。
 シロウの無念、小雪の慟哭、犠牲になった人々の思いを、万倍にして返させて頂く!
 我が聖剣に誓おう、必ず貴様を討つと!






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