Fate / in the world

004 「王の涙」 前編


「お父様、お願いです。■を他所にやらないで!」

 小さな女の子が涙ながらに父親に懇願している。

――これは……夢? ですね。

「お姉ちゃん、さよなら……」

――姉妹ということでしょうか? 何かの理由で引き離されようとしているのですね。

「■、このリボンあげるから。わたしだと思って。ずっと忘れないで……」

「お姉ちゃん……」

「さよなら、■……わたしも、ずっと忘れないからね。いつまでも■はわたしの妹だって……」

――あのリボンは……





Fate / in the world
【王の涙 前編】 -- 蒼き王の理想郷 --





――ちゅんちゅん

「……朝ですね」

 どうも奇妙な夢を見たような気がするのですが……あれは凛の夢、ということでしょうか? 凛に妹はいないはずですが……
 所々不鮮明な、はっきりとしない夢でしたね。

――ちゅんちゅん

「む、そろそろ起きなければ鍛錬の時間に間に合いませんね」

 とは言うものの、昨夜の件を考えると今朝の鍛錬は中止としたほうが良いでしょう。
 キリツグの話を聞いたときのシロウの様子は尋常ではありませんでしたし。

――くるるるるるるるぅ

 くっ、これは……朝食を急いだほうが良いようです。
 心苦しいですが、シロウに起きて頂くとしましょう。
 決してお腹が減ったからというわけではなく、今朝の鍛錬は中止だと伝えねばなりませんからね。

 聖杯戦争後、私は自室を離れの一室、凛の隣の部屋へと移した。不本意ではあるのですが……
 まあ、二人に強引に言い切られてはやむを得ないというところでしょう。
 身支度を整え、自室からの長い廊下を進むと、ん? この香りは、ポタージュスープ。
 ということは……流石はシロウです、すでに朝食の準備に取り掛かっているのですね。

 ふむ、居間にはまだ凛の姿はありませんね。
 まあ、この時間にあったら逆に恐ろしいですが……

「おはようございます、シロ……ウゥゥゥゥ?!」

「あら、おはよう、アルトリア。って何固まってるのよ?」

 凛!! な、なぜ貴方が起きているのです!!

「……そうですか、凛。敵襲ですね?!」

「……失礼ね! わたしだってたまには早起きして朝食作る事くらいあるわよ」

「嘘ですね」

 寝言は寝て言えというのです。
 なるほど、さてはまだ寝ぼけているのですね、貴女は。

「いい加減怒るわよ……って、そうだアルトリア、しろぅのご飯お願いできる?」

「あ、はい、それは構わないのですが、ほんとに何があったのですか? 凛」

「ん、まあねぇ、今日くらいアイツを休ませてやってもいいかなぁ〜って思っただけよ」

 そういう事でしたか。
 貴女らしいですね、凛。

「では、わたしはシロゥのご飯とその後で散歩に行ってまいります」

「うん、よろしく〜♪」

 なにやら機嫌が良いですね。朝だというのに……
 まぁ、それはともかく……

「さあ、シロゥ。散歩にいくとしましょう」

「わんわん♪」

 急ぎますよ! 別にお腹が減ったからではないですがっ!







「ただいま、戻りました」

「ぜぃぜぃぜぃ……くぅ〜ん……」

 シロゥのご飯を済ませ、ほんの少し急いだ散歩から戻ると居間には朝食が並んでいた。
 これは素晴しい、今朝はサンドウィッチですか。

「おう、お帰り。それとおはよう、アルトリア」

「おはようございます、シロウ」

 ふむ、顔色も普段通りですね。
 まずは一安心というところでしょうか。

「ところでさアルトリア、なんでそいつはそんなにへばってるんだ? 今にも死にそうな顔してるんだけど……」

「む、シロゥ。騎士である貴方があれしきのことで情けない。鍛錬不足ですよ」

「きゃぅん……」

 たかが町内一周を十五分で周っただけではありませんか。

「……まあ、いいけどな、ってそれよりごめんなアルトリア。今朝は寝過ごしちまって、鍛錬さぼっちまった」

 なるほど、やはり精神的なショックは大きかったのでしょう。
 って何故赤くなっているのですか、シロウ?

「いえ、私も今朝は鍛錬を中止しようかと思っていましたので、ちょうど良かった」

「そ、そっか。それじゃあ、朝飯にしよう」

「はい」

 見事な色合いで作られたサンドウィッチが食卓の中央に並んでいる。
 そして、食欲をそそる香りのコーンポタージュスープ。
 深い香りと見事な紅をかもし出しているレモンティー。
 ああ、凛。私は朝の貴方を見誤っていたのでしょうか?

「じゃあ、いただきます」

「「いただきます」」

「うん、美味いな、これってたしか自家製のソースだったよな? 凛」

「っ! そ、そうよ。粒マスタードが決め手なの」

 凛まで慌てふためいて……いったい二人はどうしたんですか?
 それはそうと、今なにか違和感があったような……いえ、今は食事に集中するべき時間です。
 些事に気をとられては大切な朝の活力源摂取に障ります。

「おはよ〜〜〜! 士郎〜〜、今朝はどんなごはんかなぁ?!」

「おはよ、藤ねぇ。今朝は凛が作ってくれたサンドウィッチだ」

「おはようございます、タイガ」

「おはようございます、藤村先生」

「あ、おっはよぉ〜、遠坂さんもセイバーちゃんも。って、うわぁ、美味しそうだねぇ」

「ええ、お口に合えば良いのですけど」

「……もぐもぐ、うん!! これ美味しいよ、遠坂さん。100点をあげちゃいましょう!」

「気に入ってもらえて、良かったです」

 やはりタイガは元気が良いですね。
 彼女の人柄は、この家になくてはならいものなのでしょう。

「ちゃんと座って食えよな……ところで藤ねぇ、今日は仕事は?」

「ん? 今日は午後からクラス編成会議だけど、どうかしたの? 士郎」

「ああ、朝飯食い終わったら、ちょっと話があるんだ、少しだけ時間いいかな?」

「いいよ〜」

 しかし、何でしょうか? 先ほどから感じるこの違和感は。
 まるで魚の骨がのどにささったような……
 ああ、タイガ。それは私が狙っていた最後のチキンサンドです!!







 ふむ、やはり食後のお茶は人生にゆとりを与えますね。
 もっとも私の場合、現状を"人生"と言うべきかは迷うところですが……
 しかし……この面子で、こうも真剣な雰囲気というのは初めてのことでは無いでしょうか。

「あ〜、藤ねぇ。話は二つあるんだ。まず一つ目。セイバーはもう家族も同然だろ。だからほんとの名前で呼んで欲しいんだ」

 なるほど、そういう事ですか。
 ならば……

「タイガ、私の名はアルトリアです。出来ればこれからはアルトリアと呼んで欲しい」

「そっかぁ、うん、わかった。アルトリアちゃんね。これからもよろしくね、アルトリアちゃん!」

「はい、わたしこそ宜しくお願いします。タイガ」

 なんの疑問も無く"ほんとの名前"というところをスルーできるのがタイガの素晴しさでしょうか。

「よし、で、次の話なんだが……」

 はて? シロウと凛が妙に緊張しているように見えますが?

「俺は遠坂……凛と付き合ってる。で、これからもずっと、凛もアルトリアも家で暮らしていくことになった。それと、俺は卒業したら二人と一緒にイギリスへ留学する。以上だ!」

 言い切りましたね、シロウ……
 しかし、そういうことでしたか。
 朝からの違和感の正体は、シロウの凛に対する呼び方だったのですね。
 まぁ、何を今更というところですが……
 あ、タイガが固まってしまいましたね。
 まあ彼女のことです。直に復活するでしょうが。

「……士郎……」

「なんだ? 藤ねぇ。言っとくけど、もう決めたからな。文句はいくらでも聞いてやるが、変更はしないぞ」

 ヤ○ザ理論です、シロウ。
 まあ、その筋の娘相手に言ってしまうところが貴方らしいのですが。
 それよりも、これはいささか危険ですね。私の直感が警鐘を鳴らし続けています。
 そろそろ、お茶を持って非難したほうが良いということでしょうか。

「そんなの、お姉ちゃんは、許しませ〜〜〜ん!!」

 やはり、こうなりましたか。
 非難しておいて正解でした。
 む! 流石は凛、貴方も非難していたのですね。

「うわぁ! テーブルひっくり返すんじゃねぇ!! この馬鹿虎っ!!」

「私を虎と呼ぶな〜〜っ!!」

 シロゥ、貴方は初めてでしたね。
 いえ、気にすることはこれっぽっちもありませんよ。
 これは、貴方の主のレクリエーションですので。
 まあ、三十分程もすれば落ち着くでしょうから……







「……とにかく、士郎が遠坂さんとお付き合いしてるって事はわかったけど、一緒に住むってのはお姉ちゃん、ちょーーっと感心できないかなぁ……」

 ようやくレクリエーションが一段落した後、再度話し合いとなったのですが。

「そうは言ってもさ、アルトリアだって一緒に住むわけだし、藤ねぇもしょっちゅう来るだろ。それにさ、もうすぐしたら桜だってまた来るんだし、問題なんてないぞ」

 問題だらけのような気がしますよ、シロウ。

「う〜ん、教師としては完全にアウトなんだけど……お姉ちゃんとしては士郎の気持ちも解かるのよねぇ……って、そうよ士郎! 桜ちゃんにはこの事言っちゃったの?」

 あ、そう言えば言っていないはずですね……

「いや、まだだけど、もちろん桜にもちゃんと話すつもりだぞ」

「う〜ん……そっかぁ……桜ちゃん、泣いちゃうかもねぇ……」

 泣くだけで済めば、僥倖ですね。

「……なんで桜が泣くんだ? そりゃ留学すれば寂しくはなるだろうけどさ」

「「「……」」」

 貴方はバカですか? バカですね? シロウ……

「何さ……何でみんなそんな目で見るのさ?」

「はぁ、……まあ士郎がおバカさんだってのはおいといて……ねぇ、遠坂さん」

「はい」

「士郎との事や留学の事、一度二人で話し合いたいの。今度、時間作ってもらってもいいかなぁ?」

「はい、もちろんです藤村先生」

「そっかぁ、じゃあとりあえず私は仕事にいってくるねぇ。同居の事はまあしょうがないとして、学校にはバレないようにする事! いいわね士郎?」

「ああ、わかってるよ。それと、サンキュウな藤ねぇ」

「ん。じゃあ、いってきまーーーす」

 タイガ、やはり貴女は気持ちの良い人だ。

「士郎? その、良かったの? 藤村先生に言っちゃって?」

「何言ってんだ、隠す事でもないし、むしろちゃんと言うべき事だぞ。家族なんだからな」

「……そっか、家族なら当然なんだ」

 凛、良かったですね。
 貴方の幸せそうな笑顔は、ほんとに綺麗だと思いますよ。

「あ、だったら士郎、今日はアルトリアと二人で新都へ行きなさい。家族の身の回りの物を買い揃えるのも家長の勤めよ」

「む? 凛は行かないのですか?」

「私は今日手が離せない用事があるのよ。それにアルトリアだけだと困るでしょうし、だから、ね」

 なるほど、昨夜の件で時計塔と連絡をつけようという事ですね。

「よし、じゃあアルトリア、出かける用意しようか。玄関で集合な」

「はい、シロウ」

 そう言って、居間を出て行くシロウを見送り、

「凛、良かったですね。シロウに名前を呼んでもらえて」

「うん、ありがとうアルトリア……でもねぇ、笑顔が引きつってるわよ、あなた……」

「は?」

 言われてみれば、たしかに口の端の筋肉がひくひくと……むぅ、これは一体?

「ま、自分で自分の気持ちがわかって無いんでしょうけど……それより、士郎の事、お願いね。それと、ハイこれ、買い物リストをメモしといたから」

「はい、任せてください、凛。それでは行ってきます」

 昨夜の魔術師(メイガス)からの警告もある。
 ここは気を引き締め直さねばいけないのだろう。

 ですが、……シロウと二人でお出かけですか……
 少し……その、気恥ずかしいです。






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