Fate / in the world

003 「衛宮」 後編


――ピンポーン

 夕食後間もなく来客を知らせるチャイムが鳴る。
 午前中に遠坂が言ってた聖杯戦争の調査団だろうか?
 俺と遠坂、アルトリアは三人揃って玄関へと向かい、お互いに顔を見合わせ無言で頷く。

 はたして、玄関を開けるとそこには銀髪・碧眼の女性が立っていた。

「失礼。こちらにミス・トオサカが居ると伺ったのだが?」

 ややハスキーがかった声でそう尋ねてきた女性は――あれ?

「あの〜、カミンスキー先生ですよね?」

「ああ。夜分に失礼するぞ、ミスター・エミヤ」

 シックなブラックのスーツに身を包み、ロングストレートの銀髪を後ろで束ねた端正な顔立ち。
 その美貌とは裏腹に、性格的には打て打てな気がしないでもないんだけど。
 最近何度か会ったことのあるその女性は、穂群原学園臨時教師アンナ・カミンスキー先生だった。

 なんでさ……





Fate / in the world
【衛宮 後編】 -- 最強の魔術使いの継承者 --





「「「「……」」」」

 ああ、空気が重い。

 現在、衛宮家の居間には四人の人間と一匹の犬がいる。
 テーブルのこちら側に、俺、遠坂、アルトリアとその膝の上に白い奴。
 で、あちら側にミス・アンナ・カミンスキー。
 そう、実はこの人、協会から派遣された調査団の責任者だった。

 って言うか遠坂、お前気付かなかったのか? たしか担任だったよな?

「何よ……」

 何よってお前……そりゃ俺もアルトリアも呆れるだろ? 思いっきり魔術師じゃないか、この人。

「いや、わざと気付いてない振りしてたんだろ? ミス・五大元素」

「……」

「シロウ、これほどの魔術師を我がマスターが気付かないわけがない。そうですね? ミス・アベレージワン」

「う〜……う〜……う〜」

「う〜う〜、うるさいぞ? ミス・五大元素」

「だぁ――――っ! 五大元素言うなっ!! だってしょうがないじゃない! 学校じゃ全然魔力感じなかったんだから!!」

 涙目で俺を睨むんじゃない、可愛いんだから……

「あ〜、仲が良いのだな、君達は。それと学園では魔力殺しの礼装を使用しているのでな。ミス・トオサカが気付かないのも無理はない」

 なるほど、そういう事か。
 しっかし……この人男物のスーツ着て"あれ"はすごいな……
 "あれ"は、桜以上の破壊力だぞ。
 なんて言うか、視線が"そこ"に誘導されるような……
 やっぱり外人さんは食べ物が違うからかな? ん? でもそうなると……
 ちらりと、俺の斜め後ろに座っているアルトリアの"その部分"を見やる。

「……シロウ。気のせいでしょうか? なにやら謂れなき侮蔑を受けたような……」

「そ、そんな事はないぞ! 俺はただ、雑な食事と体の発育について考察していただけで」

「ほほぅ……それは喧嘩を売っている、と考えてもよろしいのでしょうか?」

 あ、まずい……鎧化しちゃうかも……

「ゴメンナサイ」

「……まあ良いでしょう。この件は後程きっちり話し合うとして……」

 うっ、見逃してくれたわけじゃないんですね? アルトリアさん。
 すっと表情を引き締めたアルトリアは、カミンスキー先生を見据える。

「で、貴女が凛が言っていた"トシマオンナ"さんですか?」

「「「……」」」

 ああ、空気が重い。

「……どういうつもりか知らないが、喧嘩なら買わせていただくぞ? 三人まとめて」

 ああ、笑顔が歪んでますよ? せっかく色っぽいハスキーボイスが台無しです、カミンスキー先生。

「ふっ、よく言った魔術師(メイガス)、この私が切り伏せて……」

「だぁ――――っ! もう!! セイバーもいい加減にしなさいっ!!」

 あかいあくま仁王立ち。
 でも、打ち合わせどおり"セイバー"って呼んでるところを見ると冷静ではあるんだな。

「これじゃ、話にもならないわよ! で、話を最初に戻すけど、ミス・カミンスキー用件を聞かせてもらえないかしら?」

 最初に戻すもなにも、始まってすらいなかったような気が……まあ、これは言うまい。

「そうだな、ミス・トオサカ。まず最初にお伝えしておく。貴女の提出された聖杯戦争のレポートは、協会にて正式に受理された」

「え? それじゃあ……」

「そうだ、レポートの内容に関しては問題無しと判断された、という事だな」

 そうだったのか。
 でも、それじゃ何で協会は調査団を派遣してきたんだ?

「つまり私を派遣したのは協会の正式な機関ではなく、協会幹部の中の一部の人間だということだ。そして、これからの話は聖杯戦争のマスターとしてではなく、冬木のセカンドオーナーであり、由緒ある遠坂家現当主としてお聞き頂きたい。宜しいか? ミス・トオサカ」

「……」

 無言のまま頷き話の続きを促す遠坂は、硬い表情のままカミンスキー先生を見据えている。

「では、単刀直入に問わせて頂こう。トオサカはエミヤを眷属として迎え入れたと考えて宜しいか?」

「「は?」」

 なんでここで俺の名前がでてくるんだ? それに眷属ってなにさ?
 はてなマークを頭に浮かべた俺をスルーして、カミンスキー先生の問いかけは続く。

「貴女の提出したレポートには、そこのミスター・エミヤが貴女の弟子であると記載されていた。つまり冬木のセカンドオーナーであるトオサカが、"あの"エミヤを懐刀として取り込み、ロンドンの協会に対してそれを誇示しているのか? と、問うているのだが」

 完全に表情を消したカミンスキー先生の顔は、まぎれもなく冷徹な魔術師のそれだった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 言ってる事が良く解からないんだが、"あの"衛宮ってのはどういう意味なんだ? それに誇示って、一体どういう事なんだ?」

 解からないことだらけだが、話がどうやら俺の事を中心に行われている以上、黙っていられない。

「私は今ミス・トオサカと話しているのだ、ミスター・エミヤ。しかし……その様子では、少なくとも貴方にその意思は無いようだな」

 ニヤリと口元を歪ませ、俺を見据えてくる。

「っ! 士郎は黙ってて。ミス・カミンスキー、お話は良く解かりました。その上で誤解を解いておきたいと思います」

 うっ、"余計なことを言うな"という目で睨まれてしまった。
 すまん、遠坂。

「まず弟子の無作法をお詫びします。それで、彼の事ですが確かに衛宮士郎はわたしの弟子です。ですが衛宮を眷属にした覚えはありませんし、彼自身まだ半人前の魔術師です。誇示云々以前の問題です」

 対する遠坂も表情を消した一流の魔術師として応対している。
 でも、そうだよなぁ、遠坂からは眷属だの何だのっていう話は聞いてないし。
 それに俺が半人前だってのも事実なんだから、それを協会に誇示するなんて意味ないじゃないか?

「……本気で、……ミス・トオサカ。それは本気で言っているのか?」

 幾分、驚きの声で問い直すカミンスキー先生。
 一体、何が問題なんだ?

「? え、ええ、もちろん本気です」

「そうか……では、問い方を変えよう。ミス・トオサカ、貴女はエミヤの事をご存知ないのか?」

「衛宮のこと?」

 怪訝な顔つきで聞き返す遠坂にカミンスキー先生は先を続けていく。

「ああ、エミヤの五代目当主ノリカタ・エミヤが封印指定魔術師であること、そして六代目当主キリツグ・エミヤが固有時制御を操り、世界中の魔術師から"魔術師殺し"として恐れられた"最強の魔術使い"であることを、ご存知無くあのレポートを提出されたのか?」

「「……」」

 頭の中が真っ白で上手く働かない。
 この人は今、なんて言ったんだ?
 切嗣が世界中の魔術師から恐れられた"魔術師殺し"と、言わなかったか?
 あの切嗣が? あり得ないぞ……
 だって切嗣は俺の憧れそのもので"正義の味方"だったんだから……
 くそ、ダメだ、ほんとに頭が上手く働かない。

「……シロウ、凛。どうか落ち着いてください」

 後ろから、アルトリアの嗜める声が聞こえてくる。
 ……そうだな、今俺が切嗣のことで考え込んでもしかたがない。

「あ、ああ、大丈夫だ」

「ええ、大丈夫よセイバー。でも、そうね。これはわたしのミスだわ。衛宮の事を調べもしないで、士郎の名前を報告書に載せてしまった私のミス」

 唇を噛締め、白く細い指を握り締めながら悔しそうに呟く遠坂。
 いや遠坂、お前は悪くない。
 俺が、ちゃんと切嗣に聞いていれば……

「ミス・カミンスキー、あなたに等価交換を申し込みます。わたしのレポートによる影響を詳しく教えて欲しいの。代償として聖杯戦争の詳しい情報を差し出すわ」

「?!と、遠坂!」

 お前、それは……

「ミス・トオサカ、その申し込み自体が私の質問に対する何よりの答えだ。それと、等価交換の申し込みについてだが、その代償は私にとって意味が無い。その代わり、この後ミスター・エミヤと話をさせてもらえれば、それを代償としてもらってかまわないのだが?」

「士郎と話ですって?」

 全員の視線がこちらに投げかけられるが、俺としてもこの人とは話をしたい。

「遠坂、俺もカミンスキー先生と話してみたい」

「ミス・カミンスキー、それじゃあ、わたしとセイバーも同席するということでその条件を飲みます」

「ふむ、まあ妥当な線だろう。それで了承しよう、ミス・トオサカ」

「じゃあ、ちょっとお茶を淹れ直してくるよ。少し休憩にしないか」

 そういって俺は、皆の湯飲みを下げ、台所へと向かった。
 未だ、晴れない胸のうちを抱えたままで……







 十分ほどの休憩を挟み、その間に俺が用意した紅茶を皆の前に置く。

「「「……」」」

 と同時に、三人から冷たい視線が飛んできた。
 う……また失敗したか。紅茶って、奥が深いな。

「さて、まずは私の立場から説明させてもらおう。私は今回の調査責任者ではあるが、協会には属していない。所謂フリーの魔術傭兵団に属している魔術師だ。もっとも、その仕事のほとんどが協会からの依頼ではあるがな。まあ、そういう立場上、依頼主の思惑など私個人としてはどうでもよい。それよりも、今回の仕事においては、私個人として優先したいことがある」

「つまり、それが士郎との話の内容ってことね?」

「ああ、察しが良くて助かる。私自身、少なからずエミヤとは縁のある人間なのでね」

「え?」

 どういうことだ? 切嗣の知合いなのか?

「その話をする前にミス・トオサカの懸念を払拭するとしよう。あのレポートは今のところ時計塔内部でも幹部の連中にしか閲覧を許可されていない。ただし、"魔術師殺し"の恐怖を忘れられない人物がその中にいるというのも事実ではある。よって、その人物の派閥から情報がもれる可能性は存在するし、"魔術師殺し"の後継者を抹殺しようと考える輩も出てくるだろうがな」

 俺が"魔術師殺し"の後継者だっていうのか……

「つまり、現段階ではまだ時計塔の一派閥が士郎の調査をしているということかしら?」

「ああ、そういうことだ。で、ミス・トオサカ、貴方は時計塔にコネを持っているか?」

「ええ、わたしの時計塔での後見は、ロード・エルメロイU世です」

「なるほど、案外と良いコネをもってるのだな。ならばミス・トオサカ、大至急ロード・エルメロイU世に連絡を取ることをお勧めする。彼ならば、善処してくれるだろう」

「?! え、その、ありがとう、ミス・カミンスキー。早速そうさせてもらうわ」

 つまり、遠坂のコネを使って、時計塔内部からの支援を頼むってわけか。
 カミンスキー先生のアドバイスに戸惑いながらも、遠坂は既に次善策を思考しだした。
 なら、とりあえずこの件は任せて大丈夫だろう。

「よろしい。今、私が提供できる情報はこれくらいだ。まあ私も微力ながら力を貸そう。あまり期待をしてもらっては困るが」

 そう言って、俺を見ながら軽く微笑むカミンスキー先生に俺は、

「ありがとう、カミンスキー先生」

「ミス・カミンスキー、遠坂として礼を言います。宜しくお願いします」

「これは等価交換だ。礼など必要ない」

「それでもだ、お礼は言っておきたい。ありがとう」

 俺たちのために動いてくれるというこの人に、せめて気持ちだけは表したい。

「ふむ……ミスター・エミヤ。君は変わっていると言われないか?」

「う……良く言われます……」

「ぷっ……」

「くくっ……」

 お前ら……くそ、目をそらして笑う事は無いじゃないか!

「まあ、それは良い。さて、そろそろ私の本題に入らせてもらうとしよう。ミスター・エミヤ、貴方の父親はキリツグ・エミヤで間違いないな?」

「はい、俺は養子だけど、たしかに衛宮切嗣は俺の父親です」

「そうか……恐らく、これから貴方に話す事は、貴方にとって辛いことだと思う。それを、了承しておいてもらいたい」

「……」

 無言で頷き、真っ直ぐにカミンスキー先生を見つめる。
 居間の雰囲気が重く張り詰めたものへと変わっていくなか、カミンスキー先生が話し始めた。

「貴方の父親であるキリツグは、若い頃私の姉であるナタリア・カミンスキーと行動を共にしていた。なぜそうなったかの経緯までは知らないが、姉は封印指定執行者だったのだ。恐らくその出会いは幸福なものではなかったのだろう。それでも姉はキリツグの母代わり兼師匠となり、それからの数年間世界各地で共に仕事をこなしていった。またその間に、数回ではあるが、私もキリツグに会ったことがある。彼には、その、良く可愛がってもらったものだ。」

 この人とそのお姉さんが切嗣と……っていうか、なんで赤くなってんだ? カミンスキー先生は。

「コホン、だが仕事から戻る度に姉から聞かされたキリツグの話、"正義の味方"になるという彼の夢は、あまりに哀しすぎるものだった。九を救う為に彼は自分の心を殺して一を切り捨てていったのだからな。感情を殺し、まるで機械のように世界の天秤の量り手足らんとする彼の姿を、私は……見ていられなかった」

 それはあの夜、切嗣が自ら言った"正義の味方"のあり方で……

「そして姉とキリツグの最後の仕事、封印指定魔術師オッド・ボルザーク捕縛において、ある事故が起こった。姉はボルザークが乗り込んだ旅客機のなかで奴を殺したのだが、その際に奴の使い魔が解放されてしまったらしい。その使い魔のために旅客機の乗客三百人が死徒化してしまった。姉はその事態を地上で待機していたキリツグに連絡し、そしてキリツグが旅客機を姉と乗客ごと爆破した」

「そ、そん……な……」

 信じられない、あの切嗣が……

「馬鹿な事、とでも言うのか? 貴方は。だがもしもキリツグがそうしなければ、エアポートに着いた旅客機から三百人の死徒が溢れ出し、被害は計り知れないものになっていただろうな」

「だけど!! そのためにあなたのお姉さんだって」

「聞きなさい、ミスター・エミヤ! 彼は九を救うために一を切り捨てただけ。たまたま天秤の片側に姉が入っただけのことだ。私は、それほどまでに彼が、鉄の心で"正義の味方"を貫いたという事実を貴方に伝えているだけで、貴方がどう思うかは別の問題だ」

「……」

 切嗣の、そしてアーチャーの歩んだ"正義の味方"のあり方が現実的だということは俺も理解はしている。
 だけど、どうしても感情がそれを納得しない。

「……とりあえず先を続けさせてもらおう。それからもキリツグは各地で道を外した魔術師たちを殺して回った。恐らくその度に彼の理想と現実の乖離が進んで行ったのだろう。そして彼は、一つの希望に縋る事になる。それが第四次聖杯戦争だ。彼はアインツベルンにその戦闘能力を買われ、婿として迎え入れられ、アインツベルンのマスターとして参加した。だが彼は最後の希望であったはずの聖杯を、その戦争の最終局面で自ら破壊している。」

「待て! ちょっと待ってくれ……たのむ、少しでいい、気持ちと頭を整理する時間をくれないか?」

 だって、もしこの話が本当だとすると……

「士郎……」

「ふむ、顔色も良くない。少し休憩を取るのも良いな。私は席を外そう、庭に出るので、何かあれば声を掛けるように」

「ああ……すまない」

 そう言ってカミンスキー先生は庭へと歩いていった。
 今は、その気遣いがありがたい。
 そして俺は、さっきから俯いたままのアルトリアへと向き直る。

「……アルトリア、教えてくれないか? お前の前回のマスターは……」

 俯いたままのアルトリアの肩がビクッと振るえた。

「……はい……キリツグでした……シロウ、どうか許して欲しい。今まで貴方に言えなかった事を……」

 俯き声を震わせながら、アルトリアは呟く。

「いや、アルトリアが謝ることなんて何もないだろ。それよりも、ありがとな、アルトリア。切嗣を守ってくれて」

「……シロウ、貴方は……」

 そうだ、たとえアルトリアが切嗣のサーヴァントだったとしても、問題はそこには無い。
 問題は……第五次、俺が未熟だったために、あの少女は……

「衛宮君……あなた、……いえ、何でもないわ……お茶、淹れ直してくるわね」

「ああ……」

 そうか、遠坂も気がついたんだろうな。
 もしかすると、あの少女が俺の妹だったんじゃないかという事に。







 十五分ほどの休憩の後、カミンスキー先生が居間に戻ってきたのをきっかけに話は再開された。

「ミスター・エミヤ、私は貴方に問いたい。貴方は彼の息子として何を目指すのか?」

 真摯な目を真っ直ぐに俺に向け、問いかけるカミンスキー先生に俺は、

「俺は、切嗣と約束したんだ。全てを救う"正義の味方"に必ずなってみせるって」

――たとえそれが借り物の理想だとしても。

「……それが不可能な事は貴方も気付いているはずだ。貴方もキリツグと同じように現実との摩擦に苦しみ後悔し続けることになる」

「いや、後悔なんてしないさ。切嗣は俺の理想で目標だけど、俺には俺の道がある」

――たとえ今はまだ遠く届かない理想だとしても。

「キリツグも理想は持ち続けていた。それでも貴方は……」

「ああ、それでもだ。それでもその理想が綺麗で、間違いなんかじゃないって事は事実だから。俺は理想を目指して行くさ」

――切嗣にもアーチャーにも誓った。

――切嗣の、アーチャーの生き方が理想に届かないっていうのなら、俺はその悉くを凌駕してやる。

「……そうだな、たしかに間違ってはいない。その理想はな……だが、それを追いかけ続けることは別問題だ。ミスター・エミヤ、貴方はまだその試練を経験していないのだから……」

「そこまでにしてもらいましょう、魔術師(メイガス)! 貴女の言う事は解かる。たしかにシロウはまだ未熟だ。だがシロウは一人ではない! 凛と私が彼を支え続けるのだ! その道行は貴女の価値観で測って良いものでは断じてない!」

 まさに騎士王のごとき威厳をもって、カミンスキー先生の言葉を遮り、宣言してみせるアルトリア。

「そうね、切嗣さんの事をわたし達は知らないわ。でも士郎のことは、わたし達が一番よく理解しているの。コイツが理想に絶望したり磨耗したりなんて事、絶対させないわ!」

 遠坂、アルトリア……ありがとう、本当にありがとう。

「……そうか、貴方には良い味方がいるのだな、ミスター・エミヤ。しかもこんなに美人が二人もだ。フッ、たしかにこれはキリツグが羨むかもしれないな」

「先生、切嗣の事、話してくれてありがとうございます。でも俺は俺の理想を目指し続けますよ、この二人と共に」

「ふむ、ならば私はこれ以上何も言うべきではないだろうな。それに……出来れば、見届けてみたいものだ。キリツグが目指した本当の"正義の味方"とやらを。だから、シロウ君。頑張りなさい」

「はい、ありがとう、カミンスキー先生」

 最後に、俺と握手をしてカミンスキー先生は帰っていった。

『アインツベルンとボルザークの残党には気をつけなさい。私も可能な限り便宜を図ろう』

 先生の警告は、俺たちにとって重いものだった。
 だが、正直今は気持ちが追いつかない。
 時間的にもかなり遅くなっていたので、今日のところはこれで解散となり遠坂もアルトリアも自室へと戻っていった。

 そして俺は……眠れない夜を過ごした。







「士郎? まだ起きてる?」

 襖の向こう側から、優しい声が聞こえる。

「……入ってもいい?」

「ああ、起きてる。入ってくれ」

 俺が応えるのを待って、すっと開けられた襖から入ってきたのは、パジャマ姿の遠坂だった。

「「……」」

 僅かな月光に浮かぶ、滑らかな黒髪をストレートに下ろした遠坂は、息を呑むくらい綺麗だった。

「ねえ、寒いわ。お布団、はいってもいい?」

「お、おう」

 そう言って、もそもそと俺の布団に入ってくる。

「ねえ……」

「ん?」

「こんな時くらい、強がりしないで甘えていいのよ」

「!?」

「わたしにだけは、甘えていいんだからね。士郎」

「遠坂……」

「ダメよ、士郎。こういう時は、名前で呼ぶものよ」

「そうか、バカだな俺は」

「そうよ、ばか……」

 ほんとに俺は馬鹿だなと、そう思うと……限界だった。

「……凛……俺、たった一人の妹さえ……救え……なか……」

 情けなくて、悔しくて、どうしようもないほどに涙が止まらなかった。

「あなたは、がんばった。精一杯、がんばったわ。他の誰が認めなくても、あなた自身が認めなくても、私だけは認めてあげる。だから……」

 俺の頭をその胸に抱き寄せ、”あんたも自分を認めてあげなさい”と、凛がそう言ったような気がした。

 その夜、俺は凛の暖かな温もりの中で眠りについた……






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