Fate / in the world
003 「衛宮」 前編
――ぱし〜ん
早朝の道場に響き渡るかわいた竹刀の打撃音。
春休み初日の朝、いつものように俺はアルトリアに剣の稽古をつけてもらっている。のだが……
――ぱし〜ん
「ぁいたっ!」
相変わらず、やられ役専門だったりする。
だからこそ、こうやって道場の床に転がっているんだけど。
「くっそぉ、一太刀すら掠らないってのは、流石に堪えるなぁ……」
聖杯戦争中も、その後も、ずっと鍛錬は欠かしていない。
それでもアルトリアには、一本どころか掠りもしない。
俺、ほんとに剣の才能ないのな……魔術もだけど……あ、なんか哀しくなって来た。
「……シロウ、何度も言っていますが、人の身でサーヴァントに挑む事自体が間違いなのです」
いや、解かってるんだけどね、アルトリアさん。
でもなぁ……と、恨めしげな目で見やる。
「たしかに、シロウはアーチャーの戦闘技術を憑依経験させたことで格段の進歩を遂げはしました。しかし、それもこれも使いこなせればの話です。彼と同等の技術を発揮するには、圧倒的に経験が不足している」
そう、俺は聖杯戦争中にアーチャーの戦闘技術を身につけた。
アーチャーのそれは、凡人ゆえに、ただ一心に鍛え上げられた、衛宮士郎のためだけの技術と理論だった。
でもね、アルトリア。それを言うなら……
「だけどさ、アルトリア。アーチャーの戦闘技術はどっちかっていうと技術よりはその柔軟な戦闘理論に主眼が置かれていたんだぞ。要は魔術、剣術、弓術、格闘、理論、全てを統合していかに生き残るかってスタイルだ」
「……ほぅ、つまりシロウはそのスタイルでなら私に通用する、と言うのですね?」
「え?」
あ、いや、アルトリアさん?
「良いでしょう、シロウ……それでは、実戦形式での鍛錬といきましょう。魔術でも剣術でも弓術でも話術でも好きに使って構いません! かかってきなさい!!」
仁王立ちで獅子のごとく吠えるアルトリアさん。
ちょっと待て、待ってくれアルトリア、っていうか話術ってなにさ? なんで鎧出してるのさ?!
――切嗣、俺今度こそ会いにいけるかもしれないぞ?
Fate / in the world
【衛宮 前編】 -- 最強の魔術使いの継承者 --
「さあ、シロウ! 二刀流でもなんでも使って構いません! 私とアーチャー、どちらの戦闘スタイルが最強か、証明して見せましょう!」
「問題が微妙に摩り替わってる気がするんだが……ちなみに、拒否権は?」
「却下です」
即答かよ……しょうがない、やれるとこまでやってみますか。
「――
不必要な工程を飛ばし、俺は左右の手に子供用の竹刀を投影した。
当然、なんの神秘も纏っていないソレは一瞬で具現化できる。
「干将・莫耶を使ってもかまいませんよ?」
「まさか、鍛錬でそれはできないよ。それじゃあ、いくぞ! アルトリア!」
左足を半歩前に出しながら、体を半身にして竹刀を握る両の手を下げる。
アーチャーと似た我流の構えをとりながら、空間解析と人体解析を統合させる。
アルトリアも普段の正眼の構えではなく、竹刀を左下段に構えた聖杯戦争時のスタイルをとる。
一瞬のうちに空気の密度が増し、ピンと張った緊張が辺りを支配するような感覚。
お互いの間隔は約五メートル。一足で間合いに入れる距離だ。
アルトリアの僅かな反応、表情の変化、筋肉の動き、空気の流れすらも見逃さないように、解析結果から行動予測を組み立てていく。
そして、俺は、さらに半歩踏み出す。
瞬間! アルトリアが残像を残したまま間合いに飛び込みながら、逆袈裟に切り上げてきた。
本来、人間の認識可能なギリギリの速度での斬撃には、剣を合わせるなど不可能に近い。
だが、その斬撃は行動予測の範囲内であったが故に、俺は左の竹刀を防御のために反応させる。
「せいっ!」
――ここだ!!
お互いの竹刀の衝突予測点よりも刹那前、俺は合わせに行った左の竹刀を消滅させる。
と同時に、右足を軸に体を回転させながら右手の竹刀を合わせることで竹刀の衝突予測点を僅かにずらす。
それは、数センチの差でしかないが、アルトリアの体勢を僅かながら泳がせることが出来た。
「ちっ!」
―― バシン!! ――
お互いの竹刀をぶつけ合いながら、左手に新たな竹刀を投影し、俺は回転の遠心力を利用して体勢の崩れたアルトリアの後頭部へ左手の一閃を狙う。
左手の一撃が届く刹那前、視界の隅にアルトリアの僅かな体重移動を捕らえ、俺は両手の竹刀を破棄しながら漆黒の洋弓と矢を投影し、前方へと飛び退いていくアルトリアに矢を射掛ける。
―― シュン! ――
彗星のごとく飛来する矢を剣で薙ぎ払うアルトリアの左側面に突進しながら弓を破棄し、再度両手に竹刀を投影して胴へ横薙ぎの一閃!
―― ピタッ ――
と、俺もアルトリアも動きを止めた。
俺の竹刀はアルトリアの胴を薙ぐ直前、アルトリアの竹刀は俺の頭蓋へ振り下ろす直前。
まさに、時間と空気が止まっていた。
「ふぅ」
僅かに嘆息しながらアルトリアが竹刀を引くのに合わせ、俺も竹刀を霧散させる。
止まっていた道場の時間が流れ始めるのが解かる。
「見事でした、シロウ」
幾分、驚いたような顔でそんな賛辞を貰うと照れくさいんだけど、それはちょっと違うよなぁ……
「いや、今のは真っ当な勝負じゃないよ。俺だけなんでもアリでアルトリアは手加減してくれてるんだからさ」
「あ、いえ、それはそうなのですが、私が言いたい事はそういう事ではなくて……そうですね、シロウ一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「おう、俺に答えられる事なら」
「それでは、先ほどシロウが私の後頭部へ一撃を狙った後のことですが、竹刀から弓への換装が異常に早かった。あれは一体?」
なんだ、そんなことか。
「ああ、あれは竹刀を投影しながらアルトリアの動きと空間を解析してたから、前方へ飛び退く事が予測できたんだよ。だから投影途中の竹刀を破棄して弓に切り替えただけさ」
「だけさって……シロウ、貴方は私の動きを数手先まで予測したというのですか。いえ、それに併せた攻撃と魔術行使を行ったと?!」
そんなに驚くことなのか?
まあ最近は遠坂にいじめ……もとい、解析の特訓を受けてるから、解析能力が向上してはいるんだけどな。
「はぁ……その様子では自身が成した事の意味が解かっていないようですね。シロウ、貴方が行った事はあるスキルの原型のようなものです」
「あるスキル?」
「はい。わたしの保有する直感と対を成す、心眼と呼ばれるものです。天性のものではなく、後天的に飽くなき鍛錬によって培われる洞察力のようなものです」
え? ちょっと待て。それって?
呆然とした顔をしてるのが自分でもわかる。
「ええ、アーチャーが保有していたスキルですね……ただ、シロウの場合は完成型ではないようですが、それでも直感のスキルを持つ私相手に通用するレベルですから大した物です」
「そうか……これが心眼なのか。自分ではよく解からなかったけどな……」
「まだ荒削りな部分はありますが、これからの鍛錬で伸ばしていけば良いでしょう」
「ああ、宜しくたのむ。アルトリア」
あの紅い騎士が持っていたスキルを身に付けつつあるという事実。
それは、俺が進んでいる道が間違っていないと思えるようで、いつになく気分が高揚していく。
「はい。ではシロウ、今朝はこの辺りで終りとしましょう。そろそろ朝食の時間です」
「ん、そうだな。アルトリア、今朝は和食と洋食どっちがいい?」
「そうですね、出来れば今朝は洋食でおねがいします」
うん、可愛い笑顔だな。
でも鎧はそろそろ消そうよ、アルトリア。
「了解した。玉子は半熟だよな?」
「はい、……あの、できれば二個付けていただけると、その、嬉しい……」
一転、真っ赤になって俯きながらゴニョゴニョと仰るアルトリアさん。
まあ、剣の師匠にささやかなお礼をするとしましょう。
「オーケイ、玉子は半熟で二個、な」
「ああ、シロウ。貴方に感謝を」
お〜い、戻って来〜い、あるとりあ〜。
朝食の後、起きてきた遠坂を加え三人で紅茶を楽しむ。
俺が淹れた紅茶は、蒸らしすぎたのか、かなり渋味が強く出てしまった。
まあ、女性お二人はその辺り大変正直に顔に出してくれるのだが……
「衛宮くん、これから紅茶当番はあなたよ。当然、わたしが指定する葉を使ってもらうけど」
うう、視線が冷たいよ……遠坂さん。
「遠坂、それは俺が買うのか?」
「他に誰がいるのかしら?」
あのな、質問に質問で返すのは良くないぞ。
「……善処します」
「うん、よろしい」
ああ、綺麗な笑顔だなぁ。でも涙で霞んで見えないけどな……
アルトリアは我関せずみたいに白い奴と遊んでるし……
「まあ、それは良いんだけど……ちょっと皆に相談って言うか、大切な話があるのよ」
「ん? なんだ?」
「はい、なんでしょう?」
「わん?」
お前……いつのまに遠坂語を理解出来る様になったんだ? ま、いいけど。
「数日前の事なんだけど、わたし宛に魔術協会から手紙が二通届いたの。その両方がわたしだけじゃなくて、士郎にもアルトリアにも関係する内容なのよ」
お、かなり真剣な内容って事だな。
一口、紅茶を口に含み、表情を幾分硬くした遠坂が続ける。
「まず一通目の内容なんだけど、聖杯戦争の事後調査団が冬木に派遣されてくるわ」
「「え?」」
思わずアルトリアとハモってしまう。
いや、拗ねた目で睨まないで下さい、遠坂さん。
「ちょっと待ってくれ。報告書は提出したんじゃないのか? 遠坂」
「ええ、もちろん提出済みよ。だから、わたしにもどういうことか解からないのよ。ただ言える事は、それ相応の覚悟と対処が必要になるって事ね」
腕を組み、眉間に皺を寄せてこたえる遠坂のその顔色から、事が重大事だと読み取れる。
「そうか……」
「二人とも報告書の内容は頭に入ってるわよね?」
「ああ」
うん、遠坂が作った報告書は提出前に何回も読まされたし、ほぼ暗記してるぞ。
「ええ、それは大丈夫ですが……凛、その調査団とやらは何時頃こちらに来るのでしょう?」
と、アルトリアが問いかけると、途端に目が泳ぎだす遠坂さん。
おい、コラ、お前まさか……
「え、え〜っと、ほら、……その〜、今日って言ったら怒るわよね?」
「遠坂……」
そんな可愛く言ってもダメだぞ。
「凛……」
ほら見ろ、アルトリアだって呆れてるじゃないか。
「だ、大丈夫よ! 基本的には聞き取り調査だって事だし、士郎とアルトリアは同席するだけでわたしが対応すれば良いんだから!」
で、なんで俺を睨むんだお前は。
まったく、こんな大切なことギリギリまで抱え込むなよな。
「まあ、言いたい事は山ほどあるけどそれはとりあえず良い。でだ、俺とアルトリアは同席だけでほんとに大丈夫なのか?」
「ええ、むしろ士郎は出来るだけ何も言わないで。あんた直に顔に出るんだから」
……ヒドクナイデスカ? トオサカサン?
「ああ、もう! 拗ねないの! こういう折衝事は向き不向きがあるのよ!」
「ええ、凛の言うとおりです。シロウは折衝事には向かない」
……アルトリア、オマエモカ……
「だから、この件に関しては私メインで補佐アルトリアって感じで対処するわ」
「はい、了解しました」
「……まぁ、報告書作ったときもそうだったし……別に良いけど……」
どうせ戦力外ですよ、俺は。
茶坊主でもしてますよ。
「あんたね……今も十分過ぎるくらい感情が顔にでてるのよ……で、調査団の責任者が今晩ここに来るはずだから二人とも宜しくね」
「はい、心得ておきましょう」
「おう、茶坊主はまかせてくれ」
「いい加減、殴るわよ? ぐーで」
「ゴメンナサイ」
へたれとか言うな! あくまが怒ると恐いんだぞ!!
アルトリアさん、そんな目で見ないでください……
「それとね、もう一通の内容なんだけど……」
そこまで言うと、遠坂は何か戸惑うような目でこちらを見つめ、顔を伏せてしまう。
「どうしたんだ? 遠坂」
「うん、あのね……高校卒業後の話なんだけど、わたし英国の時計塔に特待生として呼ばれたの……」
「「え?」」
思わずアルトリアとハモってしまう。
いや、拗ねた目で睨まないで下さい、遠坂さん。
って、さっきと同じパターンじゃないか……
「いや、すごいじゃないか、遠坂」
時計塔といえば魔術師にとって最高学府だよな。
そこに特待生で呼ばれるなんて、やっぱり遠坂はすごい奴だ。
「それで、凛。あなたは行くのですね? 英国へ」
「あ……」
そうだ、時計塔へ留学って事は、遠坂が英国へ行ってしまうって事だ。
「うん、行くつもり。それでね! その、二人に相談なんだけど……わたしと一緒に英国へ行って欲しいの!」
俺たちをまっすぐに見つめながら、凛とした声で遠坂が言った。
「英国といえば昔のブリテンにあたる。私としては、祖国の地に赴くことになりますし、マスターの決定に否などありません。が……」
アルトリアも聖碧の瞳をまっすぐに遠坂に向けて応える。
「そう……ね、たぶんアルトリアは士郎次第だって思ってたわ。あなたの誓いの事もあるでしょうし」
「はい、私はシロウの側を離れるわけにはいきません」
そう言うと、二人の視線が俺へと向けられる。
アルトリアは問いかけるように。
遠坂はどこか不安げに。
お前、俺が何て答えるか心配だったんだな。
まったく……そんなの決まってるじゃないか。
「いや、俺もいくぞ。当たり前じゃないか」
「「……」」
って、何で二人とも呆けてるんだ?
「あ、あのね衛宮君。もう少し慎重に考えないと」
「何言ってるんだよ。遠坂が英国へ行くなら俺も行く。お前と離れるなんて、俺はいやだからな」
慌てる遠坂の言葉を遮って、俺の気持ちを言い切った。
「あ、あ、あ……」
瞬間湯沸かし器みたいに一瞬で真っ赤になった遠坂が面白い顔で、口をぱくぱくさせる。
まあ、俺も真っ赤なんだけど……
「ふぅ……シロゥ、季節はそろそろ春ですね。家の外も内も……あ、たんぽぽです」
「わん♪」
「「……」」
アルトリア、君、最近いじわるいぞ?
「えと、その、ほんとにいいの? 士郎?」
上目遣いに、聞いてくる遠坂。
くそ、可愛いじゃないか!
「おう、もちろんだ」
「じゃあ、アルトリアも問題ない?」
「ええ、もちろんです」
「そっか……ありがとう、士郎、アルトリア。じゃあ詳しい説明は後でするわね。まずは、今夜の対応を詳しく相談しましょう」
うん、やっぱり遠坂の笑顔は綺麗だ。
よし、茶坊主としてお茶でも淹れ直してきますか!
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