Fate / in the world
№002 「彼女の事情」 後編
一体この異様な雰囲気はなんなのかしら……
「衛宮……その、ごめんな。あたしのせいでこんな……」
綾子……ソイツはわたしのなんだから、そんな少女趣味丸出しの目で見つめるんじゃないわよ。
「いや、俺が勝手に首突っ込んだだけだから、美綴が気にする事はないぞ」
士郎……そういう台詞がこの場面でどういう効果を持つか、あんた解かってないのよねぇ?
それにしても、何よこの人だかりは……
「藤村先生、どうしてこんなにギャラリーが増えたんでしょうか?」
「だってぇ、せっかく士郎が本気で弓持つんだよぉ。校内放送で皆に教えてあげないと勿体無いでしょぉ」
くっ、犯人はオマエか。
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【彼女の事情 後編】 -- 紅い魔女の物語 --
「すまん、誰か"ゆがけ"と"弓"、"矢筒"を貸してくれないか?」
上着を脱ぎながら、こちらを振り向いて士郎が声を掛ける。
士郎の道具はここにはないんだから、他人の道具で射るのよねぇ……大丈夫なのかしら。
「衛宮。あたしのでよければ使ってよ」
「サンキュ、美綴」
準備を整え士郎が射場に向かうと、それまでざわついていた弓道場の雰囲気が一転する。
結局、四射五セットを全て的中させるのが条件となったんだけど、それって……
「ねぇ美綴さん、この条件てどれくらいのレベルなのかしら?」
わたしには、この条件がかなり難易度の高いものだって事くらいしかわからない。
「できれば全国トップってところだよ」
ちょっと……こら士郎、そんな条件をあんたは平然と飲んだのか!
射場の中央に士郎が立つ。
さっきまでの怒りを毛先ほども見せずに、流れるよに足踏みからの射法八節をこなして行く様は自然体そのもので……
だから、何時矢が放たれたのか、何時的に当たったのか、それすらも気付かなかったほど、わたしはその背中に見入ってしまった。
弓を構えたその背中はまるで……あ……ダメだ、これはダメだ。
泣くんじゃない、わたし! あの背中を見て泣くことだけは、絶対ダメなんだから!!
ぐっと涙を堪える。
大丈夫! 士郎の髪は白髪じゃない!
大丈夫! 士郎の肌は浅黒くなってない!
大丈夫! 士郎の虹彩は絶望に焼かれてなんてない!
わたしが士郎をアイツの様になんてさせないんだから!
途端に場内がどよめき、歓声が上がる。
「皆中……それもほとんどが正鵠じゃないか……」
惚けたような綾子の声。
士郎のほうに向き直ると……こちらを向いてサムズアップしてやがりました。
「そんな事があったのですか……」
アルトリアは、はむはむとご飯を食べながら、わたしたちの帰宅が遅くなり、晩御飯が遅くなった原因を追究してきた。
「ええ、まあ、結果的には士郎のおかげで綾子の件も解決できたんだけどねぇ」
そう、結果的に士郎は全ての矢を的中させた。
周りの部員やギャラリーからは大歓声、問題の当事者だった高木君は埴輪のような顔で茫然自失してたしね。
ただ……綾子の目の色がちょ~っと気になるんだけど。それに……
「しかも帰りがけに新任の銀髪美人教師に声掛けられてたしねぇ、ねえ? 衛宮くん?」
「あ、あれはカミンスキー先生が射の腕前を褒めてくれただけだぞ」
ふん、士郎があの女の胸を凝視してたの知ってるんだから。
「ほぅ、それは興味深い……それで、凛。どのような女性だったのですか、その教師は?」
アルトリア、あなた物凄い眼してるわよ……。
「そうねぇ、一言で言うなら年増女よ」
「トシマオンナ? とはどういう意味でしょう?」
「簡単に言えばキャスターみたいな女よ」
「……なるほど、よく解かりました」
「「……」」
それで解かるって言うのもアレよね。
「ところでシロウ、一つ確認させていただきたいのですが」
「おう、なんだ? アルトリア」
「先ほどの話からすると、アヤコが復調するまでシロウの帰宅が遅くなる。間違いないでしょうか?」
「そうだな、今日くらいの時間になっちまうかな」
「ほほぅ……それはつまり、私も毎日晩御飯が遅くなる、ということなのですね」
――にっこり
あ、あれはキレたわね。
「あ、いや、違うんだアルトリア。その……遠坂が作ってくれるから大丈夫だよ」
「ふぅ~~ん、士郎ってば、毎晩わたしにご飯作らせるのね? アルトリア、わたしは士郎の飯炊き女だったのよ……」
「凛、シロウは釣った魚にエサを与えないらしい……」
「あの……勘弁してください、遠坂さん、アルトリアさん……」
ほんと、士郎弄るのってやめられないわよねぇ。
っていうか、アルトリア、あなたノリ良いわね……
食後の紅茶を士郎に淹れさせる。
う~ん、魔術以上に特訓が必要ね、これは。
アルトリアはさっきお風呂にいったので、当然わたしと士郎しかいない。
あ、でも、しろぅが居るわね、わたしの膝の上に。寝てるけど……
「ねえ士郎」
「ん? どうした?」
「あんた、無節操に女の子落とすのやめなさいよね……」
「はあ? 俺、そんな事してないぞ?」
やっぱり無自覚だったのね。って、そのほうが尚更始末が悪いわよ。
「まあ良いわ、気付いてないなら……」
「今のはバカにされたんだろうか? って、そんなことより。今日はごめん、遠坂」
「何よ、いきなり……」
「いや、だってさ、遠坂泣いてたじゃないか。俺が軽率だった、遠坂の前で弓を持つなんてさ。だから、ごめん」
「……」
気付いてたんだ、士郎。
「でもな、どうしても遠坂には俺が弓を持つところを見てもらいたかったんだ」
あ、この真剣な士郎の目って結構良いわね。
「どうしてなの?」
「そのさ、遠坂のなかで弓といえばアイツが一番に出てくるってのが、嫌だったんだ……」
あ、あんたは、真顔で何ハズカシイ事言ってんのよ!
「……バカ」
「うん、バカだよな」
そっか、それなら……
「じゃあ、私の中で弓の一番が士郎になるくらい、これから毎日見せてくれるのね?」
「と、遠坂?! それじゃ、弓道部見に来てくれるのか?」
「だって、士郎はわたしのために弓を引くんでしょ? 当然いくわよ」
「遠坂……」
「士郎……」
「……あの、お風呂、空きましたが?」
え? ちょっと、アルトリアいつから……
「い、居たの? アルトリア?」
「……ええ、"何よ、いきなり……"の辺りからずっと……」
それって、ほとんど聞いてたって事じゃない……
「くっ、あなた最近、性格悪くなってない?」
「何を失礼な。ただ、サーヴァントはマスターに似るものではありますが……」
真顔でそゆこと言ってる時点で性格悪くなってるじゃないの。
「で、シロウ……凛が弓道部を見学するということは……やはり私の晩御飯は遅くなるのですね!」
「……じゃ、俺はこれで……」
「何処行くのよ! 士郎!」
「何処へ行くのですか! シロウ!」
「ゴメンナサイ」
逃げるんじゃないわよ! このへっぽこ!!
士郎が弓の勝負をしてから、既に四日。
今わたしは士郎と二人、学校の屋上で士郎お手製のお弁当を食べている。
ものすごく不機嫌だったりするのだけれど……
約束どおり、士郎は毎日弓道部で指導の手伝いをし、帰宅後は毎日アルトリアにぼこぼこにされている。
まあ、それは良い。自業自得だし……わたしも魔術講座でいぢめてるし……
問題は、勝負の次の日から早速起こっていた。
まずは、士郎への学校内女子からの急激な関心の高まり。
あの勝負のときの士郎の顔写真が、女子の間に出回りだしたのだ。
なんとなく写真の流出元犯人は予想がついているのだけれど……
次に、毎朝コイツの下駄箱に可愛い字で書かれたラブレターが入るようになった。
その日の内に"ゴメンナサイ"して回ってるようだが、なんとも面白くない事態だ。
そして極め付けが、あの綾子とコイツが付き合ってるんじゃないかという噂が出回りだした事だった。
しかも、このわたしと三角関係だなんだというオマケまでついて……
失礼この上ないったらありゃしない。
わたしが正妻よ! って、そういう問題じゃないわよね……
まったく、これからちょっと難しい問題が起こるかもしれないってのに……
魔術師としての思考に切り替えながら、昨日協会から届いた二通の手紙の内容を思い出す。
そのうちの一通は、聖杯戦争事後調査団の派遣について……
わたしが提出した報告書の内容に疑問を持ったということだろうか?
そもそも冬木の聖杯は、その場所が東洋であり、結果として五回連続失敗に終わっている事から、協会での重要度は高くない。
にもかかわらず、提出済みの報告書を無視するかのような調査団の派遣をしてくるってことは……
まさかとは思うけど、士郎のことがバレたのだろうか?
どちらにしても、それなりの対応と心積もりをしておかなくてはいけないのだろう。
ところが、問題の張本人であるコイツはというと……
幸せそうに、唐揚げ齧ってるんじゃないわよ! この朴念仁め!
そう思いながら無言でお弁当食べ、睨みつけていると、
「遠坂? 唐揚げ欲しかったのか?」
なんて仰る。
「違うわよ! バカ……」
きっと、ヌカに渾身の右ストレートを叩きつけると、こんな気分になるのかしらね。
でも、それでも……コイツが笑っていられるなら、わたしは頑張れるんだ。
そうこれは、わたしが解決すべき、わたしの問題!
ふと屋上から青天を見上げる。
――お父様、聖杯はダメでした。けれど、わたしは第二魔法に向かって進みます。
――あ、ついでに面倒みたい奴が何人かいるのでちょ~っとだけ遠回りしてしまいますが……
さて、いっちょ気合を入れて、問題を片付けるとしますか!
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