Fate / in the world

002 「彼女の事情」 前編


「起きて下さい、凛。朝ですよ」

 なんだかうるさい……

「凛、朝ご飯の時間です、早く起きて下さい」

 う〜ん、ご飯いらないから、後五分寝かせなさい……

「う、ん……あと五分……」

――ぶちっ

 あれ? なにかヤバげな音がしなかったかしら?

「……凛!! いい加減に起きなさいっ!!」

「う゛ぇ〜い、お゛は゛よ゛う゛〜」





Fate / in the world
【彼女の事情 前編】 -- 紅い魔女の物語 --





 朝、アルトリアに起こして貰って、居間に辿り着くと、

「おはよう遠坂、おはようアルトリア」

「おはようございます、シロウ」

「お゛は゛よ゛う゛〜……じろう゛〜」

「相変わらずだな……ほら、ミルク。こぼすなよ」

 と、士郎にホットミルク(ハチミツ入り)を手渡され、テーブルには美味しそうな朝ご飯が並べられている。

「……ここって自堕落の館よね」

「なに言ってやがる。本来、自分でやるべき事だぞ」

「シロウは凛に甘い……凛、貴女はもう少し自己管理を改めるべきだ」

 うっ、アルトリア機嫌悪いわねぇ。
 実はお腹が減った八つ当たりなんじゃないの?

「まあまあ、とりあえず飯食っちまおう」

「「「いただきます」」」

 うん、やっぱり士郎のご飯は、美味しい。
 コイツ本当は弓兵じゃなくて、執事か何かの英霊だったんじゃないかしら……
 ってそんなことより、なんだかやたらと静かじゃない?
 あ、そか……アノ人がいないんだ。

「ねえ士郎、藤村先生はどうしたの?」

「ん? ああ、藤ねえなら当分これないって連絡あったぞ。まだ入院してる生徒とかいるみたいでさ、何かと忙しいらしい」

 アルトリアからお茶碗を受取りながら、士郎が電話連絡を受けたと伝えてくる。

「そうなんだ……じゃあ、弓道部も大変ね。綾子も桜も慎二も部活に出れないんでしょ?」

 慎二がいないのはプラスじゃなかろうか? とは思うんだけど。

「そうだな、……もっとも弓道部に限った事じゃないかしれないけど。はい、アルトリア」

 士郎……アルトリアのお茶碗に御代わりを盛りながら真剣な顔してもシュールなだけよ?

「ありがとうございます、シロウ」

 アルトリア、あなた朝からご飯の御代わりはどうかと思うわよ。
 嬉しそうに大盛りのお茶碗を受取りながら、目は出汁巻き玉子に釘付けだったりするのだ。
 あなたほんとにアーサー王よね? まぁいいけど。

「遠坂、御代わりは?」

「わたしはもうお腹いっぱいよ、ご馳走様。お茶、頂くわね」

 朝から御代わりする女の子なんていないわよ……目の前にいるけど。







「じゃあ、留守番とそいつの面倒よろしくな。アルトリア」

「はい、シロウも凛も、お気をつけて」

「わん♪」

「「いってきます」」

 しろぅを抱っこしたアルトリアに見送られて、士郎と一緒に学校へ向かう。
 今までのわたしの登校時間に比べると、随分と早いのだけれど、これにも慣れなくちゃいけない。

 それにしても……聖杯戦争の前には考えもしなかったな。
 こうやって、士郎と一緒に登校するようになるなんて。
 少しだけ、いや、かなりか、周りからの視線が気にならないではないのだけれど。
 そう思いながら、ちらりと士郎の顔をうかがってみると……気付いてないわね、これは……
 ま、士郎だし、しょうがないわね。

 学校への坂道を二人並んで上りきり、校門をくぐった所で顔見知りを見かけた。

「あら、おはようございます、美綴さん。お体の具合はもうよろしいの?」

「お、おはよう遠坂、衛宮。ああ、おかげさんで今日から復帰だ」

「おはよう美綴。大事無くてなによりだよ」

 うん、綾子も大丈夫みたいね。
 ん? ……なんだか周りの反応が急に……って、ああ、あの噂か……。

「じゃ、あたしは職員室に挨拶しに行かなきゃいけないんで、先にいくよ。またな」

「ええ、また後で。美綴さん」

 ちっ、慎二のせいで面白くない噂が学園内に出回っていたのを忘れてたわ。

「どうしたんだ? 美綴のやつ。やけに素っ気無いな」

 まったく、コイツは気付かなくて良い所は敏感なくせに、肝心な所で鈍感なんだから。
 でも、あの様子じゃ綾子も気付いているんでしょうね、自分の噂を。

「そうかしら? さ、行きましょう。衛宮くん」

「あ、ああ」

 あんまり面白くない状況なんだけど、所詮は噂だし。わたしがどうこうする事じゃあない。
 あくまで、これは彼女の問題だ。
 さて、教室へ向かうとしましょうか。

 朝のHRでは、休職中(という事になっている)の担任、葛木宗一郎が復職するまでの代行として臨時教諭が紹介された。
 葛木宗一郎は、世間的には失踪扱いって事になっているので、学校側も苦慮してるんでしょうね。

 アンナ・カミンスキーと紹介された臨時教諭は、銀髪・碧眼のロシア系女性で、学生時代日本に留学していたらしい。
 卒業後帰国したけど、今回の来日で教職に着いたってことだった。
 で、まあ、当然彼女の容貌はクラスの注目の的となっているのだが……
 ふん、なによ、その無駄にでっかい胸は……じゃなくって!
 ま、まあ、これはこれで結果的に良いタイミングだったかもしれない。
 彼女の目立つ容貌は、少なからず綾子への噂を軽減させてくれかもしれない。
 よしよし、存分に目立ちなさい、ミス・アンナ・カミンスキー。
 そのムネの事は見逃してあげるわ……







 そつなく授業をこなし、放課後、わたしは士郎を待ちながら弓道場を見学している。
 あのバカ(士郎)は一日中走り回っていた。
 学年を問わず、場所を問わず、周りの手伝いを引き受けまくったせいで、お昼休みも放課後も予定が詰まってしまったらしい。
 さすがに、放課後怒鳴りつけてやろうかと思っていたんだけど、お昼休みに陸上部の三人トリオに真相を聞かされては、それも出来ない。
 だって、アイツは手伝いに奔走する先々で、綾子の噂が出るたびにそれを否定してまわっていたんだから。
 きっとアイツは綾子の噂を聞き、我慢が出来なかったんだろう。

「バカじゃないの、まったく……」

 溜息と愚痴をこぼしながら、それでも士郎らしいその思いに自然と顔が緩んでしまう。
 そんなことを考えなら、ふと顔を上げると、

「すまん遠坂、随分待たせちまった」

 息を荒げながら走ってきた士郎が、笑顔で声を掛けてくる。
 くそ〜、文句の一つも言ってやろうと思ってたのに、その顔は反則よ!
 こらッ! 夕陽を背負ってわたしに微笑みかけるんじゃないわよ!

「……」

 ちょ〜っとだけこのバカ(士郎)に見蕩れていると、後ろで弓道場の玄関が開く音がした。
 振り返ってみると、綾子が思いつめた顔で出てきた。
 って、顔色が真っ青だし……

「綾子? どうかしたの?」

「え? ああ、遠坂か……別になんでもないよ。じゃ、あたしは帰るから。またな」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あなた顔色真っ青よ。いったいどうしたっていうのよ!」

 俯いたまま足早に立ち去ろうとした綾子を押しとどめ、何とか事情を聞きだすと……

「はぁ……つまり、あの噂を盾にあなたを弓道部から追い出そうとしてる馬鹿がいるのね?」

 と、言うことらしい。
 どこの社会にもいるのよね、こういうくだらない事する奴って。
 ただ、それにしては綾子らしくないわね。逃げ出してくるなんて……

「……美綴はそれでいいのか?」

 それまで黙って綾子の話を聞いていた士郎が突然切り出した。
 あ、コイツまさか、また……

「ちょ、士郎?」

「衛宮?」

「どうなんだ? 俺が言うのも何だけどさ、美綴はこんな事で弓道部を辞めちまって後悔しないのか?」

 真剣な顔つきで、士郎が綾子に問いかける。

「あ、あたしは……悔しいさ、悔しくないわけないじゃないか! でも、皆に迷惑を掛けるのは嫌なんだ」

「……ざけるな。美綴が何時、誰に迷惑を掛けたって言うんだ! 美綴ちょっと一緒に来い!!」

「え? ちょっと衛宮?!」

 鷹のように鋭い眼差しで、弓道場を睨み付けたまま、士郎が綾子の腕を掴んで引っ張っていく。
 ……驚いた……こんなに怒った士郎なんて見たことない……
 わたしは、慌てて二人の後を追いかけていた。







 弓道場の中にはいると、一人の男子生徒が取巻きを引き連れて士郎と向かい合っている。
 あいつって……わたしと同じクラスの高木とか言う奴よね。たしか市会議員の息子だったかしら。
 この前まで慎二にゴマすりしてたのを良く見かけたんだけど……ふん、つまりそういうことね。

「で、部外者の衛宮が何の用だよ。練習の邪魔だから早く出て行ってもらいたいんだけど」

 ニヤニヤと鼻につく笑い浮かべながら、そいつは士郎に話しかけてきた。
 そいつと数人の取巻き以外、その場の雰囲気に飲まれ押し黙ったままっていうのも気に食わないわね。
 わたしは側にいた一年生に、藤村先生を呼び行くよう言い伝えた。

「聞きたい事がある。美綴に退部の要求を突きつけたってのは本当の事なのか?」

 士郎が対面している高木君に問い詰める。
 それは良いんだけど、士郎……いい加減綾子の腕離しなさいよね!

「ああ、その事か。主将が不祥事を起こしたんだ。責任とって辞めてもらうのは当然じゃないか」

「その不祥事ってのは、根も葉もない噂を根拠に言ってるだけだろう。大体、今までの美綴を見てきたなら、こんなくだらない噂が本当か嘘かの判断くらい付くんじゃないのか?」

「火のないところに噂はたたないんじゃないかな? ま、部員の総意として要求したまでの事だよ」

「部員の総意ってのは、お前とそこにいる数人だけじゃなく、本当に弓道部員全員の意思か? 顧問の確認は取ってるのか?」

 そういった士郎に目を向けてられた、ほとんどの部員は顔を伏せてしまう。
 ふん、まぁ大体の経緯はわかったわ。

「うるさい! 美綴は辞めるって自分で言ったんだ。藤村には後で報告すれば、問題なんかないじゃないか!」

「それは、お前が周りを先導して美綴にそう言わせただけだろう」

 士郎の目が一層きつくなっていく。
 ちょっと、士郎? 相手は一般人だってわかってるわよねぇ?
 "投影開始(トレースオン)"とか言ったらガンド叩きこむわよ?
 と、不意に背後の扉が開き、藤村先生が走りこんできた。

「ちょっとちょっと、何があったのよぉ? 士郎までこんなところでどうしたのよぅ?!」

「藤村先生、落ち着いてください。わたしから事態を説明させて頂きますので」

「あれ? 遠坂さんまで? よくわからないけど、おねがい」

 慌てる藤村先生を嗜め、事の次第を説明すると、高木君は状況の不利を自覚したのか慌てて言い訳をしだす。

「それは、誤解ですよ先生。美綴さんが退部をするって言ったのは自分からだし、今は精神的に射を指導出来ないとも言いました。副主将もいない今、主将としてこれはまずいんじゃないですか?」

「あのね高木君、まず私から一つ言っておく事があります。根拠のない噂で美綴さんが退部する必要はありません。これは顧問としての考えよ。それから、後輩の指導に関しては、こういうときこそ全員で助け合うものなの」

 びっくり!
 なんだか藤村先生が、先生してるところを初めて見た気がするんだけど。

「藤ねぇ、美綴が指導できない間は、俺が弓道部の手伝いすれば問題ないだろ。技術的な指導なら俺でも何とかなると思う。それにな、今まで弓道部をまとめて来たのは美綴なんだ。頑張って後輩を指導して、主将として部を引っ張ってきた事は、皆知ってるはずだ。そんなに頑張った奴が、こんなくだらない事で馬鹿を見るなんて、俺は納得できない! だからな、美綴が主将を退く必要もないんだ」

「え、衛宮? あんた……」

 ちょっと、士郎……って、綾子! あんた何赤くなってるのよ!!

「衛宮が指導だって? 君は随分昔に引退してるじゃないか。そんな君が指導なんて出来るとは思えないけどね」

「う〜ん、じゃあ士郎。今ここで部員全員に自分の腕を証明しなさい。それで全員が認めればオーケーよねぇ? どう高木君?」

 ナイス! タイガー!!
 予想通り、これで士郎の弓が見れるわね。
 大体、藤村先生も桜も見た事あるっていうのに、わたしが士郎の弓を見た事ないってのが面白くなかったのよ。

「藤村先生がそう仰るなら僕は構いませんよ。でも全員が納得できるような腕でないと問題あるとは思いますが……」

「士郎はどうなの? それでいい?」

「ああ、それでいいよ。藤ねぇ」

 さあ、士郎! あんなニヤケ野郎、ぶっ飛ばしちゃいなさい!!






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