Fate / in the world

011 「ウェディングベル」 前編


 俺は今、かつて無い程の危機に直面している。
 あの聖杯戦争で、古代メソポタミアの英雄王と戦った時よりも逼迫した状況に立たされているのだ。
 どんなに綺麗な理想を目指して"正義の味方"だと声高に叫んだところで……
 学生の俺には、当然期末テストという危機がやって来るのだから。

「学年トップのこの私の彼氏が"赤点"だなんて……信じられない事するのね? 衛宮くん?」

「……ハイ、ゴメンナサイ」

 中々に学生らしからぬ日常を送っている俺は、それでも必死でテスト勉強をした。
 その成果もあって、数学と古文と世界史以外は赤点を免れたのだけれど……

「先輩、古文……酷いですねぇ……」

「……ハイ、ゴメンナサイ」

 後輩にまで、同情される有様だったりする。
 ちなみに、桜は二年生で学年トップらしい……流石、姉妹だよな。

「シロウ……なぜ貴方が中世ヨーロッパ史で壊滅的な点を取れるのですか……」

「……ハイ、ゴメンナサイ」

 それはな、アルトリア。俺の知識が極めてごく一部に集中しているからだよ?
 五世紀頃のブリテンの歴史なら満点取れるぞ? あ、いや、ごめんなさい嘘です……

「はぁ、とにかくっ! 追試までわたし達で士郎を特訓するから。桜も、アルトリアも、協力お願いねっ!」

「じゃあ、私は古文担当しますねぇ」

 わ〜い、後輩に勉強教えられるのか、俺は……

「はい、それでは私は世界史を」

 おぉ! アーサー王に勉強見てもらった奴なんて歴史上初めてじゃないだろうか?

「じゃ、わたしが数学ね。衛宮くん、これから三日ほど睡眠時間ゼロだから、よ・ろ・し・く・ね!」

 ああぁぁ、あかいあくまがわらってる……





Fate / in the world
【ウェディングベル 前編】 -- 最強の魔術使いの継承者 --





 そんな学期末をなんとか乗り越えて、全国の学生にとって共通のお楽しみである夏休みが始まった。
 追試をクリアできたのは、ほんとに彼女達のおかげだと思う……まあその代わり、追試終了と同時に気絶したんだけどな……
 そういったもろもろの試練の末、迎えた楽しい夏休み初日の朝。
 衛宮家の居間は……重たい空気に支配されていた。

「お久しぶりですね、衛宮さんっ!」

「……そ、そうだね。でも随分と朝早くから来たんだな? 岬さん?」

 そう、以前の新興宗教による監禁事件で知り合った岬京子さんが朝の八時に家へ訪ねてきた。
 それ以降、ずっと俺の横について回るもんだから、居間の女性陣からものすごく冷たいオーラが噴出していたりする。

「……で、なんでこのガキが居てるのかしら? 衛宮くん?」

 うわぁ……あのバックの焔って新しい魔術なんだろうか?

「いや、あのな……」

「……くすくすくす……先輩? その女の子、紹介してくれないんですか?」

 うわぁ……黒い、なんかものすごく桜の周りが黒いんですけど?

「いや、だからさ……」

「……はぁ、またですか? さっさと事態を収拾してくださいっ! シロウ!!」

 うわぁ……右手で風が渦巻いてるよ、あれって風王結界(インビジブル・エア)だよな?

「うん、つまりだな……」

「ねぇ、士郎〜、お姉ちゃん思うんだけどさぁ。一回死んで見る?」

 くそっ、婚約してからこの手の話題には厳しくなりやがったな、このトラめ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! せめて、釈明くらいさせてくれっ!!」

「「「「さっさとしなさいっ!!」」」」

 なんでさ! なんで、俺が怒られるのさ!







「……とまぁ、そういう訳で岬さんは家に来たんだ」

「へぇ〜、逢坂市の花火大会ねぇ。いいわね、それ!」

 よかった、凛の機嫌が直ってほんっとに良かった。
 魔術刻印光ってたからなぁ……

「そのお誘いにいらっしゃったんですね。あの、初めまして、間桐桜です」

 あ、そっか、桜は岬さんと初対面だったんだよな。

「はい、岬京子っていいます。桜さんも是非どうですか?」

「花火大会なんて、私初めてです。ねぇ先輩、行ってみませんか?」

 うん、みんなで行けば楽しいかもな。

「そうだな、特に予定もないし、みんなで見に行こうか。アルトリアもいいだろ?」

「はぁ、私は構いませんが、その……"ハナビ"とは、何なのですか? シロウ?」

 アルトリアは花火見るの初めてだったか。

「あ、そっか。う〜ん、簡単に言えばこの国の夏の風物詩でさ、火薬を夜空に打ち上げて、色々な模様を描くんだ。実際見れば凄く綺麗だから感動すると思うぞ」

 ってことで、大まかな説明は間違ってないよな。

「なるほど、夜間迫撃砲のようなものですね。それは一見の価値がありそうだ」

 相変わらずドンパチなんですね、アルトリアさん……

「あ、いや……まあ、いいか……藤ねぇはどうするんだ?」

 っていうか、お客さんの前で、寝ッ転がるな!!
 その指に光る指輪が泣くぞ!
 ほんとに、よくこれで婚約できたよな……

「ほぇ? わたしは氷河さんと見に行く約束してるも〜ん。でも、二人でお邪魔しちゃおっかなぁ?」

「うちは全然オッケーですよ。お父さんの許可は取ってありますし、庭でバーベキューしながら見るので、人数多いほうが楽しいですから」

 うん、でもね岬さん。多分迷惑掛けると思うぞ、主にトラが……

「じゃあ、お邪魔しちゃう!」

 バーベキューに惹かれたな、このトラは。
 あ……アルトリア、オマエモカ……
 虎も獅子も肉食だもんなぁ……

「それじゃあ、衛宮さん。夕方五時くらいに来て下さいね。私、これから買出しとかのお手伝いがあるんで、これで失礼しますねぇ」

 と、言って岬さんは慌しく帰ってしまった。

「え〜っと、それじゃあ、藤ねぇは高崎さんと来るんだな? これ、岬さんの家の住所。遅れないように来いよ」

「う〜ん、この住所って多分氷河さんが前に住んでたお家の近くだから判ると思う。じゃあ、お姉ちゃんはデートの約束があるので出かけるねぇ。みんなまた後でねぇ〜」

 ばたばたばたと廊下を走りながら出て行った藤ねぇ。

「なんだか、羨ましいですねぇ。藤村先生、幸せそうで」

 桜、あれを羨んではイケナイヨ? 間違った恋愛しちゃうぞ?

「そう言えば、士郎。お義姉さん、式の日取り決まったの?」

「ああ、九月だってさ。やっと式場押さえれたらしい。ドレス合わせとか、大変だぁぁって騒いでたよ」

 式と入籍だけ九月にやって、新婚旅行は俺たちが卒業してからって事らしい。
 まあ、受験生の担任なんだから仕方ないんだろうな。
 いや待て! まさか、新婚旅行でロンドンに来るつもりじゃないだろうな……

「ウェディングドレスですかぁ、羨ましいですねぇ。私も着てみたいなぁ」

「へぇ〜、誰とかしらねぇ?」

「「……」」

 妹が夢見るようにウェディングドレスへの憧れを呟いた途端、それを木っ端微塵に粉砕する姉……
 だからお前ら、姉妹で睨み合うんじゃないっ!
 ん? まてよ、ドレス……あ、そうか、この間のお礼もあるし、みんなせっかく綺麗な女の子なんだから……まあ、話題も変えてしまいたいし……

「あ〜、あのさ……話は変わるんだけど、こないだの追試の時のお礼にだな、みんなに浴衣を送りたいんだけど、いいかな?」

「「「え?」」」

 あれ? やっぱりおかしいのか? こういうのって……

「あ、いや、俺も自分のを買うつもりだしさ。今日の花火大会用に、これからみんなで一緒に買いにいかないか?」

「へぇ、士郎にしては気が利いてるわねぇ。それじゃ、プレゼントされちゃいますか」

 ああ、凛ならきっと綺麗だろうな。

「あ、あの、先輩? わ、私もいいんでしょうか?」

「当たり前じゃないか、桜も一緒に花火大会に行くんだからさ」

「嬉しいです……先輩」

 そんなに喜んでもらえると、俺も嬉しいぞ、桜。

「シロウ? ユカタとは?」

 うん、そう来ると思ってた。

「え〜っと」

「アルトリアが着ると、士郎が喜ぶ衣装よ。ね、衛宮くん?」

 凛、お前なぁ……

「はぁ……シロウが喜ぶのなら、吝かではないですが。よろしいのですか、私まで買っていただいて?」

「ああ、プレゼントって言えば聞こえはいいけどさ、みんなせっかく綺麗なんだし、俺が見てみたいってのもあるんだ。みんなの浴衣姿をさ」

「「「……」」」

「あ、アレ?」

 なんで無言なんでしょうか?

「まずいわね……どんどんアーチャー化が進んでるわ」

 凛……真剣な顔して何いってんだよ……

「はい、キザなセリフが板についてきました」

 アルトリアまで……

「先輩……」

 桜さん、そんな心配そうな目で見ないでください……







――どーーん! パラパラパラ……

――どどーーん!! パラパラパラ……

「間近でみると凄いわね、振動がお腹に響いてくるわ」

「そうですね、こんなに大きな音だったなんてびっくりしちゃいました」

「これは素晴しい。花火とはよく言ったものです」

 凛、桜、アルトリアが三者三様の感想を述べる横で、俺は花火の灯りに照らされては消える、彼女たちの姿を見ていた。
 桜は淡いピンクの下地に、彼女の名前と同じ桜模様がちりばめられた浴衣がとても似合っていて、その抜群のスタイルを引き立てている。
 アルトリアは紺地に鮮やかなオレンジの鈴模様が目を惹く。彼女の肌の白さと金砂のような髪がまるで芸術品のように美しい。
 そして凛は、大胆な紅地に大きな白の牡丹が鮮烈な印象を与える。絹のような黒髪をストレートに下ろしているので妖艶さと美しさが絶妙にバランスしている。

「衛宮さん、花火、見なくていいんですかっ!」

「へ?」

 なんで岬さんが怒ってるんだ?

「だから! さっきから花火見ないで、お連れの女性に見蕩れてるだけじゃないですか!!」

 うわっ、岬さん! そういう事は大声で言っちゃいけないぞっ!

「へぇ〜、衛宮くんは誰に見惚れてたのかなぁ? まあ、出資者なんだからその権利はあるけどねぇ」

 ほらな、あかいあくまが尻尾を生やすんだから……

「そ、そんな事はないぞ。綺麗な花火だなと感心してただけだ。そんな事よりもだな……アレ、なんとかならないのか……」

 そうなんだ、さっきから目に付いてはいたんだが……

「ああ……アレね」

「見ているこっちが、胸焼けしちゃいそうですよねぇ」

「同感ですね、食欲が無くなります……」

 完全に二人の世界にはいって、イチャイチャしまくってる大人約二名。
 さっきから"あ〜ん"だの"わたしと花火とどっちが綺麗"だの、どこのラブコメだと言わんばかりのイチャイチャぶりを見せ付けてくれる。
 結局、結婚式の打ち合わせのため式場へと行っていたらしい二人は、かなり遅れて岬家へとやってきた。
 で、来るなりこのイチャイチャモードが始まったんだけど……

「だってしょうがないですよ、藤村さんと高崎さん、もうすぐ挙式なんだから、今が一番幸せなときじゃないんですか?」

 まあ、そりゃあ岬さんの言う通りかもしれないけど。
 仮にも教育者の端くれなんだから、もうちょっと生徒の前では弁えて欲しいというか、普段の藤ねぇを知ってる俺としてはこっちが恥ずかしくなるというか……

「氷河さん? どうしたの?! 大丈夫っ?! 氷河さんっ!!」

「うっ……く、ぐぅ……」

 突然胸を押さえて苦痛に顔を歪める高崎さんを慌てて藤ねぇが抱きかかえる。

「っ?! どうしたんだ?! 藤ねぇ?!」

「急に氷河さんが苦しみだしたのっ?! ……大丈夫、氷河さんっ?!」

 これは……尋常な苦しみ方じゃないぞ?!

「だ、大丈、夫だ……すまないけど、僕の、上着の内ポケットに、薬が入ってる……」

「すぐ取ってきます、待っててください!!」

 そう言って、庭のベンチに掛けてあった高崎さんの上着からピルケースを取り出して手渡すと、高崎さんは一息にそれを飲み込んだ。

「……う……うぅ……ふぅ。もう大丈夫だから……驚かせてすまなかった」

 そう言って、額に汗をにじませながら息を整え、藤ねぇに微笑み掛けている。

「でもでも、どこか体の調子が悪いんじゃない? お願いだから無理しないで、氷河さん……」

「ああ、ここのところ仕事がちょっときつくてね。そうだな、悪いけど今日は先に失礼させてもらおうかな」

 確かに、まだ苦しそうな息遣いだし、こんなところで無理をする必要なんてない。

「ええ、そうしてください、高崎さん。俺、車だから送りますよ」

「いや、シロウ君にそんなことさせられないよ。君には彼女達のエスコート役があるじゃないか。大河さん、すまないけど僕の家まで付き添ってくれないかな?」

「当然ですっ! ついて来るなって言われたって付いていきますからね!」

 藤ねぇ、高崎さんの前では良い女じゃないか。

「そっか、それじゃ藤ねぇに任せるから。俺、タクシー呼ぶな」

 結局、タクシーが付いた頃には、高崎さんの体調もかなり良くなっていたんだけど、大事を取るという事で藤ねぇと一緒に帰宅していった。
 俺達は最後まで岬家で花火を堪能してから、帰宅する事になった。







「やっぱり、凄い渋滞ですね」

 桜の言うとおり、岬家からの帰路で大渋滞にはまった俺達は二時間経っても逢坂市内を抜け出せないでいる。

「う〜ん、抜け道をナビで探してみようか。時間も遅くなってきたしなぁ」

 最後まで花火を楽しんだ上に、二時間以上の渋滞。
 時刻は午後十一時を過ぎていた。

「桜も今日は、泊まりでしょ? だったら別に遅くなっても構わないわよ?」

 まあ、そりゃそうなんだけどさ。

「あっ! あの〜、私はこうして先輩のお車に乗せていただいてますけど……藤村先生はどうやって帰って来るんでしょう?」

 あ〜、桜さん? それは言わぬが花というものなんだけどねぇ。

「「「……」」」

 全員が後部座席の桜へと生暖かい視線を向ける。

「えっと、私、空気読めてなかったですね……ごめんなさい」

「いや、別に桜が謝る事じゃないぞ。まあ婚約した良い大人同士なんだからさ、俺たちが世話焼く事じゃないさ」

「そ、そうですよね……あはははは」

 桜の乾いた笑いで、それ以上この話題は突っ込まないという暗黙の了解が得られた。
 と、突然、

「シロウ!! 車を止めてくださいっ!!」

 有無を言わせぬアルトリアの声に、急いで路肩へと車を停止させる。

「どうしたんだ、アルトリア?」

「その先の右手、公園のようなところの中に、この前の屍食鬼(グール)が見えましたっ!」

 アルトリアは後部座席から身を乗り出し、前方の公園を指差しながら事態の説明をする。

「なんですって!! まずいわね、こんなお祭り騒ぎで人が多いときにっ!」

「待ってくれ、凛。今は桜も一緒だ。俺が確かめてくるから、みんなはここに残ってくれ!」

 みんなを、特に桜をこんな危険に巻き込むのは歓迎できる事じゃ無い。

「シロウ! 貴方は何故そう自分だけで無茶ばかりしようとするのですっ!」

「せ、先輩……」

 心配そうに声を震わせながら桜が呟く。

「そうよ、士郎。まず相手が屍食鬼(グール)だとしたら浄化系の魔術が一番相性がいいの。アルトリアの聖剣も効き目が大きいわ。だから、士郎はここで桜を護ってて。わたしとアルトリアとしろぅで出るわ」

 クッ! 確かに凛の言うとおりなんだが……

「……わかった、でも何かあったら、すぐ連絡をくれ! ハンズフリーはオープンのままにしておいてくれよ!」

 通信手段さえあればもしもの時に対処しやすい。
 三人ともにヘッドセットを装着する。

「はい、わかりました! では、凛。急ぎましょう!」

「ええ、じゃあ士郎、桜をお願いね」

 そう言って、凛とアルトリアとしろぅは屍食鬼(グール)が逃げ込んだ公園へと侵入していった。

「先輩……姉さん達、大丈夫でしょうか?」

 不安そうな眼差しで、話しかけてくる桜に、

「ああ、凛は一流の魔術師だしそれにアルトリアだってついてるんだ、大丈夫さ。桜も俺が護るから心配しなくていいぞ」

 元気付けるつもりで優しく諭す。

「先輩……」

『だぁぁ――っ! そこ! 変な雰囲気作ってんじゃないわよっ!!』

 うわぁ、ヘッドセットでいきなり大声出すんじゃない!!

『凛! 真面目にやってくださいっ!』

 お前ら、俺の耳つぶすつもりかよ……

「……凛……」

『何よっ! 士郎が悪いんじゃないっ!!』

『ですから……『わんわんわん!!』凛っ! クッ?! ――ガキン!!』

 なんだ?! しろぅの鳴き声の後、剣戟の衝突音のようなものが聞こえた気がしたが……

「どうした?! 凛! アルトリア! 何があった?!」

屍食鬼(グール)です……いえ、これは……』

『ええ、ちがうわね……生きる死体(リビングデッド)、いえ、もうほとんど死徒かしら』

「なんだって?!」

 って事は、昨日の奴らの親玉ってことじゃないのか?

『この惨状、貴様……一体どれだけの人を殺したっ!』

 くそっ! 状況が見えないってのが、これほどもどかしいなんて……

『ゲッゲッゲッゲッ……ジュウニンマデハカゾエテイタガ、サテ、ナンニンダッタカナァ』

『見た目も酷いけど、中身も腐ってるわね。遮音と人払いの結界は張ったわ。アルトリア、あの爪にだけ注意して、ぶった切ってオッケーよ』

『はい! シロゥは凛のガードをっ!! はぁぁぁぁっ!!』

『グギャァァァ……ヘ……ヘヘ……ゲッゲッゲッゲッ……イタイジャナイカ、ソノケン』

 どうなったんだ? かわされたのか?
 いや、違うようだ……これは……

『ちっ、"復元呪詛"まで備わってるなんて、見た目以外は死徒って事ね』

『コンナトコロデ、アソンデルヒマナドナイノデナ。オマエタチハ、コンドクイコロシテヤロウ……ゲッゲッゲッゲッ』

「大丈夫か?! 凛! アルトリア!」

『……ええ、こっちは問題ないわ。逃げられちゃったけどね』

『凛、シロウと合流しましょう』

『そうね、それじゃすぐそっちへ戻るわ』

「ああ、了解だ。気をつけてくれよ」

 二人が無事な事に安堵の溜息をつきながら、桜にも皆が無事だった事を伝える。
 でも……ついに死徒がでてきたのか……







 家に帰り着いたのは深夜になってからだった。
 みんなはそのまま部屋へと戻り、解散となったのだが……

「……士郎? まだ起きてる?」

「凛? ああ、入ってくれ」

 なんとなく、凛が来るんじゃないかという思いがあった。

「ごめんね、こんな夜遅くに……」

「いや、構わない。それより、どうしたんだ?」

 何か沈んだような面持ちに、言い出しづらいことがあるのだろうと察しはつく。

「……あのね……今日、遭遇した死徒の事なんだけど……」

「ああ」

「見た目は生きる死体(リビングデッド)のように酷いものだったんだけど、能力的にはほぼ死徒と言ってもいいくらいだったわ。ただ……そいつがね、ボロボロになった服を着ていたのよ。その服が……今日、高崎さんが着ていたものと同じなの……」

「なっ?!」

 そんな……

「まだ、断定はできないし、証拠もそれ以外には無いわ。それに、さっきお義姉さんに連絡を入れたら何事もなかったって言ってたから。ただ……事実としてあなたには知っておく必要があると思ったの」

「……そうか……気を使わせてすまないな、凛」

 随分迷ったんだろうな、俺に話すべきか……

「士郎……ねえ、お願い。今夜はわたしを抱いていて欲しいの」

「ああ、構わない。でも、どうかしたのか?」

「……なんでもないわ……ただ……ちょっと不安なの」

「わかった。俺はお前を離さないから」

「うん」

 大丈夫だ、凛は俺が護るから。
 そして……藤ねぇはちゃんと幸せになるんだ。
 いや、俺が藤ねぇの幸せを護る。
 今度こそ……せめて、俺の家族である人が涙する事など無いように……






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