Fate / in the world

010 「エンゲージ」 後編


 逢坂市中央区に存在する逢坂城。
 恐らくこの国で最も有名なこの城は、現在公園として利用されている。
 夜空にスポットライトを浴びたその巨大な姿を映しながら、この街を見守ってきた建造物。
 わたし達は今、そのすぐ側に建てられた二十階建ての高層マンションの前に、車を止めている。
 マンションの病的なまでに真っ白な壁が、月の隠れた夜空とのコントラストの中、まるで浮かび上がっているようにさえ思えてくる。

「ずいぶんと立派な社員寮なんだな」

「このマンションごと企業が借りて、社員寮として利用しているんでしょうね」

 初夏の午後九時半、本来ならまだまだ人通りが多いはずのこの付近は、マンション住人の失踪事件と同時期に起こり出した通り魔事件のせいか、どこかひっそりとしている。

「今は閉鎖されてるんだよな? このマンション」

「ええ、企業側が閉鎖してるんだから誰も住んでないはずよ」

「……」

 なんだか大人しいわね、アルトリア?

「どうかしたの? アルトリア?」

「……凛、ほんとにこの建物に人は住んでいないのですか?」

「へ? どゆことよ?」

 閉鎖されてから一週間以上経ってるはずだけど。

「……気のせいかもしれませんが、わずかに何かの気配を感じたのです」

「それって、住人が勝手に戻ってきてるって事なのか?」

「いえ、そこまでは解かりませんが……」

 アルトリアのこういった直感は信じて行動した方が安全ね。

「わかったわ、それじゃあ今回はスリーマンセル+ワンで行動しましょう。バラけないほうが安全かもしれないわ」

「はい、私も凛の意見に賛成です」

「わん!」

「よし! それじゃあ、行こうか」

 士郎の言葉をきっかけに車を降り、マンションへと向かっていく。
 大丈夫、わたし達の戦力ならどんな事があっても対応可能な筈よ。
 なのに……この胸騒ぎは一向に静まってくれない……





Fate / in the world
【エンゲージ 後編】 -- 紅い魔女の物語 --





 正面玄関も裏口の通用門も施錠されているため、わたし達は事前に預かっていた鍵で裏口からロビーへと侵入した。
 企業側からの調査依頼という事もあり、遠慮なく電気と空調を点けていく。

「玄関の鍵には異常なかったよな? ほんとに誰かいるのか?」

 怪訝そうに士郎が問いかける。

「あ、いえ……僅かな気配を感じただけですので……それに、気配そのものが、人のものではなかったような……」

「「え?」」

 ちょっとアルトリア、どういう事よ!

「で、ですから……思い違いかもしれないのです。ただ、警戒だけは怠らぬようにと……」

 ……違うわね、何かあるのは確かなのかもしれない……

「そうね……それは、アルトリアの言うとおりだわ。調査だけれど気を抜かないで当たりましょう。それと、しろぅの嗅覚は頼りになりそうね。がんばってね」

「おう」

「はい」

「わん!」

 そう言って、三人と一匹で手分けをしながらロビーを調べ始める。
 ロビーには集合型の郵便受けと警備員室しかないので、自然と警備員室へと集まる事になった。

「悪い、アルトリア。そこのスイッチを入れてくれないか?」

「はい、これでしょうか?」

 そう言ってアルトリアがスイッチを入れると、士郎の前のモニターやコンソールに電源が入っていく。

「立派な防犯装置がついているのね、さすがは高級マンションってところね」

「ああ、館内モニターもそこそこの数が付いてるから、これである程度の確認ならできるだろ?」

 これって、各階の様子が映し出されているのよね。

「便利なものなのですね、"まんしょん"とは。家にもこういった機械があれば、今朝のような事故が無くなるのですが……」

「「……」」

 意外と根に持つわね、アルトリア……でも、そんな事したらプライバシー崩壊よ?

「あ〜、気を抜かないんじゃなかったっけ?」

「そ、そうよ! 今は集中しないと」

「シロウ! 凛! 人影がっ!!」

 わたしの言葉を遮るように、アルトリアがモニターを指差しながら叫んだ。

「どこだっ!」

「このモニターです、今確かに人が横切ったのですが……」

 アルトリアが指差すモニターを見つめるが、既に何も異常はない。

「このモニターって、何階を映してるの、士郎?」

「ちょっと待ってくれ、え〜っと、十一階だな」

「それじゃあ、直接確かめに行ってみましょうか」

 そう言って、わたし達はロビーのエレベーターへと移動し、十一階へと移動した。







「居ないわね、誰も……」

 十一階へとたどり着いたわたし達は、端の部屋から順に調べていく事にしたのだけれど……

「ああ、でも各部屋の荒れようは普通じゃないぞ……」

「そうね、まるで誰かが暴れまわったみたいになっているものね……」

 このマンションは各階に十の部屋が存在する。
 わたし達は端から順に三部屋を調べたのだけれど……すべて、室内が荒らされていた。

「先ほど私が見た人影は泥棒だったということでしょうか?」

「でも、そうなると何処から進入したのかしら? 玄関には異常がなかったのよ?」

 電子ロック式の鍵を壊さずにってのはちょっと考えにくいわよ。

「わからないな……とりあえず、他の部屋も調べてみないか?」

「そうね、そうしましょう」

 三人とも腑に落ちないという顔で、わたし達は隣の部屋へと入った。

「ここも、他の部屋と変わりありませんね。室内が荒らされています」

 と、アルトリアが呟いた時。

「うぅ〜……」

 しろぅの様子が急変した。

「ちょっと、しろぅどうしたのよ?」

「ッ?! シロウ! 凛! 廊下に多数の気配がっ! 人、いや、これは……」

 アルトリアの警告が聞こえたその時、

――ガンガンガンガンッ!!

 扉を乱打する音が響いた。

「確認しますっ!」

 そう言って、アルトリアが部屋の玄関口へと駆けつけ、扉の覗き穴から廊下を確認する。

「なっ?! 何だ、これはっ!!」

 驚いたように後退るアルトリア。

「どうしたんだ! アルトリア!!」

「シロウ! 来てはいけないっ!!」

 必死で玄関に体当たりし、扉を押さえ込みながら、シロウを制するアルトリア。

「けどっ! そうだ、コイツで……」

 アルトリアに制止された士郎は部屋に備え付けられていたモニター付きインターホンの受話器をあげる。

「これで玄関の様子が映……る……なん、だ……これは……」

「……何よ……こいつら……」

 インターホンのカメラに映し出された玄関の映像は、ホラー映画さながらにゾンビのような醜い姿の人間がこの部屋の前でたむろしているものだった。
 モニター越しにもわかるほど、皮膚はボロボロに腐食し、眼球の零れ落ちた者もいる。
 意味も無く徘徊する者もいれば、扉を殴打する者もいる。

屍食鬼(グール)だわ……でも、一体どうして……」

 十数体の屍食鬼(グール)が群がる映像に、意識を持っていかれる。

「凛っ!! 扉が持ちませんっ!! 指示をっ!!」

 アルトリアの激に思考を戻される。
 くっ、何呆けてるのよ、わたしは!

「っ?! ごめんっ! アルトリア、風王結界(インビジブル・エア)でぶっ飛ばしちゃって! 後は私がなんとかするからっ!!」

「はいっ! 風王結界(インビジブル・エア)開放(ブレイク)!!」

 アルトリアが風王結界(インビジブル・エア)を扉に向けて開放すると、扉ごと向こう側にたむろしていた屍食鬼(グール)達がその風圧に押しつぶされる。

Ein KOrper ist ein KOrper(灰は灰に 塵は塵に)――!」

 それにタイミングを合わせて、トパーズの浄化魔術を打ち込むと、屍食鬼(グール)達は砂のようなものへと風化していった。

「……なんだったんだ? あれは?」

「理由は解からないけど……屍食鬼(グール)ね。もしかすると、この近くに親玉の死徒がいるかもしれないわ……」

 あまり楽しい想像じゃないけどね……

「そんな……どうして、この町に死徒が?」

「シロウ、今はその詮索を行うよりも、この建物の調査を進め、安全を確保すべき時です」

 そうよ、こんな事で自制心を無くすなんて魔術師として失格もいいところだわ。

「あ、そうだよな。すまん、冷静さを欠いていた」

「それはわたしもね……アルトリア、おかげで助かったわ」

「いえ、人外への慣れは経験が物を言います。それでは、調査の続行を!」

「ええ、十分に注意して行くわよ。しろぅ、変な臭いがしたら教えてね」

「わん!」

 今日はこの子連れてきて大正解だったわね。

 結局、その後のわたし達の調査は空振りに終わった。
 マンションを徹底的に調べ上げたものの、わたし達が倒した以外に屍食鬼(グール)は存在しなかった。
 深夜に帰宅したわたし達は、とりあえず睡眠をとる事にし、各自の部屋へと引き上げた。







「どうしたんじゃ? 三人とも浮かない顔じゃのぉ」

 翌朝、昨夜の件の報告のために、わたし達は雷画さんのお宅へとやってきた。
 わたし達を見るなり、雷画さんは心配そうに聞いてくる。

「ああ、昨夜の件でちょっとな」

「ふむ……実はな、わしもお前さんたちにその件で話があったんじゃ。昨夜遅くにこの調査の中止を依頼主が報せてきおってのぉ。しかも報酬と慰謝料まで振り込んできておる」

「「「え?」」」

 どうして、このタイミングで中止を? いえ、それよりも、このままじゃ死徒が野放しになってしまうじゃない。

「正式なルートからの中止の申し入れじゃからのぉ、受けん訳にもいかん。そういう事でな、この件はこれで終いなんじゃ」

「待ってくれ、爺さん! この件はそんな簡単に終わらせて良いものじゃないんだっ!」

 これは士郎なら当然の反応よね。

「なんじゃ? どういう事か説明してくれんか?」

 あ! 士郎に話させるのは、ちょっとマズイわね……

「それは、わたしから説明するわ。良い? 士郎?」

「ああ、任せるよ、凛」

「では……昨夜、例のマンションへわたし達が立ち入った時、中で人外のバケモノに襲われました。そのバケモノ自体は大して力もありませんし、わたし達だけで処理したのですが、問題はこの人外の特性にあります。あの……雷画さん、"吸血鬼"というものをご存知ですか?」

 雷画さんが何処まで理解してくれるかが問題なのよね……

「……知っておる。もちろん実際に見た事は無いし、架空の物としての知識じゃがな」

「……はい、ですが、実際に吸血鬼と呼ばれるものは存在します。そして、今回の件に関与している可能性があります」

 それが死徒なのかどうかは、まだわからないけれど……

「むぅ……お前さん達の態度を見れば、これが冗談では無い事はよく解かる。そこでじゃ、今はそういった者の存在を前提に聞くがのぉ、もしこのまま放置すればどうなるのじゃ? そんな奴に対処する方法はあるのか?」

 流石、伊達に修羅場を生き抜いてきた訳じゃないんでしょうね。
 普通なら、一笑に付して終わる話を、相手の纏う空気でそうする事を良しとしなかった。
 しかも、事態の対処にまで思考を回せるなんて、一般人の範疇じゃないわね。

「そうですね、もしもこの件をこのまま放置すれば、高い確率で一般の人にかなりの規模の犠牲者がでると思います。現に、あのマンションの周辺で通り魔事件が頻発するようになったのは、住人の失踪事件と時期が同じですし。恐らく、何かの理由で今はまだ大規模な狩をしていないだけで、奴らが本気になればこんな物では済みません。それから、対処方法ですが……基本的には親玉となっている"死徒"と呼ばれる奴を倒すこと。そうしなければ何時まで経っても犠牲者が増え続けます。本来ならば、教会と手を組んで事に当たるのが一番だと思いますが……」

「良く解かった、凛さん。もう一つだけ聞かせてくれぃ。教会と手を組むのは何か拙いのかい?」

 痛いところを突いてくる……士郎が居なければ、教会に任せてしまうのが一番いいのだけれど……

「……雷画さんにそれをお話しする前に……士郎、今からわたしがする話は現実的な話よ。とりあえず最後まで聞いてちょうだい」

 士郎の目を見ながら問いかける。

「ああ、わかった、凛」

 同じように、わたしの目を真っ直ぐに見ながら士郎が答える。
 アインツベルンの事件以降、士郎はこういった対応が格段に大人の物になった。

「……教会と手を組む、という事はこの件に代行者(エクスキューター)と呼ばれる教会の異端審問官が関わる事を意味します。彼らは、異端の存在を許さず、武力でその存在を排除します。その過程で必要と思えば、その町ごと消し去るでしょう。一般人の被害になど目もくれず、ただ彼らの教義に反する存在を排除する事だけを目的とした存在ですから」

「……」

 士郎は黙して何も語らない。

「なるほどのぉ……つまりは、そうまでしなければ人は魔を滅ぼせんという事か……」

「はい……ですが、わたしはそれを良しとしたくはありません。ですので雷画さん、この件は引き続きわたし達で調査していこうと思います。昨夜は手がかりを得られませんでしたから……」

 だって、代行者(エクスキューター)に任せたりすれば士郎が苦しむだけだから……

「そうか……じゃがのぉ、無茶だけはせんでくれよ。お前さん達に何かあれば、わしは死んでも死にきれんでのぉ」

「もちろんですわ、雷画さん」

 ありがとうございます、雷画さん。
 きっと、あなたの存在は士郎にとって心強い物なんだと思えるから。

「うむ、まあ凛さんの気持ちはこのわしにもよう解かるでのぉ。ならばこの件は遠坂の御当主にお任せしよう」

「わかりました、十分に気をつけて事に当たりますので、どうかご心配なく」

「はい、シロウと凛は私が守ります。ライガ、ご心配には及びません」

 頼りにしてるわ、アルトリア。

「了解じゃ。必要なものがあれば何でも言ってくれぃ。わしにできる事であれば手助けは惜しまんからのぉ」

「すまないな、爺さん、助かるよ。それじゃあ、今日はこれで失礼するよ」

 そう言って、わたし達が雷画さんの部屋を出ようとした時、急に士郎が立ち止まる。

「あっ! そういえば、爺さんっ! 藤ねぇが婚約したって聞いたんだけど、爺さんは相手の人に会ったのか?」

「なんじゃ、もう知っておったのか。先週じゃったか、一度だけ顔見せに来てな。相手は堅気の男らしいから、あまりこの家に出入りさせたくないんじゃろう……ふむ、士郎。お前まだあの男に会っとらんのか?」

「いやそれがさ、今日の晩に藤ねぇが家に連れ来る事になってるんだよ」

「そうか! それは、楽しみじゃのぉ。お前、腰をぬかすなよ?」

 愉快そうにニヤリと笑みをつくる雷画さん。
 ん〜? 何かあるのかしらね、お義姉さんの婚約者に……

「なんでさ?」

「まあ、会えばわかる。楽しみにしておれ」

 "がっはっは"と豪快に笑う雷画さんに見送られながら、わたし達は衛宮邸へと戻った。







「初めまして、高崎氷河といいます」

――ドタンッ!

 夕方、お義姉さんが連れてきたフィアンセの顔を見たとたん、士郎が腰を抜かしてずっこけた。
 その音にわたしも玄関まで見に来たんだけど……

「むふふ〜、士郎〜、どうしちゃったのかなぁ〜?」

 チェシャ猫顔でむっふっふと笑いながら、フィアンセと腕を組んでるお義姉さんは幸せそうで、ちょっぴり羨ましい。
 いや、落ち着け、わたし。今はそんな事よりも……はぁ……謀ったわね? 藤村大河。
 そりゃ、士郎じゃなくても腰抜かすわよ。
 だって、まるで生き写しじゃない。

「き、き、き、切嗣っ!!」

――ドタドタドタドタ!

 士郎の叫び声に、アルトリアが血相を変えて玄関に走りこんできた。

「なっ、なっ、なぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 アルトリア、また変顔なってるわよ。
 驚愕の表情のまま高崎さんを指差して固まるアルトリア。

「いやぁ、初めて彼女に会った時もそう言われたんだけど、そんなに似てるのかなぁ、僕は」

 もちろん、そう言われている本人にはそんなことは判らないのだから、この反応は当然。

「あ、いや、あんまり似てるもんだから……そ、それよりも、こんな所ではなんですから、どうぞ上がってください」

 やっと復活したした士郎が慌てて対応し、みんなで居間へと移動する。
 あ……アルトリアが固まったままね……ま、ご飯が出来たら来るでしょうし、いっかな。

「じゃあ、改めて紹介するわね。わたしのフィアンセの高崎氷河さんで〜す!」

「どうも、高崎氷河です。なんだかお邪魔しちゃったみたいで悪いなぁ」

 居間に全員が揃うと、お義姉さんが改めてフィアンセを紹介した。
 ヨレヨレのスーツにボサボサの髪型まで一緒ってとこは、もうなんだかアレ過ぎて言葉がでてこない。
 高崎さん自身は、誠実そうで優しそうな、ちょっとおっとりし過ぎているような感じの人だ。
 でも、ずっとフィアンセの横から離れないで、その横顔を見つめているお義姉さんがすごく可愛く見える。

「あ、いえ、気を使わないでください。え〜っと、俺は衛宮士郎です。藤ねぇ……じゃないや、藤村の弟分みたいなもんです」

 ふふ、ちょっと落ち着きなさいよ士郎ったら。

「何が"弟分みたい"よぉ〜、士郎はお姉ちゃんの弟なんだからね! はい、それで士郎の隣の美少女が遠坂凛ちゃん。士郎の恋人なんだよぉ」

「っ?! は、初めまして、遠坂凛です。よろしくおねがいします」

 うぅ、思わず声がうわずっちゃったわね……
 恋人って紹介されるのは、なんだかその……慣れてなくて恥ずかしいわよ。

「こちらこそ、凄く綺麗な恋人さんなんだなぁ。やるなぁ、士郎くん」

 高崎さん、サムズアップはやめたほうが……

「はい、俺には勿体無いくらいの彼女ですよ」

 し、士郎まで、何言ってるのよっ!

「で、こっちの可愛い女の子が、凛ちゃんの妹の桜ちゃんで〜す。士郎の事が大好きなんだよねぇ〜桜ちゃん」

「ふ、藤村先生っ! あ、あの……初めまして、間桐桜です。よろしくお願いします……」

「こちらこそ、よろしくね、桜ちゃん。お姉さんに負けないくらい綺麗な子だね。士郎くんはすごいなぁ」

「ええ、俺の大事な妹分です」

 桜、そこで士郎を睨むのはよくないわよ?

「それから、こっちのお人形さんみたいに綺麗な女の子が、アルトリアちゃんで〜す。士郎と人生を共にするって誓った子なんだよ〜」

「初めまして、アルトリア・S・ペンドラゴンです。どうぞ、よろしく」

「こちらこそ、アルトリアちゃん。士郎くん……君はきっと大物になるよ」

「え? 俺なんてまだまだ半人前ですよ?」

「「「「……」」」」

 うふふ、相変わらずの朴念仁ぶりよね。
 女性陣全員からの呆れた視線が突き刺さってるわよ、士郎?

「うん、なんだか話しに聞いていた通りの人だね。士郎くんは」

「え? なんか……ろくな事言われて無いような気がするんですが……」

 半目でお義姉さんを睨みながら士郎が愚痴る。

「いやぁ、正義感が強くて、真面目で、女の子に優しい男の子だって聞いてたからね。実はすごく興味があったんだ」

 あら? その通りじゃない? そこにおバカでへっぽこで朴念仁って付け加えれば完璧よね。

「それを言うなら、俺も高崎さんには興味深々でしたよ? なんせコレを嫁にしようっていうツワモノなんですから」

 と、お義姉さんを指差しながら言う士郎。

「コレって何よぉ! 士郎!!」

「そうかい? 大河さんは可愛い女性だと思うけどなぁ。それに僕はごく普通の会社員だよ、そんなたいそうな人間じゃないさ」

 うん、ツワモノ決定!

「あ、確か製薬会社で研究されてるんでしたっけ? すごいですね」

 何気に仲よさそうよね……士郎と高崎さんって。

「"ベルファーマシー"っていう会社なんだけどね。研究って言っても、本社からの指示に従ってるだけだから、凄くなんてないさ」

「それより、お姉ちゃんお腹ペコペコ。ご飯たべようよぉ〜」

 お義姉さん、結婚したら家事はどうするつもりなのかしら?

「おう、そうだな。それじゃ、ささやかだけど、藤ねぇと高崎さんの婚約を祝して、乾杯っ!!」

「「「かんぱ〜い!」」」

「みんな、ありがとぉ〜」

 お義姉さんの向日葵のような満開の笑顔、素敵だなぁ。

「ありがとう、こうして大河さんの家族にまで祝福してもらえるのは嬉しいなぁ。よし、それじゃあ、みんなには証人になってもらおう。大河さん、君に受取ってもらいたいものがあるんだ」

 ぽりぽりと人差し指で頬をかきながら、お義姉さんへと向き直る高崎さん。

「へ?」

 こ、これって、もしかしてもしかすると……あのシーンって事よね?
 っていうか、お義姉さん唐揚げ齧ったまま固まるのはどうかと思うわ。

「うん、この前君に"結婚しよう"って言った時、間に合わなくてね。だから、これ」

 そう言って、高崎さんは紺のビロードの小箱をポケットから取り出し、そっと蓋を開けた。

「高崎さん、あの、これって……」

「あまり高価なものじゃないんだけれど、それでも僕なりの精一杯なんだ。僕はね、必ず君を幸せにするよ。だから、受取って欲しいな」

 それは、シンプルだけれど、とても綺麗なシルバーの指輪。
 お義姉さんの左手の薬指にはめられたそれは、

「ありがとう氷河さん。うれしいよぅ……」

 お義姉さんの涙のように輝いていた。

 ああ……こういう幸せを生きていく人生もあるのね。
 わたしにはそういう人生は無理だけれど、きっとお義姉さんは普通に生きて、普通に幸せになれる。
 お義姉さん、おめでとう。






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