Fate / in the world

010 「エンゲージ」 前編


「……う、ん……ん?」

 ……珍しいわね、起きてすぐ目の前に士郎の寝顔があるなんて……
 寝坊、したのね? 士郎ったら。
 でも……あんまり士郎の寝顔なんて見たことなかったけど……いいわね、これは……
 思わず、士郎の顔をぎゅっと胸に埋めるように抱きしめる。
 まぁ、埋まるほど無いんだけどね……

 大変だったものね……ドイツでは……
 たまには、こうして甘えさせてあげるのもいいかも♪
 寝顔はまだまだ童顔で可愛いし……

「……凛……」

 っ?! 寝言?
 やだ……わたしの夢みてくれてるのかしら? ちょっと嬉しいかも……

「……特上ロースは勘弁してくれぇ……」

 どんな夢みてるのよっ!!
 まったく……失礼ねっ! でも、寝顔が可愛いから許してあげるわ、士郎。
 意外と柔らかな赤い髪を手で梳いていると、士郎の口がわたしの胸を啄ばんできた。

「んっ……あん……ダメよ、士郎ったら」

 そして、おもむろに……

――カプッ!

うきゃぁぁ〜〜〜〜っ!!

 噛むなぁぁぁぁっ!!

――ドタドタドタドタ、バタンッ!!

「どうしたのですかっ!! 凛!! 敵襲ですかっ!!」

 叩き壊すような勢いで開けられた扉から、わたしの部屋へ飛び込んできたアルトリアと、

「姉さんっ!! 大丈夫ですかっ!!」

 その後を息せき切って入ってきた桜が、

「あ……」

 変顔になっている。
 ああ、時間よ止まれ……いや、そうでなくて。
 そりゃ、そうよね……わたしも士郎もすっぽんぽんだし……

「「「……」」」

 コレって新手の固有時制御か何かかしら……空間が固まってるんだけど。

「……う、桜ぁ、アルトリアァ、食いすぎだぞぉ……」

 フフ、寝言で地雷踏む奴なんて珍しいわよ? 士郎?

――ブチッ!!





Fate / in the world
【エンゲージ 前編】 -- 紅い魔女の物語 --





 梅雨の長雨、折角の土曜日の朝も湿りがちな季節。
 わたし達がドイツから帰国して数週間が過ぎた。
 その間に、数回あったミス・カミンスキーからのメールは、アインツベルンが約定通り静観を決め込んでいるという内容だった。
 帰国してしばらくの間は、桜の機嫌が最悪で何を言ってもにこにこと笑っているだけという、世にも恐ろしい意趣返しをされた。
 桜に預けられていたしろぅも同様に、拗ねて桜にしか寄り付かなかった。
 まあ、それも士郎が桜を映画に誘った事で、一気に解消したんだけれど……まさか、計算してたのかしら、あの娘……

 旅先では、かなり精神的に辛い事や悲しい思い出と向き合ったはずの士郎は、帰国後も以前と変わらず平然と過ごしている。
 きっと周りに気を使わせたくないとか、思ってるんでしょうけど……士郎らしいといえば、らしいわよね。
 だから、たまには今朝のように甘えさせてあげたくなってもしょうがないと言うものだ。
 うん、きっと、間違いなんかじゃない……わよね?

「……凛、貴女はもう少し慎みというものを覚えた方が良い……」

「う……」

「……先輩も姉さんも……不潔です……」

「あぅ……」

 これは……何も言い返せないわ。
 朝食が終わった居間のテーブルには、わたしの正面に冷たい眼差しで小言を言い続けるアルトリアと桜が座っている。
 でも、ここで引き下がったのでは遠坂現当主としての矜持に反するってものよ!

「だって、しょうがないじゃない! 士郎が噛むんだものっ!!」

 すんごく痛かったんだから!!

「……はぁ。だから、そういうところが慎みを覚えなさいと……無駄ですね……」

 し、失礼ね、アルトリア!

「……先輩、不潔ですっ!」

 だから恐いって、桜。
 その矛先たる士郎はというと、起きざまにアルトリアに竹刀を叩きつけられ倒れたところ、今度は後頭部に桜のエーテル弾を喰らってしばらく唸っていたんだけど、今はキッチンで洗い物をしている。
 ほんと、丈夫ね? 士郎……

「あら? この紅茶って、士郎が淹れたのよね?」

「はい、さっき先輩が淹れてくれましたよ」

「……いきなり、美味しくなったんだけど……どうしたのかしら?」

「あ……」

 わたしと桜が不思議がるなか、不意にもれたアルトリアの一言に、わたしと桜の視線が突き刺さるように集中する。

「ねぇ、アルトリア? 今のうちにキリキリ吐いたほうがいいわよ?」

「なっ! わ、私は別に疚しいことなど何もありませんっ! ただ、その……先週の週末、私のブラを買うのにシロウに付き合っていただいたのですが、その帰りに紅茶専門店に立ち寄ったのです。その時にシロウが紅茶を解析していたような……」

 紅茶を解析して美味しい紅茶を淹れるなんて、世界広しと言えど士郎くらいよね。
 っていうか、そんなバカな事する魔術師なんて絶対いないわよ!
 まあ、そんなことよりも……

「……へぇ、アルトリアってば、士郎とデートしてたんだ? ふぅ〜〜ん」

 ほんとに、悪気無しで本人無自覚なのに最強のライバルよね……ん? 最近、そこはかとなく自覚してきてるのかしら?

「ち、違います! ただ、買い物に付き合っていただいただけですっ!」

 目が泳いでるわよ? アルトリア?

「でも……それって、デートって言いません? それよりアルトリアさん? ブラ、してたんですね?」

 ……桜、それ禁句よ……

「……ほほぅ、桜は私がブラをする事に何か問題がある、とでも言うのですね?」

 知らないわよ、わたしは……巻き込まれるのも何だから非難するのが賢いわね。

「お〜い、お茶請けにザッハトルテ作ったんだ。運ぶの手伝ってくれないか〜?」

「シロウ、そのザッハトルテとは何ですか?」

 反応早いわね、アルトリア。

「うん、オーストリアのチョコレートケーキなんだ。これなら、桜もおいしく食べられるかなって思ってさ、チェコのホテルで出されたのを覚えてきたんだ」

「先輩……嬉しいです」

 ……すごいわね、士郎? 無意識にケーキ一つでこの娘達のケンカ止めちゃうなんて……
 ただね、ちょ〜っと許せないわ、衛宮くん。
 わたしに黙って、アルトリアとデートしてたなんて、覚悟しなさいよ!
 まあ、こっちはこっちで自覚ないんでしょうけど……







「先輩、またお料理の腕、あがっちゃいましたね?」

「そうか? 自分じゃよくわかんないけど……でも、チェコ料理も結構いけるだろ?」

「はい! すごく美味しかったですよ」

 今日のお昼は、士郎がチェコで覚えた料理だった。
 あの"赤い獅子亭"のポークローストも再現されてるあたり、流石士郎ってところかしら。

「うんうん! 桜ちゃんの言うとおり! すんごく美味しかったよ〜士郎! 三人だけでドイツへ行っちゃった時は、お姉ちゃんぶっ殺してやろうかとおもったけどねぇ〜、これなら許してあげる!」

 ほんとに良かったわね、士郎に料理の才能があって……でも、なんだか久しぶりよね? 藤村先生がここでご飯たべるのって……

「あ〜、ぶっ殺されるのは却下だが、喜んでくれるのは嬉しいかな。じゃあ、俺はちょっと洗濯してくるから、みんなはお茶でもしててくれ」

 そういって、すたすたと洗濯に取り掛かるところなんか、完全に主夫よ主夫。
 まぁ、それに甘えてわたし達の下着まで任せてるのもどうかと思うけれど……

「さてっと、それじゃあ、わたしからみんなに大事なお話があります!」

 ん? なんだろう? 藤村先生の話って……

「え〜っと、遠坂さん。単刀直入に聞くけど、士郎のどこが好きなの?」

 あ……そう言えば、藤村先生とはちゃんと決着つけてなかったんだった……

「どこが、ですか……そうですね。しいて言えば、士郎であるとこが、でしょうか」

「「……」」

 わたしは飾らず、偽らず、本心を打ち明けた。
 アルトリアも桜も真剣な面持ちで聞いている。

「そっかぁ、遠坂さんはそんなに士郎の事、好きでいてくれるのね。お姉ちゃんとしてはすごく嬉しいなぁ。でもね、ほんとの事言っちゃうと、ちょっぴり悔しいなぁ」

 "てへへ"と笑いながら、そんな事を言う藤村先生は、やっぱり真っ直ぐですごい人だなぁと素直に感心してしまう。

「はい、その言葉と気持ちは甘んじて受けるつもりです、藤村先生」

 だから、負けられない。
 この人には負けられないのだ。

「うん、ごめんね遠坂さん。わたしはね、士郎がこのお家に来た時からずっと見てきたの。切嗣さんとわたしと士郎の三人で家族だったんだ。だから遠坂さんや、アルトリアちゃんや、桜ちゃんだって知らない士郎をい〜っぱい見てきたのね。そうねぇ、最初は結構酷かったのよ、士郎……何もしゃべらなくてね、部屋の隅っこで一人で何かを我慢してて、でも、夜になると恐い夢を見ちゃって、発作を起こしたみたいに震えてるのよ……そんなところからわたし達は始まったから、どんな女の子が来たってそうそう簡単に渡してなんてやるもんか〜って思ってたんだけどねぇ」

 遠い昔を見つめるように、小さく微笑みながら、どこか寂しそうに話す藤村先生は、いつもと違って一人の大人の女性だった。

「……だからね、そんな時から士郎を見てきたからわかるんだけど、あの子危なっかしいでしょ? ほんと、大丈夫なのって言うくらいに透明っていうか自分ってのがないでしょう?」

 気づいてたんだ……藤村先生も。

「……はい、先生の仰るとおりだと思います。士郎はそれが他人のためになるのなら、自分の幸せとか、もっと言えば自分の命とか……普通は絶対に置き換えれない物を簡単に投げ出してしまうようなところがありますから……」

「……すごいね、遠坂さん。やっぱりちゃんと士郎の事見てくれてるんだぁ。なら、もう安心かなぁ。これからはお姉ちゃんとして一歩下がったところから見守っていくから、ねぇ、遠坂さん?」

 その優しい瞳に涙を一杯にためながらわたしに問いかけてくる。

「はい」

 泣くな! わたし!

「士郎をもらってくれる? あの子を幸せにしてあげてください」

 そう言って、藤村先生は頭を畳に付けた。

「はい、士郎の事確かに頂きました。必ず幸せにして見せます」

 わたしは、わたしの全霊をもって応対し、畳に頭を付ける。
 わたしの目から雫が毀れたのは、わたしだけの内緒だ。

「うん、ありがとう、凛ちゃん」

 と、初めてそう呼ばれた。

「はい、お義姉さん」

 だから、わたしも初めてそう呼んだ。

「……お義姉さんですか……」

「……お義姉さんとは、気が早い……」

 桜、アルトリア、茶化すんじゃないわよっ!

「う〜ん、ごめんね桜ちゃんも、アルトリアちゃんも士郎の事すきなんだよねぇ? これってお互い話はついてるのかなぁ?」

「タイガ、私は男女の恋愛感情ではなく、士郎の理想や生き様に共感し、共に歩もうと誓ったのです。そういう問題は最初からありえません」

 ま、いまのところはね……

「私は……今でも、いえ、これからもずっと先輩が大好きです。人を好きだっていう気持ちは、理屈でかえられませんから……でも、私は姉さんも好きですし……」

 桜……ありがとう……

「そっかぁ、士郎は責任重大よねぇ。こんなに可愛い女の子にこれ程思われちゃってるんだから、幸せにならないと罰が当たるわねぇ」

「はい、そう思います。もっとも、既に罰が当たってもおかしくないような状況ですけど」

「む、凛ちゃんの言う通りよね。罰として士郎には、後でお手製のお菓子を要求しましょう!」

 それは、単に食べたいだけというのでは?

「お? なんだか話し込んでるみたいだな?」

 そして、なんてタイミングの悪い時に戻ってくるのか、この男は……

「あ! 士郎、ちょうど良かったわ。ちょっとお姉ちゃんからお話があるから、そこに座りなさい」

 あれ? 士郎にも話があるのかしら?

「で、なんだよ? 藤ねぇの話ってのは」

「それじゃあ、発表しますっ! お姉ちゃんは、婚約しましたっ!!」

「「「「……」」」」

 え〜っと……婚約って何よ? 美味しいの? いや、待て……食べ物じゃないわよね?

「え〜〜、なんで反応が無いのよぉぉ!」

「いや、ちょっと待とうか、藤ねぇ。そういう笑えない冗談なら他所でやってくれ」

「もうっ! 怒るわよ、士郎! ほんとに婚約したんだからぁ!!」

「「「「えええぇぇぇぇぇええっ!!」」」」

 これって、アーチャーが実は士郎でしたって事がわかった時以上のサプライズよね?!
 だって、桜なんてクスクス笑いながら壊れてるし、アルトリアもしろぅとブツブツ話し込んでるし、士郎なんてあっちの世界にいっちゃってるわよ!

「……ふ、藤ねぇ、まずは落ち着け」

 あんたもよ、士郎。
 まぁ、わたしもだけどね。

「お姉ちゃんは、ずっと落ち着いてるわよぉ〜」

「そ、そうか……あのな、一つ聞くぞ? 婚約ってのはだな、ちゃんと人間の男が相手なのか?」

 何気にすごく失礼よ? 士郎。

「……ほんとにぶっ殺しちゃうわよ、士郎……もうっ! ちゃんと高崎氷河さんっていうすんごく素敵な人と婚約したんだもん! "結婚しよう"って言われたんだもんっ!!」

 しかも相手から言われたんですね? お義姉さん。

「……ほんと、なんだな? 藤ねぇ?」

 真剣な顔つきで、お義姉さんに問いかける士郎。

「そう言ってるじゃない!」

「藤ねぇは、ちゃんとその人の事が好きなんだな?」

「うん、すっごく優しくて、いい人よ」

 幸せそうな優しい笑顔で答えるお義姉さん。
 この顔を見れば、誰だって気づくわよね。
 その人の事がほんとに好きなんだって……

「そうか……すげぇ、この時代の英雄かもしれないぞ、その人……あ、いや、そんな事はおいといてだ……おめでとう! 藤ねぇ、心から祝福するよ!」

「うん、ありがと、士郎」

 そう言って、二人で笑いあってる。
 やっぱり、家族なんだ……この二人は。

「お義姉さん、おめでとうございます。ほんとに、良かったですね」

「うん、凛ちゃんもありがと〜」

「お、お義姉さん? 凛ちゃん?」

 何をびっくりしてるのよ士郎は?
 って、ああ、士郎はさっきの話聞いてなかったのよね。

「あんたはね、もうお義姉さんから私が貰い受けたのよ。だから、藤村先生はわたしのお義姉さんなの!」

 い、言い切るわよ!

「藤村先生、おめでとうございます!」

「タイガ、おめでとう! 貴女に心からの祝福を」

「桜ちゃんも、アルトリアちゃんも、ありがと〜。うぅ、お姉ちゃんは嬉しいよぉ」

 "よよよ"と言いながら泣きまねをするお義姉さん。
 でも、家族みんなから祝福されて、ほんとに嬉しそうだ。

「それで、藤村先生っ! どんな人なんですかっ! 聞かせてください!」

 ずずいと、桜がつめよる。
 そうよね、結構興味あるわよね。

「おう、俺も聞きたいな、どんな剛の者なんだ、その高崎さんって人は?」

「ん? そ〜ねぇ、年は三十一歳でぇ今は外資系の製薬会社の研究主任さんなんだって」

「な、なんだか、イメージが外れたような……先輩、想像つきますか?」

「い、いや、全く……藤ねぇを嫁にしようかっていうツワモノと研究員のイメージがどうしても繋がらん……」

 う……そう言われてみれば、確かに想像できないわね……と言うよりも……

「あの、お義姉さん? それよりもまず、どうして知り合ったんですか? その人と?」

 だって、高校教師と製薬会社の研究員に接点があるように思えないものねぇ。

「え〜っとねぇ、春ごろだったかなぁ。わたしがネコのお店から帰ろうとしたら、スクーターが壊れちゃっててエンジンが掛からなかったのよぉ。それで、困ったなぁって思ってるときに、お仕事でたまたま新都へ来てた高崎さんがネコのお店にお客さんとして来てたの。それでぇ、"女の子が機械弄りなんかしちゃ危ないよ"って言われて、高崎さんが直してくれたのよぉ」

「ベタね」

「ベタですよねぇ」

「はい、まるでテレビドラマのように」

「どこかで聞いた事あるようなセリフだなその人の言った言葉……っていうか、"女の子"って誰さ?」

 バカね士郎、それを言うからベアクローを喰らうのよ……

「……それで、お礼にお茶をご馳走したら高崎さん中国拳法の達人でさぁ、なんだか意気投合しちゃって、それがきっかけかなぁ」

 やっぱりなんだかんだで武の人でもあるのね、そのお相手さん……

「痛ってぇなぁ、ベアはやめろ……でも、それじゃ研究員でイメージするよりも、藤ねぇに合いそうな人間像じゃないか」

「なんだか、遠まわしにバカにされた気がしないでも……まぁいっか……それじゃあ、明日の晩に彼と会うんだけど、ここに連れてくるねぇ。だから士郎はご馳走を用意しておく事!」

「「「彼っ!!」」」

 ああ、お義姉さんに一番似合わない単語かもしれないわ。

「そっか、言われてみれば、それが一番手っ取り早いよな……よし! 取って置きのご馳走を用意してやるっ!」

 そんなこんなで、明日の晩はお義姉さんの婚約祝賀パーティーとなったんだけど、ほんと……どんな人か余計に想像つかなくなった気が……







 夕食後、桜とお義姉さんが帰宅した衛宮邸の居間は、その世界を一変させる。

「今回は、調査が主目的よ。それに、依頼主から目的地の鍵も預かってるんだからあまり派手な行動は避けましょう」

 雷画さんから受けた依頼内容は、ある企業の社員寮で起こった社員の失踪事件を調査して欲しいというものだった。
 依頼内容自体は、何も問題は無いし難しいものでもない。

「ああ、そうだな。場所は、逢坂市の中央区だ。ブリーフィングは現地までの車の中で済ませちまおう」

 そう、その場所が問題なのだ。
 この失踪事件と同時期に、社員寮の周辺で通り魔惨殺事件が起こっている。

「はい、了解しました」

「あ、それからコレを渡しておかないと」

 そう言って士郎がわたしとアルトリアに手渡してきたのは、大きなイヤホンのような機械。

「……何なのよ……コレ……」

「あからさまに嫌そうな顔するなよ、凛。これはな、こうやって耳につけて。みんなの携帯を、こうセットしてと……よし! これで携帯を持たずに会話できるだろ?」

「おおっ! これは便利ですね、シロウ。これならば、剣を持ちながらでも通信ができます」

「へぇ、よく思いついたわね、こんなの」

 っていうか、あんたも魔術師ならパス経由での念話を思いつきなさいってのよ。
 どうせ出来ないんでしょうけど……

「ああ、俺も弓を使うときは両手が塞がっちまうからな。それで探したら、こういうのを売っていたんだ」

「それじゃあ、行きましょうか。士郎、"カレイド凛ちゃん1号"を玄関まで回してきてね」

「「……」」

「な、何よ……」

「いや、念のために聞くけどさ。何だよ、その"カレイド凛ちゃん1号"っていう、不気味な名前は?」

「失礼ね! わたし達の車の名前にきまってるじゃない!」

「……あのな……いや、いい。……とにかく、車回してくるから、待っててくれ」

 今日の依頼は、あくまで調査なんだから、ちゃちゃっと済ませてしまいたいのよ。
 さっきから、なんだか胸騒ぎがしてしょうがないし……
 何が原因なのかわからないけど、こういう時はやるべき事をさっさと済ませてしまうに限るわ。

 そう思いながら、玄関口から夜空を見上げると、ぶ厚い雲が月を隠していた。
 まるで、これからのわたし達を暗示するかのように……






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