Fate / in the world

ExtraSeason - Ex-06 「咲夜」 単編


「ねえ、君一人で遊んでるの?」

「うん……」

「そうなんだ……でも、お外暗くなってきたから、そろそろおうちへ戻らなきゃあぶないよ?」

「待ってるの……」

「え?」

「サクラを、待ってるの……」

「そっかぁ、僕も桜が大好きなんだよ。でも……散っちゃったからなぁ……」

「それでも、待ってるの……」

「う〜ん、来年まで咲かないんだよなぁ……そうだっ! じゃあね、ちょっとだけ眼を閉じててくれないかな?」

「はい……」

「――幻想開始(トレースオン)! はい、もう目を開けて良いよ。これ、君にあげるよ。ちっちゃいけどね」

「ありがとう……」

「気にしなくていいよ、僕は遠坂忍っていうんだ。君は?」

「わたしは――」





Fate / in the world
ExtraSeason
【咲夜 単編】 -- 紅い魔女の物語 --





 五月下旬の穏やかな風が流れ込むこの夕刻のひととき、わが遠坂邸のリビングには優雅な時間が流れている。
 白磁のカップには、インド・ダージリンとアッサムを黄金比でブレンドした紅茶が、真紅の色を醸し出している。

「うん、いい香り」

 思わず自画自賛しちゃうわね。

「ええ、なかなかの茶葉ですわ。これをシェロが淹れて下されば、文句のつけようがございませんのに……」

 正面のソファーに腰掛けながら、わざとらしく溜息を零している金ピカ。
 コイツは……素直に褒めるって事を知らないのかしら。
 まあそれでも、この落ち着いた雰囲気はなかなかに悪く無いわね……悪く……

――もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ

 その……わたしの隣から発生するこの異音さえなければ、なんだけど……

 目の前のテーブルに山積みされたスコーンとクロテッドクリームが、いい感じで優雅さをぶち壊してくれているのよ……
 ぐびぐびと紅茶を飲みながら、もっきゅもっきゅとスコーンの山を征服していくアルトリアに一瞥をくれていると、

――わんわんわんわん!

 と、玄関からせわしなく鳴きたてる犬の声が聞こえてくる。

「あれって、しろの鳴き声よね? 忍と散歩に行ったんじゃなかったかしら?」

 そう、先日来新しくわが遠坂家の一員となった、真白な子犬の"しろ"を連れて、忍は散歩の真っ最中……の筈なんだけど。

「確かに様子がおかしい……私が見てきます」

 スコーンを食べていた手を止め、アルトリアが玄関へと向かった。

「そう言えば、もうすぐですわね……リン」

 カチャリとカップを置きながら、ルヴィアが目を閉じたまま静かに語りかけてきた。
 その雰囲気だけで”何が”と問うまでもなく、ルヴィアの意図することが解ってしまう。

「そうね……」

 一言そう答えたわたしは、ふぅと小さく溜息をつきながら、窓の外へと視線を投げる。
 桜の花が散り、今年もまた、この季節がやって来たんだなぁという思いに耽っていると、廊下からトタトタと足音が近づいてくる。

「凛、やはりシロでしたが……シノブの姿が見当たりません! それに、この子の慌てよう……もしやシノブの身に何か……」

 慌ててリビングへと飛び込んできたアルトリアが抱えているしろは、わたし達へと何かを訴えるように鳴き続けている。

「確かに様子が変ね……わたし、近所を探しに行ってみるわ」

 そう言ってわたしが立ち上がったのと同時に、電話の着信音が鳴り響いた。
 途端に沸き起こる嫌な予感を押し込めながら、受話器を上げる。

「はい、遠坂です」

 それは、忍が事故にあい、救急病院へ搬送されたという、冬木警察からの知らせだった。







 警察からの電話の直後、ルヴィアが呼び寄せたタクシーで救急病院へと向かっている。
 遠坂の屋敷を出発してからずっと、頭の中が真白になっていて何も考えられない……
 大丈夫、忍が死ぬ筈なんて無いっ! いいえ、どんな事をしてでもこのわたしが助けてみせるわっ!
 その事だけを想う最中、遠坂邸からの坂道の途中、流れていく景色の中にぽっかりと拓けた空き地の前に屯う、数人の人だかりが目に入った。

「可能な限りお急ぎ下さい! 金銭に糸目はつけませんわっ!」

 張り詰めた雰囲気の車内に、ルヴィアの声が飛ぶ。
 わたしの横では、アルトリアが肩を震わせながら、口の端を噛み締めている。
 お願い、士郎! どうか忍を守ってあげて!
 心の中で叫びながら、わたしは焦れる気持ちを抑えこんだ。

 派手なスキール音をあげながら、救急病院の玄関前へと停止したタクシーから飛び降りるようにして病院へと駆け込む。

「救急で運ばれた遠坂忍の母親ですっ! 忍はっ! 忍の容態はどうなのっ?!」

 駆けつけた受付で、恥も外聞もかなぐり捨て、大声で問い質す。

「え、えっと、遠坂忍君でしたらニ階の215号病室ですが……」

 答えた事務員の言葉を最後まで聞かずに、わたし達は駆け出した。
 そして、遠坂忍と記された病室の前へと辿り着くやいなや、勢い良く飛び込んだ病室には……

「あっ! お母さんとアルトリア、ルヴィアお姉さんも。みんな、病院の中は走っちゃダメなんだよ?」

 にこにこといつもの笑顔のままで、暢気な事を言う忍がいた……

「忍っ!!」

 思わず力一杯抱きしめた。
 膝が笑って、立っていられなかった。
 それでも、この子が無事でいてくれた事だけで十分だった。

「シノブ、何処か怪我をしていませんか?! 痛いところは有りませんか?!」

 わたしが抱きしめたままの忍に、ルヴィアが声を掛けながら体中を確かめている。

「うん、大丈夫だよ。怪我だってしてないから平気だよ」

 にこっと笑ってそう答えた忍に、アルトリアが沈痛な面持ちで話しかける。

「申し訳ありません、私がシノブに付き添っていれば……」

 指先が真白になるほど拳を握りしめるアルトリアの気持ちは痛いほどわかる。
 この子には、かなり堪えたでしょうね。

「とにかく、無事で何よりだわ……忍、どんな事情か知らないけど、みんなを心配させたのよ? こんな時はどうしなきゃいけないか、解かるわね?」

 こう言う事は、きちんと教えなきゃいけないから。
 わたしは、真直ぐに忍の目を見ながら、問い質した。

「はい……お母さん、アルトリア、ルヴィアお姉さん。心配掛けて、ごめんなさい」

 ぺこりと小さな頭を下げて、すなおに謝る忍に、ようやく張り詰めていた空気が幾分和らいだ。
 で……そこで、初めて気が付いたのだ。
 この病室に、わたし達以外の人が居たって事に……

「えっと……どちらの子なのでしょうか? シノブはご存知ですの?」

 きっとルヴィアも今の今まで気付いてなかったのね。
 それくらい存在感の薄い、どこか儚げなこの女の子は、綺麗な長い黒髪を、片方だけ可愛らしいリボンで纏めている。

「うん、その子はね」

「……さくやです」

 説明しかけた忍の言葉に被せるように、ポツリと、その子は自分の名前を"さくや"と名乗った。
 まあ、それはいいんだけど……

「あのね、さくやちゃん? あなたはどうして此処に居るのかしら?」

 忍と同じくらいの年頃かしら?
 そう思いながら、わたしがさくやちゃんに問いかけた時、

――コンコン

 と、ドアを叩くノックが聞こえ、白衣を纏った初老の男性が入ってきた。







「一応警察からは、交通事故として連絡を受けていましたので、一通りの精密検査を行いました。ですが、本人からも救急隊員からも聞いた話では、車には接触していなかったらしいので、ご覧のとおりこれといって大きな怪我もなく、検査結果にも異常はありません。まあ、膝を擦りむいたのと、腕に少し痣が見受けられますが、数日で完治するほどですから問題はないでしょうな」

 忍を担当したという、医師からの説明を聞きながら忍の左腕を見ると、確かに細長い痣が四本浮かび上がっている。
 車を避けたときに、何かに打ち付けたのかしら?

「本当はそのまま帰宅しても問題ないくらい軽傷だったのですが、幼いお子さんでしたので、こうしてご家族の方がお見えになるまで、この部屋で休んで貰っていたのですよ」

「でしたら、シノブは入院の必要はございませんのね?」

「もちろんですよ。もっとも気になるようでしたら、数日間通院していただいて、検査を受けていただいても構いませんが。まあ、恐らく必要ないでしょうなぁ」

 そう言って初老の医師は、笑いながら忍の頭を撫で、"君は運が強いな"と言っている。
 まあ、確かにそうよね。交通事故にあって、これ程軽傷で済むなんて、ほんと奇跡的だわ。

「ああ、そうでした。ご面倒でしょうが、もう少しこのまま此処で待っていてください。警察の方が一応事情を伺いたいと、お見えになっていますので」

 そう言いながら医師が部屋をでていくのと入れ替わりに、制服姿の若い警官が部屋へ入ってきた。

「失礼します、本官は冬木警察署交通課の佐渡巡査と申します。こんな時に申し訳ありませんが、お子さんに少し事情をお伺いさせて頂きたく」

 いかにも新米熱血風の物言いに、思わず苦笑してしまった。

「ええ、構いませんわ。忍、大丈夫よね?」

 その若い警官へ了承の意を伝え、忍の様子を伺う。

「うん、大丈夫だよ」

 元気に答える忍の声に安心しながら、わたしは席を佐渡巡査に譲った。

「それじゃあ忍くん、覚えている事だけでも構わないから、おじさんの質問に答えてくれるかな?」

「はい!」

「偉いぞ! じゃあ今日の夕方、君が巻き込まれた事故の事だけど、君と一緒に遊んでいた女の子が、風に飛ばされた花を追いかけて道路に飛び出したところ、走ってきた車に惹かれそうになった。君はそれに気がついて、咄嗟にその女の子をかばった。ここまでは間違いないかな?」

 ゆっくりとした口調で問いかける佐渡巡査の言葉を、真剣な表情で忍が聞いている。

「うん! その通りだよ、お巡りさん」

「そっか、それじゃあ、ここからが大切なんだけど、君が女の子をかばった時、君もその女の子も車にぶつからなかったのかい?」

 幾分視線を強くしながら問いかける警官を見つめながら、ちらりとさくやちゃんの方へと視線を投げる忍。
 そして、もう一度警官へと向き直り、う〜んと考えた後、はっきりと答えた。

「うん! 僕もさくやちゃんも車にはぶつかってないよ!」

 その忍の言葉に、わたしとルヴィア、そしてアルトリアの視線が一斉にさくやちゃんへと向かった。
 なるほどね、この子も事故の当事者だったのね。
 でもまぁ……見ず知らずの女の子を助けて、車に轢かれそうになるなんて……忍は、あんたにそっくりよ? 士郎……
 心の中で盛大に溜息をつきながら、愚痴をこぼす。

「そっか、はきはきと答えてくれて助かるよ、忍君。それじゃあ、最後だ。その、さくやちゃんっていう女の子は君の知り合いなのかい?」

「「「えっ?」」」

 佐渡巡査が忍にした最後の質問に、わたし達三人の呆気に取られたような声が重なった。
 だって、この警官のすぐ目の前に、今質問している対象の女の子がいるのよ?
 それとも、この女の子がさくやちゃんだって事を知らないのかしら?

「うん、さくやちゃんとは今日お友達になったんだよ」

 わたしが考え込んでいる間に、忍が佐渡巡査の質問に答えていた。

「その子の苗字とかおうちが何処にあるかとか、忍君は知らないかな?」

「う〜ん、わかんないよ……ごめんなさい……」

「ああ、解からない事は解らないで全然オッケーなんだぞ? 忍君は気にしなくても大丈夫だからね。よし、それじゃあ質問はこれでおしまいだ。ありがとう、忍君。でも、君の運動神経は凄いなぁ。轢かれる寸前だった女の子を庇って、自分も車との衝突を回避するなんて信じられないくらいだ」

 手帳をポケットへしまいながら、忍へ感嘆の言葉を掛ける佐渡巡査。

「そうじゃないよ? 僕はさくやちゃんをかばうので精一杯だったんだ……だから、目の前に車のライトが迫ってきたときは、もうダメだと思って目を瞑っちゃったんだ。そしたら、直ぐ傍で女の人の"ダメッ!"っていう声が聞こえたような気がして……その後は良く解からないけど、あったかい手に腕を引っ張られたような気がしたんだ。僕もどうして車にぶつからずに済んだのか、解からないんだ……」

 つまり忍はどこかの女性に助けられたって事なのかしら?
 確かに、忍の左腕には痣が残っているし、アレは誰かに掴まれた痕のように見えなくもないけれど……
 まあそれはともかく、これは後できちんと叱ってあげないといけないかな。

「女の人かぁ……でもなぁ、車のドライバーは君と女の子しか見てないって言ってるんだよなぁ……まあ、これは再度ドライバーからも聴取しましょう。あ、ご家族の皆様にも、ご協力感謝いたします」

 そう言うと、佐渡巡査は今後の手続きなど一通りの事を説明して、帰っていった。
 まるで、この部屋にはさくやちゃんなど居ないのだといわんばかりに、この女の子には見向きもしないまま……







 わたし達が病院の精算や次回の診察予約をしている間に、あのさくやという女の子は姿を消していた。
 一言、”ありがとう”と忍に言い残して……
 不思議に思ったけれど、考えても仕方のないことだったので、わたし達は家路を急いだ。
 病院を出て、遠坂の屋敷への坂道へと差し掛かった頃には、すっかり夜の帳が落ちていた。

「ねえ忍、一つお母さんと約束しなさい。あなたが誰かを助けたいと思う気持ちは、お母さんも応援してあげる。けど、自分を犠牲にするような助け方は絶対にしちゃダメよ。もしも、今日の事故で忍に万が一の事があったら、お母さんは勿論、アルトリアもルヴィアも、凄く悲しんだのよ。それにね、そんな助け方をされて生き残ってしまった人は、すごく辛いの。お母さんの言ってること、解かる?」

 わたしの言葉に、前を歩いていた忍がくるりと振り返り、真剣な表情で考え込んだあと、

「うん、解かるよお母さん。ほんとに、ごめんなさい。それから、約束するよ。絶対に、自分を犠牲にしないって」

 そう言ってわたし達に謝ってきた。

「そうですわね、シノブがその約束を守ってくれるというのでしたら、わたくしからは何も言う事はございませんわ」

 ルヴィアが優しく微笑みながら、忍の頭を撫でる。
 くそっ! 良い所だけ持って行くんじゃないわよっ!

「わたしは……わたしこそ、どうか許して欲しい。シノブの危機にその場に居合わせなかった事を。そして、二度とこのような失態は繰り返さないと誓いましょう」

 アルトリアは、忍の手を取り自戒と誓を口にした。
 まあ、この子の性格だとこれは仕方ないか……
 再び歩き出したわたし達の目に、小さく遠坂の屋敷が見えてきた頃、ふと気になっていた事を忍に聞いてみた。

「それはそうと、ねえ忍? あなた一体何処で事故に巻き込まれたの?」

 問いかけたわたしの言葉に、再度忍が振り返り、きょとんとした顔のまま、

「ここだよ、お母さん」

 と、指さした場所は……立ち並ぶ住宅街の中、ぼっかりと更地になっている土地。
 そこは、旧間桐邸跡だった……

「……ここ、なのね? 忍……」

 搾り出した声は、それしか出なかった。

「うん、ここでさくやちゃんが一人で遊んでたんだ。それで僕が声をかけたら、桜が咲くのを待ってるって言うんだ。でも、来年まで咲かないでしょ? だからね……あの、ごめんなさい、お母さん。僕が創ってあげたんだ」

 そう言って、俯く忍を呆然と見ていたわたしは、忍の腕を取り、その痣に自分の手を重ねてみた。

「「「ッ?!」」」

 わたしもアルトリアも、ルヴィアも驚きに声が出ない。
 だってその痣は、わたしの重ねた手にぴったりと一致したのだから……
 信じられないような気持ちのまま、でもきっと、今思い浮かんだ予測が一番あたっているのだと思う。
 この時期に、この場所で、わたしと同じその手で、忍の腕を引いてくれた女性……
 ひっそりと夜の闇に佇む旧間桐邸跡へと向き直りながら、

「あなたが、忍を助けてくれたのね? 桜……」

 わたしはそう呟いていた。
 次の瞬間、まるでわたしの声を運ぶように、ひゅぅっと風が吹き抜けた。
 そして……

――助けられたのは、むしろ私達ですよ、姉さん……こんなにも独りぼっちだったこの子に気づいてくれました。やさしく声をかけてくれました。闇しか知らなかったこの子に……眩しいほど綺麗な光を見せてくれました。まるで、あの頃先輩が私にしてくれたように。それに……"桜"を大好きだって言ってくれた、私の大切な甥ですから。

 それは……昔のままの、優しい声で語られた。

「桜……」

 思わず手を伸ばしたその先に、優しく微笑む桜の姿と、そのスカートを小さな手で握るさくやちゃんの姿が朧げに浮かび上がる……

――ありがとう、忍くん。どうか、これからも元気で……

 そう言って小さく手を振ると、桜とさくやちゃんの姿は、蛍火のように消えていった。

「お母さん……あのひと」

 私の顔をじっと見つめながら、問いかけるような目の忍に、わたしは諭すように語りかけた。

「あの人はね、お母さんの妹、忍のおばさんなのよ。昔、不幸な事故に巻き込まれて、ちょうど今頃、桜の終わった季節に亡くなってしまったけれど、本当に優しい妹だったの。忍にも教えておくわね。今日あなたを守ってくれた、あなたのおばさんの名前はね、桜っていうのよ……」

 見つめる視線の先、旧間桐邸跡の更地には、狂い咲きのように咲き誇る季節外れの桜の枝が一輪、静かに添えられていた。

「リン、今夜は一緒に飲みませんこと? 偶然、極上のワインがございますのよ」

 わたしの肩にポンと手を置きながら、微笑むルヴィアがそんな事を言ってきた。
 そうだったわね、あなたも妹を……

「そうね、まあ、付き合ってあげて良いけど……わたしワインには、結構うるさいわよ?」

「あら? 69年物のロマネコンティではご不満かしら?」

 ……あんた、ソレ一体いくらするのよ?

「じゃあ、ご相伴に預かってやろうじゃない」

 そう言って笑いながら、ルヴィアには聞こえないように”ありがと”と呟いた。

 さあ、帰りましょうか。わたし達の家に!







「お母さん、しろの散歩に行ってきま〜す」

 アルトリアと一緒にしろを散歩に連れていく忍の元気な声が響く。

「気をつけて行くのよ〜、アルトリアお願いね〜」

「はい、行ってきます」

 バタンと玄関のドアがしまり、勢い良く駆け出していく気配がする。
 あの日以来、忍が何処に行くのにも、アルトリアは絶対に着いて行く。
 まあ、あの子なりにショックだったんでしょうけど……トイレにまで付いて行こうとするのは、どうかと思うわよ?

 そのアルトリアに聞いたところ、あの日の翌日、小さな一輪の桜の枝を、忍が更地の隅に植えたらしい。
 それ以来、毎日の日課として忍がしろの散歩に行く途中、必ず旧間桐邸跡の前で立ち止まり、眼を閉じて何かを祈るようにしているという。

 季節外れの桜は今も、その満開の花を散らすこと無く咲き誇っている。



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