Fate / in the world
ExtraSeason - Ex-03 「エミヤの属性」 単編
「へぇ〜、それがルヴィアの言ってた"聖別判定魔具"ってわけね」
凛の手による昼食を終え、私達は遠坂邸のリビングにて食後の紅茶を楽しんでいるのですが……
「ええ、我がエーデルフェルトが誇る、最高級の魔具ですのよ。例えどんなに希少な聖別であろうと、判定出来ないものは無いと自負しておりますわ。どこかの貧乏魔術師には、とても手に入る代物ではございませんのよ」
ルヴィアゼリッタが遠坂邸に滞在するようになって三日……
「誰が貧乏魔術師よっ! それにその魔具だって、ルヴィアが造った物じゃないでしょうがっ! ふんっ、どうせお金にモノを言わせて、どこぞのスミスから強引に買い取っただけでしょうに」
何かにつけてお互いに喧嘩をふっかけては、ぎゃあぎゃあと罵り合うお馬鹿な魔女二人の有様には、いい加減うんざりしてきましたね。
「あら? わたくしはリンのことを貧乏魔術師と言ったつもりはございませんわ。それとも、自覚がお有りなのかしら?」
貴女達がくだらない喧嘩をするたびに、シノブがオロオロと困った顔をしているではないですかっ!
「凛もルヴィアゼリッタも、いい加減にしてくださいっ! 今はシノブの聖別を判定することが重要なのではないのですかっ!」
そして、二人を私が諌めるたびに、シノブの私を見る目がどんどん引いていくように感じられることが、一番我慢なりません!
「ま、まあ、それもそうね」
「そうでしたわね。それでは少しテーブルの上を片付けて頂けますかしら?」
ご覧なさい! 貴女達二人が協力して事に当たれば、これ程物事がスムーズに進むのです。
ようやくつまらないいざこざを納めた凛とルヴィアゼリッタが、エーデルフェルトから郵送されてきた魔具をテーブルの上に設置していく。
「うわぁ、面白いやこれ!」
歓声を上げながら、シノブがその純粋な視線を向けている魔具……を梱包していた緩衝材ですね、アレは。
なるほど、先ほどから私の隣で何やら"ぷちぷち"と鳴っていた音は、シノブが緩衝材を潰していた音だったのですね。
「ほら忍、ぷちぷちは置いておいて、ちょっとこっちにいらっしゃい」
「は〜い」
魔具での聖別判定を行うため、凛がシノブを呼び寄せる。
傍らでは、ルヴィアゼリッタが魔具の調整をしているようですが……ほぅ、ぷちぷちという名だったのですか、これは。
何かに惹きつけられるように、私はシノブが置いて行ったぷちぷちを手に取ってみた。
その瞬間、指先に伝わる感触は、ぷちぷちと言うよりもぷにぷに?
「こ、これは、なかなか……」
予想を遥かに超えるさわり心地の良さに、思わず声が漏れてしまいました。
しかし、シノブはこれを指先で潰していましたね。
あの行為には何か意味が隠されていたのでしょうか?
ひとしきり思考を巡らせてみても、皆目見当がつきません。
こういった時、昔から私はそれを実践することで、色々なものを学び取ってきました。ええ、悉く例外なくです。
ならば何を躊躇うことがあるというのでしょうか。
私は意を決し、数多あるぷちぷちの膨らみから唯一つを選び取り、そっと親指と人差指で挟み込んだ。
――ぷちっ
「……」
な、何でしょうか、この得も言われぬような充足感はっ!
そして、同時に襲い来るこの狂おしいまでの征服欲はっ!
"ぷちぷちの大地に広がる全ての膨らみを征服せずして何が王かっ!"という程、抗うことのできない気持ちの昂ぶりはっ!
あ、いえ、私は別に征服王などではありませんが……しかし、これは。
更に、隣の膨らみへと指先を合わせ、
――ぷちっ
更に隣へと指先を移し、
――ぷちっ
更に更に更に……
――ぷちぷちっ
――ぷちぷちぷちぷちっ
――ぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちっ!
「……リア、……ルトリア? ちょっと! アルトリアってばっ!!」
「は、はいっ! 何事です、凛?」
征服戦の最中、そのような大声で呼びかけられては、びっくりするではありませんか。
「……"何事です"じゃないわよ、まったく。忍の聖別が判明したから、あなたにも聞いてもらおうと思ったら、一人でぷちぷちに嵌ってるだなんて……」
「むぅ……」
これは、私とした事が迂闊でしたね。
姿勢を正し、凛とルヴィアゼリッタからの話を聞くべく心の準備を整えながら、私はそっとぷちぷちをソファーへ横たえた。
――貴方を征服するのはこの私です。それをお忘れなきよう……
宿敵との決着を一時預けおきながらも、私は来たるべく再戦を誓っていた。
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ExtraSeason
【エミヤの属性 単編】 -- 蒼き王の理想郷 --
「ぷちぷちワールドにトリップしていらした方も戻って来て頂けたようですわね。それでは、わたくしから愛するシノブの聖別判定結果をお伝えいたしますわ」
「はいはい、余計な前置きはいいから、ちゃっちゃと言いなさいよ」
クッ! 私はぷちぷちワールドなどにトリップしてなどいません!
断固否定の眼差しで睨みつけるも、金ピカ年増は完全に受け流してしまっている。
なるほど、伊達に年は取っていないというわけですね? ルヴィアゼリッタ。
「性急ですわね、リン。この国には"ゼーレは事を仕損じる"という諺がある事を御存知ないのですか?」
「知らないわよっ、そんな諺! って言うか、どんなうっかり補完計画よ、それ……」
「あ、あら? わたくしとした事が、何処か間違えていたのでしょうか……ま、まあ些細な事は置いておきましょう」
ああ……この二人に任せておくと、事が前に進みません……
「……ルヴィアゼリッタ、先を急いでいただけると有難いのですが!」
「そうですわね……それでは改めて申し上げますわ。シノブの魔術属性は、架空元素ですわ」
「は?」
ルヴィアゼリッタの言葉に、凛が呆然としながら間の抜けた声を漏らしていますが。
架空元素属性とは確か……
「あ、あり得ないわっ! もし忍の属性が架空元素なら、わたしの判定でとっくに判っていた筈よっ! だって、桜の属性が架空元素だったのよっ!」
やはり……そうでしたか。
「落ち着いてください、リン。それについては、詳しくご説明させていただきますわ」
思わず自制を忘れてしまったかのような凛を、ルヴィアゼリッタが静かに嗜める。
ですが……シノブが桜と同じ属性と言われては、取り乱す凛の気持ちもわかります。
「お母さん、桜ってお花の名前の事じゃないの?」
「あっ!」
そうでした、凛はまだシノブには桜の事を伝えていなかったのでしたね。
まあ、今のは仕方がないと思いますので、その"やっちゃったぁ"と言うような顔は、やめた方が良いですよ?
「シノブ、その事はまた今度お話しいたしましょうね。今は貴方の属性の方が大切ですわ」
ルヴィアゼリッタ優しくシノブに言い聞かせる中、一瞬私へと視線を投げかけてきた。
これは……気を使ってくれたのでしょうね。
最終的に桜の命を奪ったこの私へ……
「はい、ルヴィアお姉さん」
にこりと笑いながらルヴィアゼリッタの言葉にシノブが頷く。
凛も私も、今のはルヴィアゼリッタに救われたと言うことでしょうか。
「では、説明を続けますわよ。リンが誤解していたのはやむを得ない事なのです。一般的に架空元素属性と言えば、"架空元素・虚"を現すのですが、この属性にはもう一つ、"架空元素・無"と呼ばれる亜種が存在いたします。ただでさえ少ない架空元素属性ですが、その中でも"架空元素・無"と呼ばれるこの属性は、更にレアケースとされていますわね」
「あちゃ、すっかり忘れてたわ。確か架空元素属性には、もの凄く低い確率で亜種が発生するって事を……」
もうお約束になってしまっていますので、いちいち言いたくはないのですが……
「流石ですね? 凛」
「う……だってしょうがないのよっ! それくらいこの属性は発生確率が低いんだからっ!」
「ええ、確かにレアケースですわね。定義として"架空元素・無"は、"在り得ない物の物質化を司る"と言われていますけれど……まあ、シノブの属性が判明したのは喜ばしいのですが、エミヤの属性が引き継がれなかった事が少しだけ残念ですわ」
寂しそうな笑顔で呟くルヴィアゼリッタに、苦笑する凛。
確かに、私もそれを感じないといえば嘘になってしまいますね。
しかし……在り得ない物の物質化? どういう事なのでしょうか?
私が視線を凛とルヴィアゼリッタへと送ると、当代最高峰の魔術師二人が思考の海へと沈み込んでいた。
「……やっぱり、存在確率の変動……でも……それじゃあ魔眼との関連性は……」
「……無から有の具現化……具現化? いえ、でもまさか……」
これは、このまま放置すると長引きそうですね。
後の予定に支障がでそうですし、一旦中断していただくしかありませんね。
「凛、ルヴィアゼリッタ、直ぐに結論が出そうにないのであれば、この後の予定を優先させたほうが、よろしいのではありませんか?」
「あっ! そうだったわね、忍の入園式、明明後日なんだし、服を新調しないといけないのよ」
「そ、そうですわっ! シノブの晴れの舞台なのですから、わたくしも新しい衣装が必要ですわね」
ああ……ですから、何故そこで貴女達は睨み合うのですかっ!
「さあシノブ、魔女は放っておいて私達は出かける準備をしましょう」
「うん! アルトリア、一緒にお店見てまわろうねっ!」
元気な笑顔で私の手を取り、玄関へと駆け出すシノブの掌がとても温かい。
この幸せな気分を、背中に突き刺さるオゾマシイ視線が邪魔をしているのですが……
「これは……ちょっと派手かしら? う〜ん、でもねぇ、こっちだと地味過ぎるし……」
「ええ、バッグはその棚の物を頂きますわ。この衣装に似合いそうですものね。でも、コサージュが難しいですわね……」
シノブの聖別判定から約三時間後、ここ新都のヴェルデ内にある婦人服売り場を、端から端まで制覇する勢いで廻る年増が二人……
衣装を一着決めるだけだというのに、一体どれだけ時間をかければ気が済むというのですか……
「お母さん、アルトリアと一緒に他のお店見てきてもいい?」
「ん? 良いわよ。アルトリア、忍のことお願いね〜」
はぁ……お気楽ですね、凛。
まあ、シノブと二人でというのは吝かではありませんが……
「シノブは何処か行きたい店があるのですか?」
「うん、あのね、ぬいぐるみ売り場に行きたいんだ」
「はい?」
シノブが、ぬいぐるみですか?
「だって、アルトリアが前に言ってたじゃないか。ライオンさんのぬいぐるみが好きだって。だから、僕がつくってあげたいんだけど……一度でも見ておかないと、出来ないんだ」
私のためだったのですね……ありがとう、シノブ。
「凄く……嬉しいですよ、シノブ」
「えへへ、それじゃあ行こっか、アルトリア」
そう言って私の手を引きながら歩き出すシノブに連れられ、私達は三つ下の階にあるファンシーショップへと向かう。
閉まりかけていたエレベーターに、ぎりぎり間に合った私とシノブは、目指す三階のボタンが既に押されていることに気が付いた。
ふと視線を反対側に向けると、私達と同じくらいの年格好をした女の子が二人。
なるほど、彼女たちもファンシーショップが目当てなのでしょうか。
そう思った瞬間、
――ガゴンッ!!
という轟音と共に、私達が乗っているエレベーターが急停止した。
「きゃあっ!!」
「きゃっ!!」
「あっ!!」
「危ないっ!!」
――ぶぎゅるっ!
緊急制動が掛かったのか、大きな縦揺れと共に、エレベーター内の灯りが消えた。
そのため、乗っていた私と女の子二人が、小さな悲鳴を上げて倒れてしまった。
その……なんだか、ぷにぷにと柔らかいものの上に……
「シ、シノブ! 大丈夫ですかっ!」
私も含めて、倒れこんだ女の子の下敷きになるように、身体を滑り込ませたシノブは物の見事に、押し潰される格好になったわけです。
「う、うん。全然平気さ! みんなは大丈夫?」
「おかげで、私は怪我はありません。恐らくこの子たちも無事でしょう」
「あ、あの、助けてくれて、ありがとぅ……わたし、舞です、この子は妹の綾」
「僕は忍、遠坂忍って言うんだ。で、この子はアルトリア、僕の大切な友達なんだ。舞ちゃんも、綾ちゃんも、怪我しなかった?」
「「はい」」
なるほど、全員怪我は無かったようですね。
ん? ちょっと待ちなさい、アルトリア!
「シノブ! 貴方は怪我は無いのですかっ?」
慌ててシノブの身体を確かめると、床と私達の間に自分自身を滑りこませるときに擦りむいたのだろう膝からは血が流れ、私達のクッションとなったときにぶつけたのだろうか、額には血が滲んでいる。
「ちょっと擦りむいちゃったけど、大丈夫だよ、アルトリア。それよりも、閉じ込められちゃったのかな?」
まったく……貴方は貴方の父とそっくりです。その困ったところも……
「こ、こわいよぉ〜、おねえちゃ〜ん……」
「だ、だいじょうぶだよぉ、綾。お、お姉ちゃんがついてるから、ね」
私達と同じくらいの年の女の子なら、この反応が当然なのでしょうね。
舞と言いましたか、その瞳を恐怖に揺らしながらも、姉として気丈に振る舞えるだけ、立派なものです。
「大丈夫だよ、君達のことは僕が絶対に守るから」
「「えっ?」」
不意に向けられた笑顔と優しい言葉に、きょとんとしたまま姉妹はシノブを見つめている。
「約束する! 絶対に僕が守るよ! だって僕は正義の味方の子供なんだからっ!」
恐怖に怯えていた姉妹の肩に優しく手を置きながら、にこりと微笑んだ後、誇りに満ちた声でシノブが宣言する。
そう言えば、シロウ、貴方も良くこうやって誰かのために、精一杯頑張っていましたね。
まあ、その大半が狙ったかのように女性でしたが……
過日の思い出を懐かしんだ次の瞬間、再び轟音と共に金属がこすれ合うような擦過音が鳴り響き、エレベーターが縦に揺れた。
「きゃあっ!!」
「きゃっ!!」
「あっ!!」
「危ないっ!!」
――ぶぎゅるっ!
ああ、度々申し訳ない、シノブ……
しかし、これは悠長に構えている暇はありませんね。
恐らく緊急停止用のストッパーが、もうもたないのでしょう。
と、その時、先程の縦揺れでひしゃげてしまった天井部分の穴から、水晶で造られた小鳥が私の肩へと舞い降りてきた。
『アルトリアも忍も無事ね?!』
凛の
「凛! 私もシノブも無事です。他、二名の女の子が同乗していますが、彼女達も怪我はありません!」
『解かった、私のいる場所は野次馬だらけで、術が使えないの。今、ルヴィアが人ごみの少ない場所を探して移動してるから、もう少しだけ頑張って!』
「それはダメです、凛! 恐らくもう」
私のその言葉が終わる前に、
――バキンッ!!
という絶望を予感させる金属音が響いた……
『忍――っ!!』
瞬間、使い魔から響く凛の絶叫と、姉妹の悲鳴を聞きながら、私はせめてこの三人を助けるためにと――
「絶対僕が、守るんだぁぁぁ!!
私が動くその刹那前、黄金に輝く瞳のまま、シノブの詠唱が異端の力を開放した。
その姿は……もはや似ているなどというレベルではなく。
まさに在りし日のシロウそのままのように思えた。
そして魔術の発動直後に響き渡る、
――ぷ〜〜〜ちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷちぷっちん!
という間の抜けた連続破裂音と……一定の高さで、みょんみょんと小さく上下動を繰り返すエレベーター。
何故でしょうか? 絶体絶命の危機を乗り越えたというのに、緊張感が微塵も感じられないのは……
シノブ、貴方は一体何を具現化したのですか?
私達が乗っていたエレベーターは丁度二階のドアの高さで停止したために、あの後直ぐに助けだされた。
すぐさまルヴィアゼリッタが姉妹の方へと近づいていったのは、事後処理を施していたのでしょう。
その後駆けつけたレスキュー隊が、エレベーターを調べている最中に、
『何故にこれ程大量のぷちぷちがっ!』
という叫び声が聞こえて来たのですが、気のせいでしょう……
「ごめんなさい、お母さん……」
「ん? どうして忍が謝るの?」
「だって……使っちゃいけないって、お母さんと約束してたのに、僕……」
俯いて、ごめんなさいと続けるシノブを、凛が優しく抱きしめる。
「そうね、約束は大事だけれど。でも、人の命はもっと大切でしょ。だから、忍がしたことは、間違ってなんか無いわよ。それどころか、アルトリアと女の子二人を守ったのは忍なのよ? だから胸を張りなさい。それに何よりも、自分自身の命を守った事を誇りなさい。正義の魔術使いの子供として、ね」
忍の頭に優しく手を当てながら、そう諭す凛の姿はまるで、赤い聖母のようです。
「凛、ルヴィアゼリッタ、貴女達は先ほどエミヤの属性が失われたと言っていましたが、あれは間違いです。エミヤの属性は間違いなくシノブに引き継がれています。あの瞬間、私は確信したのですから」
正義の味方というエミヤの属性は、正しく受け継がれていると。