Fate / in the world
ExtraSeason - Ex-02 「春一番」 単編
ぽかぽかと穏やかな初春の午後。
大きく開かれた窓からは、この遠坂邸のリビングへと、やわらかな風に春の香りが運ばれてくる。
ソファーに座る私の横では、午前中の魔術鍛錬で疲れたのか、シノブがスヤスヤと静かな寝息を立てて眠っている。
そのあどけないシノブの寝顔をじっくりと堪能しながら、父親譲りの赤い髪をゆっくりと梳かしているのですが……
「あんたねぇっ! 人様の家にお邪魔するのに、結界全部壊して入ってくるの、やめなさいよっ!!」
まあ、凛の言う事も尤もではあるのですが……
「あら、どこかに結界が張ってありましたの? あまりに拙い結界で、わたくし気が付きませんでしたわ」
その割に衣装がボロボロですね……
「攻性防壁レジストするのに、宝石ばんばん使ってたやつが何言ってんのよっ!」
ええ……最初、爆撃かと勘違いしたくらいですからね……
「確かに、性根のネジ曲がった下品な結界でしたわ。施設した術師の品性を疑うほどの……」
それは……何も言い返せないですね? 凛……
「はんっ! 品性最悪で行き遅れたオールドミスに言われたくないわよっ!」
――ぶちっ!
ああ、これは……シノブを連れて避難した方が賢明でしょうか……
「貴女は今、言ってはならない事を言ってしまいましたわ、リン……ええ、宜しくてよ。その喧嘩、エーデルフェルトの名にかけて、お受けいたしますわっ! ――
「巫山戯たこと言ってんじゃないわよっ! 最初に喧嘩ふっかけてきたのは、ルヴィアじゃないっ! ――
二人の魔女が、その指先を互いへと向け合いながら対峙するリビングは、まるで魔界の如しです。
それにしても――シノブはよくこんなに邪悪な魔力がダダ漏れな環境で寝ていられるものですね。
こういう所は、シロウに似たのでしょうか?
まあ、そんなことよりも……
私は首から下げたペンダントを手にし、シノブを庇うように立ち上がる。
手のひらサイズですが、流れ弾を弾くくらいは、十分に可能でしょう。
そう思い、シノブに贈られた”
その数瞬後、
まったく……馬鹿ですか、貴女達は。少しは年を考えろと言うのです。己が年をっ!
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ExtraSeason
【春一番 単編】 -- 蒼き王の理想郷 --
ぽかぽかと穏やかな初春の午後。
春一番が吹き抜けたこの遠坂邸リビングでは、肩で息する魔女二人と私が、何とも言えない空気の中でお茶を楽しんでいる。
ちなみに、シノブはいまだに熟睡中。これはなかなか器の大きな人物に育つかも知れませんね……
当代最高クラスの魔術師二人が、お互いにフィンの一撃を遥かに凌ぐ程のガンドを撃ちあった結果、リビングは大破。
私は何とか流れ弾を弾いていたのですが、一向に収まらない馬鹿騒ぎに業を煮やし、つい……二人のど真ん中に向け、渾身の一撃を振るってしまいました。
その……サーヴァント時代の癖か、手にした剣の真名を叫びながら……
あ、いえ、まさか生身の人間となった私が、本当に真名開放出来るとは思っていませんでしたが。
まあ、それでも、おかげで騒ぎが収まったのですから、結果オーライというものでしょう。
ええ、ですからこの惨劇の発端となった人物に睨まれる謂れなど無いと、胸を張って断言できます。
「……ですから、先程から謝っているではないですか、凛」
「何処の世界に、家の壁ふっ飛ばしといて、そんな王様オーラ全開で謝る奴が居るのよっ!」
む……しかし、半分以上は正当防衛が適応されるような気がするのですから、仕方がないではありませんか!
「……まあ、わたし達にも原因があるわけだし……もう、直しちゃったからいいけど……」
そのとおりです、凛。
起こってしまったことを、いつまでも根に持つのは良くない。
そんな事よりも……
「貴女は何を呆けているのですか? ルヴィアゼリッタ?」
大破してしまったリビングを、凛と二人して修復している最中から、ずっと私を見つめているルヴィアゼリッタ。
「いえ……色々な感情が一度に押し寄せてきましたものですから、すこしパニックを起こしていたようですわ。でも……そうですわね、まずはここから始めなければいけませんわね。お帰りなさい、アルトリア。またお会いできて、本当に嬉しいですわ」
私の問い掛けに、呆然としていた表情をやわらかな笑顔に変えて、再会の言葉を口にしてくれた。
「はい、私もまた貴女に会えて嬉しい、ルヴィアゼリッタ」
だから私も、掛け替えのない友人に再会を祝う言葉を返す。
「で? 急遽来日した用件はなんなのよ、ルヴィア? まあどうせ、何だかんだと理由つけて忍に会いに来たんでしょうけど……」
紅茶を一口含みながら、凛が問いかける。
「まあ、それはあえて否定致しませんわ。その前に、おうかがいしたい事がございます。アルトリア、先程のペンダント。アレは、シェロが貴女へと贈った物ではございませんわね?」
私へと向き直り、表情を一変させたルヴィアゼリッタが問いかけてきた。
まあ、この問いかけは当然といえば当然なのですが……
「はい、この”
「えっ?」
私の答えに、ルヴィアゼリッタの視線が、私の横でスヤスヤと寝ているシノブに注がれる。
「ちょ、ちょっとお待ちなさい! リンッ! 貴女はシノブに魔術を伝えないと言っていたではありませんかっ?!」
驚愕と憤りの表情でルヴィアゼリッタが凛へと詰め寄る。
「そうよ……わたしは何も教えなかった。けどね、ルヴィア。それでも忍は魔術を使えてしまったのよ。まあ、わたしもソレを知ったのはつい最近なんだけど……」
大きな溜息を吐きながら、凛が答える。
「そんな……だれに教わることもなく、宝具を……それも、”
ぷるぷると小さく肩を震わせながら、呟くルヴィアゼリッタに凛が追い打ちをかける。
「投影ねぇ……まあ、士郎を知ってるあなたなら、これを
凛の言葉に最初は怪訝な顔つきだったルヴィアゼリッタは、その意図するところを汲み取ったのか、真剣な表情で答える。
「ええ、構いませんわ。むしろ、わたくしの方からお願いしたいくらいですわ。わたくしの可愛いシノブを守り、正しく導くために」
「「……」」
"わたくしの可愛いシノブ"?
何を巫山戯たことを言っているのでしょうか? この金ピカ年増は?
「ねぇ……な・ん・で、忍があんたのものなのよっ! 忍はわたしと士郎の愛の結晶よっ!」
「あら? 別にわたくしは、その事を否定したつもりはございませんわ? ですが……教え導く師弟の関係が、いつしか男女の関係となり、シノブとわたくしが結ばれる可能性もございますわよ? その昔、どこかの師弟がそうなったように……」
ああ、いけない……私の魔力炉心が、唸りを上げて回りだしてしまいました。
このままでは私の魔力放出で、この屋敷を吹き飛ばしてしまいそうです……
眼前で魔女二人がぎゃあぎゃあと喚き合っているのを尻目に、私が必死になって自制を試みていると、
「う……う〜ん、あれ? アルトリアだ」
シノブの愛らしい寝起きの顔が、
「目が醒めたのですね、シノブ」
「うん、おはよう、アルトリア。って、アレ? ルヴィアお姉さんも来てたの?」
"お姉さん"?
あの年増が、"お姉さん"? 私の知らない間に"お姉さん"という現代用語の意味が変わってしまったのでしょうか?
「……"お姉さん"かどうかはともかく、シノブが眠っている間にルヴィアゼリッタが訪ねて来たのです」
「そっか〜、ルヴィアお姉さんとお母さんは、いつも仲良しだなぁ」
「……」
私とシノブの眼前で繰り広げられている魔女二人の舌戦を、"仲良し"と言い切ってしまえるあたり、この家は幼児の教育環境として相応しくないのかも知れません。
「あれ? もしかしてアルトリアはルヴィアお姉さんの事も知ってるの?」
汚れのない笑顔で、汚れしかない魔女の舌戦を見つめていたシノブがきょとんとしながら私へと訊ねてくる。
「ええ……良く知っていますよ。凛も、ルヴィアゼリッタも、私も、シノブの父であった人を中心に集った戦友でしたからね」
ふと脳裏に浮かんだ正義の味方の面影に、思わず笑みが零れてしまう。
それは、掛け替えのない私の宝物のような記憶だから。
「僕の……おとう、さん?」
こういう表情を憧憬と現すのでしょうか……
「ええ、忍のお父さんはね、いつもわたし達の中心に居て、精一杯わたし達を守ってくれたのよ」
いつの間にか、ルヴィアゼリッタとの舌戦を収めていた凛が、忍と目線を合わせるようにして、話しかける。
「リン……よろしいのですか? もう、シェロの事を伝えても?」
「だって、忍に魔術を正しく伝えるためには、どうしたって士郎の事を教えないわけにはいかないわ」
「凛、申し訳ありません。私は……はやまった真似を」
凛がシロウの事をシノブに伝えていなかったとは……
「良いのよ、アルトリア。調度良いタイミングだったし、気にしないで」
凛は、そう言って微笑む。
きっとまだ、シロウの事を思い出すのは辛いのでしょう……
「お母さん……僕のお父さんは、どんな人だったの?」
静かになったリビングに、少し不安げなシノブの声が響く。
それは、子が父親の姿を切望する気持ちであり……
「そうね……一言で言えば……へっぽこよ!」
ああ、台無しです……凛。
「へっぽこ?」
きょとんとしながらオウム返しに訊ねるシノブに、
「そうですわね……まごう事無き、へっぽこでしたわね」
ルヴィアゼリッタがとどめをさした。
「ねえ、アルトリア?」
「なんですか、シノブ?」
「へっぽこって、何?」
むぅ、これは困りましたね。
"シロウの事です"と答えたいのは山々ですが……
「そうですね……まあ、正しい意味は置いておくとして、"愛すべき人柄"と言う事にしておきまましょう」
「それ、苦しいわよ、アルトリア」
「ええ、シェロを知る人全てから、否定されかねませんわ」
私がこれ程答えに窮しているのは、一体誰のせいだと思っているのですっ!
「そっか〜、僕のお父さんは愛されてたんだ?!」
「そうねっ!」
「そうですわねっ!」
「そうですっ!」
思わず声を揃えて、天を睨みつけた私達に、シノブが引きまくっていますが……
これは、貴方の父親が全て悪いのです。気にしてはいけませんよ、シノブ?
「コホン……まあ、それはそれとして。あのね、忍。あなたのお父さんの名前は、士郎……衛宮士郎って言う名前だったのよ」
もう一度真剣な表情へと取り繕いながら、凛がシノブへと語り出す。
「えっ?! エミヤ、シロウ……それって!」
「あら、忍も知ってるのねぇ? そうよ、"あの"エミヤシロウがあなたのお父さんなのよ」
優しく、ゆっくりと、凛が諭すように声を紡ぐ。
「"戦場の救世主"、"紅い英雄"、"弱者の味方"……他にも色々と伝説や二つ名が残っていますわね。貴方のお父様は、今でも世界各地で語り継がれている"あの"シロウエミヤですのよ」
ルヴィアゼリッタが、シノブの頭を撫でながら、語りかける。
「シノブ……貴方の父、エミヤシロウは、彼の信じる"正義の味方"を目指し、大切な人を守り抜くために、精一杯生きた立派な人だったのですよ」
「せいぎの、みかた?」
いまだ呆然としながら、シノブは小さく呟く。
「そうよ、自分が守りたいと願った人達を守り抜くために、大した才能もないくせに頑張って頑張って……最後はこの"世界"を相手に戦った、最強の魔術使いだったわ」
静かに目を閉じながら、シロウの生き様を子供に語るその姿はまさに母親のそれだ。
「お父さんも、魔術師だったの?」
驚きに目を見張り、凛へと問いかける。
「違うわ……士郎は……忍のお父さんはね、魔術師じゃなくて、魔術使いだったの。自分の力を自分の為に使ったりしない、誰かを守るために使う魔術使いだったのよ。だから、ねえ、忍。もしも忍が誰かを守りたいのだったら、あなたも、魔術使いになりなさい。あなたのその力は、きっとこの先、誰かを守るために与えられたものだと思うから」
その胸にシノブを抱きしめながら、涙を見せないように話すその言葉は、まるで祈りのようだった。
生まれ持った異端の才。
父親と同じ理想を抱く、どこまでも純真な心。
それ故に、どうかこの子の未来に幸せをと願う、母親の祈りだった。
「お母さん」
「何?」
シノブの声に、涙を拭いながら抱きしめていた腕を解き、その顔を見つめる凛。
「僕ね、すごく嬉しいんだ。ずっと、僕のお父さんはどんな人だったんだろうって思ってた。それが、僕が一番憧れてる人が、僕のお父さんなんだって判ったんだもん。だから、僕もお父さんみたいに、僕の大切な人を守れる正義の魔術使いになるよっ!」
誇らしげに胸を張り、自分も父の理想を目指すのだというその姿を……シロウ、貴方にも一目、見せてあげたいと思うのは贅沢な事なのでしょうか……
せめてこの子の尊き想いよ天へと届けと願ったその瞬間、開け放たれていた窓から、春一番の風が室内へと舞い込んだ。
「「「ッ?!」」」
同時に、凛も、ルヴィアゼリッタも、そして私までもがお互いに顔を見合わせてしまった。
その風には、懐かしい彼の匂いが僅かに含まれていたような気がしたのですから……
「わあっ! すごいやっ?!」
不意に叫んだシノブへと目をやると……吹き抜けた春一番が運んできたのだろう。
薄桃に輝く桜の花びらが、シノブを包んでいた。
まるで、誰かがこれからのシノブの道行を祝福したかのように……
シロウ、見ているのですか?
貴方の理想を継いだ、小さな魔術使いの姿を。