Fate / in the world
ExtraSeason - Ex-01 「サイカイ」 単編
「うん、完璧ね!」
香ばしい匂いをあげる、焼きあがったばかりのクッキーをオーブンから取り出し、一言自画自賛……
あ、いやいや、ほんとに美味しそうなんだから、ちょっと違うわね。
お子様向けの、ミルクティーも準備オッケー。
焼き立てのクッキーを上品なお皿に盛りつけながら、ふと自分自身の身嗜みをチェックしてみる。
「これなら、何処から見ても、上品で優しそうなお母さんよね?」
今日ばかりは、うっかりで失敗するわけにはいかないのよ。
なんたって、我が愛息――遠坂忍が初めて女の子のお友達をこの家に連れてくるんだもの。
可愛い忍に恥をかかせるなんてこと、絶対にできないし、何より……
『僕が護ってあげるって約束した女の子なんだ』
なんて事をわたしの忍に言わせた相手が、どんな泥棒猫なのか、しっかりと見極めてやらなくちゃいけない。
ふっふっふ、何処の小娘だか知らないけれど、覚悟しておきなさいっ!
このわたし――遠坂凛が、サイキョウノオモテナシで迎えてあげるわよ。
自分でも自覚するほどの真黒な魔力をまき散らしながら、完璧に掃除の行き届いたリビングへと向かう。
「そろそろかしらね」
同じ深山町に住んでいると言っていたのだから、迎えに行った忍が女の子を連れてくるのは間もなくだろう。
あくまで、余裕を持った優雅な母親たるべく、静かにソファーに腰をおろす。
でもねぇ……引っ越してきて三日目に女の子を連れてくるってどうなのかしら……まだ五歳なのに……お母さんはちょっと心配です。
う〜ん、こんな所は父親に似て欲しくないわよねぇ……将来、苦労しそうだし。
「お母さん、ただいま〜。さ、遠慮しないであがってね」
「はい、お邪魔します」
天国に居る馬鹿の事を思い出していると、玄関から忍の声が聞こえてきた。
来たわね……
トテトテと廊下を歩いて来る二つの足音がリビングのドアの前でとまると、静かにドアが開かれる。
ドアを開いた忍の後ろに居る女の子に、極上の微笑を持って声をかける。
「いらっしゃい。遠慮しないで、入ってちょうだ……い……ね?」
ああ……120%優しいお母さんを演じ切ったわたしの笑顔は今、物の見事に引きつってるわよね……
だって、しょうがないじゃない。
忍の後ろに立っている女の子は、白いブラウスに濃紺のスカート、胸元には青のリボン。
こちらを見つめる瞳は聖碧で、リビングの窓から入る春風に揺れる髪は、金砂のような黄金。おまけにアホ毛……
そしてその顔立ちは……
「初めまして、アルトリア・エクターです。お義母様?」
誰が"お義母様"よっ!!
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ExtraSeason
【サイカイ 単編】 -- 紅い魔女の物語 --
「……」
暖かな春の日差しが差し込むわが家のリビングでは、微妙な空気のなか、忍が連れてきた女の子が上品にクッキーを食べている。
しかも、コクコクと頷きながら……相変わらず可愛いわよね、その仕草。
あ、いやいや、それよりこれはもう……ほぼ確定よね?
「あ、あの、アルトリア……ちゃん、だったかしら?」
あうっ……顔筋が引き攣るわね……
ちゃん付けにこれ程抵抗を感じるとは思わなかったわ……
「はい、何でしょうか? お義母様?」
くそっ! あなた、解ってて言ってるわね……口元が微妙に笑ってるわよ! アルトリア!
「……あのね……どうして! わたしが! "お義母様"なのかしらっ?」
「シノブのお母さんという意味だったのですが……この呼び方が気に入らないというのでしたら、そうですね……おば」
「はい、そこまでっ! あんた、いつまでしらを切るつもりなのよっ!」
絶対に口にさせてはいけない呼び方を遮るようにして、思わずアルトリアへと詰め寄ってしまった。
だというのに、こいつは……すました顔でぽりぽりとクッキーを食べている。
「あの……お母さんも、アルトリアも……どうしたの? なんだか、変だよ?」
わたしとアルトリアの顔を交互に見つめながら、忍が困惑の表情で訊ねてくる。
まあ、そりゃそうよねぇ……自分が初めて連れてきた同い年の筈の女の子と、自分の母親が知人だなんて、有り得ないもの。
この雰囲気に戸惑うのは当然よね。
「……そうですね、これ以上シノブを困惑させるのは本意ではありませんし……シノブ、実は私と貴方のお母様とは、面識があるのです」
あ〜、アルトリア……そんな剛速球な言い方しても、信じるはず無いじゃ……
「えっ?! そうなんだ! すごいなぁ、お母さんは、色んな所に知り合いがいるんだねっ?!」
今のを納得してしまえるなんて……我が子ながら素直過ぎて怖いわね……
これは間違いなく衛宮の血ね。
って、まあ、それはそれとして……
「で? 今の一言で確定なんだけど……本当に……本当に、アルトリアなのね?」
万感の想いを込め、真直ぐに彼女を見つめて問いかけたその言葉に、
「はい、お久しぶりです、凛」
と、見た目の姿は五歳の女の子だけれど、その在り方や存在感は以前と変わらないアルトリアが微笑みながら応えてくれた。
それだけで、あの懐かしい、かけがえの無い日々がよみがえってくる。
わたしと士郎とアルトリアの三人で暮らした、騒がしくも幸せだった倫敦での日々が。
共に神秘の夜を駆け抜けた親友であり、同じ男を愛した好敵手でもあったアルトリアとの再会の抱擁を、忍がぽかんとした顔で見ていた。
「それにしても……まだ現実を受け入れ難いわ。ねえ、アルトリア? あなた生身の人間なんでしょ?」
忍がお手洗いへと行った隙に、アルトリアの事情を訊ねる。
あの子の前では、神秘に関わる話は出来ないものね。
「ええ、ごく普通の人間です。前世とサーヴァント時代の記憶を持ち合わせている事と、魔力炉心が在って、魔力放出が出来る事以外は……」
「へぇ〜……」
全然普通じゃないじゃない……
「それ以外は、本当に五歳の少女としての能力しかありませんし、当然ですが、宝具や鎧も持っていません。ああ、直感は今でも働きますが。そんな事よりも凛、今日私が貴女に会いに来たのは、シノブの事でお話ししたいことがあるからです」
ティーカップをソーサーへと置きながら、表情を一変させてアルトリアがその雰囲気を変える。
「忍の事って、どういう事よ? まさか、あなた……逆光源氏計画とか考えてるんじゃないでしょうね……」
士郎がダメだったからって今度は忍狙いって事?!
それとも、衛宮の血筋は完全制覇するつもりかしら?!
「はぁ……まったく、貴女という人は、年を取ってもそのうっかりだけは治らないのですね……」
「誰が年取ってるって言うのよっ! わたしはまだ二十代よっ!」
何よ! ちょ〜っと自分が若返ったからって!
「凛が何歳になったのかなど、どうでも良いのですが……凛、貴女はシノブの重大な事実を見逃していますよ?」
「……重大な事実? って、何よ……」
わたしは忍を大切に育ててきたんだから、間違いなんてしてないわよ!
「貴女程の魔術師でも、我が子のこととなると気付かないのですね……ですが、これはシノブと"二人だけの秘密"だと約束しましたので、私の口からお話しすることは出来ません」
「……ちょっと、アルトリア? 何を乙女チックなこと言ってるのよ?」
「当然です。五歳の乙女ですから……」
こいつ……転生して確実に俗世に馴染んだわね……
そんなこんなで、わたしとアルトリアが二人して笑顔で睨み合っているところへ、忍が戻ってきた。
「お母さんとアルトリアって、本当に仲が良いんだね?!」
ああ、この子の純真さが胸に突き刺さるわね……
「はい、凛とは長い付き合いですからね。ところで、シノブ。私のお願いを聞いていただけますか?」
「僕に出来ることなら! アルトリアのお願いだったら、何でも聞くよ!」
騙されちゃダメよ、忍?! そいつは、そんなナリしてるけど、あなたよりものすご〜く年上なのよ! 軽く1500歳程……
「それでは……シノブと私の二人だけの秘密に、凛も混ぜてあげてください」
「「えっ?」」
思わず、親子でハモってしまった。
「本当は私とシノブだけの秘密にしておきたいのですが……凛にも知っておいてもらわないと、シノブの身が危険にさらされてしまいますから……そうですね、シノブと私のふたりだけの秘密は、何か他の形でわかち合いましょう」
ア、アルトリア……あんたねぇ……って、怒ってる場合じゃないわね。
忍の身に危険が及ぶってどういう事よ?
「そっか……うん、わかったよ、アルトリア。あのねお母さん、今まで秘密にしててごめんなさい。僕ね、お母さんみたいに魔法が使えるんだ」
朗らかに発せられたその一言が、わたしの時間と思考を全て止めてしまった。
今、この子は何と言ったのか?
マホウ? ほぅほぅ……流石は我が息子ね、わたしの知らない間に、第二に届いていたって言うのね……
あ、いやいや……現実逃避は良くないわよ、わたし……
「ね、ねえ、忍? お母さん良く聞こえなかったから、もう一回言ってくれないかしら?」
「良いよ、えっとね、僕は魔法使いなんだ」
「……」
「凛、どうか落ち着いてください」
ごめん、アルトリア、それ無理……
あの後、アルトリアと忍をリビングに残したまま、わたしは地下工房へと向かった。
サンドバッグに士郎の顔写真を貼りつけ、三十発程ガンドを叩きつけ終わると、いい感じで頭に上った血が引いてきたので、再度リビングへと戻ってきた。
「落ち着きましたか? 凛?」
「ご、ごめんなさい、お母さん。僕……」
「大丈夫、大丈夫だから、ちょっと冷静に話しましょう。ねえ、忍? あなた本当に魔法……いいえ、魔術が使えるのね?」
まずはここからだろう……この真偽を見極めないと、話が先に進まないし。
「う、うん……一つだけ使えるよ、お母さん」
「そう……それじゃ、今ここでお母さんに見せてちょうだい」
誰にも教わりもしないで、使える魔術が一体どんなものなのか、本当にソレは魔術なのか、隙無く漏らさずに観察しなければいけない。
「はい、それじゃあ、やるね――
その詠唱を聞いた瞬間、全身、泡立つように鳥肌が立つ。
受け継いだ筈のない詠唱を、当たり前のように紡いだ我が子。
そして、それ以上にわたしを驚愕させたのは――詠唱と同時に発動した魔眼。
遠坂の血筋である事を証明する、わたしと同じブルーの瞳が、一瞬黄金色へと変化する。
その魔術発動の結果は……
「干将・莫耶……」
全員の視線が、リビングのテーブルの上へと釘付けになるなか、わたしは乾いた声でその一言を搾り出すのが精一杯だった。
忍の魔術は、完璧な干将・莫耶を具現化してみせた。
「凛、どうですか?……これは、シノブのこの力はもしや、シロウと同じものではありませんか?」
アルトリアの声がどこか遠くに聞こえるような気がする。
だって、今のはあり得ない……
「お母さん……」
不安そうにこちらを見つめる忍。
ダメね、こんな事じゃ……わたしがしっかりしないと、この子を不安がらせるだけよね。
「忍はなにも心配しなくていいのよ。それから、アルトリア。これは
わたしの中で、一つだけ可能性のある仮説が組み立てられる。
けれど……それは、余りにも異端するぎるのよ。
もしそうだとしたら、それは、士郎の
「そうね、それじゃあ忍はお母さんと一つお約束をしましょう。今の魔法は、この三人以外の人の前で、絶対に使わないって約束。出来るかな?」
「それって、他の人の前では魔法は使っちゃいけないって事?」
「そうよ、これから忍はね、お母さんと一緒にその力をきちんと使えるようにお勉強しなきゃいけないの。だから、お母さんが"良いよ"って言うまでは、絶対に人前で使っちゃダメ」
「うん、わかったよ、お母さん。僕、約束するよ!」
そう、これはわたしの失敗。
この子の才能と資質を甘く見すぎていたわ。
だから、この子を守るには、母親として師として正しく導くこと。
「ありがと、忍」
「大丈夫ですよ、シノブ。私も貴方の味方ですから。どんな時でも貴方の傍で、見守っていきますからね」
うん、それにアルトリアも居てくれるのは本当に心強い。
まあ、ちょっとアレな方向で心配はあるけれど……
「ありがとう、アルトリア。忍の事、知らせてくれて助かったわ。"わたしの親友として"是非、忍を助けてあげて欲しいわ」
余計なちょっかい出すのは許さないけどね。
「是非もありません、凛だけに任せていては心配ですので。それに、シノブは私の味方になると言ってくれたのです。ですから私もシノブの味方になります。これからはお互いに"パートナーとして"助け合いますので」
こいつは……いけしゃあしゃあと……
「だ、だめだよっ! 僕が二人を護るんだからっ!」
「「……」」
小さな拳を握りしめて叫んだ忍の言葉に、思わずわたしとアルトリアはお互いに見つめあい、呆然とする。
そして……
「はい、そうでしたね。シノブは私を護ってくれるのですものね」
「お母さんのことも、忍が護ってくれるのよね。嬉しいわ、忍」
きっとアルトリアも、今頃天国に居る誰かさんのことを思い出しているのだろう、二人して思わず吹き出しちゃったわよ。
まあ、その横では、自分がからかわれたと思って、忍が怒ってしまったのだけれど。
これから再び、再開するのかもしれない賑やかな日々。
色々と大変なことはあるのかも知れないけれど……大丈夫よ、士郎……
わたしたち、これからも頑張っていくからね。