Fate / in the world
最終話 「希望の蕾」 単編
///// さて、時間は少々遡る。現在から約二年前、アフリカ大陸のサバンナでの出来事へ…… /////
「はぁはぁ……ぐっ!」
事前に情報を掴む事が出来たアトラス院の凶行を阻止するために、実行部隊が潜伏している施設へ強襲を掛けたけど……
戦闘に特化した三百人の錬金術師と、それに倍するロンド・ベルの部隊を一人で相手にするのは流石にきつかったな。
お陰で、外套も胴鎧もボロボロだ。
いや……一番ボロボロなのは俺自身か……
奴等を倒すと同時に、全身を内側から貫かれたからな。
魔剣の精神汚染が極大まで進んだせいか、最後に展開した
満天の星空を見上げながら、サバンナの樹に寄りかかるように座り込む。
それでも……何とか最悪の事態だけは阻止できたんだ。
なら、この結果もそう悪いもんじゃないさ。
そう思った瞬間、ズボンのポケットに入っている携帯がメールの着信を知らせる。
「凛……」
思うように動かない腕を何とか動かし、携帯を操作して凛からのメールを開く。
『愛する士郎へ。今日お城でオリヴィアが周辺国の戦禍を心配して、わたしと今後の対応を話し合っていたんだけど、それを横で聞いていた忍がね、"心配しないで、オリヴィアさん。僕がみんなを護るから!"って、真剣な顔で言ったのよ。ほんと……あなたそっくりの顔で。まだ三歳なのにね……良かったね、士郎。あなたの理想を追い求める意志は、しっかりとこの子が受け継いでいるわよ。だから、安心してね士郎。わたしと忍はいつもあなたの無事を祈っているわ。あなたの気の済むように、でも、あまり無茶をしないで、頑張ってね。あなたの凛より』
「ッ?! クッ……忍……」
読み返そうとする文字が、涙でぼやけて見えない……
嗚咽が零れて止まらない……
父親として何も残せなかったこの俺の理想を、忍が自分から追いかけるという。
こんな奇跡も、あるんだな……
両手で携帯を握り締めながら、遠く離れた家族に想いを馳せる。
「この満天の星に願いを掛けよう……この夜空に煌めく幾千万の星のどれか一つでもいい、俺の祈りをかなえてくれないか……どうか、俺の家族に幸せを」
頬をつたう暖かな涙もそのままに、星空を見上げながらそう呟いた。
Fate / in the world
【希望の蕾 単編】 -- 最強の魔術使いの継承者 --
夜の静寂が辺りを支配する中、自身の鼓動の音がやけに大きく感じられる。
それが徐々にゆっくりとしたリズムになるのを理解し、自分の最後が間近に近付いている事が判った。
だというのに……
まだ俺は眠らせてはもらえないらしい。
「星に願いを、か……そのような事をせずとも、お主ならば"世界"へと願いを託せようものを……」
忽然と俺の前に現れたのは……キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。
俺的には、糞爺だ。
「フッ、貴様も大概と粘着質だな……諦めたのではなかったのか? 俺の事も、この"世界"の事も……」
生命の最後の灯火を燃やしながら、俺の"敵"を睨みつける。
本来、俺の敵は俺自身だ。
けど……こいつにだけは、絶対に負けられない!
動かない筈の体に残り僅かな魔力を通して無理矢理動かし、立ち上がる。
「確かにな、数多ある並行世界の一つが終わりをむかえようと、わしには大海に落ちた小さな波紋ほどの事でしか無い。だが……今ならまだ間に合うのもまた事実。わしが再びこの"世界"に干渉し、お主が"
確かにこの数年、何処へ行っても争いがあった。
別に、争いのない世界なんて物を夢想していたわけじゃないけれど、余りにも多くの涙をこの目にしてきた。
それは、この糞爺が言うように人類の幼さのせいなのかもしれない。
けどなっ! この数年、俺が目にしてきたのは、それだけじゃないんだっ!!
「大概にしろよ、糞爺。俺も貴様に話す言葉はこれで最後にするぞ。確かに人は人を簡単に憎み、恨み、争いを起こす。その争いの影で、数えきれない程の人が犠牲になっている事も事実だ。けどな、そんな世の中でも人を慈しみ、愛し、守ろうとする心を捨てないのも人なんだ! その綺麗で尊い心がある限り、人は人の力で遥か遠い理想へといつか辿り着く!」
衛宮士郎の存在そのものを掛けて宣言する。
時には痛みを伴うかもしれない、それでも! 人は人の力だけで歩むべき筈だ!
「……やはり、最後まで己が考えを捨てぬか……そのような小さき想いに囚われ、太極を見据えられぬとは、この"エミヤ・シロウ"に"世界"を救う器は無いのかもしれぬな。ならば……残り僅かな命さえも無意味。存在の意味無きエミヤ・シロウはここで消えるがよい」
そう宣告すると、想像を絶するほどの魔力の高まりと共に、その手に宝石剣を取るゼルレッチ。
クソッ! 負けるわけにはいかないんだ!
なのに……今の俺には、満足に動く体も、魔力も残っちゃいない……
ゼルレッチの持つ宝石剣が七色に輝き出すのを睨みつけながら、それでも希望だけは捨てはしない!
俺が愛した宝石のように眩しい彼女は、いつだってそうしてきたのだから!
そう覚悟を決めた瞬間、
――ええ、シロウの言う通り、凛はいつだって希望を捨てはしませんでした。
そんな言葉を……涙が溢れそうになるほど懐かしい声で聞いた。
「アルトリアッ!!」
――はい、お久しぶりですね、シロウ。お話ししたい事は色々とありますが……今はまず、あの魔法使いを倒すとしましょう!
あの聖杯戦争の時と変わらない、何よりも頼もしい声で語りかけてくれる。
なら、俺達が負ける筈はない!
視線の先ではゼルレッチの宝石剣から膨大な魔力が放たれる。
「よし! 行くぞ、アルトリア!」
――はい、シロウ!
「「"
俺とアルトリアの二重詠唱によって、投影と同時に五つの魔法すら弾く絶対防御の結界宝具が展開される。
同時に、俺を包む絶対防御の結界内から、あの懐かしいアルトリアの香りがした。
そうか、そういう事だったんだな、アルトリア。
「むっ?!」
確信を持って放った膨大な魔力を完全に遮断された事で、ゼルレッチの顔色が変化する。
――シロウ! 一気に決めますっ!
ああ、お前なら必ずそう言うと思ったさ。
いくぞ!
「「――
詠唱と共に、二振りの"
そしてっ!!
「「"
左右の"
放たれた二条の極光は、美しい螺旋を描きながらその膨大な光の中にゼルレッチを飲み込んだ。
「はぁはぁ……」
視界を塗りつぶすほどの極光が収まるとともに、辺りは夜の静寂へと戻っていく。
「まさか、その体に騎士王を取り込んでおったとは……"異端"にも程があるぞ……」
「フッ! アレをくらっても死なん貴様に言われたくは無いな」
「……まあ良いわ……結局、最後まで我を通しおったか。ならばわしはこの"世界"から手をひこう。お主も残り僅かな命を満喫すれば良い。では、さらば錬鉄の英雄よ」
そう言って糞爺は俺の目の前から消えていった。
そして……
「お帰り、アルトリア……」
久しぶりの再会に、そんな言葉を掛けてみた。
――……………………フンッ!
というのに、彼女は大層ご立腹の様子だったりする。
「あの……アルトリアさん?」
――まったく……ずっと呼び掛けていたというのに三年も私に気付かないとは……シロウの朴念仁振りには、ほとほと呆れました。
「えっ?! 三年って、どういう事さ?」
――シロウと凛がリヒテンシュタインへと移り住んだ冬、既に私は戻っていたのですよ?
う……そうだったのか……
もしかして、あのクリスマスの頃、体調が急に回復したのもアルトリアのお陰だったのかもしれないな。
「そうだったのか、気付けなくてごめんな、アルトリア。それじゃ改めて……お帰り、アルトリア」
――はい、ただいま戻りました、シロウ。
優しい声でそう答えてくれた。
「それはそうと、もしかして君は妖精郷にいるのか?」
樹にもたれ掛かりながら座り込み、さっき気づいた事を確かめてみる。
――はい、私はあの丘へと戻り、自身の人生に悔いを残す事無く、アーサーとしての人生に幕をおろしました。そして……
「その後、傷を癒すためにアヴァロンへと旅立つ、だったよな?」
――ええ、ご存知だったのですね? 私の伝承を。そして今、そのアヴァロンは……
「俺のなかって事か……でも……ごめん、アルトリア。折角こうして話せたけどさ、俺はもう……」
持って後数分かもしれない……
だんだんと体の感覚が薄らいできているのが、わかってしまう。
――はい……私が現界しているわけでもありませんので、"
「ああ、でもさ、俺は後悔なんてしてないぞ。むしろ、凛とアルトリア、二人と共に歩んできた俺の人生は、まんざら捨てたもんじゃなかったって思えるんだ」
――そうですね……私と同じ様に、シロウもその人生に悔いを残さず生きられたのなら、それはきっと幸せな事だと思います。
「そうだな……それとさ、恐らく俺は正規の英霊として座につくだろうって事は、なんとなく自分でもわかるんだけど。アルトリアはこの後どうなるんだ?」
――フフ、シロウは私の伝承をご存知なのではなかったのですか?
悪戯っぽく笑うアルトリアの声に、彼女の伝承を思い返してみる。
「確か……かつての、そして未来の王……ってまさか!」
――さあ、どうでしょうか。少なくとも、私はこれから忙しくなりそうですが。
そんな事を言いながら、微笑むような雰囲気が伝わってきた。
「そっか、それじゃあしばらくは会えないかもしれないけど……きっといつか、また会えるような気がするんだ。だから」
――はい、その時まで、しばしのお別れですね。ではシロウ、またお会いする時を楽しみにしています……
そう言って、アルトリアの意識が静かに俺の中から消えていった。
「ふぅ……」
一つ、大きく息を吐きながら、背中を樹に預ける。
最後にアルトリアと話せて本当に良かった。
ふと空を見上げれば、いつの間にか東の空が朝焼けに染まっている。
それはまるで、この星の美しさを象徴しているかのようで……
「凛に最後の
何とか指が動くうちに、俺の心の全てを最愛の妻へと伝えるために。
そして……
最後の
あの糞爺は大きな見落としをしていった。
聖杯戦争を生き抜いた俺が、"
これだけでも、俺の勝ちだ。
それに……
この"世界"にだって、しっかりと俺の意志を受け継いでくれた存在が居るという事を見落としやがった。
今はまだ、小さな小さな希望の蕾だけれど。
いつか美しい花を咲かせるだろう、その存在を。
成すべき事をすべて成し終え、もう一度空を見上げる。
ああ、ほんとに綺麗な朝焼けだな。
凛、そろそろ、君とはお別れだけど……
俺はいつまでも君と忍を見守っているよ。
その気持を込めて、胸元のペンダントからミニチュアの莫耶を外す。
ありがとう、凛。
この星に生まれ、君と出会い、君を愛し、君に愛されて俺は、最後まで……幸せ……だった……
Long time fantasy night is now over.
and This story completed.
Fate / in the world : Season4 - epilogue in the world END.
special thanks to all of reader...
///// そして時間は再び現在へ。冬木市深山町、小さな希望の蕾が今…… /////
「少し、お外を見て来ても良いですか? お母さん?」
「良いわよ、あ、でもあまり遠くに行っちゃダメよ。それと、車には気をつけなさい」
「はい、それじゃ行ってきま〜す!」
どんな町なんだろう、ここは。
今まで住んでたところとは随分ちがうけど……
あ、でも、お家はあんまり変わらないかな?
この坂道にたくさん咲いているのは、確か”桜”っていうお花なんだっけ?
綺麗なお花だなぁ、気に入っちゃった。
おっと、交差点は気をつけなくちゃいけないんだった。
ちゃんと右と左を確認して。
うん、大丈夫。
あれれ? この辺りのお家は随分変わってるなぁ?
木で出来たお家が多いや。
なんだか……珍しくて、おもしろいなぁ……
――ドンッ!
「きゃっ!」
うわぁ! 余所見してたら誰かとぶつかっちゃった!
大丈夫かな? 相手は女の子なのに怪我とかしてたら大変だ!
「ご、ごめんなさい! 大丈夫?」
慌てて謝ると、女の子の後ろから、大人の女の人が声を掛けてきた。
「ええ、大丈夫ですよ。この子も前をみていなかったのですから」
この女の子のお母さんかな? 優しそうな女の人が、そう言って僕と女の子を起こしてくれた。
「あの、僕、遠坂忍って言います。昨日この町に引っ越したばかりで、まだ町のことよくわかんなくて……」
「あら! それじゃあ私達と同じね! 私達も昨日この家に引越して来たのよ?!」
そう言って女の子のお母さんは、僕をお家へと案内してくれた。
そのお家は、初めて見るのになんだかとっても懐かしいような気がして……それにとっても暖かなんだ。
女の子のお母さんがクッキーをご馳走してくれた後、僕は女の子と一緒にこのお家のお庭にある、小さな建物の中で遊んだんだ。
そこはとっても変わったまるで小さなお家みたな建物で、大きな扉から中に入ると、少し暗いけどお日様の光が入ってきていて、二人でお話しするには十分な場所なんだ。
「へぇ〜、君も五歳なんだ?! じゃあ僕と同じだね。もしかすると同じ保育所かもしれないね」
うぅ、こんなに可愛くて綺麗な女の子と一緒だと嬉しいなぁ。
「うん、でも私はあまり、他の子と話すのが得意じゃないの……」
そう言って女の子が俯くと、金色に輝く髪からチョコンと飛び出した前髪の一房がフワリと揺れた。
うわぁ、すごく綺麗な髪だなぁ。
よし!
「そっか〜……じゃあ、僕が君を護ってあげるよ! 他の子達と仲良く出来るように、僕が君の味方になるよ!」
「シノブが私の味方になってくれるの?」
ビックリしたように女の子は碧の瞳を真丸に見開く。
「うん! だから、君だけに僕の秘密を教えてあげる。お母さんにも内緒なんだけど、君は特別だよ。あのね、本当の事を言うとね……僕は魔法使いなのだ!」
「えっ?!」
うぅ……やっぱりこんな事、信じてもらえないよねぇ……
しょうがない、それじゃあ!
「――
僕が使えるたった一つの魔法で"世界"を騙す。
「はい! これ、君にあげるよ!」
出来たばかりの小さな剣の形をした飾りを女の子に手渡した。
お母さんがお家にしまい込んでいた綺麗な剣を小さくしてみたんだけど……気に入ってくれるかな?
女の子は両手でそれを受け取ると、
「ありがとう、シノブ」
うれしそうに、にっこり笑ってそう言ってくれた。
良かった、気に入ってくれたみたいだ。
「それが僕の魔法なんだ。僕と君の二人だけの秘密だよ?」
だって、お母さんは僕に魔法を教えないようにしてるみたいだから……
「シノブと私の秘密なのね。それじゃあ、シノブが秘密を教えてくれたお礼に、私の本当の名前を教えてあげる」
僕の目をまっすぐに見つめながら、女の子がそんな事を言い出した。
「本当の名前?」
どういう事だろうと思って聞き直すと、女の子の表情がスッと変わった。
「はい、私の名はアルトリア、アルトリア・ペンドラゴン。貴方が私を護ると言うのなら、私もシノブの味方になりましょう」
アルトリアと名乗った女の子が、その時僕にはすごく大人の女の人のように思えたんだ。
「アルトリア……すごく綺麗な名前だね。よし! じゃあ、これから僕はアルトリアの味方だ!」
うん、僕は頑張って、お母さんもアルトリアも護るぞ!
これが僕の目標への第一歩だ!
///// そして……彼の理想と最強の魔術使いの称号は、その小さな希望の蕾へと受け継がれる…… /////
Fate / in the world
〜Fin〜
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