Fate / in the world

014 「旅立ち」 単編


 あの悲劇の夜から三日後、柳洞寺にて故藤村大河の葬儀がしめやかに執り行なわれた。
 その葬儀の中心となる棺には、故人が着る筈だったウェディングドレスだけが納められている。
 御遺族、わたしやアルトリアや桜といった衛宮の関係者、藤村組の関係者、故人の友人、穂群原学園の生徒や学園の関係者など多岐に渡る参列者の数は故人の生前の人柄をよく表していると思う。
 ただ一人、故人との関係上、本来であれば絶対に出席していなければならないはずの――衛宮士郎だけがその葬儀に姿を見せなかったのだけれど。

 あの日、士郎は"壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)"で船を爆破した後、無茶な身体強化のせいか気を失ってしまった。
 わたしはディーロ神父に連絡をとり、事件のあらましを伝え、事後処理をお願いした。
 現場にいつまでも留まるわけにもいかなかったわたし達は、気絶した士郎を車の後部座席に放り込み、

『騎乗スキルを持つ私ならば、車の運転など目をつぶっていても可能です』

 と、豪語したアルトリアに運転を任せて衛宮邸へと帰宅した。
 ……まあ、わたしがアルトリアの運転する車に乗る事は、間違いなく、二度と、金輪際無いだろうという事は付け加えておきたい。
 無事(?)衛宮邸に帰り着いたわたし達は、気を失ったままの士郎を部屋に寝かせ、深夜ではあったものの事態が事態だけに藤村邸の雷画さんを訪ねた。
 わたしは事件の全容を可能な限り、私情を挟まず雷画さんへと伝えた。
 沈黙のままわたしの話を聞き終えた雷画さんは

『孫が世話になりました。ありがとう、遠坂の御当主』

 と、一言だけ発し、わたしを見送った。

 明けて翌日に報道されたフェリー爆発事件の内容は、出航直後に機関部からの出火に伴う炎上、爆発が原因であるという海難事故となっていた。
 全乗客及び船のクルーを含めた二百五十五名の死亡が報じられ、その中に藤村大河の名前もあった。
 その日の夕方近くになってようやく気がついた士郎は、わたしとアルトリアが夕飯の買い物に出かけている間に、

『少し一人で考えたい事がある。ニ・三日で戻る』

 という置手紙を残し、姿を消したままだ。

 はぁ……寝起きと同時に気分の滅入る思考は良くないわね。
 良くないのは解かってるんだけど、でも……士郎のあの髪の色は……

「士郎のバカ……」

 まあ、起きぬけの第一声が恋人をバカ呼ばわりというのもアレなんだけど……
 だって、しょうがないじゃない。
 士郎が姿を消して、今日で三日目。
 主の居ないこの家には、わたしとアルトリアしか居ない。

「そろそろ帰ってきなさいよね……」

 愚痴を一つ零しながら着替えを済ませる。
 普段よりも冷たく感じてしまう長い廊下を歩き、居間へ入ると、

「おう、おはよう凛」

 バカが朝食を作っていた。





Fate / in the world
【旅立ち 単編】 -- 紅い魔女の物語 --





「……」

 人って怒りが過ぎると、諦観にも似た感情をもよおすものなのね? 改めて思い知らされたわ。

「もうすぐ朝飯できるから、居間で座っててくれよ」

 無言のまま、バカの言うとおり居間のいつもの場所へ座る。
 キッチンで忙しく朝ご飯の用意をしているバカの後姿は、今までと変わりなく……でも、大きく変わってしまった。

「おや? おはようございます、凛。起きていたのですね」

 朝の挨拶をしながら居間へと入ってきたアルトリアに軽く応える。

「おはよ〜って、アルトリアは驚かないのね? 士郎が居る事に」

「私は朝早くに戻ってきたシロウと道場で会っていますので」

 "道場"で、ね。
 まあ、ぼっこぼこにされたんでしょうけど。

「すまん、出来たやつから運んでくれないか?」

 キッチンから士郎が声を掛けてくる。

「はい、こちらはもう運んでよろしいでのですか? シロウ?」

「ああ、悪いなアルトリア」

 何とはなしにそんな光景を眺めていると、テーブルに朝食の準備が整えられていく。

「じゃあ、いただきます」

「「いただきます」」

 久しぶりの士郎の和食はすごく美味しかった。







「で、どこ行ってたのよ、士郎?」

 急に三日もいなくなったんだから、それ相応の説明をしてもらうわよ。

「白砂海岸に行ってたんだ……夏に泊まった旅館でお世話になってた」

 やっぱり……

「……そう。それで? あんたは大丈夫なの?」

「正直言うとさ、今何を言ったって、それは俺のした事を正当化しようとしてるような気がするんだ。理由はどうあれ俺が藤ねぇをこの手にかけた事は事実なんだから……」

 バカ、やっぱり全部自分一人で背負っちゃってるじゃない……

「シロウ……貴方は後悔しているのですか? あの結末をやり直したいと、そう思っているのですか?」

 士郎の正面に座るアルトリアが士郎を見据えるように問う。

「いや……後悔はしてないと思う。あの時の俺の決断は間違いじゃないと今でも思ってる。けどさ……あんな結末を俺は望んだ訳じゃない。藤ねぇを救いたかった、俺がそう思った事は事実なんだ。その為の俺の力が足りなかったのか、それとも成すべき事が出来ていなかったのか、まだ俺には解からないんだ。だから、次こそは……今度こそは救いたいと思った人を救えるだけの力が欲しい。その理想を目指す事に変わりは無い。それとな……あの結末が例えどんなに報われないものだったとしても、俺はやり直しなんて求めたりはしないぞ。そんなおかしな事は、絶対に求めちゃいけないんだ」

「何故です、シロウ! 貴方は可能な限り皆を救おうとした。あの状況でタイガをも救おうとした。その結果が報われないものならば、せめてやり直しを求めても良いではないですか!」

 アルトリア? 一体どうしたのよ?

「……アルトリア。それじゃ聞くけどさ、やり直しっていったい何を何処からやり直すんだ?」

「そ、それは……」

 問い返されたアルトリアが困惑の表情を浮かべる。

「俺が藤ねぇを殺す前か? 藤ねぇが高崎さんと愛し合うようになる前か? 藤ねぇが高崎さんと知り合う前か? それってさ、結局はこの結末を知っているからこそ言える仮定の話だろ? それにそういった事を全て無かった事にするって言うなら、その時間の喜びとか悲しさとかそういったものまで無くなっちまうんだ。だから、俺はやり直しなんて求めないよ」

「シロウ、貴方は……いえ、忘れてください。私の失言だったようだ……」

 こんな深刻な顔のアルトリアは初めてね……まあ、この子も何かと厄介な思いを抱えてるんでしょうけど。

「……アルトリアが言う事も解かるけどさ……俺は自分のこの手が藤ねぇを殺した事を忘れない。それでもやっぱり救える人を救いたいって気持ちだけは変わらないよ。例えそれが報われない結果に終わったとしても、その理想まで間違いって事じゃあ無いさ」

 士郎……正直言うとね、わたしは不安なの。
 あなたのその思いはとても尊いものよ。
 でもね、それがあのアーチャーへの道へと繋がっているんじゃないかって、どうしても思ってしまうのよ。
 わたしがいくら頑張っても、士郎はアーチャーと同じ道を進んでしまうんじゃないかって。
 士郎のその髪の色が、わたしへの罰のように思えてしまう……

「凛、ごめんな。心配ばっかり掛けちまうな、俺は」

 それなのに……どうしてあんたが謝るのよ……

「バカよ士郎は……」

「ああ、そうだな。けどさ、俺は今回ほど凛とアルトリアがいてくれた事をありがたいと思った事は無かったかもしれない」

「「え?」」

 どゆ事よ、それは?

「実はさ、俺が"赤原猟犬(フルンティング)"を撃って意識を無くす瞬間、"契約せよ"って声が聞こえた気がしたんだ。もしも……もしも俺が一人だったら、あの時アルトリアの言うようにやり直しを求めて"契約"していたかもしれない。でもさ、あの瞬間思ったんだ。切嗣やアーチャーがたった一人で乗り越えてきたことなんだ、なら、凛やアルトリアが一緒にいてくれる俺に乗り越えられない筈がないだろ? ここで俺が”世界”と契約なんてすれば、それは凛とアルトリアへの裏切りなんだって」

「「……」」

 声が出ない。
 一つ間違えれば、あの時士郎は世界と契約していたかもしれない。
 そう思うと、底の無い恐怖心と、同じくらいの怒りが湧き上がってきた。
 わたしは何を弱気になっているんだ。
 私の全てを掛けて、あの紅の騎士と約束したってのに!

「だから俺は……髪は焼かれて真白になっちまったけどさ、でも、アーチャーのようにはならないぞ」

 それに今でも士郎は士郎なんだ。
 こいつなりに乗り越えていこうと精一杯頑張ってるじゃないか。
 そうよ、こいつがこんなに頑張ってるんだ。
 わたしが不安がってどうするのよ。
 大丈夫、辛くて報われない結末だったけれど、わたし達はこれを乗り越えてみせる!

「それじゃあ、士郎。お義姉さんのお墓へ行きましょう。あんたお葬式にでれなかったんだから。こういう事はケジメをつけないといけないものよ」

「ああ、凛の言うとおりだな。でもその前に一つ、つけとかなきゃならないケジメがあるんだ」

 そう言って士郎は玄関へと向かう。

「ちょ、ちょっと士郎! 何処行く気よ?」

「雷画爺さんに……会ってくる。そうしないと俺は藤ねぇの墓には行けないさ」

 厳しい表情で言い放つ士郎。

「……そうね、でも士郎。わたしとアルトリアも一緒に行くからね」

「当然ですね、私達三人で行くのが筋でしょう」

「……わかった。けど、一つ約束してくれないか? 雷画爺さんと俺の間に何が起こっても、二人は絶対に手を出さないでくれ」

「わたしは出来もしない約束なんてしないわよ」

 当然じゃないの。

「すまない、シロウ。私も約束はできない」

 アルトリアなんて、黙ってるわけ無いでしょうが。
 ドンパチなんだから……

「……お前らな……」

「いいから、とっとと行くわよ、士郎」

 やるべき事はさっさとやる。
 これは、わたし達が乗り越えなきゃいけないことの一つなんだからね。







「体は……もう良いのか? 士郎」

「ああ、心配かけちまった。すまないな爺さん」

 いつものように通された雷画さんの居る奥の間。
 けれど、雷画さんも士郎も纏っている雰囲気がいつもとはまるで違っている。

「今日は、何の用件じゃ?」

 鋭い眼光で士郎を射抜くように雷画さんが問う。

「……藤ねぇの事は、凛から聞いたって事らしいけどな。やっぱり俺から伝えなくちゃいけないと思ってさ」

 その眼光を受け止めながら士郎が返す。

「ふむ、聞かせてもらおうか」

「ああ……藤ねぇは……俺がこの手で殺した」

 士郎の言葉が終わった瞬間!
 雷画さんの手が背後の日本刀へ伸びるのと同時にアルトリアが風王結界を雷画さんの首筋へと叩きつける。

「アルトリアッ!!」

 それを、士郎の一喝がギリギリで引き止める。

「「「「……」」」」

 その場に居る全員が動けなくなる。

「お願いだアルトリア、剣を納めてくれないか? 爺さんもまずは引いて欲しい」

「解かりました……」

 そう言ってアルトリアが風王結界を引き、雷画さんも日本刀から手を離す。

「爺さんすまなかった、ここじゃ場所が悪い。道場は使えるか?」

「うむ、ついて来い」

 立ち上がり、わたし達を先導する形で雷画さんは道場へと向かっていく。

 衛宮の道場よりも広く立派なその道場に入った士郎と雷画さんは、中央で対峙しにらみ合う。
 士郎は無手で、雷画さんは日本刀を手に。

「士郎……獲物は好きなものを選べ」

「俺は魔術使いだ、獲物は自身で創り出す」

 信じるからね、士郎。
 ほんとに信じてるからね。

「そうか……ならば、良いな?」

「ああ、アルトリア、凛、絶対に手を出すな。――投影開始(トレースオン)!」

 士郎がわたし達を諌め、両手に干渉・莫耶を投影する。
 雷画さんは日本刀を正眼に構え、対する士郎は無形の位のまま構えすら取っていない。

「行くぞぉっ! ぬおぉぉぉぉっ!!」

――ダンっ!

 裂帛の気合と共に踏み込み、大上段からの一撃を士郎の頭蓋へと打ち込む。

「「「「……」」」」

 二人の剣気に震える空気が静寂につつまれる中、雷画さんの放った乾坤一擲の一撃は士郎の額、皮一枚で止められていた。

「何故避けん? 何故反撃せんのだ?」

 士郎は無形の位のままいつの間にか干渉・莫耶さえ霧散させていた。

「……俺は……魔術使いだけど、正義の味方を目指す者だ。俺の正義に肉親を殺された人が、その怒りをぶつけてくるのに相対する剣は待っていないよ」

「わしに殺されても、か?」

「ああ、そうだ」

 刀を鞘に納刀し、大きく溜息を吐きながら雷画さんは

「馬鹿もんが……」

 涙を流していた。

「ああ、よく言われる」

「辛かったじゃろぅ、士郎よぅ。お前のその髪を見れば解かる。それなのにお前はまだその道を目指すというのか……そこまでお前が苦しむ事は無いのじゃぞ」

「それでもだ、俺は俺の目に映る人を助けたい。救えるものなら救いたいというこの気持ちだけは変わらないよ」

「そうか……士郎よ。大河はわしの可愛い孫じゃ。じゃがのぉ、わしはお前のことも孫じゃと思うとる。お前は大河の命を奪う事であいつを救ってくれたのじゃろ? 本来それは、肉親であるわしの役目じゃったのにのぉ……許してくれよ、士郎。お前にこんな辛い役目をさせてしもうた、この不甲斐ない爺を」

「爺さん……」

 わたしとアルトリアの見守る中、祖父が孫を慈しむ光景がそこにあった。







 わたしと士郎、アルトリアの三人でお義姉さんのお墓を参った後、帰宅したわたし達を待っていたのは桜だった。
 お義姉さんが失踪した後、笑顔を無くしてしまった桜の事は、わたしも気にしていたのだけれど……

「……」

 士郎を見るなり、画面蒼白のまま言葉をなくしてしまう桜。
 そりゃ、あの髪を見せられたんじゃ無理もないかな。

「ただいま、桜」

 そんな桜に士郎は優しく応える。

「先輩……そんな……その髪は……」

「あ、ああ、これはその、色々あってな」

「……そうですか。私には何も言ってくれないんですね……先輩は」

 ちょ、ちょっと桜?

「桜、あのね」

「いや、待ってくれ凛。……そうだな、桜は家族なんだ。本当のことを知らせないといけないよな」

「でも、士郎」

「大丈夫だ、これもケジメの一つだと思う」

 それは、確かにそうだけど……でもこれは士郎が背負うべきケジメじゃないのよ……

「藤村先生がお亡くなりになった本当の理由は……こっちの世界に関係する事なんですね? 先輩?」

 俯いたまま、桜が士郎に問いかけてくる。

「ああ……ある事件に巻き込まれて、藤ねぇは死徒になった。だから、俺が……殺した」

「……そん、な……」

 信じられない? そうよね、桜の気持ちはわたしにだって解かるわ。
 でもね、桜……

「事実だよ、桜。俺が、この手で殺したんだ」

「どうして……先輩は正義の味方じゃなかったんですか? なのにどうして、藤村先生を助けてあげなかったんですか?!」

 声を震わせながら、それでも士郎を問い詰める桜。

「……すまない、俺には藤ねぇを救うことができなかった」

 これは違う!
 士郎が謝る理由はどこにも無いんだから!

「……事件に巻き込まれただけの藤村先生を、救えないから、"殺すべき"だから殺したって言うんですか……先輩は……」

 桜っ! あんたはっ!

「いい加減にしなさい! 桜っ!! 士郎が望んでお義姉さんを手に掛けたとでも思っているのっ!!」

 わたしの憤りも、

「そうですよ、桜。誰もこんな結末など望んではいなかったのです。シロウは最後までタイガを救おうと必死で努力したのですよ」

 アルトリアの諭すような言葉も、

「それは……姉さんやアルトリアさんは強くて、自分で自分を護れるくらい力があるから、そんな事が言えるんです。力の無い人間のことなんてわかる筈ない……失礼します!」

「桜、待ってくれ俺は……」

 桜に届かない……
 桜は士郎の制止を振り切って、出て行ってしまった。

「衛宮君……今はそっとしてあげて……」

「凛……」

 ごめん、士郎。

「大丈夫よ、桜のことはわたしに任せてちょうだい。お願いよ」

「ああ、わかった。すまない……」

 士郎が謝る必要なんてないわ。
 これは姉であるわたしの役目だもの。
 例え時間が掛かったとしても、わたしが乗り越えるべき事なんだ。







 わたし達は、少しずつ乗り越えるべき色々な問題を解決するために前へと進んでいく。
 その歩みは、小さなものではあるけれど。
 わたし達三人で歩いていく限り、きっと大丈夫なんだと自分に言い聞かせながら。
 そして、時間はゆっくりと過ぎてゆく。

 ……
 …………
 ………………

 冬が終り、春が訪れた。
 あの聖杯戦争から一年がたった今、わたしと士郎は穂群原学園を卒業した。
 この一年間、多くの悲しい事や辛い事、それと同じくらい楽しい事や嬉しい事があった。
 この数え切れないほどの思い出のある街を後にし、今日わたし達は倫敦へと旅立つ。



 To be continued "Fate / in the world" Season2 - act in London...






Season1 - prologue in FUYUKI END

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