Fate / in the world

012 「姉弟」 単編


 シロウ達の学校が休暇となり二週間と少しの時が過ぎた。
 だが、シロウも凛も先日の事件以来、休暇とは思えない忙しさで調べ物や各所と連絡をしている。
 今もシロウはミス・カミンスキーへと連絡を取り、先日の事件のあらましを伝えたうえで、例の"ベルファーマシー"という会社の更なる調査を依頼している。

「はい、申し訳ないですが、お願いできますか? ミス・カミンスキー」

「……ええ、そうです。はい、ありがとう、ミス・カミンスキー。それじゃあ、連絡をお待ちしています」

――チン

 電話を切り、険しい表情で一つ溜息を吐くシロウ。

「……大変なのは解かりますが……気を詰めすぎても良い結果は得られぬ物ですよ、シロウ……」

 受話器を置いた電話を見つめながら、厳しい眼差しのまま考えにふけるシロウにそっと声を掛ける。

「っ?! ア、アルトリア? すまない、ちょっと考え込んじまってたみたいでさ、気づかなかった……」

 それも無理からぬ事でしょう……
 ある意味、タイガや桜はシロウのアキレス腱のような存在ですから。
 あの聖杯戦争の時も、キャスターにタイガを人質に取られたシロウは己の命すら覚悟して行動したのだ。
 それをまた今回も危険に晒してしまったとあっては……
 シロウの性格からすると、自分自身を責め苛んでいるのでしょう。

「そうですね。それではシロウ、私を軽んじた罰として、美味しい紅茶を淹れていただけませんか?」

「へ? ああ、そんな事ならお安い御用だ」

 と、軽く笑って応えてくれる。

「はい、ありがとうございます、シロウ」

 出来るだけ軽い会話を心がけつつ、私達は居間へと移動する。

 キッチンで紅茶の準備を始めたシロウの後姿を眺めながら、ふと思い返す。
 あの事件の後、タイガは三日間自室に閉じこもってしまった。
 見かねたシロウが藤村邸のタイガの自室を訪ねた次の日から、タイガは以前と変わらぬ様子で衛宮邸へと通うようになった。
 あの向日葵のような彼女の笑顔で……
 自身が原因となりシロウが悩む事や、この家の皆に心配を掛ける事を良しとしない彼女のその笑顔は、人として尊く、同時に痛々しくもある。

 シロウ、貴方が自身を責めるように、私も己が無力を痛感しているのですよ?
 王だ騎士だと声高に言ったところで、己が主の心を護れなければ意味が無いではありませんか……
 どうか……
 我が聖剣よ、願わくば私に彼の心を護る力を与えて欲しい。





Fate / in the world
【姉弟 単編】 -- 蒼き王の理想郷 --





「あ、ちょうど良かったよ。今、紅茶の準備してるとこだから、座って待っててくれ」

 シロウがキッチンで紅茶の準備をしているなか、凛と桜が居間に顔を出した。

「あら、悪いわね士郎。それじゃあ、お願いするわ」

「あ! 先輩、私お手伝いします」

 何といいますか、見事に反応が正反対ですね、この姉妹は……

「悪いな、桜。じゃあ、そっちで暖めてあるカップを並べてくれるか?」

「はい、任されました」

 む? という事は……ここで座って待っているだけの私は、凛側という事に……
 マズイですね、これは……今後気をつけるとしましょう。

「よ〜し、今日のはちょっと自信作だ。桜、すまん、運ぶの手伝ってくれないか?」

「はい、先輩」

 そう言ってシロウと桜に運ばれてきた紅茶は、シロウの言うとおり薫り高く色合いも素晴しい。

「それじゃあ、衛宮くんが専門店で解析までしてレシピをパクってきた紅茶を頂きましょうか」

 凛! 私がそれを言ってしまった事がシロウにばれてしまうではないですかっ!

「あれ? 何で凛がそれを知ってるんだ?」

「あ、あの、シロウ! そ、そんな事より、何かお茶請けは無いのでしょうか?」

 恨みますよ? 凛!

「あ、ああ、そうだな。確か、虎屋の羊羹があったはずだ」

 そう言ってシロウは、お茶請けを用意してくれる。

「ねぇ、アルトリア。目からビーム出そうなんだけど」

「出せる物なら、出していますっ! ああ、いえ、出ませんが……それより、どうしたのですか、凛? 藪から某に機嫌が最悪のようですが?」

 いつもに増して……とは言わない方が吉ですね。

「……う〜、そうかしら。ちょっと調べ物が思ったほど捗らないのよねぇ……"ベルファーマシー"とアトラス院の繋がりが掴めないのよ……時計塔のロード・エルメロイ二世にも連絡してみたんだけど、アトラス院の事は良く解からないらしいの……」

 なるほど、先ほどのシロウと似たような状況という事なのですね。

「その事なんだけどさ……」

 と言いながら、テーブルに切り分けた羊羹を置くシロウ。
 ほほぅ、これは美味しそうな羊羹ですね。

「さっき、アルトリアに言われて思ったんだ。ちょっとここの所、根詰めすぎかなってさ。だから、気分転換も兼ねて明日から一泊二日で旅行に行かないか?」

「「「へ?」」」

 旅行ですか……確かに、気分転換にはもってこいかも知れませんが……

「実はこの前のお礼って事で雷画爺さんから旅行をプレゼントされたんだ。で、もちろん藤ねぇも連れてみんなで行けば、ちょうどいいかなって思ってさ」

「そういう事だったの。う〜ん、雷画さんからねぇ……わたしは別に構わないけど……その、お義姉さんは……行くって言ってるの? 士郎?」

 ええ、旅行自体は良い案だと思いますが、問題はまさにその点に尽きるでしょう。

「なによぉ〜、お姉ちゃんは、モッチロン行くわよぉ〜。士郎はお弁当の用意を忘れない事!」

「ふ、藤ねぇ?! い、何時の間にっ?!」

 私も気づきませんでした……

「ブーブー、みんなで旅行に行くなら、当然お姉ちゃんだっていくんだからぁ!」

 と言いながら、シロウの羊羹をつまみ食いするタイガ。

「……そうよね、みんなで楽しみましょうか。桜もアルトリアもいいでしょ?」

「はい! 私も行きたいです!」

「ええ、私も構いません」

 タイガにも良い気分転換となるのかもしれませんし、ライガも孫の事が心配だったのでしょうね。

「は〜い決定ね。それじゃあ、凛ちゃん、桜ちゃん、アルトリアちゃん、一緒に水着を買いに行きましょ〜」

 ちょ、ちょっと待ちなさい、タイガ。

「あ、そういえばわたし、今年は水着買ってなかったわね」

「私もです、姉さん」

「……あの、タイガ? 私もですか?」

 この私がテレビで見るような"あの"破廉恥な衣装を着るというのですか?

「そおよぉ〜、み〜んなですんごい水着を選んで、士郎を鼻血ぶぅにするのだぁ!」

「……あ〜、公共の場の常識をわきまえた水着を選ぶようにな、藤ねぇ。それとな……虎柄のビキニだけは止めろ! 特殊な趣味をもった一部の男性の反感を買うぞ!」

「ふ〜んだ、そんなのわたしの勝手じゃな〜い。いいよ〜だ、士郎にはお姉ちゃんの水着姿見せてやら無いもんねぇ」

「ああ、そいつは助かるなぁ」

「なによ〜、士郎のバカチン! こんな朴念仁は放って置いて、みんなで新都にいきましょ〜」

 そう言ってバタバタと廊下へと走り出すタイガ。

「わるい、三人ともよろしく頼むな」

 と言いながら、苦笑いを浮かべるシロウ。

「別に士郎に頼まれなくったって、私のお義姉さんなんだから当然よ」

「はい、先輩。お任せくださいね」

「ではシロウ、行ってまいります」

 気遣う感情を表に出す事が、お互いに照れくさいのでしょう。
 心配そうにタイガの後姿を見送るシロウを残し、私達は新都へと向かった。
 あの破廉恥な衣装を買い求めるために……







 翌朝早くに衛宮邸を出発し、電車に揺られる事二時間。
 私達は、藤村組がよく利用するという白砂海岸の旅館へと到着した。
 この辺りの温泉旅館としては、老舗だという事でしたが……確かに歴史を感じさせる家屋です
 宿の女将はライガからの言付けのせいか、非常に恭しく私達を迎え入れてくれた。

「そうか、ここってなんか見覚えがあると思ったら、昔来た事あったんだな」

 懐かしそうに辺りを見渡しながらシロウが呟く。

「なによぉ、士郎ってば今まで気付いてなかったの? わたしと士郎と切嗣さんで泊まりに来たじゃないのよぉ」

 なるほど、それで女将も士郎を覚えていたのですね。
 旅館に着くと、私達はそれぞれの部屋――と言っても、女性陣の部屋と士郎の部屋に別れているだけなのですが――に荷物を置き、今はロビーでお茶を頂いている。

「そうだった、懐かしいよな。確か突然切嗣が旅行に行こうって言い出したんだっけ」

「そうよねぇ、切嗣さんにしては珍しい事だったわねぇ」

 タイガとシロウが思い出話をしているところに、凛と桜が戻ってきた。

「ごめんなさい、お待たせしました」

「ちょっと遅れちゃったわね、それじゃあお昼にしましょうか」

 ええ、やはり食事の集合時間は守っていただきたいものですねっ!

「一応、お弁当作ってきたんだけどさ、どうするかな? ここで食べるってのもアレだしな……」

「ねぇ、士郎! いいところがあったじゃないのよぉ。ほら、丘の高台にある見晴らしの良い小さな公園」

「ああ! 藤ねぇ良く覚えてるよなぁ。よし、じゃあそこまで行って、景色を眺めながらお昼にしよう」

 旅館から十五分ほど歩いたところにある、小高い丘の上に作られた小さな公園からは、白砂海岸が一望できる。
 夏の強い日差しを、日よけに作られた休憩所の屋根が防ぎ、海風が心地よく髪をくすぐる。

「うわぁ!! 先輩! すごく綺麗なところですね!」

 目をまん丸にして、桜がその景色に驚いている。

「ああ、ここってさ、昔切嗣が好きな場所だったんだ。でも、ほんとに綺麗な眺めだよなぁ」

「そうですよねぇ。あ、先輩、そこのベンチにお弁当広げますね」

 そう言って、シロウと桜はてきぱきとお弁当を広げていく。

「どうしたのですか? 凛?」

 一人、見晴台から海岸を眺めているタイガの後姿を、凛が見つめていた。

「……ううん、なんでもないわ……さ、お昼にしましょう、アルトリア。お義姉さ〜ん、お昼、食べましょう!」

「あ! 今行くねぇ〜」

 駆けながら戻ってくるタイガは、相変わらず向日葵の笑顔だった。







 昼食後、いったん宿へと戻り、水着に着替えて海岸へと繰り出す事となった。
 水遊びというものが、これほど楽しい物だったとは新鮮な驚きでしたが……その、やはり水着というのはどうにも心もとないですね。
 いえ、私はもっと布がたくさんあるタイプのものを選んでいたのですが、凛とタイガにセパレートタイプの物を押し付けられたのです……
 まあ、シロウが"良く似合ってるよ"と言ってくれましたので、良しとしましょう。
 それに、私がどんな水着を着たところで桜の"アレ"には敵いませんからね……
 結局、始終シロウの視線が桜の"アレ"に吸い寄せられている事に激怒した凛が、泳いでいたシロウに向かって水中からガンドを連射し、あわや溺死寸前となったのは些細な事です。
 ですが、凛。うんうん唸りながら倒れているシロウの耳元で"理想を抱いて溺死しろ"と言うのは、あまり褒められた趣味ではないですよ?

「だいぶ日も落ちてきたし、そろそろ宿へ戻ろうか?」

 シロウ、その復活の速さは見事です。
 日頃の鍛錬の賜物でしょうか。
 幾分、間違った方向へ成長しているような気はしますが……

「そうねぇ、衛宮くんの視線で桜が妊娠しないうちに、戻りましょうか……」

 それは中々に恐ろしい魔眼ですね、凛……

「ね、姉さん! わ、私は別に、先輩なら……」

 ああ、桜。真に受けてはいけません。
 あかいあくまの機嫌がさらに悪くなりますので。

「タイガ、私達もそろそろ……おや? 顔色がよくないですね、タイガ。どこか具合がよくないのでは?」

 唇が紫色になっているではないですか……

「お姉ちゃんちょ〜っと泳ぎすぎたみたいぃ〜」

 はぁ、なるほど、そういう事ですか。
 もっとも、遠泳競争を全員に挑んでいたのですから、やむを得ませんね。

「ならば、上着を羽織って早く戻った方が良いですね」

「う、うん。そうするよぅ〜」

「はい、ではシロウ。私とタイガは先に宿へ戻っていますので」

「了解だ、悪いけどよろしく頼むな、アルトリア」

 そう言って、私とタイガは一足先に宿へと戻った。







「すごいな……これは……」

「ほんとですね、先輩。まるで海の幸づくしって感じです」

 女将から夕食の準備が整ったと知らされ、広間へと通されたのですが……
 まさに、理想郷とはこの事でしょうか……伊勢海老の御造りにはじまり、鮑、海栗、鯛、平目などなどなどなど……
 ああ、ライガ。もし貴方がブリテンに居たのならば、私は最高の礼を持って我が城キャメロットへと迎え入れたことでしょう。

「むっふっふっふ、さっきはアルトリアちゃんのお世話になっちゃったけど……ことご飯に関しては情けはかけないわ! ここは戦場なんだから、勝負よ! アルトリアちゃん!」

 ほほぅ、流石はタイガです。
 一騎打ちの挑戦とは面白い……

「タイガ、その意気込みや良し! 敵として不足はありません! ならばっ!! 騎士としてその挑戦、受けて立ちましょうっ!!」

「衛宮くん、そこのお醤油とってくれるかしら」

「先輩、山葵こちらに置いておきますね」

「……凛、ほら醤油な。桜、サンキュ。それからな……そこのドンパチ二人! 食いすぎてぶっ倒れても、俺は知らないからな!」

 何を悠長な事を言っているのですか、シロウ。
 ああ、こうしている間にも鮑をタイガに征服されてしまったではないですかっ!

「シロウ! 御代わりをお願いしますっ!」

「士郎! お姉ちゃんにも御代わりっ!」

「……まったく……ほら、御代わり……」

「ちょっとだけ、士郎に同情したくなったわ……」

「先輩、何かと大変ですね……」

「あれ? 視界が曇って手元が……あ、涙だ……」

「シロウ!! 御代わりをお願いしますっ!!」

「士郎!! お姉ちゃんにも御代わりっ!!」

「もう……好きにしろよ……」

 言われるまでもありませんっ!







「ハァハァハァハァ……クッ! まさかこの私が敗れるなど……」

「ハァハァハァハァ……流石ねアルトリアちゃん。お姉ちゃん記憶が飛びそうなくらい満腹だよぅ……」

「だから言ったじゃないか……食いすぎても知らないぞって……」

 そういえば、シロウがそんな事を言っていたような……
 私とタイガの勝負はダブルノックダウンという形で終えたのですが、二人して広間の畳に倒れこんでしまいました。

「面目ありません……シロウ……」

「はぁ……凛も桜も部屋に戻ってるし、まあ、いいけどな……」

「うぅ〜、くるちぃよぅ〜、しろう〜」

「ちゃんと考えて食べないからだぞ、藤ねぇ! まったく……これじゃ、渡す機会が無くなっちまったじゃないか……」

「ほえ?」

「……あのな、何て言うか……これ、弟として俺から藤ねぇにプレゼントだ……」

「……し、士郎?」

「指輪……外したんだろ……言っとくけど、代わりじゃないからな! まあ、その、なんだ。指が寂しいだろうと思ってだな……」

「そっか……弟からお姉ちゃんへのプレゼントかぁ」

「ああ、気に入らなけりゃ、捨てちまっても構わないからな。安物だし」

「ううん、綺麗だし……お姉ちゃんがもらっといてあげるよぉ〜」

 と言いながら、寝返りを打つようにこちらに背を向けるタイガ。
 まあ、こんな時にそんなプレゼントをされては、女ならたまりませんからね……さすが朴念仁です。

「似合いますよ、タイガ」

 それはきっと、優しさが形になったような指輪なのでしょうね。

「うん、ありがとう、アルトリアちゃん……うっ!!」

――ドタドタドタドタ

「あ〜、やっぱりこうなったかぁ……」

「タイガ? 一体どうしたのでしょう、シロウ?」

 急に口元を押さえながら、駆け出していってしまいましたが……

「あのな……普通あれだけ食えば、胃が受け付けなくて戻すに決まってるじゃないか……」

「そういうものなのでしょうか?」

「普通は、な……」

 む、何となく遠まわしに侮蔑を受けたような気がしないでも無いですが……
 しかし、おかしいですね……もちろん今日は少しばかり食べ過ぎたのは事実ですが……
 あのタイガに限って胃が受け付けないなどという事が……

「じゃあ、俺はちょっと藤ねぇの様子みてくるけど、アルトリアは大丈夫か?」

「あ、はい。私はもう起き上がれますので」

 まあ、後はシロウに任せる方が良いのでしょう。
 特に、この地は二人にとって切嗣との思い出の場所のようですし。
 シロウ、存分にお姉さん孝行してあげて下さい。







 夜も更け、そろそろ就寝時間という時刻。
 温泉から上がり、火照った体を夜風に当てながらのパジャマパーティーが開催されている。

「だからねぇ、お姉ちゃんは思うのよぉ。なんだかわたしだけ恋愛事情が暴露されちゃって不公平だぁって。そこで! みんなに初恋話をぶっちゃけてもらうってのはどうなのよぅ!」

 食べ過ぎでぜぃぜぃ言ってた人間と同一人物とは、とても思えませんね……
 ですが、こういった話題を自ら出せるというのは、良い傾向なのでしょう。

「う〜ん、理にはかなってますけど……でも、お義姉さん? お義姉さんの初恋って別じゃないんですか?」

 ナイスです凛!

「もっちろ〜ん! だからぁ、わたしも入れた全員でぶっちゃけるのよぉ〜」

 そうきますか、タイガ……

「それなら公平ですね……じゃあ、誰からいきましょうか。普通は、こういうのって年の低い者からってのが相場なんだけど……」

 まあ、凛に期待した私がバカだったのでしょう……

「そ、そんなっ! ずるいです、姉さん! それに、私よりアルトリアさんのほうが年は下のような気がしますっ!」

 桜? 今、私のどこを見てそれを言いましたか?
 いえ、それよりも年齢ですか……

「ざっと千五百歳ほどになりますが……」

「ぷっ」

「あ……」

「……ハイハイ、アルトリアちゃんでもそんなボケかますのねぇ。お姉ちゃんビックリよ? それじゃあ、とりあえず桜ちゃんから行ってみよぅ!」

 いえ、ボケたつもりはなかったのですが……まあいいでしょう。
 しかし、初恋ですか、これは困りましたね。

「うう……なんだか話を強引に決められちゃった気がしますけど……わかりました、え〜っと初恋ですよね」

 と言いながら、ついと顎に指をあて、桜が話し出した。

「私が中学生の頃なんですけど、その頃私は色々と悩みがあってあまり人とお話したりしない子だったんです。その日も一人で教室に残っていると、真っ赤な夕焼けの校庭で一人走り高跳びをしている男の子がいたんです。その高飛びのバーの高さは、私から見ても絶対に飛べるはずがないような高さなのに、その男の子は何度失敗しても飛び続けるんです。きっとその男の子だって自分がその高さを飛べないって事は解かってるはずなのに、それでも諦めずに挑戦する姿を見て、いつの間にか私は"頑張れ"って心の中で応援するようになってたんです」

 頬を赤らめ、当時の光景を思い浮かべるように話す桜。

「へぇぇ〜、その男の子が桜ちゃんの初恋の相手なのねぇ?」

 ああ、タイガ……桜の話の内容から、それが誰かという事は……いえ、いいでしょう……

「……はい。私が大好きな人の大切な思い出です」

 そう言いながら、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

「さ、桜も……アレ見てたんだ……」

 凛?

「え? 私もって……まさか、姉さんも?」

「あ、う、うん……その日たまたまた生徒会の用事で、桜の学校に行ってたのよ。それで帰り際にふと校庭を見たら……バカが高飛びしてたわ……」

「ええぇぇぇ?! じゃあ姉さんの初恋もその時から」

「あ〜、それは違うのよ……まあ、確かにアノ光景は結構印象に残ってはいるんだけどね。私のはもっと小さい頃の話よ」

 姉妹で同じ男性を好きになるだけでなく、同じ光景に思い出を残すとは……似ていないようで、やはり姉妹なのですね。

「ふむふむ、それじゃあ次は凛ちゃん行ってみましょ〜!」

「わたしは……今も言ったけど、六歳くらいの頃だったかしら。良く遊びに行ってた公園でね、遊具の所有権を巡って男の子側と女の子側で喧嘩になっちゃったのよ。そのときに、"女の子をいじめるなぁ"って言って、一人で何人もの男の子相手に飛びかかって行った変な男の子がいたのよ。結局、相手の連中が諦めるまで、そいつは一人で頑張ってたんだけど。名前も知らないそいつに"あんた変わってるわね"って言ったら"俺は正義の味方だから"って胸を張って言ってたわ」

「じゃあ、その正義の味方くんが凛ちゃんの初恋の相手なんだぁ」

 ……タイガ……冬木で凛と同じ年頃のそんな子供、一人しかいないではないですか……

「……そんな……私より、先だったなんて……」

「? どうしました、桜?」

「い、いえ。なんでもないです!」

 はて? なにか言っていたような気が……ま、子供の頃の話ですから、良いでしょう。

「それじゃあ、次はアルトリアちゃんね!」

 むぅ……困りましたね……私の初恋といわれましても……

「私は、恋をした事などありませんが……」

「「「はい?」」」

「いえ、ですから、これまでに恋というものをした事が無いのです」

 事実なのですから、仕方が無いではありませんか……

「へぇ〜、じゃあアルトリアは今も恋をして無いのねぇ?」

「ど、どう言う意味でしょうか、凛? 貴女の言っている事が解かりませんが!」

「まぁ良いじゃない、アルトリアちゃんくらい綺麗な女の子だったら、すぐに恋の一つや二つ楽勝よぉ〜」

「それじゃあ、お義姉さんの初恋ってどんな感じだったんですか?」

「わたし? わたしはねぇ、高校生の時だったなぁ。それまで空き家だった近所のお家に切嗣さんが引っ越してきてね。もう、一目惚れだったわよぉ〜。それから、事あるごとに切嗣さんのお家を訪ねるようになってねぇ。でも、全然子供扱いで相手にもされなかったんだけど。あっ! でもでも一度だけ切嗣さんがわたしの事を"シャーレイ"って呼んだことがあるのよ。物凄く切なそうな顔だったんだぁ」

「じゃあ、お義姉さんの初恋の相手は切嗣さんだったんですね……ってことは何よ、全員"衛宮"にやられちゃってるじゃない!!」

 いえ、私は何も言っていませんよ? 凛……

「ほんとよねぇ〜、"衛宮"恐い家……って、それは冗談としてぇ。凛ちゃんも、桜ちゃんも、アルトリアちゃんも、これからもっともっと良い女になって素敵な恋をしなきゃねぇ」

「お義姉さん……」

「藤村先生……」

「タイガ……」

「さぁ、それじゃそろそろ寝ましょう〜、おっやすみぃ〜」

 そう言って、タイガは真っ先に布団へと潜り込んでしまった。
 私達も、それにならって布団へとはいり、部屋の照明を落とす。

「あっ!」

 暗闇の中で、唐突に桜の声が響く。

「どうしたのよ? 桜?」

「あのですね、ふと思ったんですけど……先輩のお部屋に飾ってあるお写真。あれに映ってる女性って確か先輩のお父さんの奥さんですよね? でも前に先輩にお聞きした時、"シャーレイ"ってお名前じゃなかったように思うんですけど……」

「「「あっ!」」」

 するどいですね……桜。
 確かにあの写真は、というよりもキリツグの妻はアイリスフィールです。

「……今度、士郎の初恋の相手を聞き出すから。桜もアルトリアも協力、よろしくねっ!」

「はい、姉さん!」

「無論です、凛!」

「切嗣さんのばかぁ……」

 私達は団結の意志を新たにし、床についた。







 翌日、夕方近くに自宅へと帰りついた私達を待っていたのは、ミス・カミンスキーからの調査内容に関するメールだった。
 タイガは藤村邸へ、桜は間桐邸へとそれぞれ帰っていったので、居間でメールを確認しているのはシロウと凛、そして私だけだ。

「で、ミス・カミンスキーのメールはどういう内容なの?」

「ああ、まだ中間報告ということなんだけど、例の"ベルファーマシー"って会社の情報管理が半端じゃなくきついらしくて、中々難航してるそうだ。今のところ判った事は、日本の研究所が閉鎖されたという事と、その関係者の大半が行方不明扱いになっている事、それに……」

 そこで、シロウの顔色が急変した。

「どうしたのよ? 士郎?」

「ああ……元研究所所長はアトラス院出身の錬金術師で、オッド・ボルザークの関係者らしいって事だ……」

「そう……ミス・カミンスキーの警告が最悪の形で当たっていたって事ね……」

『アインツベルンとボルザークの残党には気をつけなさい……』

 確か、ミス・カミンスキーはそう言っていたのですね。

「引き続き調査は続けてくれるそうなんだが、ミス・カミンスキーも今、厄介な仕事を抱えているらしくて、そうそう簡単にはいかないそうだ。再度警告してきているよ、ボルザークに気をつけろって……」

「でも、考えようによってはこれで相手は絞り込めたわね。わたしもその線でもう一回洗い直してみるわ」

「すまない、手間をかけちまう」

「何言ってるよ……今さらじゃない」

「ああ、ありがとう、凛」

 まずは情報収集と、万全の準備を整える事。
 それを基本に行動するということで、その場はお開きとなった。

 それからの毎日は、剣の鍛錬と魔術講座を中心にしたシロウの生活サイクルに合わせ時間が過ぎていった。
 特に目新しい情報もこれといった動きもなく、シロウたちの学校が再開される日が来た。



 その日……学校から帰宅したシロウ達によって、私はタイガが学校を休職したことを知らされた。






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